101.2対1

 

「し、しかしリン」

 顔を引きつらせながらも笑顔を作り、セイバーはぴっと指を立てると、

「容姿など、そこまでこだわるようなことでは──」

「そうですよ」

 と、大きく頷いたのは桜だった。彼女は真剣な眼差しで身を乗り出すと、

「胸なんて大きくても肩がこるだけです。いいことなんてないんですっ」

『桜はだまっていなさいっ!』

 とたん、があー、と凛とセイバーが揃って叫ぶ──

「………こだわってるじゃないの。」

 半眼でそう呟くイリヤの言葉は、嘆息まじりだった。

 凛は真剣な眼差しでセイバーへと向き直ると、

「というわけでどうにかして胸をでっかくしてね――」

「って、なあ遠坂。元に戻るのが目的だったんじゃあ……?」

『いいから、だまってなさい!』

 再度、二人が怒声をあげる。

「……はい」






 

102.かつて通った道

 

「大体桜は──」

「そうです! そもそもですね──」

 桜に向かって詰め寄る凛とセイバーをぼんやりと眺めて──

「……はぁ」

 士郎はげっそりとしながら嘆息した。

 と、そこにとことことイリヤが寄ってきて、

「ねえシロウー」

「ん?」

 振り返った士郎に、イリヤはにんまりと笑みを浮かべながら、

「シロウは胸のおっきいのとちっちゃいの、どっちが好き?」

「え、いや、それは……」

 顔を真っ赤にさせて呻く士郎。ふと気づくと、言い争いをしていた凛たちもがぴたりと口を閉ざして聞き耳をたてている。

「──ふむ、小さいほうだな」

 と断言したのは、アーチャーだった。

「なっ!?」

 顔を引きつらせながら反射的に振り返る士郎を悠然と見下ろしながら、アーチャーは言い含めるようにゆっくりと繰り返した。

「小さいほうだ。そうだろう(・・・・・)?」

「く…………」

 ──士郎は何も言い返せず、沈黙している──






103.流れ的に

 

「……なんで、あんたは」

 長い長い沈黙の後に呟かれたその一言は、噛み締めるような苦しみを帯びたものだった。

「ふん、知れたこと」

 アーチャーはふんと鼻で笑うと、

「目をみれば……その程度のこと、わかるのだよ」

 そう言って、皮肉げに口を歪めてみせた。

「……アーチャー……」

 呆然と、何かに感銘を受けたかのように士郎が言葉を揺らす。

 その様子を眺めながら、凛がぽつりと、

「……え、ベッドシーン?」

『しないっ!』






 

104.わくわく

 

「いや、べつに、ねえ?」

 にやける頬を押さえて、凛が視線を桜に向ける。

「そそ、そうですね。それならわたしたちはこっそりと──」

 きらきらと目を輝かせて頷く桜。じゅるりと涎を拭っている。

「ええ。まあ恋愛は個人の自由ですし、その対象が何と言うか──ええ、ええ。私たちの時代にもかなり多かったと聞きますし……」

 こくこくと頷き、呟き続けているセイバー。

 そして士郎は、そんな三人をぼんやりと眺めながらのろのろと呻く──

「……なんか、みんな変わったよなあ……」






105.あっさり

 

