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80.道連れ

 

「と、ところでさ」

 テレビを見ている凛に向かって、士郎はそっと尋ねた。

「なんであいつ、あんな格好してるんだ……?」

「――ふむ」

 そう答えたのは、凛ではなくアーチャーだった。士郎が振りむくと、顔のすぐ傍、10センチと離れていない距離に仁王立ちになった筋肉質の裸エプロンの男がいた。欝からは復活したのか、それともただ単に開き直っただけなのか、そこまで落ち込んでいる様子はない。アーチャーはにやりと口の端を歪めると、

「なんだ、興味があるのかね」

 そう言って、士郎の襟首をむんずと掴んだ。反論が返ってくる前に、一方的に言い募る。

「そうかそうか、着てみたいか。ようしわかった」

「って、ちょっと待てー!」

 全力で叫ぶ士郎をよそに、はっはっは、と笑いながらアーチャーは士郎をひきずっていった……






 

81.ペアルック

 

「くそ、やられてたまるかー!」

 士郎が踏ん張り、必死に床にかぶりつく。アーチャーはそれを阻止しようと、さらに強く引っ張る――

「おのれ衛宮士郎、貴様いい加減にあきらめ――」

「あーもう、やめなさい、アーチャー」

 げいん。

 テレビのリモコンをこめかみに直撃させられ、アーチャーの体がぐらりと揺れる。その隙に士郎はわたわたとその場から逃げ出した。

 ゆらり――と。仰け反った体を元の位置へと戻しつつ、アーチャーは低く笑う。

「凛、邪魔をしないでもらいたいな。こうなったらこの男も一緒に――」

「ペアルックよ?」

 凛はすかさず言った。

「………………………………………へ」

 ぴたり、と。アーチャーの全身が硬直する。凛はにやにやと笑いながら、なおも続けた。

「裸エプロン、ペアルックになるのよアーチャ-。ほんっとーにそれでもいいのね?」

「…………………………………………………」






82.しまった

 

すとん……

 アーチャーの腕から力が抜ける。士郎を見て、凛を見て、最後に自分の姿を見下ろしてから、

「…………………」

 アーチャーはただ黙って、部屋から出て行った。

「……はあ……」

 その様子を見守りながら、士郎は大きく息を吐いた。心底安堵したように顔を綻ばせながら、

「助かったよ、遠坂」

「……しまった」

 凛はその言葉を聞いた様子もなく、ちっと舌打ちした。

「……え?」

 聞き返す士郎を悔しそうに眺めながら、凛はなおも唸る。

「あーそっか、そっちのほうがおもしろかったか……」

「……えー?」






 

83.だんまり

 

「…………」

「…………」

 沈黙。凛と士郎はお互い半笑いになりながら、じっと動かない……

 ――先に動いたのは凛だった。廊下の奥に向かって声を張り上げる――

「アーチャー。やっぱり戻ってきて――」

「だあああああっ!?」

 慌てて大声をあげて、士郎が凛の声をかき消した。両手を合わせて拝み倒し、懇願する。

「か、勘弁してくれよ遠坂――」

「冗談よう」

 と、気楽に笑いながら、凛がそう言って手をひらひらとさせる。

「…………絶対本気だっただろ……」

 士郎はこっそりとそう呟くと、嘆息した。

「気のせいだってー」

 適当に笑ってへらへらと笑う凛に、士郎は疑惑のまなざしを向ける──

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「……………………うん、ちょっとだけ思ったかな」

 そして。

 長い長い沈黙の末に、凛はさっと視線を逸らし、そう零した。





84.行動原理

 

「だってねえ、そうそう見れるような絵じゃないじゃない」

 へらっと笑い、つまんないわねーと凛は口を尖らして抗議する。

「もういいからさ、その話題は」

 うんざりしたように士郎は呻いた。

「何よ、つまらないわね」

「つまらないって──あのなあ。いいから静かにイリヤが帰ってくるの待ってろって。って、ごめん。お茶も出してなかったな。悪い遠坂、ちょっと待っててくれ」

 慌てて士郎は立ち上がり、湯のみの破片の詰まったビニール袋をつまんでキッチンへと向かおうとし──

「待て。貴様が入れた茶など飲めたものではないだろう。ここは私がだね──」

 そして、その肩を突如出現したアーチャーによってがっしりと捕まれた。

「って、いつの間に戻ってきたっ!?」

 手を振り払いつつぎろりと睨み上げる士郎の視線をものともせずに、アーチャーはくくっと皮肉げに口の端を歪めると、

「愚問だな。凛のいるところに私がいるっ!」

「うん、それってストーキングっていうのよアーチャー? また一つ賢くなったわね?」

 ごずっ──

 凛の声と同時、やたら鈍く重い音が響いた。

「は……ははは……は──」

 そして。

 背中に特大のガンドをめりこませ、アーチャーは引きつった笑い声をあげながら、ばったりと床に倒れた。






 

