12.
バカンッ!
粉雪の舞う中、トランクケースの蓋が開く。
ジァラ……っ!
凛の手の中に、宝石が握りこまれる。
ばら……っ!
トランクケースの隅に入っていた一枚の羊皮紙を広げる。そこに描きこまれていたのは恐ろしく緻密な魔方陣。それをイリヤとトランクケースの中間に置く。
(イリヤ……これが貴女の望んだ結末だって言うの……?)
人差し指を噛み切り、滲み出た血を魔方陣の上へと垂らす。
「Anfang────!」
呪文が紡がれる。
光が、舞い上がる──
(もしそうだとしたら、そんなのわたしは絶対に認めない)
きぃぃぃぃぃぃぃぃ…………
白の光が膨れ上がる。
イリヤの体。
トランクケースの中身。
そして。
「こんな結末なんて──、許さないんだからね!」
光が──、膨れ上がって──
13.
白。
白。
……白。
無数の白い光が空一面に広がっていた。
「きれい、だなあ……」
呟きは虚ろに響いて、消える。
それは──雪だった。
眩しいほどに明るくはなく、
消えそうな程に儚くはない、
白い、小さな光だった──
なに、これ
――覚えていてくれる。
この人なら。
シロウなら、きっとわたしがいなくなっても覚えていてくれる。
そのことが、すごく実感できて。
……暖かくて。
本当に……嬉しかった。
――うん、だから。
だからね、シロウ。
――わたしには、もう、怖いものなんて何もないんだよ?
これ……イリヤの記憶?
――月がないために辺りは暗く、風がないために草が揺らぐことはなく、誰もいないためにただひたすら――
「成る程。まあそちらの事情はわかった」
「はい」
「うん、まあね。ちょうどいいって言えばいいんだよ。――いやね、依頼されるってのはどうも性にあわなくてね。だから、今下の部屋に、完成してる奴がある。それを売って上げよう」
「そうですか。ありがとうございます」
「ああ、貴女。少しいいかな」
「その前に、少し、ね。聞きたいことがあるのだけれど――」
――静か。
混ざる──
「……今なんと――」
「ああ、ごめ――」
「耳までとは何で――」
「もう一度、依頼内容を――」
「――封印指定の人形使いに接触したいのよ」
わたしの記憶と、イリヤの記憶──
――――ところで凛。一つ確認していいかな――
「………いいわ。なに?」
――ああ。時間を稼ぐのはいいが――
別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?――
「アーチャー、アンタ――。ええ、遠慮はいらないわ。がつんと痛い目に合わせてやって、アーチャー」
――そうか。ならば、期待に応えるとしよう
――どこかで見たようなその表情。
――どこかで聞いたようなその声。
――どこかで見たような、その魔術。
――かちり、と。
――頭の中のパズルが組みあがる。
――ああ、そうだ。
――簡単なことだった。
――そんなの、間違えようがない。あんな魔術、あんな固有結界なんて、使えるのは多分ひとりだけ。
――それに、何より、
――――こんな笑い方をするヤツなんか、一人しかいるはずがないのだから――
「貴方……まさか」
イリヤはふらふらとアーチャーへと歩いていく──まるで何かに吸い寄せられるように。
「ねえ……アーチャー」
煤で汚れた頬をぬぐいもせずに、信じられないモノを見たというように――ひどく、虚ろな表情で。
「貴方……あなた、まさか――――」
アーチャー、貴方──。
──そっか。そう、だったんだ……
14.
しゅううううう………ん……
光が、納まっていく。
夜の公園。雪の舞う中、白の光はゆっくりとその姿を薄れさせつつあった。
「遠坂先輩……?」
恐る恐る、桜が後から声をかける。
三人の姿が光に包まれてから、ずいぶん時間が経った。
「あ……ぅ……」
凛が呻く。その横顔は、汗でびっしょりと濡れていた。相当消耗しているらしく、意識も虚ろのようだ──目の焦点があっていない。
「先輩! 遠坂先輩!」
「……って、……てる、じゃない……」
「……………え?」
「────違う、って」
ゆっくりと。
凛が振り向き、そして笑う。
「──呼び方。違う、って言ってるでしょ」
ぷい、と。
視線をそらしつつ、それでも凛は笑う。
「あ……」
「──成功よ。イリヤは……大丈夫」
言って、トランクケースの中身を見やる。
そこには。
以前のイリヤの姿と寸分違わない形の──いや、今やイリヤそのものとなった人形の姿があって──
「う……」
白い少女の瞼が、そろそろと開く。
「………………り、ん……?」
「はあい。久し振り、イリヤ」
疲労感を奥へとひた隠し、気丈な笑顔で凛はひらひらと手を振る。
「桜……」
未だ意識がはっきりとしないのか、ぼんやりと呟くイリヤ。
「はいっ、イリヤちゃん……!」
目に涙を浮かべて笑う桜。
「どうし、て……?」
イリヤが朦朧とした意識の中、尋ねる。どうしてここにいるのか、そう質問しているのだろうが──。
「決まってる。わたしが、貴女に生きて欲しいからよ」
──どうしてわたしを助けるのか、と。凛はそうとらえたようだった。
イリヤはその回答に茫然と赤い少女を見上げていたが──やがて、諦めたように、そして呆れたように、微笑んだ。
「うん……そうだね、凛は、凛だもん、ね……」
そう呟き──そして、かくりと意識を失う。
「イリヤちゃんっ!?」
「大丈夫。気を失っただ、け……?」
手で桜を制する凛の言葉は、途中で途切れた。
イリヤの体が、再び光り始めたからだった。
そして、光がさらに強くなり──
『え…………?』
二人のうめき声だけが、間抜けに雪の中に零れ落ちた。