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141.VS

 

 太刀筋は四本──

 士郎とアーチャーが生み出したのは、互いに干将・莫耶の双剣だった。

 ギッ、ギギッ──ギィン!

 士郎の繰り出す白い軌跡がアーチャーの黒に受け止められ──続いて繰り出す黒が白と交わり、火花を散らす──

「どうした、その程度か衛宮士郎」

「うるせえ──ッ!」

 嘲るように口を歪めるアーチャーの腹に蹴りを叩き込み──最もそれは膝で防がれたが──、士郎は大きく間合いを取った。

「遠坂のために」

 ──夕暮れの港には、二つの人影。

 舞うように、踊るかのように交錯し、そして離れる──

 

 ギッ──

 

「遠坂のために死んで、あんたはそれでいいのか!」

「それなら他に、方法があると言うのか!」

「方法とか──そんなんじゃないだろ!」

 ──二つの声と、

 

 ギギンッ──!

 

 ──二つの鋭い金属音。

「そんなあっさり決めていいのかって聞いてるんだよ!」

「いいのだよ、衛宮士郎──」

 

 どがぁっ!

 

 ──その声は揺るがない決意と、僅かな悲壮感と共に。

「──もう一度(・・・・)失うくらいなら、この身が消えたほうがましだ!」

「──この、大馬鹿野郎!」

 

 ギャリ……っ!

 

「なんでそんな簡単に、あきらめられるんだ!」

 その叫び声は苛立たしそうに、もどかしそうに。

「なん、だと──!?」

 

 ギンっ! ガ・っギギン、ザシュ────っ!

 

 剣戟は数を増し、吐息は重く大きくなり、二人の周囲には血飛沫が飛び散っている。

「もっとあがいてみせろって──そう言っているんだ! アンタは────。俺は、少なくとも……、そんなに簡単にあきらめられない」

「ふ……どちらが捨て切れていないのだかな」

 その声には、自嘲と苦笑と僅かな羨望が。

 

 ざっ……

 

 影の一つが立ち止まる。その手に持った剣を突きつけ、声は鋭く宣告する。

「……言っておくがオレとお前は最早別個の存在だ。オレが何を考えようが、貴様がどう思おうが──関係はない!」

「そういう問題じゃ──ねえっ!」

 

 だ──っ!

 

 一方が駆け出すのに合わせ、もう一方の影もまた走りより──

 そして──

「せ、先輩!」

 背後から声が降りかかった。

 そこにいたのは──桜たちだった。






 

142.REASON

 

 戦況を見て、瞬時に武装したセイバーが、不可視の剣を携え、鋭く叫ぶ。

「シロウ、今すぐ助太刀を!」

「やめろセイバー、手を出すなぁっ!」

 

 ギィン──!

 

 刹那、アーチャーの一撃で、士郎の手にしていた干将が弾き飛ばされた。

「こいつは──俺の仕事だ!」

 瞬時に士郎は次の刃を投影した。

 ──が、アーチャーにとってはその隙で十分だった。

「もらった!」

 絶好のタイミング。赤い弓兵は身を沈め、大きく一歩を踏み出す。アーチャーにとっては必殺の間合いであり、士郎にとっては最早、反撃の手段はない──

「先輩……!?」

 桜の悲鳴が飛んでくる。

 ──そして士郎は、口を歪めると、

 カララッ……

 迷わず、剣を手から離した(・・・・・・・・)

「──何!?」

 動揺。逡巡。そして──。

 

 ひゅ──ッ……

 