85.まっぷたつ。

 

「えーと」

 机の上に座り、凛は半眼でそう呻いていた。

 目の前には、士郎の入れたお茶が置かれている。

 出がらしでもなく、冷めているわけでもない。表面からは湯気が立ち上り、あまつさえ茶柱が一本浮かんでいる。

 ただし──

「いやがらせ?」

 凛は乾いた笑い声をあげながら、じろりと士郎を睨みあげた。

「………いや、そういうつもりはなかったんだけどな……」

 そう呻く士郎の口調にも元気はない。

 ──凛の目の前に置かれた湯のみは、一般人サイズのそれだった。全長が20センチもない凛には、当然のことながら文字とおり手に余る大きさだった。

「でも、今の遠坂に調度いい大きさのなんて持ってないぞ……」

「……うん、それは普通ないから別にいいんだけど」

 まいったわね、と頬に手を当てて唸る凛。

「……そっか。ということは日常生活全部に障害が出るってことよね。……これって思ったよりも一大事なのかも……」

「そうだな。風呂とかも大変だよなあ……」

 しみじみと呟く士郎をよそに、凛は部屋の隅で背中をさすっているアーチャーに呼びかけた。

「まあ、早くイリヤに帰ってきてもらうしかないんだけどっ。……あ、アーチャーちょっといいー?」

 アーチァーはびくりと体を震わせてから、恐る恐る尋ねる。

「な、なにかね。別に何もしてないだろう?」

「……なんかトラウマになってないかあいつ」

「きっと調教ってこうやっていくのよね」

 ぼそぼそと呟く士郎と凛。

 アーチャーはのろのろと凛の元にやってくると、用心深く間合いを大きめに取ったままで尋ねた。

「……それで何の用かな?」

「お茶が大きくて飲めないのよ。私サイズの湯のみとかあれば出して欲しいんだけど」

 ふむ──とアーチャーはしばし考えこんでから、やがてごそごそとポケットを漁りつつ、

「……まあ、あることにはあるが……」

『あるんだ。』

 揃って呻く士郎と凛。

「これでいいかね」

 ことん──

 言いつつアーチャーが机の上においたのは、直径1センチほどの小さな白いコップだった。へえ、と凛は感心したようにそれを手にとって眺めていたが、

「そうね、うん、上出来。――あ、ついでに家具一式とかない? あるなら全部だして欲しいんだけど」

「むう、さすがにそれは」

 渋面を作り腕を組むアーチャー。

「……あ、ない? ひょっとして」

「いや、あるにはあるのだが、そうすると――」

 言いつつアーチャーはどこからともなく箱のようなものを取り出した。箱の正体は小さな部屋だった。玩具屋で売っている人形用の部屋を、ひたすら豪華にしたようなものだ。中には凛よりもやや大きいサイズのやたら精巧な人形が一体、スクール水着を脱ぎかけのポーズで固定されて置かれている──

 そしてアーチャーは自慢げにそれをかざして、

「――この、『萌え萌え♡すくみず幼女』をかざる場所が!」

 凛はそれを見て、にっこりと微笑むと、

「えい。」

 ぺぎっ──

 軽い掛け声とともに、人形の首を真っ二つにへし折った。






 

86.ブロークンハート

 

「ああ………あああああああああああああああああああああ…………」

 零れ落ちているのは涙だった。崩れ落ちているのはアーチャーだった。首と胴が分離しているのは人形だった──

「……言葉にもなってないぞ……」

 がっくりと床にうな垂れ、ひたすら涙を流し続けているアーチャーを指差し、士郎はこっそりと凛に耳打ちする。

「ほっときなさい」

 ぷいとそっぽを向きつつ、早速強奪した部屋の品定めに入る凛。ふんふん、と中を覗き込み、感心したように呻く。

「……凄い。これって大きささえ除けば普通に家具として十分使えるわ」

 ほらほら、とソファーに座り、身を沈め、凛はうれしそうに声を張り上げる。

「まあとにかく、これで部屋は確保ね」

 ふう、と満足そうに凛は呟き、そして。

「……って、そうじゃない!」

 がばりと身を起こして叫んだ。

「うわ!?」

 驚いて後ずさる士郎に、凛は唾を飛ばして力説する──

「部屋がどうとかじゃなくて、元に戻るのが目的なのよっ!」

「あ、ああそうだな」

 慌ててこくこくと頷く士郎をよそに、凛はああああと、頭を抱えて唸る──

「ああ、だめだ。なんかわたし、こいつに侵食されてる気がする……」






87.ひまつぶし

 

