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ベリー・ストロベリー・アイス

 

 

 

「シロウー、つかれたよー」

 ……えらく情けない声をあげたのはイリヤだった。

 スーパーのビニール袋を持った両手をだらりと前に垂らして、顔をしかめていた。もうこれ以上歩きたくないオーラを全開にして、少女はげんなりと道の真ん中で立ち止まっている。

 その声に、前を歩いていた二人がきょとんとした顔をして振り返った。

二人は一瞬顔を見合わせた後、その内の男のほうが少女に向かって歩き出す――

「ああ、うん。悪い。イリヤにはちょっと重かったな」

 士郎は少女の前まで来ると少し腰をかがめてから、ほら、と言って片手を差し出した。その手を見てからイリヤは一瞬びっくりしたように目を見開き、そしてふいっと顔を背けた。口を尖らせて続ける。やや顔が赤くなっていた。

「別に、そんなことないけど。でもこう熱くちゃ疲れるわ」

「そうだな。まあ夏だから仕方ないって言えば仕方ないんだけど」

 士郎は苦笑を少し強めたようだった。そうだな、ともう一度呟きながら立ち上がり、前で立ち止まっていた凛に向かって、

「遠坂。どこかで休んでいこう」

 凛はえ? と聞き返してきた後、

「――ああ、うん。それは別にいいけど。でもどこかってどこ?」

 がさり、とビニール袋を揺らしながら近寄ってくる。

「じゃあ、あそこなんかどうだ?」

 そう言って士郎が指差したのは――

 アイスクリーム屋だった。

 

 

 

「ああもう、なんでニホンの夏はこんなに暑いのよう……」

 ぶつぶつと呟きながらイリヤは店に向かって歩いていた。どうやら本気でバテているらしく、ずるずると足を引きずるようにしている。

 ちなみに士郎は凛に荷物を預け、先に店内の様子を見に行っていた。

「荷物が重いなら持ってあげるわよ?」

 後ろから凛が軽い口調で言ってくるのが聞こえたが、イリヤは振り返らなかった。意地になっているのか、ひたすら前を見ながら呟く。

「このくらい、へっちゃらなんだから」

「遠慮なんかしなくたっていいんだって」

 ほら、と顔の横から手を突き出されてイリヤは観念したように立ち止まった。イリヤの持っている袋には、パンや野菜と言ったような軽いものしか入っていないが、それでも量が量だけにそこそこ重くなっているはずだった。

少女は少しだけほっとしたように凛の顔を見上げるが、

「……う」

 ――ふいに奇妙な声で呻いた。

 凛は士郎のものと合わせて計四つの袋を持っていた。それでいて平然としている。汗一つかいていないと言うわけではないだろうが。

 イリヤは凛を見上げたポーズのまま顔を引きつらせると、

「……いいわ。このくらい、なんてことないんだから」

 ふん、と言って早歩きで進み始めた。

 それとほぼ同時、アイスクリーム屋の自動ドアが開いて士郎が出てきた。彼は二人の姿を見つけると声を張り上げた。

「遠坂、店の中いっぱいだからテイクアウトでいいよな?」

「わたしは別にいいけど。イリヤは?」

 言ってちらりと視線を投げかける。

「テイクアウト? お店の中で食べないってことお?」

 えらく情けない声をあげて、イリヤは立ち止まった。

開いたままのドアの奥には、かなりの人数がごった返しているようだった。こう熱いと考えることは皆同じらしい。

 凛はちらりとイリヤを見下ろしてから、

「ちょっとくらいなら待ってもいいんじゃない?」

 その一言に、イリヤが顔を強張らせた。が、すぐに立ち直るとつんとすましたように、

「――テイクアウトでいいわ、シロウ」

「いや、でもさ」

 少しばかり困ったように見てくる。それがますます勘に触ったのか、半ば怒鳴るようにしてイリヤはがーっと喚いた。

「いいって言ってるのー!」

「あ、ああ。うん」

 慌てて士郎が店内に引っ込んだ。

 イリヤはしばらく士郎が消えたドアを睨んでいたが、ふんと鼻を鳴らすとすたすたと店の扉の横まで歩いていった。

その背後では、凛が口に手を当ててくすくすと苦笑していた。

 五分ほどすると士郎が店内から出てきた。彼は一瞬二人を探すように視線をあちこちに送っていたが、すぐ隣にいることに気付くと顔をほころばせた。

「ほら、イリヤ」

 言って腰をかがめ、手に持ったアイスクリームを突き出す。種類は抹茶とストロベリーと紅茶の3種類である。

「イリヤはストロベリーでよかったんだよな」

「ええ、そうよ」

 慎重に手を伸ばして受け取るイリヤ。

「ほら、遠坂も」

「ありがと」

 荷物の袋を持ったまま、手を突き出してくる。士郎はそれを受け取る代わりにアイスを手渡した。

「よし、んじゃいくか」

「あ、これおいしいわ」

言って二人は先に立って歩き出す――

 イリヤはその後ろに付いて、そろそろと進んでいった。

「あ、きゃ」

 バランスを崩しかけて、思わず立ち止まるイリヤ。アイスと前方を歩いている二人とを交互に見てから、イリヤは早歩きで進み始めた。士郎の隣にやってくると、やはりそろそろとアイスを口に運ぼうとする――

