Fate/usual days
days 6
「アーチャー、ご飯ある?」
リビングに入ってくるなり言った言葉がそれだった。
日曜の午後。時刻はもうすぐ1時になるという頃。だと言うのに――
「……凛、堕落という言葉を知っているかね?」
リビングの中央に腕組みをして立ち尽くし、アーチャーは重々しく口を開いた。エプロン姿なので全くと言っていいほどに威厳はないが。
一方の凛は面倒くさそうな瞳で、とろんとアーチャーを見据えている。
大雑把な動きでがしがしと頭をかき、開きかけていたパジャマの胸元を寄せた。
そこまで経ってからようやく自分の格好を思い出したのか、ああ、と口を開いた。摘んでいたパジャマを軽くひらひらとさせて、
「これのこと? 何よ、昨日は徹夜で色々とやっていたんだからしょうがないじゃない」
微妙に視線をそわそわと上下に動かしながら、顔を赤らめてアーチャーはそれでも重々しく嘆息した。いいかね? と出来の悪い生徒をしかるような口調で、
「寝ていたのだから徹夜ではないだろう。それに、結局寝る時間は同じならいつも通りの生活をしたまえ。不規則な生活は――」
「体に悪いなんてわかってるわよ。自己管理くらい出来るわ」
「どこがだね」
呆れた口調でぼやくアーチャーに、凛は面倒だと言うように手を振った。
「ああもう、やめやめ。口げんかなんて朝からしたくないわ」
「もう朝ではないがね」
「……アーチャー?」
皮肉げに呟くアーチャー。睨む凛。
「ああ、わかった。悪かった」
降参だと言わんばかりに両手を上にあげ―――そしてその代わりだと言うように彼は話を元に戻した。キッチンに戻りながらエプロンの結び目を調整する。
「昼食なら今作ろうと思っていたところだ。スパゲッティにしようと思っていたが、構わないかな?」
そう言うアーチャーの言葉に凛は答えず、机の端に乗っているお盆に目をやった。そこには伏せられた茶碗と味噌汁の器、そして丁寧にラップのかけられた数皿のおかずが乗っていた。恐らくはそれが朝食になるはずだったのだろうが――
それを見て凛はしまったと言うように口を歪めた。手で顔を隠すようにして、ひとつ嘆息。それから彼女は出来る限り明るい声を上げて、
「あれ、朝の残りでしょ? あれでいいわよ」
「しかしもう冷めてしまったぞ」
やや冷淡に、アーチャー。
う、と凛は尻込みするが――くじけなかった。指を一本たて、
「いいわよそのくらい気にしないから。それにわざわざ作ってくれたんだし、勿体ないじゃない」
「……まあ、君がいいと言うのならそれで構わないが」
多少表情を和らげて、アーチャー。凛はすたすたと机に近寄ると無造作に一枚の皿のラップを外した。
中には玉子焼きが鎮座していた。形も色も申し分ない、まさにお手本のようなものである。そのひとつを指でひょいとつまみ、口へと放り込む。
「構わないって。――あ。ほぉいひい」
口を動かしながら、凛は椅子を引いてそこに座った。呆れたようにその様子を見ながら、アーチャーが湯のみを持って近寄っていく。熱いから気をつけたまえ、と言って机に置いた。今度は茶碗と味噌汁のうつわを代わりに手にして、
「喋るなら口の中身を飲み下してからにしたらどうかね」
「……っ。おいしい、って言ったのよ」
玉子焼きを飲み込んでから、凛は告げる。アーチャーは破顔した。
「そうか、よかった」
「…………」
その表情を見て、凛は顔を赤らめた。さっと視線を逸らし、ぶつぶつと呟く……
「もう、だからそういうの、反則だって言うのよ……」
「? 何か言ったかね、凛」
「何でもないわよ――って」
慌てて口を引いてから、凛はふと気付いたように目を見開いた。
「アーチャー、貴方あれは?」
「? あれ、とは?」
よくわからない、と言うように聞き返す。
う、と凛は多少口ごもったあと、
「だ、だからその……」
すっと息を吸ってから、覚悟を決めたようにアーチャーに視線を合わせた。尋ねる。
「……ペンダント。あげたでしょ?」
