「あ、姉さんちょっといいですか?」
「………それだ。」
びしっ──と。
半眼で指を桜へと突きつけ、凛は机に頬杖を付いたまま、呻いた。
「え? なにがです?」
ぱちくりと目をしばたく桜に、凛はひとりむうと唸って考え込む。
「姉さん。姉さんねえ……」
そして、首をかしげながら、凛はぼそりと尋ねた。
「……ねえ桜。アンタなんでわたしのこと姉さんって呼ぶようになったんだっけ」
「え─────」
笑顔が、固まった。
居間が、しん──、と静まった。
硬直した体と思考を無理矢理動かし、桜は俯いた。目が隠れるまで下を向き──なんとかそれから言葉を吐き出す。
「……ね、姉さんって、呼んだら……駄目、ですか?」
「いや、駄目とかじゃないんだけど。」
ぼりぼりと頭をかきながら、おおよそ緊迫感とかけ離れた表情でいる凛の様子にようやく気づいたのか、桜はぽかんと口を開けた。
「……え?」
凛はあくまでマイペースに腕を組んで唸りながら、しきりに考え込んでいる。
「でもほら、数ある中からなんでそれをピックアップしたのかなってね。ほら、例えば『お姉ちゃん』とか色々あるでしょう?」
「あ、ああ何だそう言うことか──」
安堵するように呟いたのは士郎だった。が、すぐに半眼になり、低く呻く。
「──いや、て言うかかなりどうでもよくないかそれ」
「あら。言うじゃない士郎」
きろり、とジト目で睨みながら呻く凛に気おされながらも、士郎は聞き返した。
「な、なにがさ」
「いいわ。じゃあ実際に手っ取り早く──桜?」
「は、はいっ?」
体を震わせて反応する桜に、凛はこいこい、と手招きしてみせた。身を寄せる彼女の耳元に、
「あのね、ええと……」
ぼそぼそと囁きかける──。
「は、はあ……」
桜は戸惑いの表情を見せながらも、曖昧に頷いていせた。
よし、と凛が頷き、今度は二人して向き合う。
「桜?」
静かに凛が問いかけた。
桜はにっこりと笑って、
「なんですか、お姉ちゃん?」
「─────っ!?」
瞬間──
凛の体が、痙攣し、スローモーションでばったりと床へと倒れた。やたら満足そうな恍惚の表情を浮かべつつ、ぐっ、と親指を士郎へと向かって立ててみせる。
「……ふ、ふふふ……どう、士郎、こう言うことよ。わかったでしょう……?」
「えー……?」
やたら疲れたような表情で士郎は呻く。
一方のろのろと身を起こしつつ、凛は再び桜に頼み込んでいた。
「さ、桜もう一回……」
「お……お姉、ちゃん?」
痙攣。身もだえ。恍惚。──倒れる。
うふふふふ、と不気味に笑いながら凛はやたら幸せそうに呟いていた。
「あー、だめ。もう駄目だわ士郎。わたし萌え死ぬ」
「そうか。とりあえず夕飯までには生き返れよな」
あっさりと言っている士郎の横では、ふむふむ、とセイバーが頷いていた。
「なるほど。時代は近親者ですか……」
「いや、ダメでしょう色々と。」
冷静に突っ込むバゼットをよそに、セイバーは『くわっ!』と目を見開くと、
「シロウ!」
呼ばれた士郎はん? と振り返りつつ、
「なんだセイバー、どうし──」
「兄様!」
「ぐふっ──!?」
──衝撃が、駆け抜けた。
アタマの中を強烈な一撃を以って、そのコトバが突き抜ける。
「兄様……そうくるか……きてしまうのかセイバー……」
ばったりと。凛そっくりの構図で床に倒れ付しながら、ふるふると震える体をおして、士郎はそう呟き──そしてがくりと力尽きた。
「士郎君―!?」
がびーん、とバゼットが叫んでいる横でセイバーはうんうんと満足げに頷いていた。
そして──
「うふふふふ──そう、そうなのね士郎」
襖の隙間から居間の様子を眺めていた銀髪の少女は、そう呟いてくすりと小さな笑みを浮かべた。
すぐさま襖を勢いよく開け、士郎めがけてダイブしつつ、イリヤは叫ぶ──
「お・に・い・ちゃーんっ」
ぼすっ──。
「ん、どうしたイリヤ?」
返って来た声は、平静なものだった。
(……あれ?)
とりあえず笑顔は保ったまま、しかし頬には一筋の汗。イリヤはくじけずもう一度呼びかける。
「……え、えと、お兄ちゃん?」
「ん? なんだイリヤ、おなかすいたのか?」
にこにことしながら聞き返してくる士郎。
「〜〜〜〜〜っ! っばかー!」
叫んでイリヤは士郎を突き飛ばし、うえーんと泣きながら廊下へと向かっていく──。
「ふっ。甘いわね、イリヤ」
「……何よ。何なのよ、リン……!」
ぎしり、と歯噛みしつつも、それでも一応足を止め、イリヤは呻いた。
「だってそうじゃない。いっつもいっつもお兄ちゃんお兄ちゃん言ってるアンタが今更言ったってそんなもの何も驚きもしないし新鮮さもないのよっ! もっとベクトルをひねりなさい!」
「た……例えば?」
おずおずと聞いてくるイリヤに、ふむ、と凛は考え込んだ。
「例えば。例えば……そうね、じゃあこんなのはどう……?」
言いつつ、大股でイリヤの元へと進み、ぼそぼそと耳打ちする。ふむふむと何度も小さく頷いてから、イリヤはやおら顔をぱっと輝かせると、
「うん、じゃあそれでいってみるっ」
言って、くるりと士郎へと向き直った。
そして少女は──
そっと足を進め、
手が届くか届かないかというくらいの距離まで近寄り、
ややもじもじとしながら、
甘えるような上目遣いで、
「……ぱ、パパ?」
「──そぉいっ!」
叫び声は、唐突だった。
見上げると、何やら士郎は目の焦点を失い、虚空を見つめていた。
「……シロ……じゃない、パパ……?」
恐る恐る、尋ねる。
「そぉいっ! そぉぉ──いいっ!」
叫びながら、元・士郎は奇声をあげつつ庭へと飛び出していった。くねくねと揺れながら。
「……え、えっと……」
「そっほほぉ────いっ!」
一際大きく叫び、そしてエミヤシロウは家から飛び出し町へと走り出していく──。
『………………………………………………。』
──完。