――おぉぉ…………ん……

 光が――薄れゆく爆音と共に、ゆっくりと収まっていく。

 アーチャーの手から離れた()は、狙い違わずバーサーカーの体を射抜き――爆裂した。

「ふむ……」

 アーチャーはしばらく光の中心を眺めていたが――やがて呟いて手を下ろすと、ゆっくりと息を吐いた。弓が手から掻き消える。

 ゆっくりと、イリヤへと向き直る。

 銀髪の少女はただ静かに立ち尽くしていた。

 逃げるでもなく、臆するわけでもなく、黙したままアーチャーを見据えている。風で揺らぐ髪を抑えもせずに、ただひたすら。

 未だ渦巻く光を背に、一歩、赤い弓兵が踏み出した。

「……宝具を矢にするなんて。なんて、愚かな」

 少女は不敵な表情を崩さないまま、侮蔑と哀れみを込めてアーチャーに告げた。

「しかし、こうでもしないと勝てないだろう」

 言ってアーチャーは、また一歩、イリヤへと歩み寄る。

 ――少女は視線を逸らさない。自分よりも背の高い男の瞳を見つめたまま、臆することなく立っている。

「逃げないのかね」

 英霊が呟くと、

「ええ、逃げないわ」

 少女はあくまでも静かに答えた。

 その口元が――嘲るように、歪む。

「だって、逃げる必要はないもの(・・・・・・・・・・)

 同時だった。

「――――っ!?」

 アーチャーの顔が驚愕に歪むのと、

「■■■■――――!」

 

 ボシュウ……っ!

 

 光の中から、バーサーカーが猛烈な勢いで突進してくるのは。

 一瞬。アーチャーは咄嗟に両手に剣を生み出すと、なんとか防御しようとして――

 ゴガァァァッ!

 ガードの上から叩きつけられたその一撃に、悲鳴すら残さず、冗談のように赤い弓兵の姿が吹き飛んだ。手足をばたつかせながら宙を舞い、地面を転がり、背中から壁に激突し、ようやく止まる。衝撃で撥ねる体を押さえこみ、激痛に顔を歪めながらも、受身を取る。

「かは……っ!」

 悲鳴と血液がそれから数瞬遅れて、口から漏れる。

「しまっ、た……」

 呻きつつも、アーチャーは床に手をつき、倒れることだけは必死に防いだ。今の一撃をまともに食らったせいか、足に力が入らないでいるようだ――立ち上がろうにも立ち上がれないでいる。

ズゥン……

重い足音が響き、同時アーチャーの周囲が影に覆われた。

――顔を上げるまでもない。その気配で、そこに何が在るのかは確信出来る。

バーサーカー。怒れる巨人。

「■■■■――――!」

 叫び声が耳に届くと同時、アーチャーの体は抵抗する間もなくバーサーカーによって掴みあげられた。いや、それは捕らえるなどと言う生易しいものではなかった。

「ぐあ……」

 苦しげな悲鳴が、血飛沫と共に零れ落ちる。バーサーカーはアーチャーを握りつぶそうとしていた。そのまま体中の骨をへし折らんとばかりに――握り締める!

「ぎっ……!」

 アーチャーの額に青筋が浮かんだ。歯を食いしばる。全身に力を込め、なんとか振りほどこうとするが、単純な力比べで勝てるはずもない。しかも両腕を封じられている。――どうしようもない。

「どう? これがバーサーカーの力よ」

 余裕たっぷりの声が横から聞こえ、アーチャーは目だけを動かしてそちらを見つめる。

 階段の上にいたはずのイリヤスフィールはいつの間にか階下へと下りてきていた。両手を後ろ手に組み、覗き込むようにしてアーチャーを見据えている。彼女は冷たい微笑を湛えながら、ゆっくりとバーサーカーの傍まで歩いてくると、そっとその肌に触れる。

