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15.

 

 薄く白い光が、揺れている。

「ん……」

 温かい。

 寒くも、痛くもない……

 ……気持ちいい

「んん……っ」

 ふわふわの心地よさが、思考能力を活性化させてくれない

 まどろみ……

 駄目だ……こんなの、起きれるがずが──

「───────っ!?」 

 がばっ!

 唐突に我に返り、イリヤは上半身を勢いよく起こした。

 ぐるりと周囲を見渡せば、そこは見覚えのある部屋。

 士郎の部屋だった。

 白い雪も。黒い蟲もいない。

 窓の外を眺め見れば、外は晴天。

 青い空が、ずっと広がっている──。

「あ、起きたんだな、イリヤ」

 すっ──

 襖の開く音と共に、聞きおぼえのある声が耳に入ってくる。

「あ……」

 ゆっくりと──振り向く。

 そこには。

 両手に洗面器を持った士郎が、にこにこと笑っていて──

「────シロウッ!」

 体が勝手に動いていた。

 喘ぐように手を伸ばして、跳ね起きた。

 そのまま床を蹴り、士郎へと抱きついて──

 ──ばしゃぁっ……

 洗面器が、床に零れ落ちた。

 中身が服に、少しかかった。

 けど、そんなコト、どうでもいい。

 士郎の上に乗って、強く、抱きしめた。

 思い切り、士郎の体を抱きしめて──

「シロウ、シロウ、シロウ……っ」

 その名前を、ずっと呼び掛けていた。

「……イリヤ」

 下から降りかかる声は、とても優しくて。

 ……優しすぎて。

 思わず、涙が溢れてきてしまう。

 ぽん、と頭に温かい感触。

 士郎が、手を置いたんだろう。

「……頑張ったな、イリヤ」

「お兄……ちゃ……」

 ぽん、ぽん、ぽん

 リズムよく、心地よく。

 頭がそっと、なでられる。

 それがとても、気持ちよくて。

 自然と、笑みが零れてしまう。

「えへへ………っ」

 さら、と髪が流れ落ちる。

 それを横目で眺めながら、とん、と。

 士郎の胸に、体を預けた。

「シロウはあったかいねー……」

「……そ、そうか。それはともかくだな、イリヤ……」

 なんだか苦しそうな士郎の声。

 思わず頭を上げて見上げると、少し苦しそうに顔がゆがんでいる。

「ごめんイリヤ。その……重い……」

 …………色々台無しだった。

 感動とかそう言うものが一気に全部ぽーんと吹っ飛んだ。

 でも。 

 だけど。

 うん……士郎らしいと言えば、とても士郎らしい。

 ──まあ、それにしても、カチンとくる一言には違いないわけで。

 だからわたしは、口を尖らせて、

「むー、何ようシロウったら。レディに重いなんて失礼じゃない。それにいつもは軽い軽いって──」

 言いつつ上半身を起こし、心外だと言うように胸を張って──

 ──あれ?

 違和感。

違う。

なんだか、いつもと全然違う。

 士郎の顔がやけに遠かった。

 と。視界の端に、士郎の胸に置いた自分の指が目にとまった。

 もう、血にもまみれていない。傷もない、綺麗になった指。

 でも──違う。

 わたしの指、こんなに長くなかった、と思う。

 さら──

 髪。髪もなんだかやけに重たい。重いと言うか、長い。よく見れば床に広がっている。こんなに長くはなかったはずなのに──

 ──あれ?

 違和感がますます大きくなる。

 何か、とてつもないコトを見逃しているような──

「……え?」

 自分の手をもう一度眺めようとして、気がついた。

 なんか、胸が、大きい。

 えええ? こんなになかった、と思うんだけどな……

「……お兄ちゃん、ひょっとしてわたしに何かした?」

 半眼で呻くと、士郎は慌てて手を振った。

「し、してないっ! 何もしてないぞっ!?」

「でもなんか変だよー!」

「それは──ええとだな、ほら、あれ」

 と言って士郎が指さしたのは、部屋に置いてあった鏡。

 そこには、どこかで見たような顔が映っている。

 ぱちくり、と瞬き。

 ……ん?

 違和感がますます大きくなる。

 年の頃は15,6くらいだろうか。流れるような銀髪の、線の細い少女だった。そう、どことなくわたしに似ていて──って。

「わたしっ!?」

 思わずがばりと鏡に詰め寄り、まじまじと鏡を凝視した。

 ぺたり、と頬に触れる。

 ……うん、わたしだ。それは間違いない。

「げほっ……あ、ああ、そうなんだよ。イリヤ実は──」

 せき込みながら、士郎が頷いている。

 でも──なんで?

「シロウ、どういうこと……?」

 震える声で尋ねると、

「ええと、なんだっけかな。なんでも、魂本来の、とかなんとか。うん、そんな感じだったかな。よくわかんなかったけど」

 ────なるほど、そう言うコトか。

 ようやく全てのことに納得がいき、うん、と頷く。

 つまり、死にかけだったわたしの魂を人形へと移したんだろう。

 でも、言葉にすればひどく簡単そうだけど、でもそんな大魔術、おいそれと出来るはずがない。魔法の領域までにはいかないけれど、それにしても相当な労力がかかるはずなのに──

 いやそれにしても納得いかない。年齢が肉体に反映されるというのなら、もうちょっと成長していてもおかしくはないはずなんだけどなー……

 ……ん? あれ?