「ああ、あれならちゃんとここに――」
と言ってアーチャーは自分の胸元に視線を注いだ。彼の言っているのは、以前凛に貰った銀の十字の首飾りである。あるのだが――
「――ここに、あるはずなのだが」
頬に一筋の汗を垂らして、アーチャーはもう一度繰り返した。
胸元には何もかかっていなかった。
どこをどう見ても、何もない。
「…………」
半眼で無言のまま見据えてくる凛に、アーチャーは慌てて手を振って、
「ちょ、ちょっと待ちたまえ凛。いや、確かにここに――」
わたわたと服の色々なところを見たり引っ張ったりしているが、どうやらどこにもないようだった。アーチャーはしばらく必死の形相で奇妙なダンスを踊って探していたが、結局見つからなかったのか、あきらめたようにぱたりと両腕を下ろした。
それを見届けてから、凛はにっこりと、
「ええと、つまりアーチャー?」
ただしこめかみに巨大な怒りのマークを浮かべて聞き返す――
「なくしたってことで、いいのかしら?」
「す、すまない。そのようだ」
引きつった声でアーチャーはなんとかそう搾り出した。
「ふうん?」
まるで獲物を狙う肉食獣のような目つきで、凛は曖昧に笑う。
「…………」
アーチャーは何も言えず、ただ突っ立っているだけである。ただ、どこか覚悟を決めたような――そんな表情ではあった。
「じゃあ――」
凛はにこやかに笑ったまま、きっぱりと告げる――
「じゃあ勿論、見つかるまで探すのよね?」
「とは言ったものの……」
嘆息しながらアーチャーは玄関の扉を後ろ手に閉めた。
ばたん、と予想以上に大きな音がなり、慌てて周囲を見渡す。
どうやら近くに凛はいないようだった。気配はない。
――ペンダントは屋敷の中にはなかった。
となると外だろうと思い出かけたのだが、こちらもどこにも見つからなかった。彼が行ったことのある場所は全て捜索したが、それでも――である。
そして数時間後。探すのをあきらめたアーチャーは遠坂の屋敷へと帰ってきていた。
アーチャーはぼんやりと宙を見つめたまま、
「となるともう誰かに持ち去られたか、あるいは壊れてしまったのか……」
そこまで呟いてから、はあ――と嘆息。
「どちらにしろ、凛はいい顔はしないだろうな」
暗い表情でのろのろと首を振る。腕を組み、考え込むような仕草をして。
「どうしたものだか……」
足が止まった。
顔をあげ、真正面を見上げる。
目の前には扉が聳え立っている。
凛の部屋のドアだった。そこが限界だとでも言うようにがっくりとうなだれて、アーチャーは立ちすくんだまま中に入ろうとはしなかった。
ためらうように瞳を動かす。
体重を預ける足を変えた。
数秒、扉を細目で睨みつける。
ふっと息を吐くと、
「……また今度にするか」
頬に一筋の汗を垂らしたまま、さわやかに後ろ向きなことを言い、彼はくるりと扉に背を向けて廊下を歩き出した。
――がちゃっ。
そして同時、扉が唐突に開いた。
わずかに開いた隙間から顔を出したのは凛である。機嫌は相変わらず悪そうだった――半眼で剣呑な雰囲気を隠そうともしていない。
「り、凛」
アーチャーは素早く振り返り、動揺を押し隠して声をかけた。微妙に声があがっているのだが。
「見つかったの?」
単刀直入。前置きなしでずばっと聞いてくる。
思わず後ろに下がり、両手を体の前に持っていきながら、アーチャーは。
「ああ――いや」
もごもごと曖昧に返事をしていた。
「……どっちなのよ」
煩わしそうに凛が眉をひそめる。
……その一言でアーチャーは覚悟を決めたようだった。
ごくり、と喉を鳴らす。
「そ、そうだ。見つかった」
彼は頷いていた。
引きつった笑みを張り付かせまま、一歩後ろに下がる。
「――え?」
凛が聞きかえした。
「ちょっと待っていたまえ、凛」
言い捨てて、アーチャーは慌てて後ろに飛びずさり、凛から離れた。その不自然な挙動に凛の視線はますます疑わしくなるが――アーチャーは気にしなかった。そのまま廊下を歩きだす。
「え、ちょっとアーチャー?」