誇らしげに、そして不敵に。彼女はゆっくりと歌うように囁いた。

「バーサーカーはね、殺したくらいじゃ死なないのよ。十二の試練(ゴッドハンド)――それがこの子の宝具なの。倒したいなら、あと11回殺すのね」

 少女の言葉には絶対的な信頼と誇り、そしてほんの少しの苛立ちが混ざっているようだった。わずかに歯噛みしながらイリヤは呟いた。

「でも、貴方に一回でも殺されるなんて。油断したわね」

「そう……かね。なるほど……やられたな」

 バーサーカーの手の中にありつつも、アーチャーはそれでも笑みを浮かべて見せた。口の端から血が伝う。

 イリヤが顔をしかめる。――気に食わない。バーサーカーに歯向かうなんて、どうかしているのだ。本来ならば泣いて許しを請うべき。だと言うのに、この男は。何故この弓兵は――

「……なんで、あきらめないのよ」

 思わず、そう呟いている。

 きっとアーチャーを睨みつけ、両手を握り締めて下に勢いよく突き出し、イリヤは叫んだ。

「貴方なんかじゃバーサーカーに勝てないんだから!」

「ふむ。そうとは限らないだろうに」

 アーチャーは平然と言ってのける。

 イリヤは絶句した。

「なんなのよ……」

「そうだな。では、油断ついでに、もう(・・)一つ(・・)()頂こう(・・・)かな(・・)

 そのアーチャーの声に、イリヤははっと我に帰る。

――苦痛に歪んでいるはずの赤い弓兵の唇は。

――してやったりと言うかのように、つりあがっている――。

「――、――」

 アーチャーの小さく口が動き、何かを呟いた。

 同時、バーサーカーの頭上、天井ぎりぎりのところに三本の剣が出現する!

 「っ! バーサーカー、避けなさい!」

 イリヤが絶叫する。

 ――視界の外のその攻撃に、バーサーカーの反応が一瞬遅れた。

 ――体をよじり、それでもなんとかして剣を避けようとするバーサーカー。

 ――しかし、その時に、さらにもう1本剣が出現した。

 場所は――イリヤスフィール(マスター)の頭上。

「■■■■■――――!」

 バーサーカーの怒号と、

「え」

 イリヤの呆けたような声と、

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)っ!」

 ――絶叫じみたアーチャーの更なる呪文(ことば)が、同時に響いた。

 全ては一瞬。

 バーサーカーがイリヤを庇うように、少女に覆いかぶさった。

 それと同時、上空から落下した(グラム)がバーサーカーの背中を貫き――

 イリヤが目を見開いて絶叫する――

 さらに同時、新たにバーサーカーの目の前に生み出された無数の剣が――

 

 ザグザグザグザシュッ! ズ・――ザンッ!

 

 狂戦士の頭部を粉々に貫き、完膚なきまでに打ち砕く!

「あ……あ……」

 驚愕。銀髪の少女の目は、これ以上ないほどに見開かれている。

 目の前で、最強であるはずの英霊から力が失われていく。

 今のでまた一つ。

 もう二回、この名も知らぬ英霊に殺された。

 どさり、と少女のすぐ横に何かが落下した。

 少女はのろのろと首を動かし、視線を落とす。

 バーサーカーの肉片だった。

 見上げれば、そこには見慣れた姿が。

 首から下ならば見慣れた姿(・・・・・・・・・・・・)のバーサーカーが、揺らめいている。

 頭部はない。そこにあるべきはずの顔はなく、代わりに無数の剣が突き立っている。幼児の手によって無残に姿を変えられた人形のような。あまりにも現実離れしたその姿に、イリヤは何も反応できず、ぼんやりとバーサーカーを見上げている。

