11.二人
「でも本当、どうするかよねー。──あ、そのお皿取って」
アーチャーから受け取った皿を手際よく机に並べながら、凛は眉根を寄せたまま言葉を吐き出した。
──遠坂邸一階、リビング。朝食の準備に二人して取り掛かりながら、彼女はああもう、と頭を振る。
「どうするかと言われてもな、どうしようもないのが現状で──ああ凛、そろそろだ」
それだけで事足りたのか、凛はうんと呟くとアーチャーの後ろをすり抜けると茹でていたウインナーの鍋を引き上げ、素早く皿へと移し始めた。
「駄目よそんな考えじゃ。なんとしても戻るんだ──、って思っておかなきゃ」
「だからだね、私に言われてもだな……」
エプロン姿となったアーチャーは、キッチンから困ったように笑いつつそう呻いた。
「それに何と言うか……そう無理に戻る必要性もないだろう?」
言いつつフライパンの蓋を開け、ベーコンエッグを皿へと移し変え、凛へと渡す。
「いいの!? アンタほんっとーにそれでいいの!?」
皿を机に置いてから、『ばんっ!』と机を叩く凛。ふむ、とアーチャーはひとり考え込んでから、何やら満足そうに頷いている──。
「まあ、多少不便なところもあるが、これはこれでありだな」
「言い切った……」
げっそりと疲れ果てたように背もたれに身を預け、凛は呻く。
レタスを洗いながら、アーチャーは楽しそうに続けた。
「何、気にする程のことでもないさ。これはこれで楽しいこともあることだしな。何しろちっちゃい女の子に声をかけても何も問題な、」
「あるわあああああああああっ!」
すかさず『がちゃーん!』とアーチャーの後頭部にグラスがぶち当たった。ばったりと倒れる少女に凛はさっと手を振りながら叫ぶ。
「何やってんのよアンタはっ!?」
「い、いやコミュニケーションをだね」
再び血まみれになった顔をのろのろと起こし、呻くアーチャー。凛は構わずがあーと声を荒らげる。
「家から出るな、この犯罪者!」
叫ぶ凛のその言葉に、アーチャーはごくりと喉を鳴らして、
「それはつまり監禁プレ、」
「違うわよへっぽこー!」
早朝。遠坂邸はいつもにまして賑やかだった──。
12.戦闘能力
「と言うわけで!」
『がちゃんっ!』と乱暴にティーカップを机へと叩き──凛はじろりと睨みをきかせながら叫ぶ。
「対策会議よ!」
対して椅子に座っているアーチャーは気楽なものだった。食後の紅茶を楽しみながら、はっはっと笑っている。
「いやだから別にこのままでも──」
「よくないわよね? いいはずないわよねアーチャー?」
──凛の表情はあくまでも笑顔のまま。だがその皮一つ後ろ側に潜む何かに気おされたのか、アーチャーは途端顔を引きつらせた。
「そ、そうだ、な?」
「で、そうね──うんじゃあ、とりあえず現状を確認するところからはじめましょう。──アーチャー、貴女以前と何か変わった点ってある?」
ぴこぴことボールペンを振りながら、メモ用紙を引っ張り出し、尋ねる。気付けばいつの間にか眼鏡までかけていた。
「性別の他に、と言うことかね?」
慎重に尋ねるアーチャーに、凛は静かに頷いた。
「そうよ。何でもいいわ、とにかく気づいたことをあげてちょうだい」
「そうだな。まあ色々とあるが──まずは、霊体になれないと言う所か」
「そ、そう」
顔を引きつらせつつも、凛はメモ用紙に『変更点 @霊体になれない』と記入していく。
「まあいいわ。ほ、他には?」
少し考えてから、アーチャーは指を折りながら列挙していく。
「……戦闘的なことを言えば、まあ単純にリーチが短くなったな。いつの通りの感覚でいると些か支障が出そうではある、か。後はそうだな──敏捷性は増したが、その分単純な力はそれ相応に落ちている。あと、坑魔力が極端に落ちたな」
「……極端。なんかすごい言葉だけど、どのくらい?」
はあ──と心底疲れたようにげんなりと表情を歪めながらも尋ねる凛に、アーチャーは朗らかに、
「一般人程度だな」
「あんた一応英霊でしょー!?」
とうとうたまりかねて叫ぶ凛に、アーチャーは心外だと言うように口を尖らせた。
