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Fate/usual days?


第2話 海と漢と雨と涙

 

 

「ねえアーチャー?」

 笑顔だった。

 もうどうしようもないくらいの笑顔だった。

 純情な少年が見たら一発でノック・アウトされてしまいそうな飛び切りの笑顔を浮かべて、凛は真正面からアーチャーの顔を覗き込んでいた。

「………………」

 そして覗き込まれているアーチャーはと言うと――その視線に逆らうように、目だけを限界ぎりぎりまで右横にそらしているのだった。よく見ると、口元が引きつっているようにも見える。はたから見ていると不自然なことこの上ない光景である。

「アーチャー? ちょっといい?」

 そんなアーチャーの態度には全く気にした様子もなく、凛は続けた。相変わらずにこにこと笑いながら。

「……………………………………」

 が、赤い外套の男はそちらを見ようとは決してしないようだった。頬に一筋の汗をたらしながらも、無視を決め込んでいる。

「アーチャー? ちょっといい?」

 凛は同じ言葉を繰り返した。手の甲を見せつけながら。

「な、なにかね凛」

 しぶしぶと言った表情で、アーチャーが目を彼女に向ける。その態度に凛は満足そうに肯くと、 

「すっごーく、いい話があるんだけ――」

「断る」

 いそいそとどこからともなく本――求人広告のようだ――を目の前に突きつける凛に、一瞬の間を挟むことなく告げるアーチャー。が、凛はそんなことは全く聞こえていない、とでも言うようにあっさりと続けた。本のある一点を指差しながら、

「それでね? 今度のはそんなに危険なものじゃないし――」

「だから断る!」

 声を大きくして、叫ぶ。

 そして、その際に大量の唾が凛の顔に飛び散った。

「………………」

「あ、いや……」

凛はこれ以上ないほどに冷たい目で、小さく笑っていた。今までのような張り付いた笑顔ではなく、それは敵を目前にして不適に微笑む、狩る者の微笑み――

 その笑みか、目か、声か、それとも気配にか。

とにかくアーチャーは、何かに恐れたようにびくりと体を震わせると、詰め寄りかけていた顔を元の位置に戻した。

 顔に飛んだ唾を拭い、それからその手をちらりと見た。顔をしかめる。

「い、いや――その、凛。すまなかった」

 慌てて謝罪するアーチャー。

 凛は俯いた。

「…………」

 黙したまま何も言ってこない。言ってこないのだが――

「り、凛……?」

 彼女が撒き散らす怒りのオーラは、アーチャーを動揺させるのに十分なものだった。

「凛。聞いてくれ凛。いいかね、今のはわざとと言うわけでは決してなくだね」

「…ってきて――」

 言いながら、静かに凛は笑顔――ただしきっちりとこめかみに血管を浮かべながら――を浮かべて顔を上げた。

「行ってきて、くれるわよね?」

「……………………了解だ…………………………」

 言ってアーチャーは、がっくりと首をうな垂れた。

 

 

 

 暴風雨――

 その言葉がまさに当てはまる天気だった。

 どんよりと重く暗い空に、叩きつけるような大粒の雨。それが激しい風に乗り、横から体を叩きつける――下手をしたら、気を抜いた瞬間に海に放り出されかねないくらいである。海――

 そう、海だった。

 アーチャーは何故か船に乗って立ち尽くしていた。

(なぜ、こんなところにいるのだ……?)

 呆然としながらも、のろのろと考える。

 が、そんなことをするまでもなく答えはすでに出ていることに気付き、がくりと肩を落とす。

 小さな船だった。漁船か何かだろうか。何の飾り気もない、おんぼろの船体。きちんと浮くのが奇跡なのではないかと言うほどに整備されていない。

船上にはレインコートを着た男たちが二人乗っていた。ひとりはアーチャー。そしてもうひとりは老人だった。年はよくわからない。50歳を超えているのは間違いないだろうが。浅黒く焼けた肌に、隆々とした体躯。レインコートは着ていない。飾り気も何もない白のタンクトップに、ぼろぼろになったジーンズという格好。一番目立つのは、右目につけたアイパッチだった。口にはタバコを加えている。この雨だというのに、何故か消えていなかった。彼が今回の雇い主である。名前はわからない。ただ一言、親方と呼べ、とだけ言っていた。

