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61.対峙する刃と刃

 

 ──場所は墓地。辺りに人はいなく、ただ二人だけが在る──。

「はあっ!」

 掛声とともに、エミヤが剣を振りかぶり、アーチャーへと斬りかかる。

「ち──」

 舌打ち一つ残し、アーチャーは横へ体を思いきり投げ出した。一瞬後、白と黒の剣閃が彼女が立っていた場所へと突き刺さり、蹂躙した。

 すぐさま態勢を立て直し、アーチャーは両手の剣を投げつけ──そしてその直後に再び干将・莫耶を生み出し、恐ろしいほどの速さで踏み込み切りかかる──!

 刃と刃がぶつかりあい、火花を散らし、弾けるように舞う──

 

 ぎ・ギギィっ、──ぎんっ!

 

 互いに手に持つは、2対の剣。

 

 ばぅ──っ!

 

 激突の衝撃で、二人の間に漂っていた煙が吹き飛び・舞い上がる。

「は──!」

 大上段からエミヤが剣を振りおろす──

 力で勝るのはエミヤ。

「ふっ……!」

 その軌道から身を逸らしつつ、素早く懐に入り込んでアーチャーは剣を振るう──

 敏捷性、機動力ではアーチャーが上回っている。

 ガ・ギンっ!

 組み合う刃。

 幾重にもはじけ飛ぶ、衝撃。

「この──」

「くそ……!」

 唸るような声。そして二人は同時に下がり間合いを取り──そして再びぶつかり合う!

 白と黒の軌跡が二人の間を包みこみ。火花が舞い上がる。

 刃が走る。

 光が翻る。

 互いに一進一退の攻防が続く──

 ぎんっ!

 鍔迫り合いから一転し、二人は互いに間合いを取った。

「ふっ……ふっ……」

 荒くなった息。

 女性化による身体能力の変化。そして世界の干渉による衝撃──決して体調は完璧とは言い難い。

 が、それは相手も同じこと。世界の干渉はこちらの比にならないほどに強く現れているはずだ──

(今ならば、剣での勝負ならば、ほぼ互角……だが、早く決着をつけないと。時間がない……お互いに。何より、衛宮士郎がもたない──)

 左手の剣を消しながら、アーチャーは鋭く息を吸う。

(ならば、早急に決着をつけるしかない──!)

 ぎ、と歯を噛みしめ、アーチャーは口を開く。

 そして同時、エミヤもまた唇を動かし、

I am

『体は──』

 二人の口から、

 

 

 

I am the bone of my sword.
『 体は剣で出来ている──』

 

 

 

 言葉(じゅもん)が紡がれ始めた──






 

 

62.紡がれゆく声と呪文

 

 重なる声の中、二つの影が蠢く──

 アーチャーが手を大きく振り・虚空に5本の剣を生み出し・その内一本を無造作に手に取り大上段から切りかかる。──二つの赤いペンダント。ゆらりと光を放っている。

 エミヤがそれを見てとり、2メートル超の幅広・肉厚の大剣を大地へと──

「はぁっ!

  ず・ざぐっ!

 深く突き立てるその直後、宙に停滞したままだった四本の剣がその切っ先を向け、エミヤへと飛来し──、そして大剣に阻まれ撃ち落とされた。

 汗が頬を伝い、その胸に掲げるペンダントへと。

その、大剣の柄に、

ガッ──

と言う音と共に、小さな足が引っかけられた。

エミヤが見上げると──、そこには太陽を背に髪をなびかせ不敵に微笑む少女の姿。その胸には、二つのペンダント。

 そしてさらにその背後には、いつの間に再び生み出したのか、5本の剣がちきちきと音をたて、宙に佇んでいる──。

 すかさずエミヤは大剣へと手を触れ、干渉を加えた。

 刹那、

 っぎぎぎぎぎぎぎぎぎんっ!

 大剣そのものから、無数の刃が生え、少女を貫かんとその身を伸ばす──!