「しょうがないだろう。変身した際に聖骸布も変形してほとんど意味を成してないからな。私の場合、元から坑魔力は低いからあれに頼っていたわけだが──」
「ああもう、いい。……要するに、パワーダウンしたってことでいいのね?」
こめかみを押さえながら呻く凛に、アーチャーは笑いながら、
「まあそうなるかな」
「朗らかに言ってんじゃないわよばかー!」
凛の怒声と共に、アーチャーの額に『さくっ!』とボールペンが突き刺さった──。
13.途切れた契約
「……肝心の魔術、って言うかあっちのほうは大丈夫なんでしょうね」
眉をしかめつつ尋ねる凛に、アーチャーは頷いて見せた。
「それは問題ない。──投影、開始」
静かに唱えられた呪文、その数瞬後に、彼の手の中に一振りの剣が生まれ出た。
「……この通りだ」
「ん、よし」
頷き、メモ用紙に目を落としてから──凛は確認するように上目遣いでアーチャーを眺め見た。
「じゃあ、違いっていえばこのくらいなのよね?」
「ああ、あと一番大きいのは」
さっと手を振りつつ、アーチャーは苦笑した。
「契約が切れていて、なおかつ何故か再契約が出来ないと言うことか」
「……ん、そうよね」
ぼそり、と。やや歯切れ悪そうに凛は頷いた。ぎし──と椅子を軋ませながら、アーチャーは続ける。
「そうか、つまりあれだな。もう私は凛のサーヴァントではない、と。そう言うことになるな」
「……ま、まあ、そう言うことになるけど」
「ふむ、つまり」
かちゃっ──
カップを机に置き、少し言葉を選んでから──、アーチャーは口の端を歪めて呟いた。少しばかりからかうような口調で。
「ここで私が出て行っても、何も問題はない訳だ」
──間が開いた。ほんの数秒ほど。
試すようなアーチャーの視線の先で、凛はさっと髪をかきあげつつ、静かに口を開く──。
「……そうね。確かにそうかもしれないわ。でも──」
そして彼女は、アーチャーに挑戦的ですらある視線を向けて、
「──アーチャー、貴女は出て行かないわ。そうでしょう?」
「……ふむ」
呟き、アーチャーは目の前の少女を観察する。自信たっぷりのその口調に、アーチャーは小さく苦笑。
「…………全く。少しは動揺するとかそう言うのはないのかね、君は」
「あるワケないでしょ、そんなの。なに言ってるんだか全く──」
──やれやれ──と呆れたように笑う凛。
──心底参ったというように肩を竦めるアーチャー。
──緩やかに穏やかに、和やかな空気が流れる──
……そんな中、ふと気になってアーチャーは尋ねた。
「……ちなみに聞いておきたいんだが、もし本当に私が出て行ったりしたらどうするつもりなのかな?」
「……え、何ほんとに聞きたいの?」
ぱちくりと目を閉じ凛は聞き返した。
さっと視線を逸らし、アーチャーはもごもごと呻く。
「い、いや。やっぱりやめておこうか、な……」
一方凛はぴっと指を立て、あくまでもにこやかに告げる。
「そうねー。その方がいいと思うわ」
「…………そう、かね……」
じっとりと全身に嫌な汗をかきつつ、無理矢理笑顔を作るアーチャー。
朝。──窓の外では、太陽が先ほどよりも僅かに高く強く光を照らしていた。
14.実験その1
「……でも本当どうしたらいいのかしら」
ふう、と悩ましげな吐息。
「まあ、ここまで来ると最早ほとんど変身したようなものだからな……」
はあ、と空虚な嘆息。
「そうよねー……」
ああもう、と凛は頭を抱える。
「……そうか。そうだな。と言うことは──ひょっとしたら、試してみる価値はあるかもしれないな」
ふむ、とアーチャーはひとりごちる。
「何、なんかアイディアあるの?」
がばりと身を起こす凛に、アーチャーは頷いて見せた。
「……もう一度ルール・ブレイカーを試すと言うのはどうだろう」
内容を頭の中で吟味し、目を閉じ黙考してから──凛は力強く頷いた。
「そうか。うんそうね、それなら確かにやってみる価値はあるかもしれないわね。──じゃあ、アーチャー」
その呼びかけだけで言いたいことを理解したのか、アーチャーは頷くと口の中で小さく呪文を唱えていく。そして──
──きぃんっ!