 士郎の首に、一本の赤い筋がはいった。

 ──赤い筋しか、はいらなかった。

 アーチャーの繰り出した刃は、士郎の喉を切り裂く直前で止められていた。

「……なぜ、剣を手放した」

「それを言うならこっちのセリフだ」

 その視線だけで虫程度なら殺せるのではないかという表情を浮かべて睨みつけるアーチャーをまっすぐ見返し、士郎もまた低く尋ねた。

「なんで刺さない。あと少しで俺が殺せるぞ」

「……っ」

 アーチャーの瞳が逡巡したかのように揺れる。

「アー、チャー……っ!」

 その声は、桜に抱えられている凛のものだった。 

 引き絞るような、いつもの鋭さなど微塵も感じられない声で、凛が叫んでいた。

 はっ──と、アーチャーが思わず凛へと振り返り──

 その隙に士郎は身を捩る──

投影(トレース)開始(オン)!」

 鋭く呪文を叫び、その手に剣を生み出し──

 

 ──ずんっ!

 

 迷わずその刃で、アーチャーの体を貫いた。






143.彼らにとっての最良

 

「ぐっ……」

 苦痛に顔を歪めるアーチャー。

 が、その表情は驚愕へと変わった。

「な──これ、は……?」

 そこに刺さっていたのは、ぎざぎざに折れ曲がった、どう見ても機能性のないナイフだった。

 ──破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

 士郎が投影した剣は、それだった。

 

 ──ばしゅぅんっ!


 アーチャーの体が一瞬輝き、そしてすぐに元へと戻る。

「……これは……」

「遠坂のために死ぬとか、死なないとか」

 ざっ……

 士郎は傷ついた体をひきずるようにしながら、ゆっくりと凛たちの元へと歩いていく。

「そんなの、間違ってるだろ」

「それを──貴様が言うのか、衛宮士郎」

 剣を引き抜き、そしてもうすでに姿を消し始めている刃を皮肉げに見下ろし──アーチャーは呻いた。

 士郎は振り返ることなく言い捨てる。

「ああそうだ。いくらでも言ってやる。アンタは──アンタだけは、そんなこと言ったらだめなんだ」

 ざっ……

 士郎は桜に抱えられた凛を目を細めながら見て、呟く。

「──少なくとも今の遠坂にはアンタが必要だし、アンタだってそうなんじゃないのか」

「オレ、は……」

 俯いたまま、唇を噛み締めるアーチャー。

「し、士郎!?」

 顔を真っ赤に染めて、凛がわたわたと呻く。

 士郎は苦笑しながら、そちらへと近づいていった。

「遠坂。体の調子は?」

「う、うん。なんだか楽になったけど……」

「……そうか。うん、ひょっとしたら、って思ったんだけどな。じゃあこれで呪いも切れたんだな」

 言いつつ、ちらりとイリヤを見ると、彼女もまた同じようにして凛を眺め見ていた。

「どうなの?」

「え、えと……」

 目を白黒させている凛に、代わって言ったのはアーチャーだった。彼は首を静かに振りつつ、

「いや、まだ全ては切れてはいない。──ふん、不完全にもほどがあるな。これだから貴様は詰めが甘いと言うのだ、衛宮士郎」

 静かに呟きながら──その手に生み出したものは。

「……こうやるのだ」

 言いつつアーチャーは、自ら生み出した破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)を逆手に持ち──

 ざしゅ……っ!

