21.読まれてる

「ほ……他の服をつくるから、勘弁してくれないか、というか勘弁してくださいお願いします」

 アーチャーがそう提案すると、凛は鷹揚に頷いた。やれやれ――と我が侭な子供を見るような目つきで、

「わがままよね」

「どっちがだねっ!?」

 思わず叫ぶ。

 凛は聞いた素振りもなく、髪をかきあげながら続ける。

「まあ、でも作ってくれるんなら、それでいいけど」

「本当かねっ?!」

「うん、まあ。あんたを裸エプロンにするよりこっちの方がいくらか建設的だし」

「そ……そうかね」

 なんとかそれだけ頷いて、アーチャーは作業に取り掛かろうとした。

「あ、アーチャー」

 凛はジト目のまま、からかうように声を張り上げる。ただし、その目は全く笑っていないままに。

「普通の服じゃないと殺すわよ?」

「く……」

 そう呻いたアーチャーの手の中には、ナース服が姿を現しつつあった。





 

22.禁句

 

「で、これしかないってどういうこと?」

「だ、だから言葉通りの意味だ。私の持っているのは、そのメイド服とこのナース服だけだ」

 と言ってアーチャーが掲げて見せたのは――なんと言うか、簡単に言えば『白い水着』だった。

「……ふうん? つまりあんたは、これがナース服だって言い張るんだ?」

 ぴくぴくとこめかみをひきつらせつつ、凛がうめく。

 確かに生地自体は水着用のものではなく、また、要所要所にナース服『らしさ』を出そうと工夫はしてあるのだが――

「……ぱっと見、水着なんだから水着なのよ」

 凛は言い切り、はあ……と嘆息する。

「そ――そうだ。ちゃんとナースキャップもあるぞ?」

 ぱっと顔を輝かせてアーチャーが懐からナースキャップ――なぜかこれだけはまともなナースキャップだ――を取り出す。が。

「だからっ! 単に水着とナースキャップでしかないってのよ!」

 凛はがーっと叫んで、ふんと鼻を鳴らした。

「はあ……」

「むう。どうしたのだ凛」

「なんでここでそういう風に聞けるのか本気で不思議なんだけどわたし」

 険悪に唸るが、アーチャーは大して気にした様子もない。

 凛はしばらくそんなアーチャーをジト目で睨んでいたが、

「……これでいいわよ、もう」

「む?」

「これでいいって言ったの! ……あんなのよりかは、まだましよ。ったく……」

 ぶつぶつと呟きつつ、メイド服を手に取る凛。

「そ、そうかね」

「……納得は全然してないけど」

 豊前としたまま、服を手に取りスカートの中へと潜っていく凛。

「――凛、少し待ちたまえ」

 と、アーチャーがふいに呼び止めた。

「?」

「いや。確かに服はそれでいいかもしれないが、下着はどうするのかね。一応あるにはるが……」

「う……」

 微妙に表情を歪ませ、凛は口ごもった。

「……ちょっと考えさせて」

「ふむ、それは構わないが」

 軽く肩を竦め、アーチャー。と、そこでふと思いついたようにぽつりと零す。

「……まあしかし、ブラジャーは……」

 何気ないその一言が――

 

 ――何か、決定的なものをひとつ、壊した。

 

「……ええと、アーチャー?」

 ぎしり、と。

唐突に――周囲の空間が歪むような音とともに、凛は呼びかけた。

「な、なにかね」

 戸惑った凛はにっこりと笑ったままで、

「続きは?」

「は?」

 アーチャーが聞き返すと、凛はますますにっこりと笑って聞き返した。

「だから……続き。ブラジャーがどうかしたのかしら?」

 アーチャーはその言葉に一瞬怪訝そうに眉をひそめて――そしてはっと顔を引きつらせた。大きく両手を振りながら、

「い、いや違う。違うぞ凛。私はあれは構造がいまいちよくわからないということを言いたいのであって、決して君の胸が小さいとか絶無だとか付けたところで意味ないとかそういうつもりは――」

「って――」

 びしり、ととうとう笑顔に亀裂をはしらせながら、凛が拳を握り締める――

「しっかり言ってるってのよーーーーーーー!」

 ……地下室が、今までで一番大きく振動した。







 

