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Over the crimson air

 

 

 

 茜色に染まるロンドン市街は少なくとも美しくはあったのだが。

「あら。まだそれ、続いているんですの?」

 頭上から唐突に響いた声に顔をあげると、そこには呆れたような表情を浮かべているルヴィアゼリッタがいた。

 夕暮れ──時計塔にほど近いオープンカフェのテラス席。乾燥しきれない、どこか重い空気にはそろそろ慣れたつもりだったのだが、どうにも体が重い。眠いせいなのかもしれない、とようやく気付いたのは数秒経った頃だった。

 あまり人通りのない場所にぽつりと位置しているせいなのか、店はそこまで流行ってはいない──店内に数人、外には自分が一人だけ。そう言えばなんでわざわざ外に座ったんだっけ──そんなことをぼんやりと考えつつ、どうでもいいことだと気付いて、嘆息。

「……なんだ。ルヴィアか」

 頬杖をつきながら、ぼんやりと呻く。我ながらやる気のない声だとは自覚していたが。

貴女ねえ──、とルヴィアはこめかみを押さえながらうんざりと呻いてきた。

「……呼び出しておいて随分なご挨拶ですのね、ミストオサカ」

 全くこれだから、とぶつくさ呟きつつ向いの席に座っている。その前にさっと椅子をはらい、ハンカチを置くのを忘れないのは流石と言うべきか何と言うべきか。

やってきたウェイトレスにダージリンを一つ注文してから、彼女はふうと嘆息。と、その視線がこちらの胸元──いや、それよりさらに下へと向いた。

そこにあるのは、一冊の本。開かれたページには今日の出来事が書いてある。別に見られて困るものではなかった──ただの日記である。それにそもそも日本語で書いてあるのだ。彼女には内容まではわからないはずだ。肩をすくめて言ってやる。

「続けるって、案外慣れたら楽なもんよ」

「そう。せいぜい惰性にならないよう気をつけるのですね」

「大きなお世話」

「ああ──それにしても、(ワタクシ)も本格的に日本語の勉強でもしたほうがいいのかもしれまませんわね。リンの愛の語らいが読めるのですもの。そのくらいの対価は払っても損はないですもの」

 くすくすと笑う彼女を睨みつけ、唸る。

「誰が、何だって……? ……ったく、本当、普通のことよ書いてるのって。朝は何を食べた。今日の講義は何だった。ルヴィアの説明を論破した──ってね」

 言って、にやりと口をゆがめると案の定ルヴィアは頬を引きつらせた。

「……ミストオサカ? 貴女の中では説明してあげると言っていきなりオパールを使うことを論破と言うんですの? だとしたら随分乱暴な意見ですわね──」

「……まあ、脚色も必要ってことよ」

 冗談だって──と両手を広げて見せた。

 はあ、とあきれたような嘆息が響く。頬杖をつきながらルヴィアは首を横に振った。

「全く。こんなのを読まされるシェロも可哀そうですわね……」

「あ、ちなみにルヴィアは完全に負け犬のポジションになってるわよこの中だと」

「貸しなさいリン。今すぐ灰にしてさしあげますわ」

「冗談よ、冗談」

 ぱたぱたと手を振ってやる。

「全く……言っておきますけど、信憑性のない日記ほど意味のないものはありませんわよ?」

「わかってるわよ。結構恥ずかしいことも赤裸々に書いてるんだから、これでも」

「どうだか──」

 信用ならないですわね、と呟いている彼女は放っておいて、日記にもう一度目を落とす。書きかけで止まっていたので、ひとますこの文章だけ書いてしまうことにする。

「……シェロは」

「んー?」

 ペンを止めずに、聞き返す。

「……今頃、何をしてるんでしょうね……」

 思わず、手が止まった。懐かしむような、そんな声。──止めてほしい、そんな切なそうな表情。こっちまで感染してしまう。

「まあ、大体想像はつくわよね」

 日記の続きを書くことはあきらめて、顔をあげる。

 そう。だってあいつは本当、わかりやすい奴だ。確かに弱い部分もあるかもしれない。頼りない所もあるかもしれない。でも、だけど。根っこの部分は自分以上にしっかりしている。だから、きっと──、

