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Fate/usual days

Days 5

 

 

 

 赤い夕暮れの中、黒い影が二つ。

 ゆらゆらと揺れながらそれは長くなり短くなり、ゆっくりと進んでいた。

「うん、今日はいい買い物したわ」

 女の影は両手を思い切り上へと伸ばしながら言う。

「それにしても凛。あまりこういうことは言いたくはないが、買いすぎではないのか?」

 そう言う男の影は異様に膨らんでいた。大体腰に来たところで、いきなり不自然なほどに膨れ上がっている。

「そんなことないわよ」

 あら、と意外そうに影は言い返した。

「ふむ」

 がさりと言う音と共に男の影が揺れる。肩を竦めたようだった。

「……しかしまあ、ここぞとばかりにティッシュやらトイレットペーパーを買ってくれたものだな」

 声は嘆息気味にそう呟いていた。が、その割には口調に険悪なものはない。どちらかと言うと苦笑だろうか。

「あらアーチャー。ひょっとして弱音?」

 どこか挑発するような声。

「私も甘く見られたものだな。この程度の荷物どうと言うことはないさ」

 苦笑するように男の声は告げた。

そう? と女はくすくすと笑う。

「まあほら、うん」

 女の影がぱたぱたと手を振り、そしてやや上、つまり男を見上げた。

「役に立ってもらわないと。ね?」

 言って、うんうん、と頷く。

「それにしても、食材もいつもに比べてかなり多いようだが」

「あ、それはいいのよ。ちゃんと考えがあってのことなんだから」

「考え?」

「そ」

 女の影はしっかりと頷いた。

「……ふむ」

 器用にも男の影は肩を竦めてみせた。がさっ、と音。

「凛、それはどういう」

「……聞きたい?」

 んん? と下から覗き込むようにして、女の影。頭にあたる位置が男のものと交わった。

「……それはなんだ、最終勧告みたいなものかね」

 もう片方の影はそれを避けるかのようにして体を引いた。多少声を引きつらせながら、尋ね返している。

「違う違う。別にそんな深い意味なんてなくて……」

 言って女の影は笑う。

「じゃあなんだね」

 くすくすと笑いながら、影はすっと身を引いた。跳ねるように歩き出しながら、

「ううん、でもやめとくわ」

 すると今度は男の影が早歩きになって詰め寄っていく。

「凛、それはひどい。ここまで言っておいてだね」

「何よ。そんなのにひどいも何も……って、あれ」

 ぴたり、と動きが止まる。

「? どうしたんだ、凛」

 男もまたそれにつられたように停止した。視線を合わせるかのように腰をかがめる。

「ん? ああほら、あそこ」

 女の影は手を持ち上げ、ある一点を指差した。

 その先には屋敷があった。が、よく見ればその玄関の前に何かが落ちている。いや、それは置いてある、と言った方が正しいのかもしれない。

 それは箱だった。

 箱は両手で抱えられるくらいの大きさの、白い直方体のものである。ごくありふれた形であり、どこにでもありそうなものだ。

 箱には赤いリボンが綺麗に蝶々結びで封がされていた。

それは、見ただけを言うならばまるで……

「……プレゼント、か?」

 

 

 

「ふむ、ふむ」

 しげしげと箱を観察しながら、アーチャーはしきりに頷いていた。顎に手を当て、唸る。

一方の凛はと言うと、しきりに背後を気にしつつ玄関の鍵を空けるところだった。落ち着かないのか、体を揺らしている。

 かちゃり、と小さな音がして扉が開いた。入るなりざっと素早く周囲を確認。特に異常は見当たらなかったのか、よし、と小さく呟くと同時に凛は振り返った。

そこには未だ箱を興味深そうに観察しているアーチャーがいた。箱は初めに置いてあった場所から移動はさせていない。危険だから、とアーチャーが止めたのだ。どうやら彼はあの箱が何かしらの危険物だと思っているようだった。まあ、状況が状況なだけにその考えはわからなくはないが。