23.日本語、むずかしいデース

 

「ったく、もう……」

 ぶつぶつと唸りながら、スカートのジッパーをあげる。くるりと自分の姿を見渡してから、ようやく凛はにっこりと満足げに微笑んだ。

「うん、まあこれでよしとしましょう」

 赤の上着に黒のミニスカートといういつもの格好である。とは言えリボンは付けていないし、ニーソックスも履いていないのだが。

「ふむ――」

 その様子を傍観しながら、アーチャーは感心したように声をあげた。

「な、なによ。じろじろ見ないでよね」

「あ、ああ。すまない」

 謝りつつも、アーチャーは凛から視線を外さず、凝視している――

「…………」

「…………」

 凛は頑なに無視を決め込みながら、服に付いた埃を払っている。

「ああ、ところで凛――」

 と、さりげない口調でアーチャーが口を開いた。手で口元を隠しつつ、ひそひそ声で続ける。

「これを……つけてみる気はないかね……?」

 言って、そっともう片方の手を差し出す。その手の中には――

「……ネコミミ?」

 凛サイズにカスタマイズされた、白いネコミミがあった。アーチャーはにやにやと口を歪ませながら、

「そうだ。これをつけてくれたら、なんだかもっと萌え――もとい、君に優しく出来そうな気が――」

「ああ、アーチャーつけたいの?」

 ふうん、とネコミミを受け取り、しげしげと眺めながら、凛は呟く。

「……は?」

 アーチャーはぽかんと聞き返した。凛はくるくるとそれを回しながら――目は全く笑っていないのだが――朗らかに告げた。

「だから、わたしが、アーチャーに、ネコミミをつけてあげたら、アーチャーはわたしの下僕になるのよね?」

「い、いやそうではなく、って下僕というのは――」

 慌てて言い直そうとするアーチャーに、凛は繰り返す――

そう(・・)()()()()?」

「……………………はい……」

 有無を言わさないその言葉に、アーチャーはがっくりとうな垂れた。






24.ネコミミ裸エプロン

 

「うん、似合ってるわ」

 凛は心底嬉しそうな笑顔でそう言うと、ぱんと両手を打ち鳴らした。

「……嬉しくないな……」

 どんよりと顔を曇らせて、アーチャーはぎりぎり呻いた。崩れ落ちる寸前でぎりぎり踏みとどまっているのか、色々な意味で不安定である。少し動くだけで赤いビキニパンツがちらちらと見えるのも、それに拍車をかけていると言えなくもないのだろうが。

 アーチャーの今の格好は、先程から付けているフリルエプロンと赤のパンツ、そしてネコミミに尻尾(凛に無理やり出さされた)という格好である。

 もう完全にアウトだということは本人も自覚しているのか、格好についてこれ以上文句を言う気はないようである。最も言ったところで聞いてはくれないのだが。

「いいじゃない。可愛いわよ」

「はははは……」

 乾いた笑いを浮かべて涙を流す、ミスターネコミミ裸エプロン。

「はぁ………………」

 ……笑い声が途切れた後のその嘆息には、哀愁すら漂っていた。






 

25.必須アイテム

 

「ほらアーチャー、何ぼーっとしてるの。さっさとリビングいくわよ」

「あ、ああ……」 

何やってんのよ、と呆れたように言ってくる凛に、アーチャーはのろのろと頷いた。非常に疲れたような表情だった。

「ほら、手下ろしてよね。これじゃ乗れないじゃない」

彼女の言葉に従い、アーチャーは素直に右手を地面に置いた。それに足をかけ、今度は転ばないように、慎重に凛は腰をかける。ちょこんと掌の上に座ってから、彼女はアーチャーの顔を見上げて、いいわよ、と合図を送った。それを確認し、アーチャーはそろそろと手を引き上げ、立ち上がる――

