71.対立
「って、くじけてる場合じゃないっ! ちょっとこらあ、士郎開けなさいっ!」
どんどんどんどんっ!
遠慮なしに扉を叩く凛の叫び声を聞きながら、士郎は扉の反対側で必死に扉を押さえていた。
「い、いや、なんだか違うだろそれっ!?」
扉の奥から聞こえてくる声に向かって、凛は唾を飛ばしながら叫ぶ。
「何がよ! こっちは色々と苦労してここまでやってきたのよ! ここまで来て門前払いってのはないんじゃないっ!?」
「……まあ苦労したのは主に私だがな」
『ふ……』と陰鬱な表情を浮かべ、アーチャー。
「あんたは黙ってなさいっ!」
がーっと叫ぶ凛。
「え、ええと――そうだ。悪い遠坂、今日はちょっと都合が悪くてさ――」
「…あんた今『そうだ』っていったでしょ」
凛は聞き逃さなかった。
「ああもう、どうしてそんなとこだけきっちり聞いてるんだっ!?」
扉を押さえながら士郎が呻く――
「いいから、開けなさいっ!」
凛が叫び――
「頼むから、帰ってくれー!」
士郎もまた叫び返す――
「……………………」
ぴたり、と。
ふいに扉を叩く音が止まった。
「………あれ、遠坂?」
不審に思ったのか、恐る恐る士郎が聞き返す。
「ふ……ふふ………………………………」
そして。扉の向こうでは、凛が暗くにたりと笑っていた。下にいるアーチャーがひいいとうめき声をあげているが、凛は一向に気にした様子もない。彼女はふいにぴたりと笑うのをやめると、
「……アーチャー?」
言って彼女はすっくと立ち上がった。不敵な――と言うよりは、完全に切れた――表情を浮かべて、据わった眼差しで。
「うむ。何だねマスター」
そう聞き返すアーチャーも似たようなものだった。
そして、凛は。
「やっちゃえ。」
ただ一言、そう命令を下した。
72.そういえば
「へ……?」
扉の奥から聞こえたその声に、士郎が思わず聞き返した瞬間。
「ふむ」
がらっ――!
アーチャーの声と共に、士郎が押さえていたはずの扉があっさりと開いた。
「え……?」
扉に引っ張られる形になった士郎は、なんとか体勢を立て直しながら扉から手を離した。見上げると、アーチャーが士郎を見下ろしながら、心底馬鹿にするようにふんと鼻で笑っていた。
「……まさか、英霊の私と張り合うつもりだったのかね?」
「……あ、あー」
士郎は『ぽんっ』と手を打って、
「そうか。あんたそう言えば英霊だったんだよな」
「…………………………………」
73.本音
アーチャーは士郎の言葉に呆然と固まっていたが――
「凛……凛……っ!」
頭上の凛に助けを求めるように口を尖らせた。
「ちょっと士郎、それはないんじゃない?」
凛は腕を組んでじろりと士郎を睨みつける――
「う」
一歩後退しつつ、士郎が呻く。
「そ、そうだろうっ!?」
アーチャーが声を張り上げて叫ぶ。
凛はきっと士郎を見下ろすと、きっぱりと言い放った。
「いくらばかでロリコンで変態で露出狂でどうしようもないって感じだけど、こんなんでも一応英霊なんだからねっ!?」
「………………………そうか。君はあれか。私のことをそう思ってたのだな……」
アーチャーは、ばったりと地面に崩れ落ちた。
74.スキル:聴覚 B
「ふふふふふふふふふふふ…………」
地面に倒れたまま暗い笑い声をあげるアーチャー。
「ああもう、またっ!」
鬱陶しそうに叫んで、凛が嘆息する。
「ってなんなんだよこいつっ!?」
士郎がうわあ、と呻きながら凛に聞くと、彼女はどう説明したもんだか、と宙を睨んでから、
「まあ……、色々あるのよ」
適当かつ大雑把に言い捨て、凛はアーチャーに向き直った。
「アーチャー。ほら、アーチャー。ちょっと言い過ぎたわ」
言いながらげいんと蹴っているため、説得力は皆無であろうが。
「……そうかね」
ぼそり、と地面の隙間から声が響く。
「どのくらいまで……撤回するのかね……?」
「………………………………ええと――」
その言葉に汗を一筋たらしながら、凛は背後へと向き直った。士郎をしゃがませ、こっそりと耳打ちする。
「……どうしよう士郎。ロリコンは外せないと思うんだけど」
「いやまず変態だろ。これは絶対だって」
「そ、そうよね。って言うかわたしの言ったのって基本的に全部当たってるわよね……?」
「ま、まあそうだよなあ……」
そして、アーチャーは。
「……………………………………………………………あんまりだ……」
ぼそりとそう呟いて、地面に顔を埋めた。
75.放置
「なんか……聞こえてたみたいだぞ……?」
声すら発さなくなったアーチャーをちらちらと横目で見ながら、士郎がこそっと耳打ちをする。
「むう……」
凛は顔をしかめて唸った。
「……でも、どうせ本当なんだししょうがないわよね」
情けゼロ、容赦のかけらもなく、そう言い切った。
「ほら、行くわよ士郎」
くいくいと士郎のズボンを引っ張り、廊下を進み始める凛。
「あ、ああ……」
ちらちらと後ろを振り返りながら進む士郎。
そして、後には玄関で倒れているアーチャーだけが取り残された。
「……………」
しばらくしてから、アーチャーがそっと顔をあげる。
が、そこにはもう、誰の姿もない。
「……………………………………………………………………放置、か…………」
