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「──……別れよう、遠坂」
しん──とその発言で場が静まり返った。
唐突と言えば唐突すぎた。部屋に入り、お茶をいれ、さてこれから次の講義に向けての対策を──と言う時。彼は呟いていた。
ロンドン。凛のアパートメントの一室には今、凛、士郎、ルヴィア、セイバーの四人がいる。
かちっ、と時計が時を刻む音で我に返ったのか、凛は『ばっ!』と手をふるい、叫んだ。
「って、なんでよっ!?」
「なんで、か……。そうだよな……」
士郎はひとり自嘲するようにして俯いた。
「……でもな遠坂。俺、もう駄目なんだ」
その眼差しはあまりにも真っ直ぐで。
凛は怒ることすら出来ず、ただ不安げに眉を寄せる。
「ずっと──ずっと我慢してたんだけど、駄目なんだ。もう……限界なんだよ、遠坂」
切実ですらあるその言葉に、凛はただ首を横に振る。納得できない、そう目で訴えながら。
「……本当? 本気なの、士郎……?」
「………………ごめん。」
士郎の言葉は、たったそれだけ。
それが、逆に、とても重い──。
「……そう」
呟く凛の声に感情の色はなかった。
そこにあるのは、ただ事実を、あるがままを受け入れた──、それだけ。
そう、ともう一度呟き、彼女は。
「でも、最後に聞かせて……? ……何で……?」
そろそろと。
傷つくのが分かっているというのに、──それでも凛はそう訊ねずにはいられなかった。
士郎は……無言のまま下を向いている。
が、それも数秒。
彼はやおら顔をあげると、
「だって……だってルヴィアさん、縦ロールじゃないか……」
──そう、辛そうに顔を歪めながら呟いた。
その言葉に凛は茫然として、すとんと表情が抜け落ちた。
「縦、ロール……?」
呟く凛の隣では、セイバーが辛そうに唇をきゅっと噛み、ふいっと視線を横へと向けた。
凛は、唸るように囁く。
「……どう言うこと? 士郎貴方、ツインテールが好きだって言ったじゃない──!」
途端厳しい顔つきで迫る凛に、士郎は静かに首を横に振った。
「好きだよ──いや、好きだった。……いや、違うな。今でももちろん好きだ。けど遠坂、」
「……やめて。聞きたくない」
ふいっ、と首を横に逸らし、凛は吐き捨てる。その唇が僅かに震えていた。士郎は俯いたまま続ける。
「違うんだ遠坂聞いてく──」
「聞きたくないって言ってるでしょうっ!?」
ばんっ!
床を叩き、凛が絶叫した。しかし士郎はひるまなかった。
「駄目だ。いいか遠坂、俺は……俺は、さ……」
震える言葉。逡巡するかのようなその瞳。ぽかんと口を開けたままの凛からそっと目を逸らし、士郎は胸の内を絞り出すようにして告げた。
「……気づいたんだ。気づいてしまったんだよ──ずっと……ずっと俺、ツインテールが最高だ、って。そう思ってた。でも、そうじゃなかった。──わかるか遠坂、人は変わる。変わってしまうんだ。これはもうどうしようもない事実なんだって──そう嫌ってほどに思い知らされたんだ──」
「士郎……」
うなされるかのように呟く凛。
士郎は顔を歪めながらも、拳を握り、叫ぶ──
「俺は──今の俺は、ツインテールも好きだけど、でもそれ以上に縦ロールが──好きなんだ……! 愛してるんだッ!」
その声は慟哭するかのように部屋に響く。
凛は最早何も言う言葉を持たないのか、ただ瞳を伏せているばかりである。
静寂の中──ふう、という嘆息が響いた。
見れば、ルヴィアは辛そうに目を細め、凛を見下ろしていた。勝ち誇るでもなく、蔑むでむなく。そこにあるのは、憐憫──
「もういいでしょう、リン……? ──ほら、いきますわよシェロ」
言うなり、そっと背を押しルヴィアは部屋から出ていこうとする──
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
慌てて凛が叫んだ。
ちらり、と横目だけで振り返るルヴィア。
士郎もまた不安そうに凛を見つめている。
(……凛、わかっているとは思いますが)
心配そうにセイバーがこっそりと耳打ちをしてくる。こくり──と真剣な眼差しで頷き、凛はゆっくりと口を開く……
「わ……わたしも」
逡巡に一瞬瞳が揺れる。が、彼女はきっと視線を鋭くすると、
「わたしも縦ロールにするわよっ!」
「凛、それは駄目だ。貴女はツインテールでなければならない。それはもう決まりきったことなのです」
諭すような口調で告げたのは、仲間であるはずのセイバーだった。ふるふる、と。悲しそうな瞳で見つめてくる。士郎もまたそれに続いた。
「そうだぞ遠坂。何恐ろしいコト言ってるんだ。世界の法則を崩す気か?」
「全くですわね。無茶にもほどがありますわ。己の器量も知らずによくもまあそんなことを……」
はあ──と心底呆れたように呟くルヴィアを恨めしそうに見据え、
「じ、じゃあ」
凛はうなだれつつ、吐き出すようにして呻いた。その拳はぐっと強く握りしめられている──。
「じゃあ──どうすればいいのよ……」
「いや、それは……」
言葉に詰まる士郎。
ルヴィアは何も言わず、嘆息している。
と、ふいに『きらーん』と目を輝かせたのはセイバーだった。
「……そうですね、では凛、このようなものはどうでしょう──」
言うなり、こそこそと凛へと耳打ちする。
ふんふんと頷く凛を尻目に、ルヴィアは嘆息ひとつして士郎の背中を押した。
「ささ、シェロ、参りましょう?」
「待ちなさい!」
再び呼び止められ、ルヴィアはうんざりした表情を隠しもせずに振り返った。
「まだ何か……?」
「士郎、私は!」
ルヴィアの声には耳も貸さず、凛はただ士郎だけを見つめて、『ばっ!』と手を振りはらい、
「──ツイン縦ロールにするっ!」
「愛の奴隷と呼んでくれハニー」
完。