 

 

 

Steel is my body, and fire is my blood.
『血潮は鉄で、心は硝子──』

 

 

 

 その切っ先が少女の肢体を捉える直前、彼女は踊るように宙へと飛び出していた。

「──破!」

 裂帛・一閃。

 揺らぐような跳躍から一転、一筋の閃光のような一撃が大気を切り裂く。

 びっ──!

 その切っ先が、エミヤの頬を掠めた。

 赤い血。二つの影の間に、広がり踊る。

 少女はしなやかに地面へ着地する──その隙に、エミヤは新たな剣を生み出している。──異様に刀身の長いギザギザの剣。いや、よくよく見ればその認識は間違っているとわかるだろう。その剣は一つ一つの刀は恐ろしく短く、そそして無数に重なり合っているのだ。

「……っ!?」

男の手の中にある剣を視認すると同時、アーチャーは大きくその身を前方へと放り出した。

 その後を追うかのように、鞭のようにしなる剣が、その身を次々と切り離し、伸ばし、大地すれすれを飛翔しつつ、少女の体を切り刻まんと追撃する──

 

 

 

I have created over a thousand blades.
『幾たびの戦場を越えて不敗──』

 

 

 

「──はっ」

 おおよそ少女の容姿には似合わない、ふてぶてしい嘲笑。

 半分振り返り、視界の端に金属の蛇の鎌首を見てとりつつ、少女は振り返ると同時、疾走する足を急激に止め、

 だんっ!

 大きく地面を、蹴りあげた。

 しゅごぅ──っ!

 刃の蛇は、何もない虚空を切り裂いていた。

 そして、空中でくるりと一回転し、少女はその刃の上へと着地・すかさず逆走し、エミヤへと短剣を投げつける!

 それが弾かれるのを確認しつつ、彼女はさらに口の中で呪文を唱える。

 

 っぎぎぎぎぎぎぎぎん──っ!

 

 次の瞬間、彼女の指と指の間には、戦輪(チャクラム)が合計8つ。

 大きく手を振りかぶり、少女はそれらを一斉に投げつける──!

 8の刃は、それぞれ全く異なる軌道を描きつつ、エミヤへと向かい、

 ──っずがあッ!

 そして、寸前突如として地面から生えた銀幕の壁によって、その全てが阻まれた──






 

63.すれ違う言葉と想い

 

 

Unknown  to  Death.
ただの一度も敗走はなく、」

 

アーチャーは消滅していく鞭剣の横に飛び降りると、その手に長刀を生み出した。

 

 

 

Unaware  of  loss.     

「ただ一度の敗走もなく、」

エミヤは消滅していく鞭剣から手を離すと、捻子くれたひと振りの剣を生み出した。

 

 

 

Only one  known  to  Life.
「ただの一度しか理解されない。」

 

少女が髪をなびかせ大地を蹴りあげ、

 

Nor  aware  of  gain    

「ただ一度の勝利もなし。」

 

男が血を舞い上がらせ足を滑らせる。

 

 

      

    Have twin figure many weapons. With together  her.
 「剣の丘には二つの影。彼の者の傍には共に彼女が」

 

 華奢な体躯、その身を浮き上がせるは、両の手に握られた翼を模した刃を持つ双剣。

 

 

With stood pain to creat weapons.despair of one's arrival   

「担い手はここに独り。剣の丘で過去を想う」

 

広い背中、その背後からゆっくりと大地を切り裂き生み出されるは、異様に柄の長い剣。

 

 

 

 I have no regrets.Already hands is grsped.