後ろから凛が呼び止める声が聞こえてくるが、彼はきっぱりと無視した。
早足で歩き、廊下を突き進む。
彼はそのままトイレへと向かった。
ばたん、と扉を閉めてからようやく、
「――はあ……」
アーチャーは肩を落として盛大に息をついた。
ふう――
目を瞑り、もう一度息を吐く。
それから頭を横に振った。心底疲れたと言うように。
便器にも座らないまま彼はぼんやりと立ち尽くしていたが――
「この際仕方ないか……」
言って、目を閉じる。
アーチャーは右手を胸の高さまで持ってくると、掌を上にしてその手を軽く握った。少しばかり空間が残るようにして。
「…………」
小声で何かを囁いた。
瞬間、何かが変質した。
違和感は一瞬。
ゆっくりと目を開き、そしてそれよりもさらに慎重に手を開く――
するとそこには、ペンダントが出現していた。
凛がアーチャーに渡したものと、寸分違わないものである。
上出来だ、と聞こえないほどの小声で囁き、アーチャーは頷いた。
そっとトイレの扉を開き、首だけを出して周囲を伺う――凛はいないようだった。よし、と小さく呟いて彼は再び凛の部屋へと戻っていった。
部屋の前まで戻ると、そこには扉の前で仁王立ちをした凛が待ち構えていた。腕を組み、仏頂面で、とんとんと足で床を叩いている。
かなり機嫌は悪そうだった。
アーチャーは出来る限り明るい声をあげて、
「すまない凛、待たせたな」
「…………」
凛は無言のままアーチャーを見上げた。
うっ、と気後れしそうになるが――それでも彼はくじけずに、
「これだろう、凛」
言ってペンダントをじゃらりと凛の目の前に突き出してみせた。
完璧な仕上がりだった。どこからどう見ても本物と寸分違わない出来である。
ちらりと横目で凛を見ると、彼女は驚いたように目を見開いていた。
「……どうなんだね?」
「……え?」
はっと顔を上げて、聞き返してくる。
アーチャーはじれったそうに、さらにペンダントを凛へと突き出して見せた。
「だから、見つかったと言うのだ。これで文句はないのだろう?」
「え――、あ。う、うん」
凛は慌ててこくこくと頷いてみせた。
ふむ、と呟いてアーチャーはそれを首にかけた。
あ、と呟いて凛は何かを言いたそうにしていたが、結局口を閉じたまま――ただその様子をぼんやりと眺めていた。
十字架の位置を調整してから、アーチャーは満足そうに顔をあげた。
「よし、では私はそろそろ夕飯の準備に取り掛かるとしよう。凛は――」
言って彼女のほうを見ると、凛は俯いていた。
「……凛?」
呼びかける。が、凛は反応しなかった。
「凛」
もう一度呼びかける。
ぴくり、と肩が揺れた。
なんなのだね、と呟きつつアーチャーは再度呼びかけた。
「マスター」
「……何よ」
一歩近寄り肩を揺さぶると、凛は観念したように顔をあげた。ただしその表情は限りなく不機嫌そうである。視線は冷淡ですらあった。が、アーチャーは怯まなかった。
「どうしたのかね」
真剣な面持ちで、尋ねる。
凛は一瞬口を開きかけたが――それも途中でやめてしまった。目から力が消える。
「私が何かしたのか?」
「……別に」
彼女はさっと目を逸らすと、平坦な声でそう呟いた。
「凛」
呼びかける。が、彼女は答えない。
「凛!」
反応すらしない凛にいらだったのか――アーチャーは声を荒立てていた。肩を掴む手に力が知らず、こもってしまう。力が強かったのか痛みに顔をしかめ、凛が叫ぶように喚いた。
「は、はなし――きゃあっ?!」
アーチャーから離れようと足を後ろに下げたところで、彼女は――ありえないことに――足を滑らした。体勢が大きく崩れる。それを見たアーチャーは、
「――凛!」
反射的に彼女を抱きとめていた。
ふう、と安堵の息を吐くアーチャー。
凛の顔は真っ赤になっていた。
体から離し両肩をつかんだ状態で、アーチャーは。
「しっかりしたまえ」
呆れたようにそう告げた。
瞬間、凛の顔が険しくなる。
「う、うるさいっ!」
どんっ!