 ぼたっ……

 赤い血が滴り落ちた。

雫はゆっくりと落下し、その真下にいた少女の髪を、その肌を真紅に染める。

 白い少女(イリヤスフィール)はのろのろと自分の頬に触れ、そこについた血を呆然と見つめた。

 赤い血。血液。バーサーカーの一部。最強たる英霊・バーサーカーの血――ありえない。

 もう一度顔をあげ――呟く。

「バーサー、カー?」

 その呼びかけに応えるように――ぐらり、と巨体がよろめいた。

「あ――」

 間の抜けた声が口から漏れた。

 黒い巨人の(からだ)が――、マスターであるイリヤに傅くかのように倒れていく――

「……っ!?」

 そこでようやく、イリヤの顔が驚愕に引きつった。言うまでもなく、少女の小柄な体躯はバーサーカーの重量に耐えられるはずもない。逃げようと、足を動かそうとした――だが動かない。

 何かに捕らわれているとでも言うのか、ぴくりとも足が――いや、体全体が動かない。

 潰される――そう思い、イリヤは反射的に目を瞑った。

 影が覆いかぶさり――

 感覚が閉じて――

 

 ――びゅおうっ――

 

 次に聞こえてきたのは、風が耳元で渦巻く音。

 それと、温かい感触。

 そして。

「ふむ、これであと何回かね」

 ――どこかで聞いたようなその声は。

――やけに耳元から聞こえていた――。

 恐る恐る、イリヤは目を開ける。

「え……?」

 間の抜けた呟きが口から漏れた。

 そこには、自分を抱えてバーサーカーの元から脱出しようとしているアーチャーの姿があった。満身創痍であり、とても五体満足とは言えないが――それでも、この弓兵はまだ戦意を失ってはいない。

「なっ……!?」

 一瞬訳がわからなくなり、少女は言葉を失う。

 ――この男は、何をしている――?

 呆然としたのは一瞬。ようやく状況を把握したイリヤは顔を真っ赤にして喚いた。

「は、離しな――何のつもりよ!」

「何と言われてもな。目の前で潰されるのを放っておくわけにもいかないだろうに」

 (アーチャー)は片目を瞑り、やれやれと面倒くさそうに告げてきた。まるでそうするのが当然だとでも言うかのように。

「は、はあ―――!?」

 今度こそわけがわからなくなり、イリヤはまじまじとアーチャーを見つめる。

 ――この英霊(おとこ)は、一体何を言っているのだ――?

「……イリヤスフィール」

 はっと――

 心配そうな声に脳幹を揺さぶられ、少女は我に返った。

 見ると、いつの間にかイリヤはバーサーカーから離れた床の上に下ろされていた。足は確かな感触を伝えてくる――し、動きもする。それを確かめてから斜め上を睨みつけると、そこには呆れたようなアーチャーの顔があった。少しばかり照れたような、困ったような。ひどく曖昧な表情だった。

「……いや。そろそろ離してくれないかな?」

 ぽん、と。

 少女の頭に手を置きながら、呆れたようにアーチャーが呟く。

 そして、その一言で、イリヤは今の自分の置かれている状況を瞬時に把握した――あろうことか、彼女はアーチャーにしがみ付いていたのだ。

「な――!?」

 銀の少女(イリヤスフィール)は頬を赤く染めると、弾けるようにアーチャーの腕の中から離れた。数歩ばたばたと後ずさり、頭を両手で守りながら用心深くアーチャーを睨みつける。

