51.子供は正直

 沈黙。

 アーチャーと人影は見詰め合ったまま、言葉を発しない……

「……」

「……」

 人影の正体は子供だった。年は5歳か6歳程度だろうか――肩の辺りで髪を切りそろえた少女だった。彼女はぽかんと口を開けてアーチャーを見上げている。又、アーチャーも動くことも適わず、汗をだらだらとかきながら顔をひきつらせている――

「……………」

「……………」

 そして、沈黙に耐え切れなくなったのか、アーチャーがへらへらと割りながら口を開く。

「え、ええとだね。これは、その――」

 少女はアーチャーの言葉には耳を貸さず、ぴしりとアーチャーを指差すと、

「……へんたいのひと?」

 

52.見つかったら最後

 

「ち、違う! これには色々と深い事情があってだね――」

「じじょお?」

 純真そのものな瞳を輝かせて、少女は聞いてきた。アーチャーは反射的に目を逸らしつつ、

「そ、そう。実はだね、この格好は――ええと……」

 数秒黙考したまま固まっていると、子供が振り返って、道の奥に向かって声を張り上げる。

「ママー?」

「あああああっ!?」

 慌ててアーチャーは子供の服の裾をつかんで引き止めた。だらだらと汗を流しながら、びしっと人差し指を立て、必死に言い募る――

「そ、そう! 実は私は悪い魔法使いに呪いをかけられて、こんな格好になってしまったんだ!」

 …………。

 路地裏に静寂が訪れた。

 そして、それを破ったのは凛だった。頭の上からごすごすと踵を何度も叩きつけながら、半眼半笑いのまま尋ねる。

「……その悪い魔法使いって誰のことかしら。ねえアーチャー?」

「う……くっ……」

 されるがままになりながらも、アーチャーは耐える。

「うわあ……」

 と――

 声に反応して顔を上げると。そこには先ほどよりもますます目を輝かせている子供がいた。少女の視線の先にあるものはアーチャー……ではなく、その頭の上に乗っている凛だった。

「あ、しまった」

 全然焦りもしていない口調で凛がのんびりと呻く。

「ああああっ! 君ってやつはあああああっ!」

 そして、アーチャーは。

 半泣きになりながら、全速力でその場を離脱したのだった――

 

53.あかいあくま

 

「は……はっ……」

 荒い息をつきながら、ようやくアーチャーは足を止めた。額の汗をぬぐいつつ、慎重に周囲を見渡す。誰もいないことを確認してから、彼はもう一度嘆息した。

「な、なんとか逃げられたようだな」

「そうねー」

 ぱりぽりとポテトチップスを食べつつ、凛は適当に相槌をうつ。

「まあ別に、見つかったら見つかったで記憶操作すればいいだけだったんだけどね」

「…………………………」

 沈黙。アーチャーはカラダの半分を灰と化している。凛は無造作に首を傾けると、にこにこと笑いながら、

「もちろんアーチャーはきづいていたわよねっ?」

「も、もちろんだとも。ははっ――何を今更そんな当然のことを」

「じゃあアーチャー」

 言うなり凛はにっこりと笑って、

「商店街、いきましょうか?」

 

54.ぶっちゃけ

 

「………………………………ええと」

 のろのろと――やたらと引きつった表情を浮かべながら、アーチャーは恐る恐る聞き返した。

「すまない、凛。今の言葉がよく聞き取れなかったのだが」

「うん、だから。商店街にいきましょう?」

 何の疑問をはさむ余地もないとばかりにきっぱりと、凛は繰り返す。

「い、いやいやいやいや」

 ぱたぱたと手を振って、アーチャー。

「それは無理だろう? 私はこんな格好なわけだし……」

「うん、別にわたしは気にしないけど?」

 凛は声のトーンも変えずに、再び言い切る。

 アーチャーはなおも食い下がった。

「そ、それになんでわざわざそんなところに――?」

「おみやげよ」

 凛はきらりと目を光らせ、言い切った。

「は?」

 ぽかんと口をあけ、聞き返す。わかってないわねー、と肩を竦めながら、凛は続ける。

「おみやげがないじゃない。手ぶらで人様のお宅にお邪魔するなんて出来ないわ!」

「今まで君が一度だってそんなことしたことはなかっただろうっ!?」

 アーチャーの全力の叫びを、凛は軽く受け流した。

「気のせいよう」

 ……ふらり。

 アーチャーの体がよろめく。それでも周囲への警戒を怠ることはなかったが。何かを言おうと口を開きかけ、そして無駄だと判断したのか、やめる。やがて観念したのか、それとも最早どうでもよくなったのか――アーチャーはとぼとぼと歩き始めた。ずるずると足を引きずるようにしながら。

「…………凛」

 ぼそり、と。

 とぼとぼと歩きながら、低い声でアーチャーはたずねた。

「本音は?」

「なんか面白くなりそうだから?」

 

 

