Melancholy dream

 

 

 

肩を掴まれたことにわずかに動揺したのは多分事実。驚きはしなかったけれど少しだけその手の大きさに驚いた。あ、こいつってやっぱり男の子なんだ──そんなことをぼんやりと考えながら、でもそれもどうでもいいと思っていた。だって今は、そんなことはどうでもいいくらいにわくわくするようなことが迫っているんだもの。胸の中にある何かを無理矢理切り離してあたしは思考を切り替える。

状況は、端的に言えば、そう──何がなんだかわからない(・・・・・・・・・・・)。起きたらキョンと二人きりになっていて、他には誰もいなくて、学校からは出られなくて、そして今、視線を横にずらせば、光の巨人が暴れている。ほら、うん、やっぱりわからない。

でも、わくわくしていた。だってそれはそうじゃない──こんな出来事は、今までになかった。退屈なんかする暇もない。ああもう、次は一体どんな出来事が起こるって言うの──?

そう、今はキョンなんかに構っている暇はない。もっとこの状況を楽しむ義務があたしにはある。そんなことを言おうとして──、

そして気づけば、あたしの口は塞がれていた。

何、と頭を必死に働かせる。

目をしばたいて状況を確認。

視界いっぱいに広がっているのはキョンの顔。口は何かで塞がれている。そこまで考えて、自分に何が起こったのかを連想するのは難しいことじゃなくて──

ああもう、つまりそういうことだ。思わず拳を握り締める。でも、それきり力がすとんと抜け落ちた。温かい──と。そう感じていた。悔しいのか怒っているのか、自分んでおよくわからない。ただわかるのは、心地よいまどろみの中にいるような感覚。ああ──そうだ。

どうせ、夢みたいなことが起こっているんだから。

もう一つ、夢が重なったって、別にバチは当たらないはず──

 

 

 

「────────っ!?」

 ……声にならない悲鳴だった。

 あたしは飛び起きていた。

 ……我ながらどうかしてると思う。

そこは部屋。あたしの部屋。首をひねればそこは枕で、あたしはベッドから半分ずり落ちて寝転がっている自分を発見した。着ているものも、いつものパジャマ。

「…………?」

見渡す。どこをどうみても自分の部屋だった。

学校じゃあ、なかった。

あの巨人も、いなかった。

キョンも、いなかった。キョン──

「…………」

 そこまで考えて、手が唇に伸びた。

 勘違いなんだろうけど、唇がほんのりと温かい気がした。

「…………夢……?」

呟いた。その言葉を発してから、すとんと何かが抜け落ちた。気が呻きながらあたしは額を押さえつける。耳が熱い。頬も熱い。──どうかしている。

 何か変化がないか──、そんな期待を込めて部屋を見渡した。

 自室はいつもとまるきり同じだった。

 何も、変わってなんか、いなかった。

「……ふう」

 嘆息が零れ落ちた。

どうかしている──と思う。ああもう、何よ、何だって言うのよ。舌打ちをしそうになりながら、強く首を振った。頬をはたき、髪をかきあげ、ベッドから起き上がろうとして、時計が指し示している時刻を確認してから、それを思いとどまる。

──もう一度、唇にそっと触れる。

熱くなっていたのは指だった。見下ろせば、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。

「夢……」

 ぼんやりと呻きながら、ぼすんと枕に頭をうずめる。

「……じゃ、ないのかしら」

 答えは、どこからもかえってこなかった。

 

 

 

 

 

 

朝はいつも通りの時間に起きた。正確にはほとんど寝られなかったわけだから、ベッドから抜け出したというほうが正しかった。

朝になって、あの夢とも現実ともわからない出来事を忘れているかと思ったけれど、実際はそんなこともなくてしっかり覚えていた。

パジャマを脱ぐ手を止めて、そっと唇に触れる。

もう温かいあの感触は、もう残っていない。でも──

──俺、実はポニーテール萌えなんだ──

あの言葉は、しっかりと記憶に残っていた。

「……ふん」

 制服に袖を通ししながら、鼻を鳴らす。

「ばっかじゃないの」

 鞄の中身を確認して、蓋を閉じて持ち上げる。

「大体なんであたしがそんなこと──」

 黄色のリボンをいつも通りの場所に結んでから、部屋のドアノブに手をかける。

「──まあ」

 呻いてから。あたしは手を離すと鏡の前に戻り、

「──気分転換には、いいかもしれないけどっ」

 何か自分でもよくわからなことを呟きながら、リボンをさっと引き抜いて髪をまとめにかかった。

鏡の中のあたしの顔が、赤い気がするけど。気のせいに決まってる。

「ああもう、短いからなかなか上手くできないじゃない!」

 どう考えてもポニーテールにするには長さが足りない。やめようか、なんて。そんなことを一瞬思った。

「……ふん……、もう……」

でも、結局。

あたしは再び作業にとりかかった。

 

 

 

 

 

 

教室に行ってみれば、キョンはまだ来ていなかった。

「ふん」

鼻を鳴らして、椅子を引いて座る。乱暴に鞄を放り捨ててから、さて──と考える。

「……」

来てみたはいいけど、一体どんな顔をして会えばいいんだろうか。まさかあんたが昨日夢のなかにでてきたんだけど、あれは本当に夢だったの──なんて。

そんなばかなこと、聞けるわけないじゃない。

って、ああもう、なんであたしがキョンのことなんかでここまで悩まなければいけないのよ──?

頬杖をついて、うんざりして扉をみる。──教室に向かってくる足だけが見えた。

反射的に、そっぽを向いた。

足音がこっちに近づいてくる。気配が一瞬足を止めた。

キョンだ、と我ながらよくわからない勘で思った。

あたしは振り向かない。

視線を外に固定したまま、動かない。

「よう、元気か」

 いつも通りのキョンの声だった。

 それで、決まった。

 何を言ってやるか──、決めた。

 考えていたのは、ほんの数瞬だった。

あたしはキョンの方を向かないまま──、

文句のひとつでも言ってやろうと、息をすっと吸い込んだ────。








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