 軽く、自分の腕を、切りつけた。

「アーチャー、アンタ……」

 驚いたように目を見張っている士郎に苦笑を返し、アーチャーは首を振る。

「何をためらう必要がある。これが──最良なのだろう?」

 その言葉に、士郎の表情がじわじわと変化し──そして彼もまた、ひどくアーチャーと似たような表情で、苦笑を浮かべていた。

「ああ、そうだ。アンタが消えるなんて、駄目だ」

「そう言うことらしい、凛」

 唐突に振り返るアーチャーに、凛はわたわたと頷き返した。

「え、あ、うん……」

「これで──大丈夫だろう、イリヤスフィール」

 その言葉に、はあ──と深々と嘆息して、イリヤは呟いた。

「……そうね。問題ないと思うわよ。……うん、あくまで呪いみたいな魔術。不可逆のものでもないし──でもシロウ、もっと早く言ってくれてもよかったわよね?」

「……ごめんな、イリヤ」

 士郎は素直に頭を下げた。

 イリヤはぷんとそっぽを向くと、吐き捨てるように、

「まあ、結果的に最良のものになったみたいだし、これでいいけどっ」

「うん、そうだな」

 笑うイリヤ。笑う士郎。

 そして士郎は振り返り──アーチャーへと声を張り上げた。

「アーチャー」

 じっとその姿を見据えつつ、続ける。

「アンタ、もう凛のサーヴァントじゃないぞ」

「……」

 アーチャーは無言のまま、士郎を見返している。

「だから──アンタが好きなようにしてくれていい」

「オレ、は……」

 ぽつりと呟かれたその言葉に、士郎は苦笑した。

「……俺からはそれだけだ」

 言って、再びアーチャーに背を向ける。

「あ、あと一つ」

 もう一度振り返り、士郎はからかうように告げた。

「俺は俺の好きなように生きるからなー。他の世界の俺なんて知ったことか(・・・・・・・・・・・・・・・)──だ」

「……ああ。好きにするがいい」

 今度こそ苦笑して、アーチャー。

 ──日の沈んだ港に、一陣の風が吹いた。






 

144.ちび凛

 

「ええと、つまり」

 桜の手の中で、こめかみを押さえながら──、凛は呻いた。

「……自分は実は死にかけていて。で、そうなったのはアーチャーのせいで。元に戻るにはアーチャーが死なないといけないとかイリヤが言って。でも士郎は独りで勝手にこれでなんとかなるんじゃないかって思ってて。で、呪いを消滅させたのはいいけど、まとめてサーヴァントとマスターの関係も消え去った、と。こういうこと?」

「……ええと、それでいい──のかな?」

 冷や汗を浮かべながら振り向く士郎に、イリヤはやる気のなさそうに呻く。

「いいんじゃないの?」

「……なるほど」

 静かに頷き、凛は。

 

 すぱーんっ!

 

 と音も高らかに、アーチャーの頭をはたいた。

「な、何をするんだねっ!?」

「うるさい! いいから黙ってなさいこの莫迦―!」

 抗議の声をあげるアーチャーに怒鳴り散らす凛。彼女はむー、と考え込むように空を見上げて、

「……はあ。何よ、これ」

 ついていけない、と言うように、疲れた顔で肩を落とす。

「……………………あれ?」

 と──ふいに凛は呟いた。

「ねえ、士郎」

 顔を上げ、凛は士郎を見上げる。

「ん、なんだ?」

 見ると、凛は俯いたままふるふると震えていた。自分の両手を見下ろしながら──首を横にふりつつ、なんとか呟く。

「わたし、元に戻ってないんだけど?」

 そう言う凛の姿は──、確かに以前の手のひらサイズのままだった。

『………………………あれ?』






 

145.そして。

 

「ちょっと、どう言うことよこれ! なんで戻らないのよ!」

 喚く凛にアーチャーはやや控えめに手を挙げて、

「い、いや凛。もうちょっと私の覚悟とか衛宮士郎の行動についてだね」

 その言葉に凛はふんと鼻を鳴らすと、

「あら。何よ、遠慮なしにやっていいってんなら本気でやるけど。そりゃあ色々言いたいことはあるけど、でも二人ともそれぞれわたしのこと思ってやってくれたんでしょう? だから、この件については以上! いいわね!?」

 一息に行って、ぎろりと二人を睨みつける凛──その頬が赤く染まっているのに気づいていないのは、本人だけだろう。

「あ、ああ」

 士郎は苦笑する。

 ちらりと横を見ると、アーチャーもまた似たような表情を浮かべていて、それでますます笑みが深まった。

 凛は今度は矛先を買えて、イリヤに噛み付いていた。

「で、イリヤ。どう言うことよ」

「知らないわよ」

 髪をかきあげながらつまらなそうにイリヤは言い切った。

「うわあっさり。」

 呻く士郎をよそに、めんどくさいわね、とイリヤは再度髪をかきあげながら、

「考えられるのは──そうね。アーチャーとの契約は切れたはいいけど、まだ呪いの効果が残っている、って所かしらね。だからとりあえず命に関わるなんてことはなくなったけれど──」