 ──あれから十分後。

「……イリヤおそいわね」

 頬杖をつき、ミニチュアのソファに身を沈めてぼんやりとテレビを見ながら、凛は呟いた。

「まあ、いつもこんなもんだしなあ」

 苦笑する士郎をよそに、ぱちぱちとチャンネルを切り替えつつ、ぼやく。

「この時間帯はつまんないのしかないわねー」

 ふう、とリモコン(これもミニチュアセットに入っていた)を置いて、凛は嘆息する。ずずず、とお茶をすすり、退屈そうにあくびをかみ殺し、

「んー」

 そして、ぱちんと指を鳴らして凛は、隣でぼんやりとしているアーチャーに向かって、

「アーチャー、何か芸」

「私は犬かねっ!?」






 

88.疲労度蓄積

 

「あふ……」

 あくびを噛み殺す声。

「遠坂、眠いのか?」

「んー?」

 士郎をぼんやりと見上げて、凛は呟く。

「……そうね。まあ、眠いって言えば……ふぁ。……今日は色々あったしなあ……」

 ごしごしと目を擦り、凛は机につっぷした。

「……ごめん士郎。ちょっと……ねる……」

「あ、ああ」

 慌てて頷く士郎。

 そして、その横では。

「…………………………ふむ?」

 といいつつ、アーチャーが『きゅぴーん』と目を光らせていた。






 

89.それ以外の何があると

 

ゆらり──

と蠢いたのは、大気だけではなかった。黒い怪しいオーラのようなもの。それがアーチャーから沸いている。

「ふふ──ふふふふふ」

 不気味な呟きがこぼれて消える。

「お……おい?」

 不安に駆られたのか、恐る恐る士郎が声をかけた──が、アーチャーは見向きもせず、ゆっくりと、一歩ずつ凛へと近寄っていった。

「……色々──」

 呟く。

「今日は本当に色々なことがあった……殴られたり踏まれたり脱がされたりけなされたり折られたり着させられたり見られたり殴られたり殴られたり殴られたりさんざんな一日だ。だが──そうだな。これで全て帳消しということで、もういいだろう?」

 わきわきっ、と手を動かして。アーチャーは身をかがめ、凛へと顔を近づけていく──

「ま、待てっ!」

 その手が凛へと触れる寸前。背後から声をかけられ、アーチャーはぴたりと動きを止めた。

「何だ貴様」

「お前、何する気だよ!?」

 底冷えするような重苦しい声を気にするでもなく、士郎は叫ぶ──が、アーチャーはそれをあざ笑うように口をゆがめると、

「何と聞かれてもな。脱がすに決まってるだろう?」






90.理想狂 

 

「って、当たり前のように言うなー!」

 士郎は絶叫した。

「当たり前? それは違うな衛宮士郎」

 やれやれ、と肩を竦めると、出来の悪い生徒に言い含めるようにゆっくりと、アーチャーは言って聞かせた。

「いいかね。例えばここに永遠にかなわないと思っていた理想があったとする。しかし今ならばすぐ手を伸ばせばソレが手に入る。その時点での(・・・・・・)リスクはなしだ──ただ少し、手を伸ばしてやるだけでいい。それでとりあえず長年抱いていた理想(ゆめ)はかなうのだよ。……勿論、この夢が終われば私はただではすまないだろうな。だが──」

 それは士郎に言い聞かせるというよりは、自分に向かっての言葉。

 そしてアーチャーは『かっ!』と目を見開くと、ぐぐっと拳を握り、天を仰いで宣言する。

「それでも私は迷わないさ。──理想を抱くためには溺死くらいする覚悟がなければ。そのくらいの強い思いがなければ、夢など到底適うはずなどない──」

 そうして、『ふ……』と寂しげに微笑する。

「お前──本気なのか」

 ごくり、と。唾を飲み込んで士郎は聞き返した。

 アーチャーは無言のまま、ただ静かに首を縦に振る。

「俺──俺は」

 士郎は呟いて、かぶりを振った。

(ああ──そうか)

 眩しそうに目を細め、士郎は中途半端に差し出していた手をそっと下ろした。反対の手で腕をぎゅっと握り締め、下を向いて囁く。

「俺には──アンタを止められないんだな、アーチャー」

「……それは私が知ることではないさ」

「いや、そうなんだ。だって、きっと俺だってそうだから。そうだな、多分俺も──」

 言って士郎は破顔する。

──言葉の続きはなくとも

──その先に追い求めるものが、違うものであっても

「俺だって──あきらめられるはずがない」

 ──胸に抱く根源は同じであり、

 ──揺るぐことのないその信念もまた、

「ああ、そうか。俺とアンタは──」

 

  ──共に、あるのだから──

 

「──同じなのか、アーチャー」

 士郎は呟く。呆然と、そしてどこか羨ましそうに。

「ふ……」

 アーチャーは苦笑する。自嘲するように、眩しそうに、そしてどこか懐かしそうに。

「アーチャー。アンタのその生き方は」

「皆まで言うな衛宮士郎」

 静かにアーチャーはかぶりを振った。皮肉げないつもの笑みを浮かべ、そして。

「と・いうわけでいざいかん、私の理想へと──!」

 きっぱりはっきりと言い切り、迷わずにその手を伸ばす──!














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