花子ゼリッタ

 

 

 

「大体あれよね。ルヴィアゼリッタって名前長いわよね」

 時計塔に程近いオープンカフェ。サーモンマリネのサンドイッチにかぶり付きつつ凛が呟いた。

「そうだな。8文字は正直きついよな」

 少し焦げ付きすぎた感のあるピッツァにタバスコを振りかけつつ、士郎。うんうんと頷きながら凛が続ける。

「ヴィ、の発音難しいし。ゼリ、ってとこでもよく噛みそうになるのよねー」

 やれやれ、と肩を竦め、そして凛は。

「ってわけで、アンタ今日から、えーと、花子ね花子!」

「いい度胸ですわね、でこぼこバカップル……?」

 そして。その向かいに座ってスコーンをかじっていたルヴィアゼリッタは、肩をわななかせながらそう呻いた。

「誰がでこぼかってーのよ花子」
「だから誰が花子ですかっ!?」

『ばんっ!』と机を叩き、ルヴィアは絶叫する。

 だがしかし、凛はひるんだ様子もなくその目を細めると、 

「ふうん、そう……アンタ、その発言全世界にいる花子さん全員を敵に回すってことととらえていいのかしら……?」

 ルヴィアは慌てて首を横に振った。

「そ、そうではありません! 大体ひとの名前を勝手に変えるなどと──」

「あら、ニックネームみたいなもんじゃない。ジョナサンだったらジョンとか。エリザベスだったらリズベスとか」

 難しく考える必要はないわよ、と凛はぴこぴことスプーンを振る。そうだな、と士郎もまた頷いて、

「眼鏡でおさげならいいんちょとかな?」

「いえ、それはなんか違いませんか」

 半眼で呻くルヴィアの呟きは二人には聞こえていないようだった。

「で、ルヴィアゼっぽい名前は──」

『──花子。』

 二人して、揃って告げる。そして。

「えいっ。」

 半眼のままルヴィアはタバスコの瓶をひっつかみ、無造作に凛の目めがけて振り切った。

「ああああああああああああああああっ!?」

 のたうち回る凛に慌てて士郎が駆け寄る。

「ああ遠坂そんな無残な姿に、……くっ──ルヴィアさん、花子の一体何が不満なんだ?」

「今きっぱりと愛称で呼んでるのに変えられようとしてることに決まってるでしょうっ!?」

「いいじゃない。マンネリ化を防ぐのは色々と大事なんだからね?」

 と、もう復活したのか、凛がすっくと立ち上がりそう言い切る。ひくり、と口元を引きつらせ──だがそれでも平静を保ちながら、ルヴィアは。

「いいでしょう。そこまで言うなら──リン、シェロ。あなたたちも変えなさい。いいですわね?」

「いやよめんどくさい」

 凛はさらりと流した。

ああ、とぽんと手を打って、

「あ、じゃあ8文字ってのがいけないんだから」

「いけないのですかっ!?」

 喚くルヴィアの声はやはり二人には届かないようだった。士郎はぴっと指を立てて、

「そうだな。じゃあルヴィでどうかな」

「だめよ。ラヴィと似てるでしょ。色々危険だわ」

 凛はかぶりを振った。

「む、それもそうか。じゅああもういっそルでどうかな」

「それもだめ。るーとかぶるもの」

 首を縦に振らない凛に、士郎はさらに提案する。

「じゃあ意表をついてアゼリ」

「アザリーとなんか似てるから却下」

「……リッタとか」

「ごめん何も思い浮かばなかったわ」

「謝るのはそこじゃありませんわっ!?」

 と、ようやく二人の会話に割って入り、ルヴィアが喚いた。

「そうね……じゃあくっつけて花子ゼリッタ──」

 そこまで呟いてから──うーん、と凛は考え込んだ。

「っていうのも長いしなあ……」

 頭を抱える凛に、士郎が提案する。

「じゃあ途中で切るって言うのはどうだ。ハナコゼ、とか」

 凛はぱっと顔を輝かせた。それ採用ね、と言い切り、くるりとルヴィアへと向き直る──

「あ、それいいわね。じゃあルヴィア、アンタ今日からハナコゼね?」

 そして。満面の笑顔で言い切る凛に、ルヴィアは半眼で、

「……題が花子ゼリッタなのにですか?」

『ぎゃふん。』

完。








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