鋭い音と共に、彼女の手の中に一振りの、ひどく使い勝手の悪そうな剣が生み出された。
ルール・ブレイカーである。
「では──いくぞ」
言って、アーチャーはその刃を自らの指に押し当て──、浅く切りつけた。
「……………ど、どう?」
ごくり──と喉をならし、尋ねてくるのは凛。
「……ふむ」
──時間にして十数秒と言ったところか。その間、身じろぎせずにじっとアーチャーはルール・ブレイカーと自分の体を見比べていたが──やがて静かに首を横に振った。
「……駄目だな」
「………………そっか」
すとん──と椅子に腰を下ろす。明らかに落胆した様子の凛にフォローをいれるつもりなのか、アーチャーは付け加えた。
「契約云々ではないし、原因こそ魔術が変な具合に関わっているとはいえ、それが根本的な問題ではないからかもしれないな」
そうね、と凛は小さく頷き、そして顔をしかめた。
「……どうしよう、他に何か方法なんて……」
「変身魔術と言うのはどうかね」
「……認識をいじるっていうの? あれはイメージに左右されるしイリヤならそういうの得意そうだけど……でも、根本的な解決になってないじゃない」
他の人からそう見える──と言うだけで、実際は今のままの姿だからだろう。アーチャーもその反論は予想していたらしく、あっさりと苦笑し同意した。
「そうだな。──しかし、とすると……む」
「なに、なんか思いついたっ?」
がばりと身を乗り出して聞いてくる凛にやや遠慮がちに、アーチャーは頷いた。
「あ──ああ。一応、だが」
「一応でも何でもいいわ。それでっ? どんなの?」
目をきらきらと輝かせて聞いてくる凛からそっと視線を外しつつ、アーチャーはやや引きつった顔で呻いた。
「とりあえず──二階に行こうとしようか?」
15.パンドラの箱
「……で、これなの?」
思いっきり顔をしかめつつ、凛は呻いた。
「そ、そうだ」
アーチャーもまた自信なさそうに頷いた。
──二人の目の前にあるのは、大きな箱。
宝箱、という単語を聞いてまず初めに連想するような──そんな箱だった。
「うう……すっごく気が進まないんだけど……」
凛はこれから起こるであろう事を想像したのか──顔を引きつらせ、後ずさりした。と、ふと真顔になり、首をかしげる──。
「……あれ、そう言えばわたし、コレの説明とかって、したことない……わよね?」
一方アーチャーはふっと誇らしげに胸を張り、
「はっはっは。愚問だな凛。君の部屋のことで私にわからないことなど何もな──」
「漁ったのかこの変態―!」
凛の拳が唸り──アーチャーの体と、それより一瞬遅れながら鼻血が、綺麗な放物線を描きながら宙を舞ったのだった──。
16.おやくそく
「……あーもう、あんたに掃除頼んだわたしが馬鹿だったわよ!」
床にべったりと倒れているアーチャーにそう吐き捨て、凛はぷいとそっぽを向いた。
「ふ……いいパンチだ、凛……」
何故か満足げにそう呟き、ぐいっと口の端についた血を拭い──アーチャー。
凛はそっと箱を開きながら、あれ、と首をかしげる。
「……でも、これって能力をだうん……だうんろーど? するのよ? 元に戻れるとは思えないんだけど……」
やや自信なさげなその言葉に苦笑しつつ、アーチャーはさっと手を振った。
「なに、これ単体で無理でもヒントのようなものはあるだろうさ。どの道八方塞りなんだ。手当たり次第に試してみるしかないだろう」
「ううう……やだなあ……」
えらく情けない顔をしながら、それでも箱を開ける。『ぎぃ……っ』と鈍く低い音と共に漆黒に染まった中身が外界に触れた。
「……ふむ、どこだ……?」
凛の隣から箱を覗き込み、きょろきょろとするアーチャー。その横では、やや身を引いた凛がぼそぼそと呟いている。