「……しばらくは、このまま……?」

 わなわなと体を震わせ、イリヤの言葉を引き継ぐ凛。

 その言葉に、皆が重々しく頷き──

「なんで、そうなるのよおおおおおおおおおっ!」

 凛の絶叫が、夜の港に木霊した──






 

146.エピローグ(T)

 

 翌日──

「士郎、おはよ。ミルク頂戴……」

 あーだる、と呻きながら、居間に入ってきたのは──遠坂凛だった。

 その姿は元の大きさ──ではなく、手のひらサイズのままである。

「ああ、おはよう遠坂」

 士郎が料理を並べる手を止め、挨拶をする。

「おはようございます、凛」

 続いてセイバーがぐぎゅるるるとお腹を鳴らしつつ、きりっとした表情で告げる。

「あ、姉さんもう起きたんですか?」

 制服の上にエプロンを付けた桜が、ちょっと待ってくださいね、と慣れた手つきでミニサイズのコップに牛乳を注ぎ始める。

「おはようお兄ちゃんっ」

 ちゃっかりと士郎の隣をキープして、イリヤが澄ましてそう告げる。

「でもなんか、もうすっかりその体にも順応したよなあ」

 苦笑交じりに呟いた士郎に、凛もまた苦笑を返す。

「そうねー、やっぱり不便だけどね。まあ、でも、気楽にやるしかないじゃない」

「まあ、そうだけどさ」

 凛はこきこきと首の骨を鳴らしながら、

「あーでも楽だわ。全く、アイツを維持するのにどんだけ魔力使ってたんだか……」

「アーチャーは──」

 士郎がふいにぽつりとその一言を呟くと、凛は少し目を細めた。

「……ああ」

 窓の外。晴れた空を見上げながら、囁く。

「うん、アイツは」

 その言葉はどこか自分に言い聞かせるように。

 思い出をなつかしむように呟かれる──

「アイツは、さ。うん、きっと──あれで幸せだったんじゃないかな──」

 

 ────…………。

 

 静寂だった。

 穏やかな朝の日差しの中、薄い光が居間へとふいにさっと差し込み──

「って、なにをまるで私が消えたような感じでまとめてるのかね君はっ!?」

 言いつつがばりと唐突に出現したのは、アーチャーだった。

 もう以前のような珍妙な姿ではなく、本来の赤い外套を羽織った格好へと戻っているが──そこにいるのは確かにアーチャーである。

 凛は面倒くさそうに眉をひそめると、

「あれ、あんたまだいたの?」

「ああいるさ! 今日君を起こしたのが誰だと思ってるのかね!」

「あ、そう言えばアンタなに勝手に乙女の部屋に入ってるのよ死刑よね?」

「あああああああっ!? なぜえええええええっ!」

 喚きながらどたばたと出て行く二人──

「……元気よね」

 呆れたように、イリヤ。

「そうですねえ」

 苦笑しつつ、桜。

「……再契約はするのでしょうか」

 箸をにぎにぎと動かしながら、セイバー。

「さあ、どうなんだろうなあ──」

 よっ、と口にして据わりながら、士郎は二人が消えていった廊下を眺め見た。桜がそっと襖を閉める。少しばかり小さくなった二つの喚き声を耳に捕らえ──士郎は息を吐き、

「まあでも、何だかんだ言って、さ。結局──そうなんだよなあ……」

 ──もう一度、苦笑した。






 

147.エピローグ(U)

 

 だんっ──!