 それを見て、はあ、と嘆息。

「…………」

 半眼で見守る中、アーチャーは箱を用心深く観察していた。ぐるぐると周囲を回りながら、神妙な顔をして呟く。

「差出人は……ないようだな。本人が直接ここに置いて行ったということだろうか」

 そこまで零してから、アーチャーは唐突に凛へと向き直った。

「……凛?」

「え? あ、何?」

 慌てて顔をあげ、返事をする。その態度にどこか腑に落ちないというようにアーチャーは眉をひそめた。曲げていた腰をすっくと伸ばし、困ったように聞き返す。

「どうしたのだね。何か心当たりでも?」

「あー、まああるって言えばあるんだけど」

 言って、誤魔化すように笑みを浮かべる。

 歯に物が挟まったような返答に、アーチャーはさらに困惑したような表情になった。腰に手を当て、

「ふむ」

 それから彼は中空を睨んだ。凛の言葉を頭の中で整理でもしているのか、もう一度ふむ、と呟く。

しばらくしてからアーチャーは半眼になった。拍子抜けしたようにかくんと腕を落とし、

「ということは、危険はないのかね?」

「まあ、命にかかわるものはないけど……いや、ある意味そうなのかも……」

 最後の方は、聞こえないほどに小さな声。

 アーチャーが眉をさらに曇らせる。

 とにかく、と凛はぱんと手を打ち鳴らした。

「でもまあ開けるのはやめときましょう」

「……?」

 箱を持ち上げようと手を伸ばしていた寸前で、アーチャーが動きをぴたりと止めた。その体勢のまま顔だけを上げて、

「凛、開けないのか」

「どうせそんな、大したものじゃないわ」

 ひらひらと手を振って屋敷の中へと入っていく凛。どうしたものかと箱と凛を交互に見比べててから、アーチャーは。

「……ふむ」

 呟いてさっと箱を持ち上げた。それを抱えたままずんずんと歩き、玄関の中へと入る。リビングに消えようとしていた凛の背中に向かって、

「私に見られると困るものかね」

 声を投げつける。

「…………」

 凛は初め何を言っているのかわからない、と言うような表情をしていたが、やがてそれも苦笑へと変わった。

「……まあ、困るのは確かだけど」

「気になるな」

 アーチャーは食い下がった。

「開けてもいいかね、凛」

 言って、箱をずいっと前に差し出す。途端に凛の表情が険しく、そして冷たくなった。底冷えすらする冷淡さで告げる。

「あんた今のわたしの話聞いてたの?」

「ああつまりわかりやすく言うとだ、凛」

 あ、アーチャーもまたそれに負けないような不敵さでもって言い返した。靴を脱ぎ、すたすたと凛へと近づきながら、

「私とこの荷物、どっちを取るのかと聞いているのだがね」

 きっぱりとそう告げた。

 凛は目をぱちくりとさせてから、

「あんたね、なんでそう恥ずかしいこと簡単に言えるの?」

 やや顔を赤らめ、視線を逸らして呟いた。ぎりぎりどこかでとどまったような、険しい声で。

 それを聞いたアーチャーは意外そうに聞き返す。

「恥ずかしいかね?」

「聞いてるこっちがね」

 至極真面目に頷き、凛は肯定する。

「ふむ、それは意外だな」

 一片の皮肉さもなくアーチャーは感心したように頷く。それを聞いて凛は嘆息した。どこかあきらめたように投げやりに手を振ってみせる。

「まあいいわ」

 とろんとした目つきを投げかけ、彼女は歩き出した。その直前に言い捨てるように告げ残す。

「……開けていいわよ。誤解されたままってのもなんか癪だし」

「私がやるのか?」

「言いだしっぺでしょ?」

 今度は振り返らず、凛。

「しかし他人の荷物を……」

ぴくり。

リビングに入る直前、ノブを握った状態で凛は立ち止まった。アーチャーのいる場所からその表情は見えない。

「じゃあやめておきなさい」

 再び冷淡に言い放ち、今度こそ凛はリビングへと入っていった。

「ふむ」

 取り残されたアーチャーは腕を組み、何かを考えるような仕草をしていたが、すぐに凛の後を追いかけた。箱は適当に放り出している。

 買ってきた荷物をソファーの近くに置いていた凛に向かって、

「凛、怒っているのか?」

「怒ってなんかないわよ」

 と、完全に怒気を孕んだ声で凛は告げる。

それを聞いたアーチャは一瞬怯んだような表情を浮かべた。が、すぐににやりと口を吊り上げる。やがて彼は皮肉げに笑い出した。いつもの笑みだった。

「ああ、つまり――」

 と、手をさっと振りながら彼は言い直した。片目を瞑り、静かに告げる。

「さっきの他人とは、つまり自分とその他という意味であってだね」

 言いつつ、凛の前へと移動する。凛は一瞬ぎょっとしたように顔をのけぞらせるが、背後に下がるのだけはぎりぎり自制したようだった。それを見てアーチャーは少し苦笑した。どこか挑発するような色を目に浮かべつつ、顔を近づける。じっと凛の目を覗き込んだまま、