叫ぶ同時、凛はアーチャーを突き飛ばした。威力に、と言うよりはその行動そのものに驚いたために、アーチャーは大した抵抗もしないまま手を離していた。
凛はその横をすりぬけ、逃げるように走り去って行く――
はっと状況に気付いたアーチャーは、
「凛、待ちたまえ――」
慌てて背後を振り向き、声をかけた。
が、もうそこには誰もいなかった。
「全く、こういう時に限って逃げ足の速い……」
嘆息をひとつ漏らして。
アーチャーはのろのろと凛を探しに歩き始めた。
「――まあ、とは言っても」
がちゃっ
扉を開け、リビングを確認する――誰もいない。
「行く所は限られているだろう」
早足で進み、バスルームへ。やはりいない。
「見つけるのは、そう難しくはないはずだ」
トイレにもいない。
「そうだな、後は……」
顎に手を当て、アーチャーは考え込んだ。
「……ふむ」
呟きがひとつ。
少しばかり立ち止まってから、彼はすぐにすたすたと歩き始めた。
「となると、ここかね」
やがてアーチャーは、地下室へと続く階段へたどり着いていた。
「…………」
気配を抑え、そっと進み――
「――っ?!」
声にならない悲鳴をあげて、彼は咄嗟に姿を消した。
その一瞬後、地下室から凛が早足で出てくる――
「どういうことよ……!」
吐き捨てるような一言。
やがて凛はすたすたと奥へと歩いていってしまう……
「……ふむ」
アーチャーは再び実体化した。
地下室と、凛の消えていった方向と――どちらに行こうかと迷ったように、視線を交互に送る。
やがて彼は地下室へと進み始めた。
当たり前ではあるが、そこには誰もいなかった。音ひとつしない。
大した変化はないようだった――ペンダントを探す際にもここは訪れたが、そのときと違いはないように見える。
「だとしたら、一体凛は何のために……」
呟いて、あたりを見渡す――
「……ん?」
アーチャーは眉をひそめた。
壁際――床の上。
そこに、先ほどはなかったものが落ちていた。
すたすたと歩き、身をかがめてそれを拾う。
「これは……」
その物体を目の高さまで揚げて、彼は目を見開いた。
それは、なくなったはずの本物のペンダントだった。
こんこんっ
「凛、いいかね」
ノックよりやや遅れて、声。
それよりさらに数秒してから、がちゃりと扉が開いた。
そっと部屋の中を伺うようにして入ってきたのはアーチャーである。彼はざっと部屋を見渡した。凛はベッドにシーツを被って寝ているようだった。アーチャーに背を向けるようにしているため、その表情は見えないが。
「……寝ているのかね?」
慎重に呟いて、アーチャーはふむ、と頷いた。
「まあいい」
すたすたと淀みなく歩く――彼はベッドのすぐそばまで来ると、ぴたりと足を止めた。
「ではわたしは、独り言でも言うとしようか」
ぎしっ――
言って彼はベッドに腰掛ける。
もぞっと凛が動いた。
アーチャーはふっと表情をゆるませると、困ったような笑顔を浮かべて、
「……すまない、君を悲しませたくなかった」
そして彼は、そっと凛の髪に触れる。黒く長い艶やかな頭髪を手櫛で梳きながら、
「咄嗟にああしてしまった。そうだ、あれはフェイクだ」
アーチャーは目を伏せた。
「そのせいで君がもっと傷つくとは思っていなかった」
そこで言葉が途切れる。
やがて意を決したように、アーチャーは。
「凛、すまない」
言って、真っ直ぐに頭を下げた。
凛からは何の反応もない――寝ているのだが当たり前ではあるが。
「……すまない」
もう一度、切に繰り返す。
そこまで言ってからアーチャーはそっと頭を持ち上げた。
いつものやや斜に構えたような表情に戻り、ふうと息をつく。
それまでよりもやや砕けた口調でアーチャーは続けた。
「しかし凛。君があれを持っていたということは、つまり君が――」
言って、首を振る。
「そこがわからない。何のためにだね?」
びくっ――
凛の体が跳ねた。
それを見たアーチャーの表情が、じわじわと変化していく……
「――ふむ」
顎に手を当て、彼は呟いた。
「ああ、なるほど」
言って、うんうんと頷く。
「私の推測はこうだ」
アーチャーはより深くベッドに座りなおした。
凛が寝返りをうち――偶然にも――アーチャーから離れる。
「まず君は私に先日、ペンダントをくれたわけだ」
逃がさないといわんばかりにその肩に手を置き、アーチャーは続ける。
「そして、再びとりかえした」
いつの間にか、口元にはいつもの皮肉げな笑みが。
「探せといったのは伏線だったのかね?」
アーチャーは凛の耳元に口を持っていくと、そっと囁いた。
凛の体がびくりと震える――
「ああ、そうか――ふむ、なるほど」
腕を組んで、アーチャーは片目を閉じた。静かに続ける。
「つまりこういうことだろう。見つからない私に対して、君がそれを見つけたふりをしてだね――」
ぎしっ
ベッドが軋んだ。
「ふむ、あたりかね」
それを横目で見ながら、アーチャーは冷静に呟いた。ところで、とペンダント――オリジナルのほうだ――を取り出しながら、
「このペンダントだが。何やら見慣れない文字が刻まれ――」
「あーもーその通りよっ!」
がばっ!