 という音は、凛が廊下に足を踏み下ろしたものだった。

「さーあ追い詰めたわよぉ……?」

 じりっ……

 廊下の端。両手を広げ、わきわきと指を動かす手のひらサイズの凛に、アーチャーは追い詰められていた。

「ま、待ちたまえ凛──」

 ふるふると首だけを動かすアーチャーに、凛はにっこりと笑いながらびっと親指を下に向ける。

「却下。と・言うわけで即座にきっぱり死になさ──ん?」

 言葉が──途切れた。

 きょとんとしてアーチャーが見下ろしていると、凛は何かが気になるのか、しきりに首を回していた。

「凛……?」

「あれ、んっと、ちょっと待ってね。んんー? 何よこれ……」

 言いながら、今度は腕をかく。そうしている間に変調は広がっていった。じわりと凛の体が光り始めている──

「リ、凛っ!?」

 声を荒らげて、アーチャーが身を乗り出した。

「ちょっ──なによこれ……!?」

 悲鳴にも似た叫び声。そして。

「きゃああああああああああっ!?」

 凛の絶叫と共に、光が廊下を包み込んだ──。






 

148.エピローグ(V)

 

「ったく、何なのよ、これ……」

 光が次第に薄まっていく中、凛は声を苛立たしげに尖らしつつ毒付いていた。

 アーチャーははらはらとした表情を浮かべつつも事の成り行きを見守り──、そして、光が薄れていくにつれて、その表情が赤く染まっていった。

「り、凛」

 だらだらと汗を浮かべつつ、それでも呻く。

「ん? 何よ」

 腰に手を当て、凛は眉を潜める。

 ──そして、予想と違う手触りが返って彼女はさらに疑問符を浮かべた。顔をしかめたまま自分の体を見下ろす。

 そして。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 瞬時に顔を真っ赤に染めて、蹲った。

 手のひらサイズだった凛の体は、今やすっかり元通りの大きさに戻っていた。

 そして当然、急激なサイズの変化に耐えられるはずもなく、彼女の着ていた服ははじけ飛んでいた。

 つまり──

「ああああああアーチャー! 服っ! 服―!」

 一糸まとわない姿になった凛は、耳まで顔を真っ赤にしたままそう叫んだ。

「あ、ああ。今すぐに──」

 言ってアーチャーは手早く彼女が元々来ていた服をどこからともなく取り出して見せた。

 ──コロン……

 凛の服に混じって、なにかがアーチャーのポケットからすべり出て、廊下の上に転がった。

「あ、それ……」

 それは赤い宝石だった。

 ──アーチャーの表情が一瞬揺れる。

 手早く服を着た凛は、髪を服の中からばさりと出しつつ、

「アーチャー、それもよ」

「いや……」

 ゆっくりと身をかがめ、宝石を手に取りつつ、アーチャーは静かに首を振った。少しばかり表情を緩め、息を吐く。

「これは違うんだ、凛」

 言って、もう片方の手をポケットに突っ込み、宝石をもう一つ取り出してみせる。

「君のは──こっちだ」

 ひどく真面目な表情のまま。アーチャーはそう告げた。

「へ」

 凛は一瞬何が起こったのかわからなかったのか、ぽかんとしていたが──、

「あ──うん。そう、なんだ?」

 わたわたと頷く凛に、アーチャーはひどく淡々と頷いた。

「ああ。そうなんだ」

 言って、右手の宝石を凛に、左手の宝石を再びポケットにしまう。

「ねえ、アーチャー、それ……」

 少し気まずそうな表情を浮かべながら、凛は尋ねた。

「ああ、いや」

 アーチャーは苦笑しながらゆっくりと首を横に振る。

「忘れてくれ。君には関係ない話だ」

 言いつつ、凛の横を通り過ぎ、居間に戻ろうとする──

「────待ちなさい」

 静かな凛の声に、アーチャーは足を止めた。

「……なにかね、凛」

 呟きつつ振り返ったアーチャーの眼前に──

 

 ちゃり……っ

 