男は今、船首に座り雨に打たれるのにも構わず、じっと海面を睨んでいた。その後ろには、所在なげに立っているアーチャーがいる。

「おいお前さん、船酔いとかは平気か?」

 振り向くことなく、親方が聞いてくる。

「あ――ああ。大丈夫だ」

 慌てて頷くアーチャー。

「そうかい」

 親方は言って再び前方に視線を投じた。そこには延々と海が広がるばかりである。

 ――こうして老人が座り込んで、二十分ほどになるか。視界は雨のせいでかなり悪い。が、老人は迷うことなく舵を取っていっていた。まるで目を瞑っていても問題ない、とでも言わんばかりに。そして今、男は座り続けている。

「それで……」

 アーチャーは恐る恐る口を開く。

「これは……何をやっているんだ?」

「まだ何もしてねえ。今からやるんだ」

 そう言って男は、一本の釣竿を手にしてみせた。かなり年季の入った代物である。

「いや……それにしてもだ」

 顔に張り付いた水滴をぬぐい、アーチャーは続けた。嘆息混じりに。

「何もこんな天気の中でやることもないだろう」

「こんな天気じゃないとでてこねえのさ、あいつはよ」

 そういう親方の顔は、何かを懐かしんでいるような表情だった。ふ……と空を見上げながら、続ける。

「暴風雨のときのみ現れる伝説の魚……俺はそいつに、命をかけている。十二年前俺はそいつに挑んで――そして、負けたのさ」

 言ってこんこん、とアイパッチを叩いてみせる。

(そのときの傷……なのだろうか)

 そんなことを思ってもみる。

 だとしたら、どんな魚なのか。

「……まあ、ここ十数年みてねえんだけどな」

 自嘲を含んだ言葉。

「だが、あいつとも今日で終わりだ。もう俺も年だ……どちらにしろ、今日でもう、船から降りるさ」

 そういう男の顔は、今までに比べてひどく老けているように見えた。

(見届け役……というわけか)

 知らず、そう思っている。

 ――雨は降り続ける。

「さあ、後はあいつが来るまで根競べだ」

 言って親方はどっかと腰を下ろした。釣竿に静かに目を落とす。アーチャーもつられて隣に座った。

 雨は一向にやむ気配を見せない。

 かなりの揺れが小さな船を襲っていた。

「……もし――」

 ぼんやりとしながら、口を開く。海を見つめたままで。

「もし来なかったら、どうするんだ……?」

「そんときはそんときだ。大人しくあきらめるさ」

「しかし」

「うるせえよ」

 親方は新しいタバコに火をつける。この雨の中だというのに、あっさりと火はついていた。何かをかみ締めるようにして、老人は続ける。

「釣りってもんはそういうもんだ。人生だってそうだ。違うか?」

「いや――そうだな」

 言って、笑う。

 ――刹那。

 ぴくっ……

 釣竿に異変が起こった。

「む――」

 親方の目つきが変わる。

 二人の目の前で、釣竿は震えていた。

 ぴくっ……ぐいぃっ!

 一気に釣竿がしなる!

「おっ、き――きたぞおぉぉぉっ!」

 慌てて両手で釣竿を掴み、親方が叫んだ。何故か――そう、何故かだ――嬉しそうに笑いながら。

「よし、私も――」

 アーチャーも親方に手を貸そうと、親方の腰に手を伸ばし――

「馬鹿野朗、てめえはそこで見てろっ!」

「しかし――」

 どうしたものかと迷っているアーチャーに、親方は絶叫する。

「こいつは――こいつはな、俺の生きがいなんだ! 俺がやらなきゃ意味が――」

 そのときだった。

 ばしぁあっ!

 雨に足を取られ、親方が転倒した。

 釣竿から手が離れる。

 ――迷ったのは、一瞬。

 アーチャーは咄嗟に手を伸ばすと、釣竿を掴んでいた。

 力を込めて、両足で踏ん張る。

「ばっ……馬鹿野朗!」

 立ち上がろうとしていた親方が血相を変えて叫んだ。

「――親方のそれが生きがいなら!」

 アーチャーもまた、叫び返す。

 雨にかき消されないように。親方の声に負けないように。

「私のこれも――生きがいだったんだ!」

 そして。

 その声と同時に、魚は宙に舞っていた。

 どしゃあっ!