「あ、イリヤ。こっち垂れてきてる」

 士郎が目で場所を示すと、

「え、え?」

 イリヤは慌ててアイスを回転させた。

「あら、こっちも危ないわよ」

 士郎の奥から凛が指摘して、イリヤはさらにコーンを回転させた。とにかく垂れてきている部分を舐めとろうと舌をのばして――

べちゃっ。

『……………。』

地獄のような沈黙が、場を支配した。

何かの拍子に手が滑ったのか、イリヤのアイスは地面に落下していた。コーンが砕け、アスファルトの上にピンク色の半固形状の塊が血痕のように広がっている。

……イリヤは半泣きになってふるふると震えていた。

「まだ……一口も食べてないのに……」

 その一言にようやく我に返った士郎たちが、わたわたとフォローするように、

「あ、ああ、イリヤ。新しいのかってあげるから――」

「そうそう、2個でも3個でもいいからね?」

 だが。

 イリヤはそんな二人をきっと睨みつけると、

「い、いらないわよこんなのっ!」

 そう言って――

荷物を放り出して走り去ってしまった。

 

 

 

 険悪な空気を撒き散らしながら、イリヤはぶすっと居間でテレビを眺めていた。

 五分前に衛宮の家に帰って来てから、すっとこんな調子が続いていた。

「……どうしたんでしょう……」

「さあ、よくはわかりませんが……」

 その後ろでは、留守番をしていたセイバーと桜がひそひそと耳打ちしていた。どうやらしっかりと聞こえているらしく、二人が話すたびに表情を険しくしている――

「ただいまー」

「イリヤー?」

「あ。靴あるわよ」

「ああ、本当だ」

 と――

 玄関の戸が開く音と共に、二種類の声が響いた。

 ……イリヤはますます顔を強張らせた。

 がさがさと言うビニールの擦れる音が聞こえたかと思うと、廊下から凛と士郎が現れた。

 イリヤはテレビを見たまま、振り返ろうとはしない。

 セイバーと桜が黙ったまま二人にもの言いたげな視線を投げかける――凛は肩を竦めてみせながら、荷物をキッチンへと運んでいった。一方、士郎は手に小さなコンビニエンス・ストアの袋を持ち、イリヤの傍に寄っていく。それでも彼女はかたくなに無視しているようだったが。

「イリヤ」

 士郎は優しく笑いながら囁いた。

「…………」

 少女は剣呑な表情で頬に手を付いて、テレビを見ている。

「ほら、これ」

ことっ。

何かが机に置かれた音がして、イリヤは目だけを動かした。それに気づいた士郎が顔をほころばせながら、

「コンビニで買ってきたんだ。カップアイスだけど。うまいぞ?」

 アイスクリームは、先ほどイリヤが落としたのと同じストロベリー味のようだった。

「……いらないわ」

 ぐぐっと何かを押さえつけるようにして、イリヤ。

 士郎の後ろから凛がやってきて、そっとスプーンを手渡した。さんきゅ、と言って受け取る士郎。

「まあ、そう言うなって、――ほら」

 アイスの蓋をはがしてから、士郎はスプーンと一緒に差し出した。

 うう、とイリヤはアイスと士郎の顔を交互に見てから――

「……シロウが食べさせてくれたら、食べてあげる」

 と言って、悔しそうにしながらも士郎に向き直った。え、と背後で桜の声が響いたが、士郎はそのことには気付いていないようだった。

「ん? よし、わかった」

 士郎はにっこりと笑うとスプーンを掴んだ。アイスをちょっとすくい、イリヤの口元に持っていって、

「よし、いくぞ。ほら、あーんだ」

「あ、あーん」

 イリヤは大きく口を開けて――

……ぽとっ。

アイスクリームがスプーンから滑り、イリヤの太ももに落ちた。

「ひゃ――」

 裏声になって叫ぶイリヤに、士郎は慌ててティッシュを数枚引き抜きながら、

「わ、悪いっ!」

「ううううう……」

 そっとアイスをふき取る士郎に、恨みがましくイリヤが視線を送る。

「ごめんごめん。ほら、大丈夫」

「はあ……」

 少女は疲れたように嘆息してから、

「ちゃんとやってよねー?」

 しょうがないなあ、もう、と言って少し微笑んだ。ごめんな、と士郎は最後にもう一度呟いてから、

「じゃあ、改めて」

 先ほどよりやや少なめにアイスを取り、再びイリヤの口元へ。

「あーん」

「あー……んっ」

ぱぐっ、とイリヤが噛み付くようにスプーンをくわえ込んだ。

「どうだ?」

「……おいしい……」

 うっとりとしながら、イリヤ。

「よかったじゃない、イリヤ」

 背後から二人の様子を見ていた凛がくすくすと笑いながら紅茶を煎れていた。セイバーは士郎たちから少し離れた所に座り、ジト目で二人を眺めている。桜は胸の前で両手を組んではらはらしているようだった。