「……ねえシロウ、これって誰がやったの?」

「え? ああ、遠坂だけど」

 凛?

 凛が帰ってきている?

 初耳だった。

……そう言えば、あの雪の中で会っていたような気もしないでもないけれど。

でも、それにしても、随分とまあ都合のいいタイミングに帰ってきたものだ──いやいや、いくらなんでもタイミングが良すぎる。とすれば、そうじゃなくてその逆、凛が帰ってきたから今回の事件が起こった……?

 うん、そう考えるほうが自然だろう。

 と言うことなら、うん。

 遠慮なんかする必要ないってことだ。

 にやり、と思わず笑みがこぼれる。

 うあ、と士郎が体を引いた。ふっふっふ。なんか嫌な予感でも感じたんだろうけどもう遅い、わたしはくるりと振り返ると、再び士郎に詰め寄って、

「ねえ、シロウー?」

「え?」

 うふふふふふふ──と笑いつつ、笑顔で尋ねてみる。

「どう?」

「ど、どうって?」

「だからぁ、成長したわたし、どう?」

「え、や、そ、その───うん。きれい、だぞ?」

 わたわたとしながら士郎が答える。

 うん、宜しい。

 でもまだ満足はしてない。

 せっかくこんな面白い事態になったんだもの。徹底的に楽しまないとね──。

「えへへへへへへぇ」

 ずいっと近寄って、ぴとっ、とくっつく。

 うーん、あったかい……。

「い、イリヤっ?」

「んー? なあにー?」

 くすくす笑いつつ、あえて聞き返す。

「え、ええと、そのっ──」

「──えいっ」

 士郎の言葉は最後まで聞かずに、胡坐をかいている上に乗っかる。

「わわわわわわわわっ」

 慌てふためているのが、なんだかとっても可愛い。

 そのまま腕を伸ばして、後ろにいる士郎の首へと伸ばして絡みつかせる。

「シー、ロー、ウー?」

「な……何?」

「んんー? 呼んだだけー。なんでもないよー?」

 言って、くすくす笑う。

 ああもう、と呻いているのが聞こえてくる。

 ああ──そっか。

 これが、平穏。

 これが、幸せなんだ。

 そう、なんだ……

「────シロウ」

 くるり、と体を回す。

 うわ、と呻いて士郎がバランスを崩して、倒れた。

 自然とその上に覆いかぶさるような態勢になる。

 わたしは真っすぐ彼の目の見つめて、

「あのね、シロウ。わたし──わたしね─────」

 すっと、息を吸い込んで──

「先輩? イリヤちゃんの様子は、って何やってるんですかイリヤちゃん!」

 ……刹那、すぱーんと襖が開いて喚き声が降ってきた。

 桜だ。

 ああもう、どうしてこう言うタイミングで入ってくるんだろう。ひょっとして覗いていたんじゃないんだろうか。

「やれやれ、何やってんだか……」

 もう一つの声は、凛だった。

 と、ぐいっと肩を押されて、体を起こした。

「ちょっと先輩から離れてください! 先輩死んじゃいますっ!」

「何よ桜邪魔しないでよね、っていうか邪魔よ」

 しっしっと手を振ってやると──って、あ、まずい。桜が(こわ)笑顔になった。

「ふ──ふふふふふふふ。いい度胸ですね、こっちは必至に色々と画策してたっていうのに……」

 ごごごご、と言うオーラを背後に背負いながら、言ってくる。

 ──ああ、そうか。

 そう言うことなのか。

 ようやく、今回の事件の仕組みというか流れというか、そこらへんがわかってきたような気がする。

「そっか。そうだよね」

 ふっ、と笑みがこぼれおちた。

「凛」

「桜」

「──士郎も」

 そうして、三人を順番に見据えてから。

 

「────ありがとう」

 

 ──この思いは本当。

 だってきっと、あなたたちがいなかったら、わたしはこんなにも幸せになれなかったから。

 だから──ありがとう。

「いえいえ、どういたしまして」

 くすくすと笑いながら手を振る凛。

「はいっ」

 胸の前で腕を組んで、ぱっと笑う桜。

「……よかったな、イリヤ」

 ぽん、と頭に手を置く士郎。

 瞬間、ふわっと体が震える。

 む、でもそれはもうダメだ。だって今までの成長が止まった姿ならともかく、もう今のわたしは──

「ちょっとシロウ、わたしお姉ちゃんなんだからねっ」

 むー、と口を尖らせて抗議する。

 え、と士郎が呻いた。

「で、でも……」

 くすくすと笑っているのは桜だった。

「そ、そうよね。イリヤあんた、それが本来の成長した姿なんでしょ?」

 ぷっ、と吹いているのが凛。

「え? う、うん。多分そうだけど……」

「でも……」

「ねえ? どう見たって15,6歳じゃない……」

 ──いやまあ確かに、わたしもさっき鏡で見た印象はそう感じたけれども。

 でも、それは何と言うかしょうがないと言うか。そんなこといきなり言われても──と言う感じだ。

「だ、だよなあ……」

 ははは、と笑っている士郎に向かって思い切り両手を上げて喚く。

「な、何よ何よ、これからもっと大きくなるんだから! それにほら! 多分胸ならもう凛なんてとっくに──」

「──とっくに。とっくに何? ねえ何、イリヤ?」

 あ。まずい地雷踏んだ、って思った時にはもう凛の手が伸びてきて、ってほっぺつねるなっ!