「人を助けて──助けて──自分は傷ついて──でも助けて──その繰り返しでしょ」

 ひらひらと手を振りながら言ってやると、ルヴィアは眉をひそめた。唾棄するような勢いで呻く。

「……なんて愚かな。それではシェロが救われないではありませんか」

 それは、確かにそうかもしれない。

 自分を度外視して考える癖は結局ずっといても変わらなかったから。

 だからそれもきっと、あいつの根っこの部分なのだろう。

「でも」

 両手を組んで机の上に乗せ、わたしは囁く。

「あいつは走るのをやめないわ」

 その言葉を唇に乗せるのに、ためらいはなかった。

「……そこまでわかっていながら、なんで送り出したんです」

 避難めいた視線を送ってくるルヴィアに、苦笑を浮かべた。

「……そうね。それは今も後悔してる」

 苦笑から、本音がぽろりと零れ落ちた。

「本当──なんであの時、わたしも一緒に行くって言えなかったんだろうなあ……」

「リン……」

 気遣うようなルヴィアの口調。

 やめてよね──そう言おうとしたはずなのに。

 でも、出てきたのは悔恨の言葉。

「勉強なんて全部ほっぽりだして──もう手当たり次第に士郎を探していったほうがいいのかもしれない。確率は低いけど、それでも、いつかは探し出せるかもしれない……」

 ──違う、そうじゃない。

 言いながら──、思い出していた。

「でもね、決めたのよ」

 そう──、もう決めたことがある。

 今更後悔しても始まらない。

 もう自分は選択してしまったのだから。

 なら──もう、選んだこの道を信じて、前に進む。

「それなら──わたしがアイツの帰る場所になろうって」

 真っ直ぐしっかり、ルヴィアの目を見て告げる。

「だから──大丈夫。ずっと、待っていられる」

 ルヴィアははっと息を飲んだ。それから、次第にその表情が変化する。いつくしむような、羨ましそうな──複雑な表情。

「そう……そこまで言うのなら、私も口出しはしませんが」

「ん、ありがと」

 呟いて小さく笑った。

「……全く」

 呆れたように、ルヴィアが零している。

「え? なんか言った?」

 聞き返すと、彼女は慌てて手を振って、

「な、何も言ってなどいません!」

「そ? ならいいけど。──あ、そうそう、ちなみにルヴィア、次の日曜開いてる?」

 と、遅ればせながらようやく本題を切りだした。

「? はあ、まあ特に用事はありませんが……」

「そ。なら12時にそっちに行くから出かける準備しておいてね」

 さらりと告げる。

「は? 行くってどこに──」

 顔をしかめて聞き返してくる彼女に、わたしは指を立てて声をひそめた。

「──実は面白い情報があってね。陽炎の祠って知ってる?」

 ……それは、魔術師(わたしたち)の間で広まる噂だ。なんでも未調査の遺跡があるらしい、とか。先遣隊は全滅。よほど凶悪なトラップがしかけられているのだろうが──、それはとりもなおさず、そこに保管されているものが重要なものだと言うことを示す。

「話には聞いたことくらいはありますが──」

 ルヴィアはそう言って不審そうに眼を細めた。

 でも、それが正しい反応だろう。

「……本気ですの?」

 未だに疑わしそうな目を向けてくる彼女に胸を張って告げてやる。

「本気も本気よ。確かに中になにがあるかはわからないけど、きっと凄いものが眠ってるはず……」

 言って、うん、と頷く。それこそ宝具レベルのものがあっても不思議ではないだろう。

 わたしはルヴィアを挑戦的に見据えた。

「行かないなんて──、言わないわよね?」

 彼女が沈黙したのは一瞬だった。ふん、と鼻を鳴らしながら髪をかき上げる。

「……まあいいでしょう。どうしてもと言うのなら行ってあげますわ。──ああ、言っておきますけど宝がみつかった場合はきっちり折半ですわよ?」

 文句を言いつつ、しっかり要点は抑えてくる。

「それでいいわ」

 その返事に満足したのか、彼女は鷹揚に頷くと机の上にコインを置いた。椅子から立ち上がり、敷いていたハンカチを手に取り払う。それを丁寧に折りたたんでから、さて──とこちらへと視線を移した。

「それでは(ワタクシ)は先に行きますわ。車を待たせてありますので」

「ええ。また明日」

「また明日」

 別れの挨拶。ルヴィアはこちらに背を向けて歩き出した。──と、ふいにこちらに向きなおった。

「──ミストオサカ」

「ん?」

 聞き返すと、彼女は妙に困惑した表情を浮かべて言葉を詰まらせた。

「あ────いえ……」

 笑顔を作り、繕うように続ける。

「……なんでもありませんわ。では」

「うん、またね」

 手を振ると、軽く会釈をして、ルヴィアは道を歩いて行く。それを見計らっていたように、曲がり角からリムジンが滑るように姿を現した。

「さて、と──」

 ルヴィアの後ろ姿から、日記へと目を落とす。

 ページとページの間に挟まった、一枚のメモ用紙。それを抜き取り、読み返す──

 ……実は言わなかった情報がある。

 陽炎の祠の中には──どうやら剣のようなものが安置されていたらしい、と言うことだ。

 ──まあ冷静に考えれば、誰もまだ最深部まで辿り着いていないのに何でそんなことを知っているんだとか、見つけてそいつがそのまま持ち去って後にはもう何もないんじゃないか──とか、色々と突っ込める要素はあるのだけれど。

 でも──、もしまだその剣があるのなら。

「うん……これなら、士郎が帰ってきたとき、喜んでくれるだろうなあ……」

 頭の中で少しその光景をシュミレート。

 あ、駄目だ。早く行きたい。行って持って帰ってきて、士郎にうんと喜んでもらいたい。

「へへっ……誕生日プレゼント。喜んでくれるといいな……」

 にやける頬を自覚しつつ、そっと日記帳の表紙を撫でる。

「士郎、早く帰ってこないかなあ……」

 呟いて、空を見上げる。

 茜色の空は、次第に夜に沈もうとしていた。










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