「私と君が疎遠だと言う意味ではないのだが?」

 その言葉に。

みるみる内に凛の表情は真紅に染まった。悔しそうに睨み返しながら、吐き捨てるように叫ぶ。

「〜〜〜っ、ああ、もうっ!」

 だん、と床を踏み鳴らす。まだ怒りは収まらないとでも言うように、凛はびしりと箱をい指差して、

「さっさと開ける!」

 今度は完全に苦笑して、アーチャーは箱へと向かった。

「了解だ、マスター」

「……何笑ってるのよ」

 釈然としない不機嫌さでもって凛は仏頂面のまま聞いた。が、アーチャーはあくまで苦笑したまま、リボンに手を伸ばす。

 蝶々結びの一端を掴み、引っ張る。しゅるりと小さな音を立てて赤いリボンはほどけ、床に力なく落ちた。続いて蓋に手をかけてそっと持ち上げる。それと同じくらいの用心さで静かに蓋を床に置き、それからアーチャーは中身に目を落とした。

 そこには。

「これは………?」

 呟いてアーチャーは、そろそろと箱から中身を引っ張り出した。

 服である。

 それは洋服だった。

「綺礼の奴ね………」

 手を顔で覆い、半眼で凛は呻く。

 服はまあ、女物であった。当たり前ではあるが。ただ普段着というわけではなかった。かと言って正装でもない。

「……ふむ」

 アーチャーはしげしげとその服を観察してから一言、

「……これはこれはこれでありだろう?」

「ありなのっ?!」

 思わず凛が叫ぶ。

 その服は。

 要するに、ゴシックロリータというものだった。

 

 

 

「はあ、何考えてるんだか……」

 嘆息がひとつ。

「凛、凛」

 アーチャーはわからない、と言うような表情を浮かべて、

「一体どうしたのだね」

「どうしたもこうしたもないわよ……」

 やたらと疲れた声で、そう呻く。

「ったく、何考えてるんだかあのエセ神父は」

 凛は額を押さえながらそう低く呟くと、出口に向かって歩き出した。

「アーチャー、適当に片付けておいて」

「着ないのか? せっかく送ってくれたんだろう」

「パス。趣味じゃないもの」

 面倒くさそうに手を振って、にべもなくそう告げる凛。アーチャーは無言でソファーに捨てられていた服を手にした。広げる。

 黒を基調としたものである。同じ色のフリルブラウスとフリルプリーツスカートまで添えられているようだった。

「……ふむ」

 緩衝材をかきわけると、さらに細々としたものが出てきた。赤いヘッドドレスに、それと同じ色のニーソックス。さすがに靴まではないようではあるが、もはやここまであれば一式と言ってもいいだろう。

「凛、着てみたまえ」

 アーチャーは静かに告げた。

「……あのね」

 ジト目で振り返り、本気でうんざりとした顔で、凛。やや押し付けるような口調でアーチャーは説得した。

「しかしここまで揃っているんだぞ。勿体無いではないか」

「勿体無いってのはなんか違うと思うわ」

 はあ、と嘆息。

「それに……似合わないわよ」

「そんなことはないだろう」

 即座に言い切る。

「私が保証しよう、凛」

「いや、そんな保障されても逆に困るんだけど」

 冷や汗を垂らし、凛。

「……要するに、着る気はないと?」

「そうね、ちょっと勘弁して欲しいわ」

 あっさりと凛は言った。

「……ふむ」

 アーチャーは腕を組んでみせた。 

「確かに。まあそうか」

 言って、うんうんと頷く。

「こういうものは案外セイバーに着せたら似合いそうではあるな」

 ぴくり。

 今まさにリビングから出ようとしていた凛の足が止まった。

「そうだな、彼女ならきっと着こなして……む」

 アーチャーはふいに口を閉じると、凛を見返した。彼女は何故か不機嫌そうに、むー、と睨んでいた。

「? どうしたね、凛」

 聞くと、凛は無言のままつかつかとアーチャーに向かって歩いてきた。右手を突き出し、手を広げる。

「貸しなさい」

 言い切った。

アーチャーはわけがわからないと言うように眉をひそめると、

「? 着ないのではなかったのか?」

「いいから、貸しなさい」

 半ばひったくるようにして、アーチャーから服を奪い取る。それから彼女は箱に残っていたニーソックスやヘッドドレスもかき集めた。が、いっぺんに沢山のものを持ったためか、腕の中からぽろりとヘッドドレスが落ちる。しょうがないな、とアーチャーがそれを拾うと、彼女は顔を赤く染めてきっと睨み付けた。それはアーチャーをただ困惑させただけのようだったが、ともかく彼は手にしたニーソックスを彼女の腕の中のぽんと放り込み、一歩下がった。同時、ほとんど駆け出すと言っていいくらいの速さで凛は部屋から出て行く……