「はいはい、そこまで」

 ぱんぱんと両手を打って凛が場を沈めた。

 大人しく皆が口をつぐむ。

「とにかく、イリヤ」

 言いつつ彼女は真剣な眼差しでイリヤを見上げて、

「これ、戻してほしいんだけど」

 ぴっと自分を指差して、そう告げる。

「……診てみないとなんともいえないわね」

 イリヤはふむ、と唇に指を押し当てながら呟いた。

「そ。じゃあお願い」

「いいけど」

 あまり気乗りしない様子でイリヤは頷く。そしてくるりと士郎へと振りかえり、

「じゃあシロウ、そういうわけだから、ちょっと外に出てて?」

「何でさ」

 やや心外だというように眉をひそめて言い返す士郎に、イリヤはあっさりと、

「脱がすもの」

「あ、ああ、そうか」

 顔を赤く染めてそそくさと退散する士郎の横で。

「ふっ。それはなおさら出ていくわけにはいかないな、イリヤス、」

 やたら自信満々な表情で腕組みさえして、アーチャーが高らかに宣言する。そして凛はそれを見据えながらあくまでにこにこと笑い、

「うん、それってつまり両目打ち抜かれてもいいってことよねアーチャー?」

 その両手に、ガンドを溜めながら聞き返した。

「行くぞ衛宮士郎!」

「アンタなあ……」

 そして即座に身を翻し、アーチャーは嘆息する士郎を引っ張りながら退散した。






106.ルーザー

 

「ふう」

 廊下に出るなり、アーチャーは静かに息を吐いた。

「ん?」

 見上げる士郎をよそに、アーチャーは顔をほころばせながらくるりと背後を振り返ると、

「さて、覗くか」

「ああもうアンタって奴は……! セイバー!」

 顔をひきつらせて、士郎が叫ぶ。その言葉に応じるようにセイバーが裂帛した気合を吐き──

約束された(エクス)──」

「いや冗談だ。止めたまえ頼むから」

 顔を真っ青にさせてぶんぶかと手を顔を振り、アーチャー。

「絶対本気だったろ」

「……まさか?」

 ジト目で呻く士郎に、アーチャーは言い返す。

「すごく間が空いたようですが」

 士郎と全く同じ表情で、セイバー。

 それでもアーチャーは余裕のポーズを崩さない。

「……ふ、ふっ」

「あ、動揺した。動揺してるぞこいつ」

「そうですね。まだまだ爪が甘い」

 ぼそぼそとアーチャーの目の前で呟く二人。

 次第にアーチャーの全身に汗が浮かび始める。

「……」

「……」

「……」

 微妙な沈黙が廊下を支配しはじめた時──

「……くそおおお!」

 そう叫んで、アーチャーは廊下を走り去っていった……






 

107.「思い出」

 

「……ふう」

 かたん、と音が鳴る。

「やれやれ……」

 同じ敷地の上とは言え、一度中から出てしまえば喧騒は薄れる。階下から響くわずかな音を耳に止めながら、アーチャーは黙って景色を眺めていた。

 屋敷の屋根の上である。

「……ま、まあ、このくらいでいいとするさ」

 意味不明の言い訳のようなものを口走りながら、座り込む。よく見れば頬には一筋の汗が浮かんでいるのだが。

 独り言はまだ続くのか、彼は皮肉げに肩を竦めながら、

「しかしまあ、これで──」

 そこまで呟いて、何も言うべき言葉が思い浮かばなかったのか、彼は押し黙った。

 何とはなしに、ずれかけたエプロンを直すため、手を服へと添える。

 チャリっ……

 エプロンの中から微かに音がした。アーチャーが首をかしげながら中を漁ると──

「……む、これは」

 そこから出てきたのは、赤いペンダントだった。

 アーチャーはさらに眉を潜めた。

 首をかしげながら、ポケットを漁る。──硬い感触。再び引き抜いた掌の中には、もう一つ、先ほどのものと全く同じペンダント。真紅のペンダントが両手に輝いている。

 それを見て、アーチャーは苦笑のような自嘲のような──複雑な表情を浮かべて見せた。

 が、それがすぐに疑問のそれへと変化する。

「……ん? ではこちらは一体──」

 

 

 

「で、では私も脱ぐということで――」

「見たくないってのよそんなもん――――!」

 その顔面に、凛のぶん投げたブローチがぶち当たった。

 

 

 

「──ああ、成る程。あの時のものか」

 アーチャーは顔をほころばせた。空を見上げ、呟く──

「そうだな……なつかしい思い出だ……」






 

108.ロストメモリーズ

 

 それは──思い出だった。

 磨耗され、消えかかっている中に未だ残っている思い出──

 

 

 

「衛宮くん──? なんで貴方が……。そう、そういうこと」

 そう言って厳しい表情をする凛──

 

 

 