「…………」

 その間彼は、ぼんやりと凛の姿を見つめていた。

「……? どうしたのよ」

 むず痒そうに、凛。

「いや、なんと言うか――」

 違和感のようなものを感じているのか、言ってしきりに首をかしげるアーチャー。

「?」

 凛もまた、その意味がわからずに疑問符を浮かべる。

「ああ、そうか」

 アーチャーはひとりで納得したのか、一転して破顔した。もう片方の手をいそいそとポケットの中に突っ込みながら、

「いや、すまなかったな。凛」

「……今度はなに?」

 ややうんざりした表情で凛は呻く。

 いや何、とアーチャーは苦笑しながら口を開いた。ポケットの中から優雅に手を引き抜き、その中身をそっと凛の目の前に差し出しながら、心底安堵したと言う様に続ける――

「私としたことがこれを忘れていた。君にはこれがないとな」

掌の上に載っていたものは。

「…………ニーソックス…………?」

黒い、一対のニーソックスだった。

サイズこそ違うものの、いつも凛が履いているものに酷似していた。

 アーチャーはその通りだ、と頷くと解説でもしようというのか、口を開き――

「その通り、ニーソックスだ。いやしかしここは『ニーソックス』ではなく、あえて『ニーソ』と言うべきで――」

「死・――」

 言うと同時、圧倒的な殺意が膨れ上がり――

「ねえええええええええっ!」

得意げに解説するアーチャーの右頬に、全身のバネを使った凛のガゼルパンチが炸裂した――






26.調子のるな。

 

「全く、あんたは〜……!」

 ぜーはーと息も荒く、凛はぎろりとアーチャーを睨みつける。

 アーチャーは、それでも懲りた様子もなく、さわやかに口を開いた。

「はっはっは。痛くないな、凛」

 サイズが圧倒的に違うせいか、それほどのダメージはなかったようである。殴られた右頬をさすりながら、したり顔でアーチャーはうんうんと頷いてみせる。

「あ、あんたねえ……」

 ぐっと言葉に詰まって、凛が呻く。

 アーチァーはさらに続けた。

「と言うことはあれか。ひょっとして、私にとって今の君は脅威ではないということか?」

「…………」

 口ごもった凛を見下ろし、アーチャーはにんまりと口を歪めた。今までの恨みや呪いを全てその笑顔に込めたと言うかのような――邪悪な笑顔だった。

「そうか。と言うことは何でもし放題かな? ふむ、それならそれで悪くは――」

「うん。でも、アーチャ−?」

 にっこりと笑って、凛はこめかみに怒りのマークを浮かべる。

「ちっちゃいから出来ることってのもあるんだけど?」

 笑顔のままそう言って軽やかにジャンプすると同時――

凛の繰り出した両手パンチが、アーチャーの両目を貫いた。






 

27.なかゆび

 

「……いくらなんでもこれはやりすぎではないのかね、凛」

 だらだらと両目から流血しつつ、控えめにアーチャーは意見した。

「ふん、何よ。まだやり足りないくらいだわ」

 腕を組み、そっぽを向いて、凛。これ以上議論するつもりはないと言うように手を振って、

「ほら、さっさと行きなさい」

 顎で出口を指し示す。納得はしていないようだが、それでもアーチャーは大人しくその言葉に従って歩き始めた。が、ふいに足を止めると彼はくるりと振り返った。しかめっ面を隠そうともせず、告げる。

「……む、待ちたまえ」

「え?」

 聞き返す凛に、アーチャーは、いや何、と続けた。床に散らばったままになっていた凛の服を指差して、

「服が散らばったままだったろう。あれも持っていかなくては」

「あ、ああ。そうね」

 凛は頷いた。

「――って、ちょっと待って!」

 はっと何かに気づいたように叫ぶ凛の声と、

「む、これは……」

 アーチャーがスカートと同時に凛の下着を拾い上げるのは、ほぼ同時だった。

「…………」

「…………」

 両者ともに、沈黙する。

 その間を打ち破ったのは、例によって凛のどす黒い声――

「…………ア〜チャ〜?」

「ま、待ちたまえ凛、私が悪いのかねっ!?」

 地獄の底から響くような凛の声に、アーチャーは慌てて声を張り上げる。

「あんたのっ! せいに決まってるでしょーがっ!」

 叫ぶと同時、凛はアーチャーの中指に飛びつき――問答無用に爪を剥がしきった。






28.人生なんてあきらめの連続(何

 