「ね、ねえアーチャー? やっぱり止めない?」
「私は別に構わないが」
身を起こし、じっと凛の目を見ながらアーチャーは困ったように眉を寄せた。
「しかしそうなると、本格的に方法が思いつかないぞ」
「……うう、しょうがないか」
はあ──と嘆息し、凛はげんなりとしながらも箱の中を漁る。と、暗闇の中、おぼろげに光るステッキを目に止め、手を伸ばした。
「あ、あったあった」
言いつつ、ステッキを無造作に掴む──。
「あ」
アーチャーがぽつりと声をあげる。
「え?」
凛はきょとんとアーチャーへと振り返り──そして、
「ああああああっ、しまった──っ!?」
悲痛な彼女の絶叫と共に、怪しい光が室内を包み込んだ──。
17.カレイドルビー
「と・言うわけで魔法少女カレイドルビー、ここに参上っ!」
光が消えて、現れたのは奇妙な衣装に身を包んだ凛──いや、カレイドルビーである。
「こ……これは……っ!?」
アーチャーの顔が驚愕に染まる。染まったまま──どこからともなくハンディカムを取り出し、迷わず録画ボタンを『ぽちっ』と押す──。
「素晴らしい……素晴らしいぞ凛……!」
感涙にむせび泣きながら、アーチャーはふるふると拳を握る。
「ああ、いつもの凛もいいがこう言うのもやはり捨てがた──」
感涙に咽び泣くアーチャー。そして。
──バシュンっ!
その彼女の頬を掠め、一条の漆黒の光が通り過ぎた。
「……え?」
「ア・ン・タ・は〜……!」
ゆらり──と。
揺らめき立つは、赤い光。
笑顔を浮かべているカレイドルビーはしかし、今や無数の血管マークを浮かべて体をわなわなと震わせている──。
だらだらと。
全身に汗をかきつつ、赤い少女はびくんと体を震わせた。視線を下げ、決してカレイドルビー、いや凛とは目を合わせないようにしつつもごもごと呻く──
「……違う。違うんだ凛。今のはちょっと間がさしただけであって何と言うかこう反射的なものと言うかやらざるを得ない、そう、本能とでも言うべきなのかな、まあ何にしろ君のその姿は反則だと言うことでええとつまり何が言いたいのかと言うと私は多分そんなに悪くはないはず──」
「ええと、アーチャー?」
そして。
アーチャの言葉には欠片も耳を貸した様子もなく、凛はにっこりと笑うと、
「いいから黙んなさい?」
刹那──
屋敷の二階の窓から、膨大な数の漆黒の弾丸が膨れ上がり、炸裂した。
18.ダッシュ
「……この、莫迦ステッキが〜……!」
未だカレイドルビーの格好のまま、凛は口元を引きつらせながら手にしたステッキへと視線を落とした。
「あはー、嫌ですね凛さん。今回のは完全無欠に凛さんのミスじゃないですか。そんなのを私のせいにされても困りますよー」
あはー、とステッキからは軽薄な笑い声。このステッキの人工精霊、カレイドルビーである。
一方凛はうふふふふ──と笑いながら、手にしたステッキを見下ろす。決壊寸前なのを瞬時に判断したのか、さりげなくアーチャーが距離を取っていたりするのだが。
「……ルビー。さっさと変身解きなさい。さもないとひどいわよ……!?」
「あ、はいはいーっ」
やや焦ったような笑い声が響く。刹那『ぽんっ!』と煙が舞い起こり、凛の姿が元へと戻った。
「ああ、もう終わり……か…………」
心底口惜しそうにアーチャーは俯き、唇を噛み締める。
そして、その肩に、『ぽんっ』と手が置かれた。
その手の主、遠坂凛はにこやかに笑顔を浮かべながら、
「アーチャー? 言いたいこと、わかるわよね?」
手を置かれた肩の骨が軋む音を聞きながら、アーチャーは歯噛みする。
「……く……」
──痴態が収められたハンディカム。その存在は、確かに彼女にとっては致命的なものなのだろうが──。
(しかし……しかし、これは私にとっても……っ!)