「……どうしたと言うのだ?」

 残されたアーチャーはひとり、ぽつりと呟いた。

 と、

「ア、アーチャー?」

 扉からひょこっと顔だけを出して、凛。

「ちょっとそこにいなさい」

「いや、しかしそろそろ夕食の準備をだね」

「いいから!」

 がー、と叫ぶ凛。

「……いいから、そこで待ってて」

 最後は少し、照れくさそうに。

「返事は?」

「あ、ああ。了解だ、マスター」

 半眼で聞いてくる凛に、反射的に頷き返すアーチャー。よろしい、とにっこり笑い、凛は顔を引っ込めた。

ぱたぱたという音が遠ざかる……

「……ふむ」

 顎に当てていた手を口元へ持っていき、アーチャーは。

 ふう、と大きく息を吐いて、散らかった箱の後片付けを始めた。

 

 

 

二十分後。

「……アーチャー」

 ひょっこりと入り口から顔だけを出して、凛はややためらいがちに口を開いていた。見えるのは顔だけだが、その髪型はいつもと違うものだった。ツインテールはほどかれ、いつもの赤いリボンの代わりにヘッドドレスが被さっている。

「ああ、凛か」

 荷物の仕分けをしていた手を止め、アーチャーは振り返った。

「ど……どう?」

「どうと言われてもな」

 立ち上がり、困ったようにアーチャーは腰に手を当てた。

「凛、それでは顔しか見えないぞ」

「あ、そっか、そうよね……」

 いそいそと凛はリビングに入ってきた。

 ゆっくりと全身が現れる。

「……ふむ」

 思わず感嘆の声をあげるアーチャー。彼女は先ほどの服を着ていた。無論服だけでなく、ヘッドドレスもニーソックスもである。どころか、赤いエナメル調のブーツまで履いていた。箱の中に入っていたものではないことからして、これは凛が自分で選んだものなのだろう。

「ど……どう?」

 不安そうに聞いてくる凛。

「……」

 が、アーチャーは凛を見つめたまま黙っていた。それが沈黙と受け取れる一瞬手前で、凛は再び聞き返す。

「ちょっとアーチャー、聞いてるの?」

「あ、ああ。うん、そうだな」

 彼は慌てて頷いた。大仰に、何度も。

「な、何よそれ」

「いや、すまない。見とれていたよ」

 真顔でそう言うアーチャーに。

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 凛は一瞬で耳まで真っ赤になっていた。何かを言おうと口を開けているが、結局それすらも言葉にならないのか、口をぱくぱくとさせている。

「どうかしたかね、凛。思ったままを言ったまでだが」

 平然と聞き返すアーチャーに、凛は一瞬恨みがましい視線を送り、

「……あ、ありがと」

 たどたどしく、俯いたままでそう呟いた。

「……ふむ」

 ぎしり。

 床をきしませ、アーチャーは一歩凛へと近づいた。

 びくりと一瞬、俯いたままの凛の体が震える。

「それで、凛」

 手を胸の前で組み、警戒するように腰をやや低くして凛は聞き返した。

「な、なによ」

「いつまでそうしてそこに立っているつもりだね」

 言ってアーチャーはにやりと笑い、

「私としては、もっと近くで見てみたいのだが?」

 凛の元へと歩き出した。

「ちょ……」

 慌てて凛がそれを止めようと手で制するが、アーチャーはきっぱりと無視した。すたすたと淀みない歩調で進む。あと少し、もう手を伸ばせば彼女の体に手が届くという距離にきた所で、

