「ふあ……」
大きく開かれた口から、欠伸が一つ零れ落ちる。
ハルヒは眠たげな眼差しでぼんやりと部室を見渡した──いつもならば大抵皆が揃っているはずの部屋には、今日に限って二人しかいない。
──キョンとハルヒ、二人して教室を出て、真っ直ぐここまで来てから大体三十分が経っていた。
「暇ねえ」
呟いたのはハルヒだった。雑誌に目を落としつつ、頬杖をついている。
そうだな、とキョンもまた半分ほど眠っているような表情で同意する。
「皆、来ないわね」
「…………」
キョンは返事をすることなく、ぼんやりとモニターを見ている。
かくん、と首が折れた。
「ちょっとキョン、聞いてるの?」
口を尖らせて唸るハルヒ。
「……んあ」
寝ぼけ眼のまま、キョンはそれでもなんとか返事をする。
「……どした?」
だから──、とハルヒは辛抱強く繰り返した。
「今日は皆来ないのかしら」
そうだなあ、とキョンは頷いてから、
「……たまたま皆、用事があって……それが重なってるだけだろ……」
後が怖いからなー、と半眼で小さく呻いているが、その呟きはハルヒには聞こえなかったようだった。
「ふうん」
唇に指を当てて、ハルヒはちらりと部屋の扉を眺め見た。
次にその視線を、部屋の奥へと動かす。
「……んん?」
視線に気づいたのか、キョンがぼんやりとしたままハルヒの方を向く──が、その寸前に彼女はさっと視線をずらすと、雑誌に目を落とした。
ぱらぱらと数ページほどめくってから、ふと手を止める。
「あ。……ねえ、キョン?」
『にまーっ』といかにもいいことを思いついたというような笑みを浮かべつつ、ハルヒは席を立った。雑誌をずいっと突き出して、キョンへと近寄っていく。
「次にみくるちゃんに着せる服なんだけど」
これかこれなんだけどね、と言いつつキョンの隣に立ち、彼女は続けた。
「どっちが似合うと思う?」
「……」
沈黙。キョンは眠たげな眼差しでハルヒの指し示した服を見て──それからすぐ隣、髪が触れるか触れないかという位置にいるハルヒを、ぼんやりと横目で見た。
「ん?」
楽しそうににこにこと笑っているハルヒを見て、わずかに苦笑して──
「……そうだなあ」
うつらうつらとした世界に身を委ねながら、続ける。
「こっちのほうが」
言いつつ、スチュワーデスの制服を指差して、
「──お前には似合ってるんじゃないか?」
一瞬。
その言葉に一瞬ハルヒはぎょっとキョンを見返した。
「ふ、ふうん?」
半分ほど裏返った口調でそう頷き、ぱっとキョンから離れる。
わずかに耳が赤く染まっているようだった。
「キョ、キョンが何言ってるのかよくわからないけど──とりあえず、うん、わかったわ」
こくこくと頷いているのをぼんやりと眺めながら、
「……おう」
そう呟いて、キョンは再び眠りの世界へと潜っていき──
「……へへっ」
意識が途切れる寸前、はにかむようなそんな笑い声が聞こえたような──
翌日──
「ふあ……」
放課後。キョンは欠伸を噛み殺しながら部室の扉を開けた。
「お、今日は長門だけか──って」
そこまで呟き、そして硬直する。
部屋の中には長門だけがいた。いつものように無表情で、本を読んでいる。ただし──、
「ええと、長門……さん?」
だらだらと汗をかきつつ、キョンは呻いた。
「どこから……聞いてらっしゃったのかな?」
「……さあ?」
無表情のまま、そう首をかしげる長門の服は、どこからどう見てもスチュワーデスの制服そのものであり──
「ごめーんキョン遅くなったわ!」
そして。背後からやたら元気な声と共にハルヒがやって来た。げ、と顔引きつらせるキョンをよそに、彼女はさっさと教室の中に入り──そしてぴしりと硬直した。
「……………。」
「……いや、あの、ハルヒ?」
恐る恐る、そう尋ねる。
「キョ〜ン〜?」
そう唸りつつゆっくりと振り替えるハルヒの表情は、半笑いのまま真っ赤に染まっていて──
「ま、待てっ。俺が悪いのかっ!?」
ふるふると首を振りながらゆっくりと後ずさりつつ、キョン。
そして、ハルヒは。
「うるっさーい!」
「って、なんでだああああああっ!?」
放課後の廊下に、怒声と絶叫が響き渡った──。