「ならば、我が過去に意味は不要ず」

 

アーチャーは二つの柄を握り締め、今までとは比にならないくらいの速度で疾走し、跳躍する──

 

 

 

 I have no futures.This is the only path    

「ならば、我が未来に意味は不要ず」

 

エミヤは剣の柄へと両手を添え、同時、刃が軋み、捩れていく──

 

 

 

So  as  I  pray,

「その体は、きっと──、」

 

遥か上空まで飛翔したその後、少女は急激に向きを変え、紅の光を伴いながら真下へと急降下し──

 

 

 

 My  whole  life  was  

「この体は、ずっと──、」

 

捩くれ、輝く漆黒の光を纏い、細かく震える剣、男はそれを握った手を一気に真上へと掲げ──

 

 

 

 

 

 

unlimited  blade  works  

『──無限の剣で出来ていた──!』

 

 

 

 

 

そして──

(ふた)つの光が衝突し、膨れ上がり、全てを飲み込んで──、

炸裂した。






 

64.生み出された世界と心

 

 ──おおおおぉぉぉぉ……ん──

 

 重く遠い残響音が木霊(こだま)する。

 上空から降り注いだ紅と、

 大地から吹き上げた漆黒。

 二条の光がちょうどその真ん中でぶつかり合い、横へと薄く広がっていた。

 そして──それと同時、世界は一変していた。

 ──内一つは、二つのペンダントを携えたアーチャーの浮かぶ赤い世界。

   重厚な赤茶色の大地に、

   突き刺さる無数の剣。

   宙へと浮かぶは鈍く動き続ける巨大な歯車の群れ。

   空には眩い赤の光が浮かんでおり。世界全体を包み込んでいる。

 

 

 

内一つは、唯ひとつのペンダントを胸に抱くエミヤの佇む黒い世界──

ひび割れて霞んだ大地に、 

突き刺さる無数の剣。  

地平の果てには、最早動くことのない歯車が横倒しになっている。  

僅かに桜の花びらが舞っている空には無数の亀裂がはしり。

その隙間からはじわりと黒い闇が。

 

 

 

「……剣を収めるんだ、エミヤ」

 アーチャーは告げる。視線を真っすぐ向け、ただ静かに。

 ──固有結界──

 彼女たちの出現させた世界は、そう呼ばれる種類のものだった。

 二つの世界は、ちょうど二人の中間点でぶつかり合っていた。

(……固有結界同士が相殺しあっている。長くは持たない、か──)

 僅かに眉を潜め、アーチャー。

「ふざけるな。貴様こそ、死んでしまえば、いい──!」

 びしっ──

 エミヤの叫びに応えるように、空の亀裂が一層広まる。

 黒い淀みが、その隙間から僅かに溢れる。

 それを見て、彼女は目だけを動かし周囲を確認した。

「……まさか、これは」

 眉をしかめ、アーチャーは無造作に大地へと突き刺さっていた剣を引き抜いた。

 一瞬遅れて、エミヤもまた柄へと手を伸ばす。

「……考えても見ろ。衛宮士郎が死んで君が生き残ったとして──それで凛が君を赦すとでも?」

 アーチャーの冷静な言葉に、しかしエミヤは首を大きく横へと降った。──その姿が一瞬ブレて、霞む。

(衛宮士郎の存在の影響ではない(・・・・)──これは、まさか──!?)

 ひとつの可能性に気づき、アーチャーは戦慄した。

 

「うるさい、貴様の戯言など誰が聞くか──!」

 

 ──び、しっ──

 

 さらに広がる亀裂を背に、エミヤがアーチャーへと切りかかった──

 

 

 

 

 

 

65.ぶつかり合う黒と赤

 

「あああああああっ!」

 エミヤが走る。その手に剣を握り締めて。

 黒が、赤を侵食しにかかる──

「……警告は、したぞ」

 低い、呟き。

 少女は剣を携え、足を広げて立ち尽くしている。

 紅が闇を包みこむ──

 

 ──ジ、

 

 二つの世界の境界が、歪む。

 世界が数瞬霞み、ぶれ、揺らぐ──

(もう持たない……これで、決める──)

 胸に秘めるは、その思い。

 

────帰ってきなさい、アーチャー。……任せたわよ?