きゅっ、と唇を噛み締め。
少女はその瞳に力を、心に決意を込める。
「内容を消すのならよし、そうでないのなら──」
「──い……」
凛の言葉にアーチャーはふるふると首を横に振りながら一歩後ずさった。そして。
「嫌だあああああっ!」
涙すら撒き散らしつつ、赤い少女が全速力でその場を離脱する──
「逃・が・す・かああああああっ!」
刹那も置かない次の瞬間、あかいあくまもまたそれを追撃する──
──少女とあくまの追いかけっこは、二十分ほど続いた。
19.事情把握
「はぁ──はぁ……っ。ったく、ちょこまかと逃げ回って……!」
ぜいぜいと息をしながら額の汗を拭い、まるで悪役のようなセリフを吐いたのは凛だった。彼女の足元には、今や残骸と成り果てたハンディカムが転がっている。先ほど取り上げたのはいいが消去の仕方がわからなかったために迷わず粉砕した結果がこれだった。
「ああ、あああああああああ……」
少し離れたところで、悲痛な呻き声をあげているのはアーチャー。
「あんまりだ……凛、あんまりだろう、これは……っ!?」
「ああもう泣くんじゃないっ。勝手に撮られたこっちの方がたまったもんじゃないわよ……」
がくりと肩を落とし、凛もまた疲れたように呻く。
「……それよりほら、ええと、ルビー?」
と。縄で縛られひきずられていた──直接接触を防ぐためだ──ステッキは、ぴょいんと跳ね上がる。
「はいはいー。なんですか凛さん」
会話を始めた二人をよそに、アーチャーはひとりごそごそとポケットを漁り、何やら頷いている。
「大体もう事情わかってると思うけど、こいつ。アーチャーなのよ」
名前が出てぱっと顔をあげるアーチァーへと顔(のような面)を向けると、ルビーはあっさりと首(のような箇所)を曲げた。
「はいはい、存じてますよ。それで元に戻る手段として私の能力を使いたいんですよね?」
「……う、うん」
やけに飲み込みのいいルビーに戸惑いながらも、凛は頷いた。
「そうですね、あながち悪くない発想かと。少なくとも先程の契約強制解除の宝具よりは確率が高いと思いますよ。まあ──」
ぺらぺらと喋り続けるルビーに、じんわりと凛が静止の声をかけた。
「……ねえ、ちょっと待って。なんでそんなに詳しいの?」
ルビーはあはーと笑いながら、あくまで気楽な口調で、
「嫌ですねえ。そんな事言えるはずないじゃないですかー」
「アンタ絶対なんか覗いてるでしょ……」
疲れたようにがっくりと肩を落とし、凛はジト目で呻いた。
20.可能性の問題
ああもう──と頭を抱えながらも凛はこほんと咳払いをした。
「……まあいいわ。それで? 悪くないとか言ってたけど、元に戻るのって出来そうなの?」
「うーん、そうですねえ……。平行世界から服とかを引っ張ってくる時の要領でなんとか出来そうな気もしないでもないんですが……ただやはりこればかりは正直やってみないことには何とも。何しろ前例もありませんし」
「……まあ、そうそうあることじゃないとは思うけど」
しぶしぶ同意する凛に、ルビーはさらに続けた。
「それ以前に、そもそもアーチャーさんの存在がどうなってるのかがよくわからないんですよね。ほら、私は基本的に女性限定の礼装じゃないですか。それを本来男性であるアーチャーさんが使えるのかどうかもわかりませんし」
「むう。そう言えばそうだったな」
おお、とぽんと手を打つアーチャーを押しのけ──ずいっと凛は前に出た。ぱんぱんと手を叩きながら、
「まあここで言い争っていても始まらないでしょ。とにかくやってみましょう?」
「待ちたまえ」
と。冷静な声が凛の動きを止めた。アーチャーは腕を組みながら静かに口を開くと、
「ルビー。先程どの件だがな。本来機能の対象外である私が使うことで何らかの危険性はあるのかね」
ステッキはぴょいんと揺れ曲がりながら、
「ええ、ええ。ですから、前例がないので何で何もかもが未知数だ、と言うことです。何もトラブルもなく成功するかもしれませんし、妙ちきりんな格好になってしまうかもしれませんし──」
「妙ちきりんって。」
思わず凛が呻く。ルビーは構わず続けた。
「──最悪の場合、消滅してしまう可能性も、否定は出来ません」
『………………………………。』
部屋の中は一瞬にして、重苦しい沈黙に支配された──。