41.奴隷

 ……十分後。

「ええと――」

 床の上にゴミのように放り捨てられていたアーチャーは、ぴくぴくと痙攣している体を無理やり動かし、あくまで控えめに提案した。

「さ……さすがにこれは……やりすぎではないかと思うのだが……」

「そんなことないわよ」

 平然と凛は言い切った。

「……………そうか」

 そろそろくじけそうになりながらも、逆らうことなく、アーチャーはのろのろと頷く。

「アーチャー」

 そんなアーチャーの様子には目もくれず、凛は静かに口を開いた。

「……なにかね」

 剣呑な口調で聞き返す。

「喉渇いたから紅茶いれて?」

 凛はにっこりと笑いながら――命令した。

「………………………了解した」

 どんよりとした顔で呟きながら、それでも素直に身を起こしつつ、アーチャーはよろよろとキッチンへと向かう――

 凛はすごく嬉しそうに微笑みながら、その背中に向かって追い討ちをかける。

「あ、ついでに何か摘まむものも。1分以内よ?」

「……………………………………………」

 






 

42.そもそもの話

 

「で」

 紅茶を飲みながら、凛は静かに呟いた。

「まあ、とにかくどうにかしなきゃいけないんだけど――」

「……ここまで来るのに,また随分時間がかかったものだな……」

 ぼそりと呟くアーチャーの手をぺしりとはたきながら、凛は続けた。

「ほら、アーチャーちゃんと聞きなさい」

「ふむ」

 アーチャーが居住まいを正す。

 凛は髪をかきあげると、

「ええとね。だから、どうやって元に戻るかなんだけど」

「……というか」

 顎に手を当て、アーチャーは考え込むようにしながらぽつりと呟いた。

「元に戻ることは可能なのかね、そもそも」

 そして、その一言に。

「……………………………え?」

 凛はぴしりと凍りついた。






 

43.ペット

 

「いや。どうもキミは元に戻れる(・・・)ことを前提に話を進めているようだが――」

 ちらりと凛を見て、アーチャーは続ける。

「――戻れない、という可能性もあるだろう?」

「え……ちょ、ちょっと待って……?」

 顔を真っ青にしながら、凛は片手を上げて聞き返した。

「わたし、一生このまま……?」

「かもしれないな」

 重々しくアーチャーが頷く。

「え、だって――ちょっと失敗しただけじゃない」

「それは私に言われてもな」

 ぼりぼりと頭をかき、アーチャーは唸る。

「だがしかし、少なくとも今の君の状態は私にどうにかできるものではない」

「えー………と……」

 凛は呆然としたまま、固まっている――

「……まあしかし安心したまえ、凛」

 不敵に笑って、アーチャーは言い切る。

「え?」

 聞き返す凛に、アーチャーは朗らかに笑って、

「何、そのままでも問題はないさ。きちんとわたしが責任を持って一生養ってあげるから――」

「そ・れ・が――」

 怒りのマークを浮かべて凛は拳を握り締め――

「一番っ! やなんでしょーがっ!」

 問答無用とばかりに、アーチャーの鳩尾にコーク・スクリュ−・ブローを叩き込んだ――






 

44.信用なし

 

「……ああもう、どうしたらいいのよ……」

 ……凛は頭を抱えて唸っていた。

 やがて、のろのろと顔を上げると、えらく情けない表情でアーチャーに尋ねる――

「アーチャー。本当に無理なの?」

「嘘を言ってもしかたあるまい」

 呆れたように言い返すアーチャー。

「えー、でも」

 凛はそんなアーチャーに疑わしげな視線を送りながら、

「なんかあんたなら嘘つきそうだし」






 

45.まじです

 

こめかみに一筋の汗を垂らしながら、アーチャーは引きつった表情で告げる。

「……ま、まあ確かに少しそんな考えが思い浮かんだこともあったさ。しかしだね」

「あったんだ」

 凛は聞き逃さなかった。

 アーチャーは聞こえなかった振りをして、なおも続ける。

「しかし、確かにあったが――どうにもならない、というのは嘘ではないさ」

「またまた」

 ぱたぱたと手を振り、凛。

 アーチャーは彼女に哀れむような目を送りながら、

「……凛。君が事実を認めたくないのはわかるが」

 そして彼はそっと言葉を区切ると、重々しく告げる。

「そろそろ――現実を受け入れるべきだろう」

「……………………………………う」

 凛は、今度こそその言葉に硬直した。






 