55.プライド < 身の安全

「…………ここまで正直に言われると、逆にすっきりするな……」

 はっはっは、と乾いた笑い声をあげ、アーチャー。ぴきぴきと顔やら全身が引きつっているようではあるが。

 凛は気にも留めずに、商店街の方向をびしりと指差して、

「さあ、じゃあさっさといきましょうか」

「行かないっ!」

 アーチャーが反射的に叫んだ。瞬間――

「ふうん?」

 ……と。

冷たい声が、頭上から降り注いだ。

底冷えするくらいの冷めた声に、アーチャーはぴたりと動きを止めた。

「アーチャー。わたしに逆らう気?」

「え、ええと、だね――」

 やたらと動揺しつつ、それでもなんとか反論しようと口を開け――

 そしてその瞬間、凛は次なる言葉を発した。

「ふうん、そう。アーチャーったら嫌だとかそんなこと言っちゃうんだあ?」

 ぎしり。硬直していたアーチャーの体が傾いた。だらだらと滝のような汗が流れ始める。

「……」

「……」

「……………」

「……………」

 そして。

 がっくりとうなだれ、アーチャーは観念したように呟く。

「……出発するとしようか、マスター」

 

 

56.おかいもの

 

「しかし、凛」

 物陰から物陰へとすばやく移動しつつ、アーチャーはそっと頭上の凛に尋ねた。

「商店街でいったいなにを買うのかね」

「そうね」

 その言葉に、凛は菓子を食べる手を止め黙考した。考えること数秒。緩やかに目を開き、彼女はおごそかに告げる。

「ティッシュ」

「……………は?」

 アーチャーはたまらず聞き返した。

 凛は髪をかきあげ、なぜか挑戦的に口元を吊り上げ――少しの迷いも見せず、きっぱりと言い切った。

「ティッシュにしましょうか」

 

57.いやがらせ

 

「え、ええと凛」

 顔面を汗まみれにしながら、震える声でアーチャーは裏返った声で呟いた。

「ん?」

「なんで……わざわざそんなものを……? どう考えてもおみやげ向きの品ではないと思うのだが……」

「………アーチャー」

 やたらと満足そうな表情を浮かべ、凛はぽんっ、とアーチャーの頭を叩いた。ただひたすらにさわやかに、きっぱりと言い切る――

「それがいいんじゃない」

 

58.つかれた

 

「………もう、何も言うまい……」

 何かを悟りつつ人生をあきらめたような、そんな濁り切った目で、のろくさとアーチャーは呟く。

「うんうん」

 凛はかけらも気にした様子もなく、適当に相槌を打つと、

「さあ、と言うわけで行くわよアーチャー。全速前進!」

「……君は絶対私のことを乗り物か何かだと勘違いしてるだろう」

 ぼそりと、覇気のない声で呟くアーチャー。

「そんなことないわよ」

 凛は笑う。あくまでも優雅に。

「アーチャーは奴隷じゃない」

「だから、ちがうと……!」

 歯軋りしながらも一応アーチャーは反論しようとして――

「……………………はあ」

 そして嘆息を一つするとともに、とぼとぼと道を進み始めた。

 

59.Are you ready?

 

 約十分後。

「ついてしまった……」

 どんよりとした顔つきのまま、こっそりとアーチャーと凛は路地裏から商店街の様子を伺っていた。日曜の午後とあって、人通りはかなり多い。普通に歩くだけですら誰かにぶつかりそうになるくらいは混雑しているようだ。この中を誰にも見られることなく移動するのは、至難の業だろう。

「……凛。どう考えても見つかると思うのだがな」

 声を低く抑え、アーチャーが頭上の凛に囁いた。

「ふーん」

 ビスケットをぱくつきながら、凛は気のない返事を適当に返した。

「……もうなにをいっても無駄なのだな……」

 ううううう、と唸りながら、アーチャーは静かに涙する。

「わかればいいのよ」

 ふんぞり帰り、凛。

「………………………………」

 顔をどす黒く染めて、アーチャーはただ黙する。

「さあ、アーチャー」

 にやり――

 口の端を歪め、凛は前方に目を投じた。道を挟んで向かい、そこに薬局がある。そこならばティッシュも売っているはずだった。

「突貫するわよ……?」

 

 

60.再会

 

「凛」

「なに?」

「考え直す気はないかね」

 じりじりと大通りからさりげなく後退しつつアーチャーはしぶとく食い下がった。

「全く?」

 凛は容赦なかった。

「………そうかね」

 ふっ……

 その一言で全てを悟ったのか、アーチャーは真っ黒な表情を浮かべて俯いた。大きく息を吐く。それからアーチャーは『きっ』と顔をあげると、口をひきしめた。

「よし、行くぞ凛――!」

 裂帛した気合と共にアーチャーが一歩、足を踏み出す――!

「うん、がんばってねー」

 適当に凛が言ってのける。

 そして。

「あー、さっきのへんたいのひとだー」

「ひっ……!?」

 声にびくりと体を震わせつつ、視線を移動させる。

「あ……うぁっ……!?」

 声にもならないのか、口をぱくぱくさせて、アーチャー。

そこには、通りから顔だけをひょっこりだして、先ほどの子供がアーチャーたちを見て、ひらひらと手を振っていた。

「な、なんでこんなところに――」

 アーチャーがぷるぷると子供を指差すのと、

「ねえ、ママー」

 子供が壁の向こうに振り返り、そう呼びかけるのはほぼ同時だった。

 そして。

「うわああああああああ!」

悲鳴とも絶叫ともつかない奇声をあげながら、アーチャ−は全力でその場を逃げ出した――











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