「な、何よ。お礼なんて言ってあげないんだから――!」

 猛然とイリヤが言い募ると、アーチャーは困ったように苦笑してみせる。

「ああ、それでいい。――何しろこれから決着をつけるのだ。礼など言われてはたまらんよ」

 きっぱりと言い切り、アーチャーがバーサーカーへと視線を転じる。

 ――その視線は、今までのような柔らかなものではなく。

 ――ひとりの戦士(英霊)の、鋭い眼差し――

「アーチャー……?」

 少女の呼びかけに、しかし赤い弓兵は応えず、ただ前を見据えている。

 同時、重い音が響き、巨人が床に崩れ落ちた。刺さっていた剣が消滅する。

「また……」

 本物ではない剣。――偽物。 チクリと頭の中で何かが警告を発している。

「とは言え、この腕では」

 奇妙な方向に捻じ曲がった右腕を見下ろして、アーチャーは顔をしかめる。

「ならば」

 ふうっ――

 大きく息を吐いた。嘆息ではない。それは、意識を集中させるための予備動作。赤い弓兵はイリヤに背を向け、未だ動かない修復中のバーサーカーを見据え、口を吊り上げる。

 ――イリヤはその背中を見つめながら、じっと目が離せないでいた。

 ――在り得ないことならば、もう何度も目にした。

 ――信じられない言葉も、幾度となく聞いた。

 ――何だというのだ、この男は。

 ――この、赤い背中は。

「……やれやれ。まだ遠いな。全く、反則にもほどがあるだろうに」

 アーチャーの自嘲めいた言葉にようやく我に返り、イリヤは慌てながらも頷いてみせた。

「そう……そうよ」

 ──確かにこの英霊のしぶとさは計算外だ。2回も殺されたなんて、なんて屈辱。だがそれでも、こちらが有利なことには違いない。すでに相手は満身創痍。右腕が使えなければ切り札の弓も満足に扱えないだろう。とは言え、油断は禁物。何せ相手はなんだか素性が知れない(・・・・・・・・・・・)──こんな曖昧な理由で奥の手を出さなくてはならないのは甚だ不本意だが、認識を改める必要がある──

あの男はただの目障りな障害物などではなく。

本気を出して戦うべき相手なのだと──

 知らず唇を噛み締めながら、それでもイリヤは優雅な微笑みを浮かべて見せた。優雅で繊細でこれ以上ないほどに──残忍な微笑。

「……残念だったわねアーチャー」

 アーチャーはただ黙ってイリヤへと視線を向けた。

「貴方の勝ちは、この時点でもうなくなるわ──もうなりふりなんて構わない。貴方は敵」

 すうっ……と目を細め、イリヤは断言する。

 アーチャーは相も変わらず斜に構え、ぎこちなく肩を竦める。

「そうかね。今までは何だったのか、少し気になるところではあるが」

「減らず口もそこまでよ」

 きっぱりと告げ、イリヤは唇を歪め、囁いた。

「──狂いなさい、バーサーカー」

 

 

 

 

 

 

「■──────────────────!」

 バーサーカーが、吼えた。

 全身からみなぎるのは、今まで以上に圧倒的な力、力、力──ただただ破壊のみに特化した暴力的なまでの力。

「ぐっ……」

 アーチャーは口を引きつらせながらもあくまで笑みを浮かべたまま、一歩後ろへと下がる。それをみてイリヤは満足したと言うように口を歪めてみせた。

「全能力の上乗せ。これで貴方には満に一つも勝ち目はなくなったわ」

「そうだな。これでは私も、覚悟を決める必要がありそうだ」

「覚悟? 覚悟ですって?」

 ひくり、と口元を引きつらせ、イリヤはそれからようやく思い出したというように首を横に振る。

 再び顔を上げた彼女の瞳には、どこまでも底冷えのする色が浮かんでいた。

 恐ろしいほど冷静に、そして冷徹にイリヤは告げる。

「いいわバーサーカー。ソイツを殺しなさい。叩き潰して打ちのめして後悔するまでぐちゃぐちゃにしてあげて頂戴」

「■■■■──!」

 イリヤの命を受け、バーサーカーが今までにない速さでアーチャーへと突進する──

 そして、アーチャーは。

 猛烈な勢いで向かってくる巨人を見据えつつ、口を開く──

 「体は(I am)――」

 低く、囁くように。(うた)うかのように呪文を紡ぎながら、生み出した剣を手にバーサーカーへと突進する――

 

 

 