 甲板に魚が打ち上げられる。体長は1メートルはゆうにあるだろう。既存のどれにも当てはまらない形。それは未だ力を失うことなく、びちびちと跳ねている。

 親方は魚に一歩近づいた。少し寂しいような、そんな表情を浮かべて。それを見ながら、アーチャーは独白するように、呟いた。

「……そうだ。これが……生きがいだった。こうして人を助けて――助け続けて……」

 俯く。

 その表情は、雨に隠れて見えない。

「おめえ……」

 親方がようやく振り向いた。アーチャーの声に何か――ただならない何かを感じたのか、驚いたように。

 アーチャーはかぶりを振った。

 そして、前を見据える。

「だから助けるんだ――それじゃいけないのか?」

 ざああああ……

 雨が、沈黙を打ち消していた。

「……アーチャーさんよ」

 そう呼びかけた親方の声は、とても優しいものだった。

――気付けば、親方はすぐ目の前にいた。

 アーチャーははっと顔をあげる。

 その瞳をじっと見て、親方は――

「ありがとうよ」

 そう、一言だけ囁いた。

「……ああ」

 アーチャーもまた、笑って頷いた。

 雨が、二人を包み込んでいた――

「そうだ、お礼をしねえとな」

 ふと思い出したように、親方は声をあげた。

 かちゃかちゃとジーンズを下ろしながら、

「さあ、俺なんかの純潔でよかったらもらってやってくれ」

言って尻を突き出す親方。

「………………………………………は?」

 アーチャーは――呆然と聞き返した。

 何も言うな、というように首を振って、

「何、遠慮することはねえ。譲ちゃんから話は聞いているからな。その――お前さんが、こっちのひとだってのは」

 言って――頬を染める。はにかむように。

「……………………………………………凛……………………………………

 がっくりとアーチャーはうな垂れた。

 が、それどころではないということを思い出したのか、慌てて言い訳をする。

「いや、違うんだ! それは純然たる誤解であって!」

「アーチャー、てめえ!」

 親方が声を張り上げた。頬を染めながら。

「俺がいいっていってるんだ! さっさとやらねえか!」

「あ――う……」

 顔がひきつる。

 だらだらと脂汗が出てくる。

「さあ、アーチャー!」

「う、あ……」

「さあっ!」

 親方が迫る――

「ろ――」

 思わず反射的にアーチャーは叫んだ。

「熾天覆う七つの円環――!」

 声と共に、力が弾ける!

 七枚の花弁が、アーチャーと親方の間に出現した。圧倒的な力を携えた、

 が。

「ん? なんでえこの花びらみてえなの」

 あっさりといって、親方は花びらを横にどかした。

「は……………?」

 思わず呆然とするアーチャー。

 それはそうだろう。

 が、親方は何も気にしていないとでも言うように、

「まあいいや。手品師かい? いいねえ」

 言って、つい、と指先でアーチャーの頬に触れる。

「俺にも、その手品、もっと間近でみせてくれよ――」

「うあああああああああああああああああああっ!」

 今度こそ絶叫して――

ざっぱーーーーーーーん!

アーチャーは泣きながら、海に飛び込んだ。

 

 

 

「で? 給料は?」

 凛の声はこれ以上ないほどに冷たかった。

 遠坂の屋敷。

 アーチャーは体中からぼたぼたと水をしたたらせながら、正座させられていた。手をわななかせて、泣きながら絶叫する。

「聞いてるのかね凛! もう少しで私は――私は……!」

「まあここまで泳いでくるってすごいけどね。単独行動できてよかったわねー」

 やる気のない声で、凛。

「凛、頼むから私の話を」

「にしてもただ働きよね。ちゃんとお金だってくれるはずなのに」

「お金だけで十分だろう!」

 思わず叫ぶアーチャーに、凛はかったるそうに、

「だってねえ。あんな冗談真に受けるなんて思わないじゃない?」

「そんな――そんな冗談のせいで、私の宝具は……」

 ははは、と乾いた笑うアーチャー。

「じゃあアーチャー」

 そんな彼に凛はにっこりと笑って、きっぱりと告げる――

「もう一回泳いで戻っていきましょう?」

「もういやだあああああああああああっ!」

 



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