 

(……そうだな)

 知らず、口元が緩んでいる。

(約束は──守るべきだ)

 ふっ、と息を吐き。

(そうだろう、)

 手の中を剣を握りしめ。

(凛────!)

 その目を鋭く真っすぐ前へと向け、アーチャーは。

 

 だんっ!

 

 力いっぱいに地面を蹴りあげ、前へと出る──!

 

 ず……っ、ずずずっ──

 

 それに呼応するかのように地面に刺さっていた剣が次々に浮き上がっていく──

「凛は──渡さないッ!」

 同時、エミヤもまたゆらりと剣を振りかぶり、

 

 ぎぎぎぎぎぎぎぎんっ……!

 

 それに習うかのようにして、彼の世界の剣もまた切っ先をもう一つの世界へと向ける──

 そして。

『一斉──、』

 掲げるその手の先へと向けて。

 空いっぱいに広がった無数の剣が、

 その切っ先を向け、

『──掃射ッ!』

 刃の雨と化して、降り注ぐ────!

 

 

 

 ─────────────────────────っ!

 

 

 

 音が、弾けた。

 剣と剣が宙でぶつかり合い・光が炸裂し・爆裂し・衝撃が空間を揺るがし新たな激突を生む──

 二つの、世界が、荒れ狂う──!

 

 ──ぎじぃぃぃ……ん……

 

 そして。その嵐の中心で二人は剣を交えていた──






 

66.飛び交う刃と言葉

 

「アンタにも──わかるだろう!」

 ぎん、と刃と刃がぶつかりあう。

「凛が──凛と、一緒にいたいんだ!」

 剣を振るいながら、エミヤは絶叫する。

「あの凛は、」

 が、と柄と柄が交錯する。

「君の世界の凛ではないぞ──!」

 体を沈ませながら、アーチャーは吼える。

「彼女は彼女だ! 他の何者でもない!」

 エミヤは彼女の言葉に耳を貸すことなく、

「そうだ! 俺はあの凛も(・・・・)、愛してみせる!」

 そう、叫びながらさらに剣を振り上げる。

「──……。」

 迷いのない、あまりにも純粋なその一言に、アーチャーは一瞬固まっていた。

 エミヤは俯き、確かめるように呟く。

「そうだ……この思いが、間違いなんか、あるはず、ない……」

 び、ばし、びきき────っ

 エミヤの世界の空が、割れていく。

「あるはずが、ないんだあああああああぁっ!」

 

 ぎぃんっ────!

 

 より強いその一撃に、アーチャーの手の中の剣がはじかれ、地面へと落ちた。

「……あ」

 思わず、言葉が零れ落ちる──

 ──それが隙。ほんの一瞬の、だがどうしようもない隙──

 そして──

 エミヤが(わら)いながら、その手に持った剣を振りかぶってきて──

「く────!?」

 声だけが、漏れている。

 咄嗟にアーチャーは近くにあった剣へと手を伸ばす。

 同時、エミヤの放った切っ先が伸びる──

(この……っ!)

アーチャーは舌打ちをしながらその身を捩り、

 

 

 

 エミヤは手にした銀の刃を、少女の喉元へと狙いを定め、

 

 

 

 少女の指が、剣の柄へと触れ、

 

 

 

 彼は腕を下から突き出し、

 

 

 

 掴んだ剣を身を引きながら一気に振り下ろして──、

 

 

 

ただひたすら、真っすぐに──、

 

光が─────

 

─────ぎぃんっ! ──……

 

 

 

エミヤの下から突き上げるものと、

アーチャーの振り下ろすもの。

二つの刃が、両者の中央ですれ違い、

だがそれでも相手を求めてさらに先へと進み、

そして──ふたつの影が、交錯し。

 

赤が、弾けた。






 

67.弾け飛ぶ朱と紅

 

 赤い光が、三つ、舞っていた。

それは、全てが同じ形のペンダント。

エミヤとアーチャー、二人がつけていた、赤い宝石だった。

二人の放った攻撃は、直前に剣同士が接触し、その軌道を変えられていたため──互いに傷は付けられていなかった。

 ただ、それぞれが、相手の付けていた宝石、その鎖を引きちぎっていた。

「…………っ!?」

 エミヤは──思わず自分の付けていた宝石を目で追っていた。

 剣は宝石そのものには触れていなかったため、傷はついていないようだ。

 ──反射的に、彼は。

(凛──!?)