「とま、止まりなさいアーチャー!」

「悪いが、その言葉は聴けないな」

 言うと同時、一気に間合いを詰める。

 一瞬の後、彼は凛の懐に入り込んでいた。

「ちょっ……」

 凛は反射的に後ろへ下がろうとした。が、それより早くアーチャーは彼女の腕を掴む。

そっと顔を近づけた。真っ赤になっている凛の顔を通り過ぎ、その耳元に向かって素早く囁く。

「……何も逃げることはないだろう?」

「ひゃっ……」

 驚いたように凛が小さく悲鳴をあげた。が、構わずアーチャーは続ける。

「それで凛」

「な、なによ」

 急に弱気になったのか、彼女の声は少しだけ震えていた。

「凛」

 もう一度、繰り返して名前を囁く。

「だから何……」

「可愛いと思う」

 彼は真顔でそう囁いた。

「…………は?」

 その言葉の内容が理解できなかったのか、凛はぽかんと口を開けた。が、すぐに顔を赤く染める。

 どうしたのかね? とアーチャーは軽く首をかしげながら、

「だから、感想だろう。似合っている。可愛いと思うが」

「そ、そう」

 必死に目を逸らし、凛。小さく呟く。

「……ありがと」

「ああ」

 アーチャーは頷くと、すっと手を離した。

 凛は反射的に腕を後ろに戻し、唇をぎゅっと結んでアーチャーを見つめていた。

 アーチャーは『?』と顔に疑問符を浮かべている。どうやら彼にそれ以上何かする意思がない、ということを悟ったのか、恐る恐る凛は尋ねた。

「……そ、それだけ?」

「? 感想を聞いてきたのではなかったのかね?」

 腰に手を当て、何を言ってるんだね、とでも言わんばかりの自信をもって言ってくる。

「え、いやまあ、そうなんだけど」

 ごにょごにょと口の中で呟いて、凛。

アーチャーはよくわからない、というような表情を浮かべて突っ立っている。

凛はちらりとアーチャーを見上げてから、

「あ、ありがとっ」

 そう言って、するりと部屋から出て行った。アーチャーが止めようと手を伸ばすが、そのときにはもうすでに彼女は部屋からでたところだった。やがて、ばたばたという足音が遠ざかっていく……

「……ふむ」

 無感動な呟きをひとつ残して、アーチャーは肩をすくめた。

 

 

 

「で、着替えてしまったのかね?」

 呆れた口調でアーチャーはソースを机の上に置いた。

「そうよ。何か文句あるの?」

 ふてくされたように呟いて、凛は味噌汁に口をつける。

 夕飯時になって凛は再び一回に降りてきた。が、そのときにはもう、いつもの格好に戻っていたのである。ちなみにメニューは豚カツだった。

 アーチャーは困ったように、

「いや、そういう訳ではないが」

 ふうん? と曖昧な返事をしてから、凛はぴこぴこと箸を振りながら諭すように、

「大体ね、あんなの動き辛いったらありゃしないじゃない。家の中にいるのにあんなごてごてしたのなんか着ていられないわよ」

「なら外出用にすればいいだろう」

 あっさりというアーチャーに、凛は呆れたようにして、

「あんなの着て外になんかいけないわよっ」

「……ならどうしろと言うんだね」

 ジト目で唸るアーチャーに、凛はあっさりと肩をすくめてみせた。

「だから着ないんでしょ。ああいうのって苦手なのよねやっぱり」

「……ふむ」

 そうか、と頷いてアーチャーは豚カツに手をつけた。凛ももうこの話を続けるつもりはならしく、食卓は沈黙に包まれた。

 かちゃかちゃと食器のぶつかる音だけが響く。

 と。

 ふいに思い出したように、アーチャーは呟いた。

「しかしあれだ、勿体ない」

 心底残念だと言うようにアーチャーは続ける。

「折角似合っていたというのに」

「う……」

 顔を赤くして、凛が唸る。

「……なによそれ、絶対卑怯じゃない」

 顔を赤らめ俯いて、凛はぼそりと呟く。

「凛、何か言ったかね」

「何も言ってないわよ、おかわりっ!」

 がー、と一気に言って凛は空になった茶碗を突き出した。

「了解だ」

 それを受け取りアーチャーは立ち上がった。

 と、ふと思い出したようにアーチャーはくるりと振り返る。

「……ああ、凛」

「なによ、早くしてよね」

 じれたように箸を動かしている凛に向かって、アーチャーは告げた。静かに首を振り、すっと凛の目を覗き込む。

「いや、言い忘れていたことがある」

「だから何?」

 アーチャーは実直な瞳で凛を見つめたまま、

「その格好も十分に可愛いと思う、凛」

「……………………」

 完全に不意打ちを食らったかのように、凛は硬直した。

一瞬にして顔が真っ赤になる。

「………凛?」

 動かなくなった凛を不審そうにアーチャーが覗き込んだ。

 はっと我に返ったのか、凛は慌てふためきながら、それでも叫ぶ。

「ちょっと何見てるのよ、早くついできなさーい!」

「あ、ああ」

 慌ててアーチャーはばたばたとキッチンへと向かっていく……

 上がった息を押さえつけながら、凛は恨みがましくアーチャーを見つめた。

 そして。

 何かを諦めたかのように、ふっと肩の力を抜いて。

 柔らかく、笑っていた。

「…………ありがと」

 こっそりと呟かれたその一言は。

 誰に聞かれることもなく、揺らいで消えた。







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