I am the bone of my sword.
  体は剣で出来ている。

 

 

 

握られた剣が光り、瞬時にその形を変える。羽を連想させるようなその刃は、裂帛したアーチャーの掛け声と共にバーサーカーへと投擲された。

「■■■────!」

咆哮と共にバーサーカーが斧剣を構え、それを真正面から受け止める。

 アーチャーはそれには構わず間合いを詰め、

「──、──」

 言葉と共に手の中に生まれるは、細長い槍剣。

アーチャーが全身をひねるようにしながら槍剣を突き出し──

「────■■ッ!」

防御対象を変えたバーサーカーが、上段からの一撃で槍剣を粉砕する!




Steel is my body, and fire is my blood.
 血潮は鉄で 心は硝子。

 

 

動揺の様子は見せないまま、アーチャーは再び間合いを取った。が、それを見越していたかのようにバーサーカーが跳躍し、左手を振りかぶる──そこに握られているのは、先ほどアーチャ−が投擲した干将。小さく舌打ちをしてから、

「──、開始(オン)

アーチャーは同じ剣を生み出し、それを受け止めた。

「────■■■っ!」

その直後に、バーサーカーが怒号と共に斧剣を振り下ろす──

「く……っ!?」

焦りの表情を顕わにしながら、アーチャーはそれでもなんとか身を捩りながら口早に呪文を唱え、

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――――!」


っぎん──ッ!

 

瞬時にアーチャーの眼前に、巨大な花びらのような膜が出現する!

 

 


 I have created over a thousand blades.
 幾たびの戦場を越えて不敗。

 

 

「■───!」

ばしゅうっ!
アーチャーの出現させた花びらのような膜が、バーサーカーの一撃を受けると共に一気に4枚が消し飛んだ。

「く……化物め……」

囁き、アーチャーは体勢を立て直すと同時に熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を消し、壁を蹴り飛ばす。背後でバーサーカーの攻撃が床を粉砕する音を聞きながら、そのまま天井へと駆け上がる!

「バーサーカー、上よ!」

イリヤスフィールの甲高い声が響く。

 

 


 Unknown to Death.
 ただの一度も敗走はなく、

 

 

「──、開始(オン)

もう何度目かもわからないほどに生み出された双つの夫婦剣は、一つは眼下のバーサーカーへと向けて。そしてもう一つは、アーチャーのいる壁より5メートルほど離れた天井へと向けて放たれた。

バーサーカーが迎撃するのを目の端で捕らえながら、天井を見上げると、そこには深くめり込んだ剣を中心として大きく広がった亀裂──

そして、その真下にいるのは──

「バーサーカー、避けなさい!」

イリヤの絶叫を聞きながら、構わずアーチャーは壁を駆け上がり、先ほど空けた穴からベランダへと飛び出した。

 

 


Nor known to Life.
 ただの一度も理解されない。

 

 

「は……はっ……」

肩で大きく息をしながら、アーチャーは背後を振り返った。視線の先にはアインツベルンの森が広がっている。

「……まだ森の中か。やれやれ──もう少し時間を稼ぎたいところだな……」

 小さく舌打ちをして、彼は軽く首を振った。

 ──風がわずかになびき、外套をはためかせている。彼は大きく息を吐き出すと、

「凛」

 ──その言葉を唇に乗せ、彼は微笑む。そこに浮かぶ表情は今までの皮肉めいたものではなく。

「君には……いや」

 そこまで呟き、そしてかぶりを降る。

「……イリヤ……」

 今度の名前には、懐かしむような響きと、どこか寂しげな、そして悲しげな表情──

「出来れば見せたくは……なかったのだがね」

 そう呟きを残して。彼は目を閉じ言葉を紡ぐ。

 

 


 Have withstood pain to create many weapons.
 彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。


Yet, those hands will never hold anything.
 故に、生涯に意味はなく。

 

 

