黒桜
「おはようございます、先輩っ」
早朝。今に通じる襖を開け、声もさわやかに挨拶したのは桜だった。
台所で朝食の準備をしていた士郎は振り返って、
「おはよう桜──って……」
そして、絶句した。
恐る恐る、尋ねる。
「……桜、髪どうしたんだ?」
桜の髪は、いつもの薄紫色ではなかった。艶やかな漆黒である。
「ああ、これですか?」
さら、と髪をかきあげながら、桜は小さく笑った。
「血液さらさらサプリメント飲んだらどうも間桐の血が弱まったみたいなんです。なんだか本来の髪に戻っちゃいましたっ」
「サプリに負けるのか、間桐の血。」
うわあと呻く士郎。
と、今度は縁側のほうからのろのろと足をひきずるようにして凛が現れる──
「ふぁ。おはよー」
「あ、姉さん姉さん、見てくださいよこれっ」
とてとてとやたら嬉しそうな表情で桜は近づいていく。が。
「……っ!?」
その姿を目に留め、凛はぎょっとした。
「えへへ、これで姉さんとお揃いですっ」
「はい却下―!」
叫びつつ凛は問答無用とばかりに桜の口に『がぽんっ!』と刻印蟲を押し込んだ。
「もがー!?」
暴れつつも、もぐもぐごくん、とそれを飲み干す桜。瞬間、ぺかっと光って髪の色が元に戻った。
彼女はけぷ、と息を吐いてから、
「ひどいです姉さん。どうして……」
うるうると目を潤ませ、両手を胸の前で組む。
「いやあっさり飲み込んだ事に関してはスルーでいいのか……?」
ぼんやりと後ろで士郎がぼやいていたりするのだが。
「どうして……?」
ゆらり──と。
寝起きも手伝ってか、より一層険しい表情、凛。
「……じゃあアンタはそれでいいの、桜……?」
その言葉は優しくすらあった。
「そ、それってどういう……」
戸惑う桜に、凛は。
「間桐の生活云々を否定するってことはアンタは言うなれば単なる『遠坂凛』の妹、それだけのキャラになるってコトよ。確かに楽な生き方よねでもそれって単なる出番がないってことよわかってるそこんところ? 遠坂桜は生まれてから偉大かつ華麗で素敵なな姉と一緒に魔術を習ってごくごく平穏に暮らしてます聖杯戦争なんて関係ありませんだってマスターになるのは姉さんであってわたしはただの部外者ですがんばってね姉さん私は適当にのほほんとうまい具合に人生過ごすから、とかそういうキャラよねそうねはいはいどうせ要領致命的なとこで悪いですよわたしは。そーよね確かにそれは楽な生き方だわそれは認めるわよでもね桜──そんなことになったら当然士郎との出会いもなくなるしアンタは一生モブ的なそれだけのキャラの成り果てるわ。そうね多分こんな感じになるんじゃないかしら。遠坂桜は学園に通ってる18歳以上。姉を追い抜けないコンプレックスを抱えつつも士郎のことが気になっていてでもなんだか姉さんと先輩の秘密抱えてるみたいでうらやましいしようし後つけちゃえ☆って二人とも何やってるんだろうとか言ってなんだかんだで巻き込まれる不幸キャ、ってきっちり話入ってきちゃってはいなんでもないはい忘れたー。えーとそれからあーあとついでに言えば髪の色はキャラにとって命だしいくら兄弟姉妹だからって安直に同じ色にしちゃ駄目なのよだってそんなことしたらぱっと見一緒になっちゃうしキャラを色で区別できなくなるしね、ああそうそうそれになりより一番大きなのは──」
そうして凛は、『ぽんっ』と桜の肩を叩いて、同情と憐憫と侮蔑と嘲笑すら込めて、
「当然専用ルートなんて、ないわよ?」
「あ、わたし間桐でいいですー」
完。