「おおおおおおお……」

 言い訳の仕様のないほどに真紅に染まった指をぶるぶると震わせ、アーチャーは悶絶していた。床には赤い塊が一つ、ぼたりと転がっている。剥がされたアーチャーの爪だった。

 さっさとアーチャーの肩に移動していた凛は、ふんと鼻息も荒く、髪をかきあげる。

「何よ、そんなに痛がることないじゃない」

「い、痛いに決まってるだろうっ!? と言うか君は、信じられないことを平然とだね――どこの地下室の拷問かねこれはっ!?」

「ちょっと、叫ばないでようるさいから」

 煩わしそうに顔をしかめながら、両耳を手で防ぐ。

「くっ……君ってやつは……」

 アーチャーは悔しそうに唇をかみ締めるが、それ以上は何もいわずに、ただ一つ、深く嘆息した。

「はぁ……」

 凛はそんなアーチャーの様子には目もくれず、マイペースに告げた。

「ああもう、いっかあ。アーチャー、こうなったら。そこにあるの全部拾って」

「う……くっ……なら、なんで……攻撃……?」

 息も絶え絶えにうめくアーチャーの言葉は、きっぱりと無視された。

「ほら、早くして。靴も忘れないでよね」

「あ、ああ……」

 もう反論すらせず、アーチャーはのろのろとその言葉に従う。

 その背中は、妙にすすけているようだった。






 

29.本気うざい

 

「しかし、凛」

 凛の服を両手に抱え、階段を上りながら――アーチャーは前を向いたままぼんやりと呟いた。

「……何よ」

 うんざりしたように顔をしかめて、凛は聞き返す。

「真面目な話、どうしてこうなるんだ」

 ぴくり。

 凛は一瞬言葉に詰まった。どう説明したものかと視線を宙に彷徨わせてから、簡潔に述べる。

「……だから、失敗したのよ。魔術にね」

「それで、縮んだ、と?」

 慎重に一段ずつ階段を上りながら、そっと横目で凛を見て、アーチャー。

 言ってから凛は頭を抱え込んだ。毒づく。

「そう。――ああもう、なんでわたしったらいつもいつも……」

「安心しろ、凛」

 そう告げたアーチャーの言葉は優しく、凛を気遣うような雰囲気を漂わせていた。

「え?」

 思わず凛は顔を上げた。

 アーチャーは、あくまで優しい表情を崩さずに――あまつさえ歯をきらりと輝かせながら、爽やかに告げた。

「ちっちゃいほうが、萌え度が高いぞ?」

「あーもういいからあんた黙れ」

 凛は疲れたようにそう呻いて、とりあえずアーチャーの頚動脈を蹴り飛ばした。





 

30.『77』

 

 リビングに到着して、凛は机の上に降りた。大きく伸びをしながら、服を片付けていたアーチャーに向かって口を開く。

「とにかくこれ、どうにかしなくちゃならないわよね。アーチャー、貴方これなんとか治せない?」

「そうだな。なんの魔術を使ったかによるんだが」

 ちらりと凛を振り返って、アーチャー。

「……え?」

 凛は両腕を上げたポーズのまま、固まった。

 アーチャは真剣な表情になって、凛の傍に歩いてきた。椅子に腰掛け、机に両肘を付き、両手を顔の前で組み合わせる。すっと真正面から凛の顔を見据え、彼は静かに続けた。

「魔術の種類による、と言ったのだよ。正直そういったことは得意分野ではないが、ひょっとすればなんとかなるかもしれない」

 そこまで言ってから、彼はぐいっと身を乗り出した。

「凛。君は一体どんな魔術を――?」

「そ……それは、その」

 真剣な眼差しに射抜かれ、凛は居心地悪そうに口ごもった。視線をあさっての方向に逸らし、ごにょごにょと何かを呟いている。

「……で……なやつ」

 アーチャーは眉をしかめて聞き返した。

「……? すまないが、聞こえない」

「だ――だからっ!」

 凛は顔を真っ赤にさせながら、がばっと顔を上げた。

 それから、がっくりとうな垂れ、小さな声でぼそりと呟く――

「……………………胸が、大きくなるやつ」








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