ニート王
「私です!」
「いいえ違います、私のほうです!」
「いや、それはありえない。断じて私のほうが──!」
昼過ぎ。士郎が洗濯物を干しに庭に出ると、そこではセイバーとバゼットが何やら言い争っていた。
「……なんだ二人とも、どうしたんだ?」
む、とその声にセイバーは口を曲げたまま振り向くと、
「ちょうどいい、シロウ。どちらが優れているか、決めて欲しいのです」
「優れているって?」
首をかしげる士郎に、今度はバゼットが叫んだ。
「決まっています。どちらがよりニートとしてのあるべき姿として正しいかということです──!」
「うわあ。」
「なんか勝ったほうが負けって気がしないでもないわねー」
と、騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか凛が横に立っていた。
しかしセイバーは『ふっ……』とシニカルな笑みさえ口元に浮かべつつ、かぶりを振った。
「やれやれ。甘いですね凛──」
そしてやおら『がばっ!』と顔をあげると、拳を握りしめ、叫ぶ。
「いいですか──、キャラが立つというのは大事なのです!」
「や、お笑い芸人じゃないんだからさ」
疲れたように呻く士郎に、セイバーはぶんぶかと首を横に振った。
「いいえ、非常に重要です! 色を変えたらキャラデザ見分けつかないなんてことになったら一体どうするのですかっ!?」
「ええと、一体何の話かな……?」
口を引きつらせて呻くが、セイバーには聞こえていないようだった。バゼットに向き直りつつ、何やら叫んでいる。
「ともかく、一つのポジションに必要なのは一人! それ以外は断じて必要ないのです!」
「ふ──」
余裕の笑みを浮かべ、バゼットは腰に手を当てて見せた。勝者だけが持てる優越感を身に纏いつつ、ゆっくりと告げる。
「いいでしょう。ちなみに私は──こういうのもなんですが、金は持っていますよ?」
「む? それが一体何だと」
眉をひそめるセイバーに、バゼットは『ばっ!』と手を振るうと、
「わかりませんか。つまり私は金持ちだがニートという、矛盾している立場にあるわけです。要するに、ギャップ萌えというやつですねっ!?」
「や。なんか使い方まちがってないかそれ」
むしろ金持ってるからニートなんだろ、とジト目で士郎が呻いているが、バゼットはきっぱりと無視した。
「さあセイバーさん、貴女にはどんなものがあるというのですっ!?」
その勢いに金髪の騎士は動揺したかのように身じろぎをした──が、それも一瞬。すぐさま彼女は顔を上げると、胸を張り、朗々と告げる──!
「わ……私には、この胃袋があるっ!」
「いや、誇れるのかどうか微妙じゃないそれ」
「やれやれ……ニート的には何も関係ありませんね」
呻く凛。あきれたように肩を竦めるバゼット。
セイバーはあきらめずに再度口を開いた。
「では、エンドレスな食欲が!」
「同じじゃない」
「触覚がー!」
「えー」
「金髪がー!」
「やれやれ……」
叫ぶセイバー。
かぶりを振るバゼット。
飛び交う怒号。絶叫。
そして──
「くっ……!」
がくっ──……
五分にも上る大論争の末、手を地面に付いていたのはセイバーのほうだった。
その姿を腕を組みつつ悠然と見下ろし、バゼットは静かに告げた。
「どうです、わかりましたか。貴女には何もない。いくら腕が立とうとこの世界では無意味──貴女はニートとしては下の下なのです、セイバーさん……!」
「ば、バカな……! 王たる私が……!?」
呆然と目を見開き、わなわなと唇すら震わせ、ただただ地面を見据えて呻くセイバー。
「確かに以前は王だったかもしれません。しかしいまはそれが現実だ。王よ──いや、セイバー。それだけが現実なのですよ」
「くっ……」
バゼットの言葉に反論すら出来ず、セイバーはただ唇を噛み締めていた──が、それでもゆっくりと彼女は顔を上げる。泣き顔のような、救いを求めるような──悔しさを噛み締めつつも、どこかに何かを期待するような、そんな表情──
「で、では──」
じゃりっ……
地面についていた手が、いつの間にか砂を掴んでいた。
「では、一体どうしろと言うのです……?」
のろのろと立ち上がりつつ、声を震わせる。
「確かにそうかもしれません、私はニートとしてはなり損ないだ……。だが、」
きゅ──
一瞬、唇を噛み締め。セイバーはきっとバゼットを睨みつけると──、叫んだ。
「だが──だからと言ってこの立場を辞めるつもりは毛頭ない! 私はニートであることに誇りを持っている──労働などと馬鹿げたことにうつつを抜かすつもりは毛頭ありません……!」
「えー」
呻く士郎。セイバーは気づいた様子もなくただただバゼットを見据えると、低く、呟いた。
「──それを含めて問おう、王よ。私は──」
そして。セイバーは拳を握り締め。強く、ただひたすら強く尋ねる──
「私は──、どうすればいいと言うのですかっ!?」
『いいから働けよ。』
完。