 凛の突き出した宝石が、ゆらゆらと揺れていた。

「あげるわ」

「は──?」

 低く囁くように呟かれた凛の言葉に、アーチャーはぽかんと口を開けた。

「だから、これ。あげるわよ。どうせ中身は入ってないもの。──ほら、あげる」

「そ、そうか」

 曖昧に頷くアーチャー。しかしそのまま手を伸ばそうとはしない。しびれを切らしたのか、凛はもう一度、

「……ほら、受け取りなさいよ」

「しかし」

そっち(・・・)はもらえても──」

 顎でアーチャーのポケットを指し、凛は唸る。険悪な表情で。

「こっちはもらえないっていうの?」

「いや──」

 アーチャーは苦笑した。破顔のような苦笑だった。

「──そうだな。では、ありがたくいただこうか」

 言って、凛の手から宝石を受け取る。

「それで」

 ややもったいぶったような仕草で、アーチャーは左のポケットからもうひとつの宝石を取り出してみせた。やや皮肉めいた口調で、尋ねる。

「では──そうだな。こちらはどうしようか。……いるかね?」

 アーチャーは、どこか試すような、伺うような眼差しで凛を見つめていた。

 そして、凛は。

 

「────いらないわ」

 

 挑戦的な眼差しでアーチャーを見上げ、挑むような口調で告げた。

「それも──、持っていなさい」

「……そうかね」

 ──今度こそ、苦笑。

 凛はそれ以上何も言わず、すっと歩き出した。

 居間へと戻っていくのを見届けてから──肩を竦める。

 そして……ゆっくりと空を眺める。

 ──晴天。突き抜けるような青空だった。

「ああ、そうだな。──いや、わかっていたはずではあるのだが、いやはや……」

 アーチャーは苦笑しながら、ゆっくりと首を振る。

 そして小さく呟きを残した後、彼もまた、居間へと戻り始めた。

 

 

 

 ──最後に残された言葉。

『──ありがとう、“凛”』






 

149.えぴろーぐ

 