「ちょっと士郎。貴方ね、もっとちゃんとしっかり──とまでは言わないけど、でも自分の身くらいは守れるようにしなさいよね?」

 苦笑しながら、全くもうと肩を竦める凛──

 

 

 

「え、衛宮くんっ? その──えっと」

 わずかに視線を逸らしながら顔を赤らめている凛──

 

 

 

「な、なに見てんのよ! そんな、アルバムなんて──え? ああこれ? これは小学校くらいの──」

 わたわたと手を振り回しながら、楽しそうに説明を始める凛──

 

 

 

「士郎……ごめんね。──大好き、だったよ」

 暗い部屋、赤く染まった体でそっと頬に触れ、優しく微笑む凛────。

 

 

 

「……そうだな。そんな事も──あった、な……」

 手の中で宝石を弄びつつ、苦笑。あるいは自嘲。磨耗されたはずの記憶の中でもそれは未だ鮮明な映像としてその脳裏に──

「おいアーチャー」

 ──と。屋根の下から士郎が顔だけを覗かせていた。

「なんだ」

 素早く宝石をしまいこみ、アーチャーは鋭い眼差しを向ける。

 士郎は実直な眼差しを向けて、静かに告げた。

「イリヤが、もういいってさ」






 

109.診断結果

 

「で、どうだったのかね」

「ムリね」

 即答だった。

 一片の迷いもなくイリヤはそう言い切ると、それで話は終わりだとばかりに湯のみを手にとり口をつける。

「…………………え?」

 ぴしり──と。

 どこかで、そんな音が響いた。

「ええと、イリヤ? 悪い、その──なんていうか、よく聞こえなかった。もう一度」

 慌てて口を挟む士郎に、イリヤは目を閉じ、さらりと告げる──

「無理って言ったのよ。これをこちらから働きかけて治すっていうのは、事実上無理なの」

「そ、そんな……」

 諦めきれないのか、ふるふると首を横に振る凛に、イリヤは冷たい眼差しを向けて、

「……そもそも。お馬鹿なリンが馬鹿な魔術を使ったいで馬鹿みたいなわけわかんないことになってるのよ馬鹿じゃないの?」

「あんた今ばかって何回言った。」

 半眼で唸る凛の横からアーチャーが口を挟む。

「そうだぞイリヤスフィール、ちょっとくらい抜けているほうがそれはそれで後々有利になるとわからないのかねっ!?」

「……歪んでるな」

 ぐぐっと拳を握り力説するアーチャーを半眼で見据え、士郎。

「歪んでるわね」

 全く同じ表情を浮かべ、イリヤ。

「ガンド。」

「はぐあっ!?」

 ふり向きすらせず撃った凛の攻撃に倒れ付すアーチャー。ソレを一瞥してから、イリヤは肩を竦めて、

「とにかく、お手上げよ、お手上げ」

 そう断言するイリヤに──、

 今度こそ居間の空気が沈み込んだ。






110.追い討ち

 

「ふ……ふふふふ……ずっとちっちゃいまんま……しかも胸もおっきくなってないし……」

「あ、こわれた。」

 ぶつぶつと呟き始めた凛を見て、ぼんやりとイリヤが零す。彼女はしばらく頭を抱えている凛を観察していたが、やがて嘆息を一つ零すと、

「まあでも、治らないってわけじゃないでしょう?」

 そう、しぶしぶと呟いた。

「え、そうなの?」

 ぱっと顔を上げる凛に、イリヤはつまらなさそうに続ける。

「そう効果が長続きするようなものでもなさそうだし。いつかは自然になおるわよ、そんなお馬鹿呪いもどき」

「…………。いつかっていつ?」

 怒りを無理矢理押さえ込んでなおも食い下がる凛に、面倒くさそうにイリヤは。

「さあ。一分後かもしれないし、一日後かもしれないけど」

 考えるのもばからしいとばかりに言い捨てる。

 と、そこに桜がにこにことしたままぴっと指を立て、口を挟む。

「あるいは、一年後とかですね」

「あああああああああああああああああああ」

 








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