唐突に凛が跳ねおきると、顔を真っ赤にして喚き散らした。ぎろりとアーチャーを睨む――が、何かに根負けしたように視線をすぐに逸らした。彼女は拗ねたような口調で、
「何よ、全部お見通しってわけじゃない」
「いや、私も言いながらきづいたよ」
頭をかきながら、アーチャー。ふむ、とペンダントを観察してから――彼はふいに口を歪めた。
「しかし君もかわいいことをする」
「…………っ!」
顔を真っ赤にして、凛がペンダントをアーチャーからひったくる――いや、ひったくろうとしたのだが、それはあっさりと避けられた。
「……凛、怒ったのかね?」
「う〜っ……」
唸る。ひどく悔しそうに。
「……かけなさい」
やがて彼女は、小さく呟いた。懇願するような命令口調で、
「また、かけてくれるんでしょ?」
言って、アーチャーを見上げる。
「ふむ」
呟いてアーチャーは少し考えるような素振りをしてみせた。
「では凛」
「な、なによ」
何か嫌な予感でもしたのか、体を引きながら凛が尋ねる――アーチャーはにっこりと笑って、
「君の手でかけてもらっていいかね?」
言って、ペンダントを凛の目の前に突き出した。う、と一瞬口ごもってから、それでも凛は赤面しつつも頷く。
「わ、わかったからしゃがみなさいよ」
「ああ、そうだな」
アーチャーは無造作に首をかしげた。
当然、二人の距離が狭まる――
顔と顔の隙間は10センチほどになった。
凛は同様したように目を逸らしかけるが――途中で止めた。半ば睨むようにしながら、決して目を離さないまま、アーチャーの首にペンダントをかける。
「はい、おわりっ!」
言うと同時、凛はばっと顔を離した。
「ああ、ありがとう」
ひどく素直にアーチャーは頷いた。
その表情に、凛が顔を真っ赤にして硬直する――
「……凛?」
突然動きが止まった凛を訝しげにアーチャーが覗き込んだ。
「う、あ……」
凛は口をぱくぱくさせつつも、
「な、なによ」
そう、なんとか言い返した。
「いや、なに」
アーチャーは肩をすくめて、
「つい君の顔にみとれてしまったようだ」
「〜〜〜っ!」
今度こそ耐えきれずに、凛はアーチャーから視線を逸らした。
「……そうだ、凛」
ふと気付いたように、アーチャーは口を開いていた。
「これなんだが」
そう言いつつ取り出したのは、アーチャーが首からかけているものと同じ――いや、今となっては少しだけ違うか――ペンダントだった。先ほどアーチャーが作り出したものである。
それをじゃらじゃらと振りながら、
「これは、君へのプレゼントということでどうかね?」
「え?」
凛はぽかんと聞き返した。いや何、と前置きしてからアーチャーは。
「まあ、やはり気に入らないと言うのなら捨てるなりするが――」
「す、捨てることは――」
切羽詰ったような焦ったような声が間に入ってきた。
「捨てることは、ないんじゃない?」
凛はもごもごと続ける。
「その、勿体無いと思うし――だから、」
彼女はそこで言うことをなくしたのか、押し黙った。
沈黙。
が、すぐに凛は立ち直った。
「ああ、もうっ!」
がー、と叫んで凛はずいっとアーチャーに近づいた。
「ほら、かけなさいよ」
ん、と顔をあげる。
「ふむ」
それを冷静に観察しながら、アーチャーは言葉を零した。
「……凛」
「え、なに?」
急に不安そうな顔になる凛に対して、アーチャーはいやなに、と続ける――
「その体勢はまるでキスをねだっているみたいに見えるのだが」
「な――――」
「冗談だ」
凛が硬直する寸前に、アーチャーは素早く言葉をはさんだ。が、それがますます混乱に拍車をかけているようでもある。凛は口をぱくぱくとさせていたが、やがてアーチャーをきっと睨む――
「あ、貴方ねー?!」
「ああ、それとも」
ずいっと顔をつき出して、アーチャーはそっと凛の頬に手を添えた。
「――まるでは余計だったかね?」
一瞬、静まり返る。
何を言われたのか理解した凛が顔を真っ赤にして口を開き――
そしてアーチャーは、これから飛んでくる罵声に備えるべく、苦笑しながら耳を両手でふさいだのだった。