Wonderful world
「岡崎、実はさ」
放課後。春原は朋也の机に近づくなりそう声をかけた。
「断る」
朋也は教科書を鞄にしまいながら、顔を上げることなくきっぱりと言い切った。
「まだ何も言ってないっすよねえ!」
「いやもう、会話自体を断るからな」
ぱちん。鞄を止め、朋也は立ち上がる。
「しゃべってもだめっすか!?」
「ともやー」
その時。教室の扉の奥から朋也を呼ぶ声が響いた。見ると藤林杏が教室の壁に寄りかかり、手招きをしている。朋也はおう、と片手を挙げると春原の横を通り過ぎ、そちらへと歩いていった。
「……あれ」
ぽつりと春原の声が取り残される。
朋也が杏の横に並ぶと、二人はそのまま教室の外へと歩き出した。
「それでね、朋也」
「ああ」
会話をしながら進む二人。他には何も目に入っていないというように。
「え、無視!? スルー!?」
その声すらもが、反応されない――
「というわけでさ、なんとかしたいんだよねっ!」
「……いや、無理でしょ」
春原の言葉に、美佐枝は寸断挟むことなくすっぱりと言い切った。彼女の部屋のベッドの上に腰掛け、髪をいじりながら適当に。
春原は、さすがにその言葉にぴしりと動きを凍りつかせた――が、それでもなんとか復活すると、
「いやいや、またそんなさあ……」
へらへらと笑いながら、なおも会話を続けようとした。だが。そこに待っていたのは、痛々しいモノを見るような視線の美佐枝の姿――
「……え、あれ?」
微妙な空気をさすがに察したのか、笑顔を引きつらせたまま春原は聞き返す。
「む・り」
美佐枝は容赦なく告げた。
……春原はそれでもあきらめなかった。
「……なんとかならないかな? こう、薬とかで」
「うーん、そういう考えがでてくる時点でまたさらに無理ねえ」
「く、くすりなんか、いらないよね」
慌てて言い直し、そして頭を抱える春原。
「そうそう。あれよ、春原」
美佐枝はびっと指を立てると、半笑いのまま言った。
「自分らしく生きることが一番大切なのよ?」
「自分らしく――か」
春原はその言葉に感銘を受けたように身を震わせた。そっか、と呟き、うんうんと何度も繰り返している。やがて彼は顔を上げると、
「うん――、そうだよね。ありがとう!」
「はいはーい」
引きつった口元を必死にこらえつつ、美佐枝は相槌を打つ。
何度も礼を言いつつ、春原が出て行った。ばたん。ドアが閉まる。
「……まあ」
ふっと真顔になって、美佐枝はつまらなそうに呟く――
「いっか。」
「というわけでぼくは生まれ変わったよ岡崎!」
翌日。昼休みに入ったばかりの教室で春原は、朋也に向かって叫んだ。
「なんだ岡崎、どうかしたのか?」
朋也は顔色ひとつ返ることなくそう言った。
「……えっ」
動揺したのか、ぴたりと春原の動きが止まる。朋也は不振そうに顔を潜めると、
「……岡崎? 具合でも悪いのか?」
「え、ええっと」
戸惑っている春原。あくまでも真顔のまま平然としている朋也。そんな二人を目に留め、杏が近づいていった。春原に向かって声をかける。
「ちょっと岡崎どうしたの? ああ、頭が悪いの?」
「いや、痛いとかじゃなくて!?」
春原の叫びをナチュラルに無視しつつ、杏は続けた。
「でも大丈夫。いくらあんたの人生がお先真っ暗でも誰もあんたを攻めたりしないわよ」
「そ、そうかな?」
ふいっ。笑いをこらえるためか、朋也がふいに顔を反らした。杏はなおも続ける。両手を大きく広げ、自分に酔っているようにして。
「そうよ。そうに決まってるわ。そもそもあんた、こんなところでおさまってる器じゃないのよ。そろそろそこんとこに自分でも気づいてるんじゃないの?」
「ま、まあね」
春原は会話に遅れまいと必死にうなずいてみせる。
杏は『ばんッ!』と春原の背中を叩くと、にかっと笑ってみせて、
「じゃあもう迷うことなんてないの。さあ、夕日に向かってどこまでも走るのよ! はいGO!」
「う、うん!」
首をかしげながら、それでも春原は教室を飛びだした。二人して窓の外を見ていると、やがて春原は校門を走りぬけ、どこかへと走り去っていく……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……さて」
ぱん、と両手を打ち鳴らして、杏。
「ご飯にしますか」
「そうだな」
完。