 が、そんな外野の様子には目にも止めず、イリヤはぱっと表情を輝かせて、

「シロウ、もう一口! 早く!」

 ぐいぐいと士郎の服を引っ張っていた。

「はいはい」

 苦笑しながら、再びスプーンを運ぶ。

「ほら、あーん」

「あーん」

 もごもごとスプーンをくわえて、幸せそうに頬を緩ますイリヤ。

「先輩? 夕飯前なんですから、あまり食べさせちゃ駄目ですよ?」

 と、机に小皿を並べながら桜が割って入った。イリヤに一瞬ちらりと視線を送る。士郎はああ、と頷いた。

「そっか。それもそうだよな」

 と――

 その様子を見て、イリヤはにやーっと笑った。それからすました表情で、

「シロウ、もういいわ。ごちそうさま」

「ん? まだ全然残ってるぞ」

「うん、だからそれはおにいちゃんが食べてね」

 言うが否や、イリヤはスプーンをぱっと士郎の手から奪い取ると、えいっと言ってカップに突き刺した。たっぷりと山盛りにすくい取ると、

「はい、お兄ちゃん。あーん」

 にこにこと笑いながらそれを士郎へと突き出した。彼は一瞬だけ戸惑ったようにイリヤとスプーンに視線を送ってから――

ぱくっと口に含んだ。

「どう? どう?」

 覗きこむようにして聞いてくるイリヤの頭にぽんと手を置いて、

「うん、うまいぞ」

「あ、じゃあもう一口ね」

 すかさずイリヤが再びアイスをすくい、はい、と言ってスプーンを突き出した。士郎が再びそれを口にしたところで、

 

「……あ」

 と言ってイリヤは唐突に頬を染めた。

「ね、お兄ちゃん」

 上目遣いになって、急にもじもじとしながらイリヤは士郎から一歩はなれる。

「ん?」

 スプーンをくわえたまま士郎が顔を見返すと、イリヤは恥ずかしそうに身を縮ませながら、

「これって……間接チュー、だね」

『…………………。』

 瞬間、居間が静まり返る――

 気温が数度下がるほどの底冷えた静寂。だがそれも一瞬のことで、次の瞬間には洒落にならないほどの気配が居間に充満していた。

 ――その気配は、殺気という種類のものだった。

 恐る恐る士郎が顔を青ざめさせながら振り返ると、そこには背後に黒い何かを揺らめかせている桜が立っていた。

 その隣では、完全武装、しかもエクスカリバーを抜き取ったセイバーがこれ以上ないほどに冷たい視線で睨みつけている――

 凛は少し離れた所にたって、にやにやとこちらの様子を傍観していた。

「いや、ちょっと待てみんな。これは違うんだ――」

「シロウ、貴方という人は……」

 ゆらり、と周囲の空気を歪めながら、セイバーは一歩踏み出した。

「先輩、ひどいです……」

 桜は俯きながら、ぼそりとそう呟いた。

「いやみんな、ちょっと待て――」

 両手を大きく振ってなんとかこの場を沈めようとする士郎。そこに、

「士郎はロリコンだものねー」

 我関せずと言ったようにひとり避難していた凛が、そんなことを言ってきた。

「遠坂っ?!」

 思わず悲鳴をあげる士郎に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、セイバーと桜が一気に迫る――

「士郎、そこに直りなさい!」

「先輩の……ばかあっ!」

「うわああああああああああああっ?!」

 叫ぶや否や、必死の形相で居間を飛び出す――

「シロウ、まちなさい! 貴方という人は――!」

「先輩、もう許しませんっ!」

「勘弁してくれえええええええええええっ!」

 それを追って、二人もまた飛び出していく――

「……元気よねー」

 それを見送ってから、凛は何事もなかったようにキッチンへと引っ込んでいった。

「そうね」

 くすくすと笑いながら髪をかきあげ、イリヤもそれに同意する。

 と、そこで未だ机の上に置かれていたアイスに気付いて、イリヤはスプーンを取った。たっぷりとアイスを掬い取り、

「間接、チュー」

 と言って――

イリヤはそれを口いっぱいに頬張ったのだった。





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