 その想いは一瞬。

握りしめた剣。

宙を漂う宝石。

(凛────!)

 ──動揺に、瞳が揺れる。

 ──呼気と吸気が肺でぶつかる。

 ──アタマノナカが、白く白く染まっていく──

「凛──────っ!」

 気づけば彼は、絶叫と共に、その手を宝石へと伸ばしていて──

「はあぁ──、」

 ふと気づけば、耳に届くのは裂帛する声──

 あえぐように伸ばした指の先に、宝石が触れて、

 ──その視界の端に、小柄な少女の姿が踊りこむ──

──そこには。

 千切れ飛んだ宝石には目もくれず、

ただひたすらに真っ直ぐに視線を向け、

もう一方の手で、次撃を放つべく踏み込む少女(アーチャー)の姿が──

 

 

 

ああ……そうか

つまり、これが。

この差が、俺と、アンタの、決定的な違い、なのか──

 

 

 

「──ぁぁぁぁぁああああああああああああっ!」

 その囁きとともに、刃が閃く──

 ──荒れ狂う世界の中、その悲鳴と血の跳ねる音は、やけに大きく響いていた。

 

 

 

68.決断

 

 どっ、と膝が地面に触れた。

 ぼたり、と血が大地を濡らした。

 ぱきん、と剣が折れて砕けた。

 ぴしり、と空が割れ、

 ふ、と世界が消え失せる。

「──────…………ぁ」

 ようやくそこで、うめき声が漏れる。

 ぼたぼたぼたっ──、と血がさらに噴き出た。

 エミヤは茫然としながら、自分の腕を反対の手で押さえこんだ。

「……なんで」

 ぽつり、と零す。

「なんで……殺さなかった」

 ──傷があるのは、右腕。

 傷こそ深いものの、死に至るような致命傷ではない。

 エミヤを見下ろしながら、アーチャーは眉を潜めた。

「……何故と言われてもな。こちらとしてはある程度痛めつけてこの世界での存在を弱めればのだからな。殺さなければならない理由はどこにもない──し、何より、したくもない。……それでは駄目かね」

 嘆息しながら、アーチャーは固有結界を解いた。

 

 ふっ──

 

 元通りの光景が、周囲に戻る。

「…………」

 未だうなだれたままのエミヤを観察する──どうやらもう抵抗する気力も意志もないようだった。何よりここまで魔力を消費した後でさらに利き腕に深手を負っては、まともな戦闘などもう出来ないだろう。

 少女は嘆息しながら、無造作に足を進め、落ちていた自分の二つの宝石を拾い上げた。手の中で弄び、半ば確信を以て呟きを込める。

「……それとも──、死にたかったのかね?」

「…………。」

 やはりエミヤは項垂れ、黙ったまま。

 

 ──チャリっ……

 

 と、唐突に金属音が頭の上で響いた。

 エミヤははっと顔を上げた。

 そこには、もう一つの宝石──エミヤの宝石を持ち上げている、アーチャーの姿。

 慌てて、自分の手の中を見やる。握りしめていたはずの宝石は、掌からいつの間にか零れ落ちていた。

「あ……ぁ……」

 呻き声が、断続的に漏れる。

 少女は淡く微笑みながら、

「大切なものならば……、持っていることだ」

「……っ」

 睨みつけ、半ばひったくるようにして、宝石を奪い返す。両手で抱え、胸の中に抱き、歯を噛み締める──
 その姿を見据えて。アーチャーは何とも居た堪れない表情を浮かべていた。