ぽつりと呟かれた、その言葉も。
もう、誰も聞いていなかった。
76.返す言葉
「なあ遠坂、あいつあのままでいいのか?」
未だに玄関に倒れたままのアーチャーを親指でくいっとさして、士郎。
「別にいいわよどうでもいいし」
あっさり言い捨てて凛はさっさと居間に入っていった。
「うわあ」
呻く士郎を他所に、凛は手早く机の上のよじ登った。置いてあった湯飲みの傍に適当に座り、煎餅の入った皿に手を伸ばす。
「さて、と」
そういって『ぱんっ』と手を打った。んー、と宙を睨んで考えてから、凛は煎餅を二つに割り、呟く。
「どこから話したもんだか……」
「……あんまり聞かないほうがいい気がするなあ……」
こっそりと呟く士郎。
「えーとね」
凛は愛想笑いを張り付かせながら、照れくさそうに、
「簡単に言うと、魔術を使ってちっちゃくなったから、どうにかして元に戻りたいんだけど」
「……ちっちゃっくってさ。」
なんとかそれだけを呟いて、うわあと士郎は呻く。凛は肩をすくめてあっさりと、
「しょうがないじゃない、現実そうなんだから」
「……えーと」
汗をたらしながら、士郎は呟く。
「…………………えーっと……」
居間は、微妙な空気に包まれて始めていた……
77.いれちがい
「……それで――」
かなりの時間悩んでから、そろそろと士郎は口を開いた。
「俺に、どうしろと……?」
「士郎にどうかしてもらおうなんて思ってなんかいないわよ」
凛はあっさりとそう言って、明後日の方向を向き、ふうと嘆息する。
「あ、そうなんだ」
内心胸を撫で下ろす士郎。
「……………はぁ……」
と、そこにどんよりとした雰囲気を纏いながら、のろのろとアーチャーが完全に据わった目で部屋に入ってきた。よくよく見るとネコ耳が前後反対になっている。彼なりの抵抗のようだが。
凛はそちらを振り返りもせずに、湯のみに近づいた。
「イリヤよ。あの子にどうにかしてもらおうと思ってね。今どこ?」
「ああ、さっき商店街にいくとかいって桜とでかけたけど」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。微妙な空気の静寂が部屋全体を包み込む――
凛が……ゆっくりとアーチャーへと振りかえる……
ひくり、とアーチャーの頬が引きつった。
「…………」
「…………」
二人の視線が交錯したのは、まさに一瞬だった。そして次の瞬間。
「くっ……!」
顔を引きつらせてアーチャーが出口へ向かって全速力で走り始めた。そしてさらにほぼ同時――
がちゃあああんっ!
今まさに逃げようとしていたアーチャーの後頭部に、湯のみがお茶を撒き散らしながら炸裂した――
78.全力投球
「おああああああああああああっ!?」
衝撃と熱さに床をのた打ち回りながら、アーチャーが後頭部を抱えて叫んでいる。
「………………俺の湯のみ………」
床に残骸を撒き散らしてあるだけの姿となった元・湯のみを眺め、呆然と士郎が呟く。
「あらぁ、アーチャー。一体どこに行こうとしていたのかしら……?」
そして。
異様な迫力をかもし出しながら響くその声の持ち主は、机の上に仁王立ちになっていた。どうやら今の攻撃は、凛が湯のみを投げつけたようだが――
「……いや、普通迷わず投げないだろこういうの」
「気にしちゃだめよ士郎」
「いや、そうじゃなくってさ。……ああもういいや、うん」
何を言っても無駄だと悟ったのか、のろのろと士郎は立ち上がり、破片を拾い集め始めた。
79.追い討ち
「さあて、アーチャー……?」
ぐりっ。
アーチャーの額を足で踏みにじりながら、凛は低く笑う。
「い――嫌だっ!」
アーチャーの必死の叫び声が居間に響く。やや半笑いなのは踏まれているからか。
「あら。まだ何も言ってないけど」
「商店街にはもう行かな――」
がしっ。
そこまでアーチャーが言った所で、凛がアーチャーの髪の毛を掴んだ。
「うん、なに?」
アーチャーは視線を限界まで逸らしながら、ぼそぼそと呟く。
「い、いや。出来ることならだね。その……行かないほうが、いいのでは、ないか、と……」
「うわ、弱気」
半眼で士郎が呻いている。
「ふうん?」
凛は笑った。薄く、妖しく。目は全く動かさないまま、頬の筋肉だけを使って。
「…………」
「…………」
「……ええとさ、遠坂」
おずおずと、背後から声が。
「何?」
凛は振り返らないまま、尋ねた。士郎はうっと唸ってから、やがて覚悟を決めたように大きく息を吸い込んで、
「その――待っていればそのうち帰ってくるんだから、それまでうちでのんびりしてるってのは、どうかな」
「…………ふむ」
その言葉に凛は少し考えこんでから、
「そうね。ま、それでもいいか」
そう言ってぱっとアーチャーの髪を手放した。すかさず這い回り、一瞬で凛との距離をとるアーチャー。
「士郎、お茶―」
もうアーチャーのことについては完全に興味を失ったのか、凛はテレビに見入りながらそう叫んでいる。はいはい、と士郎は返事をしながら、そっとアーチャーに近づいて耳打ちした。
「……………おいあんた、大丈夫か」
「……………………………………ふ……ふふ……よりによって、貴様に助けられるとはな……」
そう呟くアーチャーの目は、完全に死んでいた。