「い、痛い痛いっ。痛いよっ!?」

「うん、気のせい。で、なに?」

 ごごごごごご、と妹に負けずとも劣らないオーラを背負いつつ、凛は笑う。

「え、えっと、そのう……」

 だらだらだらだら。

 わたしは、ふいっと視線をそらしてから、

「お、おにいちゃん助けてーっ!」

 ふえーん、と士郎に泣きつくのだった──。

 

 

 

 

 

 

16.

 

 

 

 そして――

数日が経った。

わたしはまだ日本にいた。

イリヤの体の調子を確かめる必要があったし、久しぶりに皆の顔も見たかったから。うん、士郎の料理も食べたかったし、桜も気になったし。

そして今は、こうして士郎の家の今で寛いでいるわけで。

ああ──本当にいい天気だ。

うん、まだ少し肌寒いけど。

でも、コタツに入っていればそんなの関係ないわけで。

ああ、駄目だ。この魔力には逆らい難い。寝起きなのも手伝ってまた眠くなってきてしまう。うん、でもまあもうひと眠りってのもいいかなあ……

「何、今起きたの?」

「……ん? ああイリヤ、おはよう」

「おはよう」

「体の調子は?」

「うん、好調よ」

「まあしばらくは定着するのを待たなくちゃいけないから、無理はしないようにね」

「あ、うん」

「――リン」

 真剣なその声に、わたしは振り返った。

 イリヤは真っ直ぐこっちの目を覗き込んで、

「ありがとう、遠坂凛。心よりの感謝を申し上げます」

 そういって、笑った。

「どういたしまして」

 わたしも、笑う。

「――ね、リン」

「んー?」

 今度は振り返らないまま、尋ねた。

「……怖かったよ」

 そう呟くイリヤの声は、小さく、弱々しかった。

 わたしは振り向かない。

「消えるかもしれないって思ったら……怖かった」

 声は、僅かに震えている。

「だから――本当に、ありがとう、リン」

 ――いえいえ、どういたしまして。

 その言葉は声に出さないまま、ひらひらと手を振って。

「おい、遠坂」

 電話に出ていたはずの士郎が廊下から声をかけてきた。

「ん?」

 ミカンの皮を剥がしながら、聞き返す。

「外国のひとから電話だぞ。なんだかすごい剣幕で」

「……あ」

 しまった、すっかり忘れていた。

 のろのろとコタツの中からはいでると、私は電話に出にいった。受話器を取り上げ、さてどう言ったものだかと思案する。

『――ミストオサカ!? 連絡なしとはどういうことですの!?』

 ……考える間も与えてくれず、受話器から怒声が響いてきた。

「ああ、ごめんごめん、すっかり忘れてた」

『わすっ……』

 あ。絶句した。

『あ、あああ貴女ってひとは――』

 また文句を言われる前に、わたしは素早く言う。

「ああもう、うるさいわね。ちゃんとやったわよ」

『……大丈夫だったんですの?』

 心配そうに聞いてくる。人形を手配してもらう際にルヴィアゼリッタにも情報を与えざるを得なかったので、ある程度まではこちらの事情も知っているのだ。

「勿論。わたしを誰だと思ってるのよ」

『ふ――ふん。まあ当然ですわ。何と言っても(ワタクシ)の力を借りて失敗など許されることではありませんですし』

「うん、ありがとう」

 わたしは素直にお礼を言った。

 う、と受話器の、向こうで鼻白んだような声が聞こえてくる。

『――それで? いつこっちに帰ってらっしゃるの? 貴女、無断欠席ということになっているんですのよ?』

「…………あ」

 そういえばそうだった。書類も何も出している暇なかったからなあ……

 じゃあまあ、いっそのこと。

「そっかそっか。じゃあ、ちょっと休学届けだしておいてくれないかしら」

 ――休んじゃうとしますか。

『あ、貴女ねえ――』

 受話器の向こうから、ほとほとあきれ果てたような声が聞こえてきたけれど、わたしは最後まで聞かないで電話を切った。

受話器を置いて、大きく伸びをする。

 ――うん、ここの所動き回っていたから。だから、ちょっと休憩にするとしますか。もう少しここにいたって、バチは当たらないだろうし。

 ふと中庭を見る。

――今日の日差しのせいで、雪はほとんど溶けてしまっているようだった。

「……まあ、いい天気だしねえ」

 呟いて、ふうと息を吐き。そして。

「士郎ー、お昼なにー?」

 わたしはキッチンの士郎に向かって声を張り上げ、居間に戻り出した――








 
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