 と──

「う──!?」

蹲っているエミヤの体が、一瞬ブレた。さらに今度はその姿が薄く淡くなっていく……。

「あ……あああ……」

 自分の手を見つめながら、エミヤは茫然と呟いている。

 その様子を冷静に観察し、アーチャーは呟いた。

「……ふむ。優先度が切り替わったようだな。何、しかし案ずることはないさ。ステッキの力さえ借りれば、元の世界に戻ることができる──」

 とんとん、と峰で自分の肩を叩きながら、アーチャーは呟いた。

「──……だが」

 響いたのは、低い、抑え込まれた声。

 エミヤは反射的に顔をあげた。

 ひゅ──ッ

 そこにいるのは、剣の切っ先をエミヤの額へとぴたりと突きつけた、険しい顔の少女──。

最早何の反応もしないエミヤを見据えつつ、少女は恐ろしいほどまでに無感情に、淡々と告げる──

「もし望むのなら、ここで殺すことも、出来る」

「…………。」

 その言葉に、ぼんやりと男は顔を上げた。

その顔に、表情らしい表情はない。

 刃の先端と、アーチャーの顔を、交互に見つめている。

「……どうする?」

 あくまでも冷酷に、少女は尋ねる。

「──オレ……オレ、は────」

 エミヤはそう呻き、そして微かに頭を振った。






69.戸惑い

 

「……………オレは……」

 ──言葉が揺れる。

 逡巡するかのように瞳が動く。

 エミヤは膝をついたままぼんやりとアーチャーを見上げる。

 小柄な少女。自分よりもずっと小柄で、華奢な少女だ。

 明らかに彼女にとって不利であったはずのこの戦闘。

 そして──彼女の言葉。

 ……殺さない。

 だが、死にたいのならば。

 その勇気がないのなら。

(自分が……背負うって言っているのか、こいつは……)

 ぎり、と歯を噛みしめる。

 胸の中に抱いていた感情は、何故だかとても新鮮なものだった。

 何故そう思ったのかは自分でもわからない──わからないが、でも。

(なんだ……今、オレ、怒っている(・・・・・)のか……?)

 自分の感情に戸惑ってしまう。

 コレが何なのかが、わからない。

 だが。

 ただひとつ、わかることがある。

 ──答え。

 この、ふざけた正義の味方からの問いかけ。

 それに対する回答だけは、自然と思い浮かんだ。

 そして──男は口を開き──

「……オレは────」

 ──晴れた空の下。一匹の鳥が舞い上がるように飛んでいた。






 

70.帰る、場所

 

「あ」

 衛宮の屋敷。縁側に腰掛け、ぼんやりと空を眺めていた凛はふいにぽつりと声を上げた。

 見れば、その視線の先──庭の壁の上に、小さな少女が姿を表そうとしていた。

 彼女は立ち上がり──そして、腰に手を当て微笑んだ。

「おかえり、アーチャー」

 少女は一瞬、頬を染めて口ごもる。

 が、それでもやや照れくさそうにしながらも、

「ああ、ただいま、凛」

 そう、呟いた。

 お互いに、ゆっくりと歩み寄る。

 確認するように、アーチャーは尋ねた。ちらりと居間の方へと視線を送りながら。

「……アイツは無事かね」

「ええ。貴女のおかげでね。今は二人とも眠らせてあるわ」

 士郎と桜は居間で横になっている。僅かに胸が上下しているところを見ると、死んではいないようだった。

 くすりと小さく笑い、凛。

 が、彼女はふいに表情を陰らせると、やや遠慮がちに、

「……エミヤは? その──」

「ああ、あいつなら」

 アーチャーはそこまで言って、言葉を区切った。視線を凛からそっと外し、斜め上、青空を見上げる。

「あいつなら──」

 青い空はどこまでも遠く。

 ただひたすらに、ずっと──

 ずっとずっと、広がっていた。

 

 

 

 

 





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