「■■■──!」

 階下から反響する咆哮が轟いたのは唐突だった。ぽっかりと開いた穴から下を見ると、バーサーカーの姿は見えなかった。アーチャーは僅かに眉を寄せてさらに角度を変えて一階の様子を探ろうとした。刹那。

 ふっ……

 光が、翳った。

「……ふっ」

 引きつる口元。微苦笑を浮かべ、アーチャーはそれでもなんとか背後を振り返ろうとした。だがそれよりも数瞬早く、

「■───────!」

 ごっ──

 バーサーカーの振り下ろした斧剣が、アーチャーをまともに打ち叩いていた。恐ろしいほどの速さで繰り出されたその一撃は、アーチャーの体を易々と吹き飛ばし、先ほど空いた穴から一直線に階下へと打ち下ろす!

 ずがああっ!

 赤い弓兵の体は地面に叩きつけられた後、二回ほどバウンドしてようやく停止した。

 バーサーカーはアーチャーがベランダへと移動した後、自身もまた城を飛び出し、壁伝いに二階へと這いあがっていた。それに気づけなかったアーチャーは、まともに一撃を食らってしまったわけだが──

「……やれやれ。一撃でこのザマか……」

 咄嗟にガードしようとしたことが逆に仇になったのか。アーチャーの左腕は奇妙な方向に捻れ、力なく垂れ下がっていた。

「ふうん、これで両腕がつぶれたわね。──どう? まだやるつもりかしら」

 冷ややかな声は右斜め後ろから。

「■……」

 鈍く重い音と唸り声は、左斜め後ろから。──バーサーカーが先ほどの穴から降りてきたのだ。

 二つの視線に背中を向けたまま、アーチャーはゆっくりと目を閉じた。

「そうだな。まだ終わったわけではないからな……」

「そう。なら、終わらせてあげる」

 イリヤは冷徹に言い切ると、さっと手を振るう。同時、バーサーカーが猛烈な勢いで突進。すかさずアーチャーはバックステップで距離を稼ぎつつ、

「───ス、開始(オン)……!」

 ギギギギギギギギンっ!

 アーチャーの眼前に、突如として十二本の剣が生み出された。

「また──!」

 イリヤが舌打ちをしつつ、口早に呪を唱える。刹那、バーサーカーの斧剣が鈍い光に包まれた。それを見て、今度はアーチャーが舌打ちしつつも、剣と飛ばす。十二の刃がバーサーカーを貫かんとその刃をもたげ──

「■■■────!」

 そして、斧剣の一撃で、その全てが迎撃された。折れ、あるいは捻れた剣たちは光と共に消滅する。

「まだだ……」

 そう嘯き、アーチャーはさらに距離を取りつつ呪文を口にする──

投影(トレース)開始(オン)!」

ギギギギギギギギギギギギギギギギぃン──っ!

生み出された刃の数は、先ほどの倍。苦痛と疲労に顔を歪めつつも、アーチャーはにたりと笑う。

 

 

 

 

 So as I pray,

その体は、

 

 

 

「……待ちなさい。貴方、今なんて」

愕然とイリヤが表情を凍らせると同時、

「──ああそうだ。恐らく君の考えは」

囁きながらアーチャーは剣を一斉にバーサーカーへと飛ばす。

「──■■■■■!」

バーサーカーがそれを迎撃する体勢に入ったのを確認してから、アーチャーは体を横に向けた。

「正しいのだろうよ、イリヤ(・・・)

そう呟き、彼は自嘲じみた苦笑を浮かべた。

ガギィぃぃぃ…………ん

破壊音に振り返ると、バーサーカーが最後の剣をはじきとばしたところだった。

アーチャーは目を閉じ、すっと息を吸い込み、そして。

 

 「So as I pray,unlimited blade works────!」
その体は、 きっと剣で出来ていた

 

 絶叫じみた声でアーチャーが叫び──

瞬間、世界が、切り替わった。






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