「と・言うわけでっ!」

 『すぱーん!』と勢いよく襖を開け、凛は満面の笑顔で居間に登場した。

「元に戻っちゃいましたー!」

「へ」

 と言う呆けた声は士郎。

「は?」

 と見上げたのは、今まさに煮物の入った大皿に手を伸ばそうとしていたセイバー。

「……ちっ」

 と横を向いて舌打ちをしたのは桜。

「ふうん?」

 と片方の眉だけを持ち上げて小さく笑ったのはイリヤだった。

 凛は上機嫌のままいつもの場所に座ると、

「というわけで士郎ご飯ね! 超特急!」

「ああ、はいはい」

 苦笑しつつ、士郎が腰をあげた。その横で桜が愕然としながら、

「元に……戻っちゃったんですか?」

 凛はその様子には気づくでもなく、こきこきと肩を鳴らしながら、

「……そうねー。あー、これでもう不便な思いもしなくて済むんだしっ。全部きっちり元通り! あー本当よかったわー」

「そうか。なんだかどたばただったけど──、うん。よかったな、遠坂」

 士郎が凛の茶碗にご飯をよそい、戻ってくる。うんうんとセイバーは頷きながら、

「そうですね。やはり凛はそちらの方が凛らしい。いえ、当たり前と言えば当たり前ですね」

 そうして、苦笑。

 桜はぱんと手を打って、

「──あ、でもそれなら、これでアーチャーさんも色々開放されるんですねえ」

「いやあそれは……どう、なんだ?」

 慎重に言葉を選びつつ、ちらちらと横目で凛を伺う士郎。彼女は気づいた様子もなく、ん? と首をかしげて、

「え、なにそんなヤツいたっけ?」

『おい。』

 さすがに全員が半眼で突っ込む。

 その様子を一人静観していたイリヤは、手にした湯飲みを机に置くと、

「そうね、それに──」

 言って、嘆息。『ぱぁっ……』と一瞬廊下の奥が輝いたのを横目で見ながら、言葉を続ける。

「まだ、全部解決したわけでもないようだし?」

「へ。」

 凛がぽかんと口を開けた直後──

「りりりりり凛っ!? これはどういうことかねっ!?」

 聞きなれた口調で、しかし聞きなれない声がばたばたという音と共に近づいてきて──

 べしゃんっ。

 開きっぱなしになっていた襖の奥で、誰かが転倒した。誰か。消去法で考えるまでもなく、該当者は一人しかいないのではあるが──

「え」

 と言う間の抜けた声は桜。

「な」

 ぴしりと硬直したのはセイバー。

「は──?」

 ひくりと口元を引きつらせたのは士郎。

「はあああああああああああ!?」

 『がたんっ!』と思わず立ち上がりながら絶叫したのは凛だった。

 そこにいるのは──アーチャー、のはずだった。

 いや、細部はアーチャーのそれである。黒いアンダースーツに、赤のあまり機能的とは言えない聖骸府。赤い二つのペンダント。ただし──

『…………………女の、子…………?』

 ただし──そこにいるのはどこからどう見ても、14(・・)5歳の少女(・・・・・)だった。

 ぱくぱくと口を開けている凛をちらりと見上げてから、イリヤはぼんやりと呻く──

「うわ。」

「な、何がどうなっ──何なのだねこれはっ!?」

 混乱しているのか、瞳の中にぐるぐるマークを浮かべてアーチャーが絶叫している。無論迫力のかけらもない。

 まあまあ、と口元を引きつらせながらも呻いたのは士郎だった。

「まあなんだ──いいじゃんか、そのくらいさ。あれだ、アンタ変態だしちょうどよかったんじゃないのか?」

「いいはずがあるかっ!? それと私のどこが変態なのかねっ!?」

『いや全部。』

 すかさず全員が声を揃えて呻くが、アーチャーはくじけなかった。

「大体ああ言うものは自分が男だから楽しいのであって! こんな──こんな、女の格好などと……」

 言いつつ、自分の姿を見下ろす。成熟しているとは言いがたい体つき。スレンダーな体系。ぺちぺちと顔を触り、ふむ、と呟きつつ。ひとしきり自分の体を観察してから──アーチャーはむうと唸った。

「……案外、ありかもしれんな?」

「ってなんなのよアンタは──!?」

 『ずぱんっ!』とどこからともなく取り出したハリセンでアーチャーの頭をはたいて、凛が叫ぶ。

「って何でまた怒るのかね君はっ!?」

 頭を押さえつつアーチャーが絶叫。

「嫌だ……もうやだ、こんな俺……」

 しくしくと泣きつつばったりと倒れる士郎。

「ほぉむ、ひかしゃまあ、もれはほれでいいので、もぎゅ」

「ちょっとセイバーさん、どさくさにまぎれてご飯かたっぱしからたべないでくださ、ああああっ!?」

 高速の箸捌きを展開するセイバーと、必死にガードしようとする桜。

 と、まさに絶好のタイミングでベルが鳴り、鍵がかかっているはずの玄関が『ばべぎっ!』と問答無用で開いて男装の麗人が入ってくる。

「すいません、と言うわけで駄目でしたのでしばらくこちらに──」

 一方、縁側にはいつの間にかシスターがちょこんと座り、口の端を歪めながら事態を見守っている──

「随分と面白そうなコトになっていますね、凛さん。つきましては教会の改装が終わるまで──」

 そして少女の姿になったアーチャーは、妙に瞳をうるうると輝かせながら凛へと迫る。

「り、凛! 結局私はどうすればいいのだ!? もうこれはこれで第二の人生とかそういうものでいいのかね!?」

「って、」

 凛は頭を抱えて、大きく息を吸い込んで頭を抱える──

「何なのよこれはあああああああああああああっ!?」

 晴れた日の朝。 

 喚き散らすような凛の絶叫が、屋敷全体に響き渡った──。

 

 

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