46.イリヤ

「……嫌よ」

凛はぼそりと呟いた。

「む?」

アーチャーが首をかしげると、凛は勢いこんで、

「嫌に決まってるじゃないそんなの! 絶対何か元に戻れる方法があるにきまってるわ!」

「ふむ。まあ現実を直視したくないのはわかるがね」

アーチャーは目を細めて、かわいそうな目で凛を見下ろす。

「って、そんな目でみるなー!」

 たまらず凛は叫んだ。ああもう、と唸り、首をひねる。落ち着きなくとんとんと足で床を叩き、それから周囲をうろうろと歩き始めた。

「そうよ、イリヤ!」

 ……凛が唐突に叫んでのは、それから一分ほどしてからのことだった。

「ふむ?」

 語尾を上げて聞き返すと、凛は唾を飛ばしながら、目をきらきらと輝かせて、

「あの子ならなんとかできるんじゃないかしら。ねえへっぽこ?」

「だれがへっぽこかね!」

「そうよ、そうに決まってるわ。よしアーチャー、そうと決まったら、早速士郎の家行くわよ!」

 言い切って、張り切る凛――

 それを見ながら、アーチャーは一つ嘆息をするのだった。






47.頭の上

 

「で、まあ行くのはいいのだが」

 アーチャーは苦々しく顔をしかめながらうめき声をあげた。

「これはどうにかならないのかね、マスター」

「ならないわよ」

 声は、アーチャーの頭上からした。

 アーチャーの頭の上に凛が乗っているのである。

「……しかしだね」

 背筋をぴんとはったまま、恐る恐るアーチャーは提言する。

「頭の上というのは、色々とどうなのだろうか」

「何よ、歩いていけっていうの? この大きさでそんなことしたらどれだけ時間かかると思ってるのよ」

「そうとは言っていないだろう。そうだな……せめて鞄の中とかポケットの中にだね」

「嫌よなんか変なものはいってそうだし」

 凛は露骨に嫌そうな表情で、即座に却下した。

「何も入ってないっ!」

 たまらず叫ぶアーチャー。

「ともかく、これはどうかと思うのだが?」

「あー、じゃあもうこう言えばいいのかしらね」

 皮肉げに呟くアーチャーに、凛はにっこりと笑ったまま、

「いいから、黙って進め?」






 

48.モーマンタイ

「……ちょっと待った」

アーチャーがぴたりと動きを止めたのは、ノブに手をかけた時のことだった。

「そういえば、凛。私はこんな格好なのだがな」

 言って、エプロンをつまんでみせる。その下にあるものといえば、赤いぴちぴちのビキニパンツのみ。

 しかし凛は動じることなく、

「いいから早く行くわよアーチャー」

「い、いや凛。だからだね」

「うん、だから」

 ぐりっ。

 足でつむじを圧迫しつつ、やはり凛は笑って告げる――

「さっさと進みなさい?」






 

49.しょくしつ

「くっ……これは……見つかったら言い訳のしようもないではないか」

 壁から壁へとすばやく移動しつつ、アーチャーはぼやく。

 家を出てから五分ほど。人に見つからないように身を隠しながら、アーチャーは進んでいた。

 一方凛はぱりぽりとポテトチップス(もってきていた)にかぶりつきながら、

「職質されたら職業はみつめやさんです、っていうのよアーチャー。趣味は二次元ダイブ」

「つかまるのが前提かねっ!? というより、その答えはなんなのだ!?」

 たまらず大声をあげて、しまった、と手で口を押さえる。

「あら。ぴったりだと思うけど」

 平然と言う凛に、アーチャーは頭を抱える――

「ああもうっ……!」

「あ、アーチャー」

「なにかねっ!?」

「特技はセクシービームよ?」






 

50.メタルギア

「大体だね」

 呟きながら、アーチャーはすばやく辺りを確認する。

「人に見つからずにこの時間帯の道を進むというのは」

 人がいないことを確認するや否や、体を揺らさないようにしながら、ダッシュ。

「並大抵のことではないんだ」

 再び壁に張り付き、アーチャーはそろそろと辺りをうかがう――

「別に見つからずに行きなさいなんて言ってないけど」

 ぱりぽりとポテチを食べながら、凛はあっさり呟く。

「私が困るんだ私がっ!」

 反射的にアーチャーは叫んだ。

と、その声に反応してか、道の奥からひょっこりと人影が姿を現した。

『……あ』










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