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後後後後後日談。
1.
「ええと──カレン? 遠慮って言葉は知ってるかしら?」
うふふふふ──、と凛は笑う。こめかみに一筋、血管を浮き上がらせて。
「ええ、勿論ですよ凛さん。貴女に足りないものでしょう?」
くすり──、とカレンもまた微笑む。瞳の中に底冷えする光を押しとどめて。
『……………………。』
沈黙のまま、二人が睨み合う──
衛宮邸の居間は、数日前よりも少しばかり狭くなり──そして賑やかになっていた。昼前、あと幾許かの時が経てば正午になるという時間。普段ならばのんびりとした空気が漂っているはずの屋敷の中心部分では、今やぎすぎすとした空気が漂い始めていた。
「……前にも言ったと思うけど、ここは駄目」
ぐっ、と感情を押しとどめた声でもって、凛が反論を許さない口調で断言する。
「何故です。明確な理由が提示されていませんが」
そして無表情のまま、凛の真正面に座ったシスターはその空気をあっさりと無視して言い返した。
机の上には、一枚の紙。ボールペンで乱雑に書かれたそれは、どうやら屋敷の見取り図のようだった。そしてカレンが指し示しているのは──士郎の部屋の隣だった。
凛は『だんっ!』と机を叩いて声を荒らげた。
「そういう決まりなのっ! とにかく士郎の隣の部屋なんて認めないんだからねっ!」
「空いているのでしょう? 別に凛さんの部屋を下さいなどと言っているわけでもなし。誰が損をするわけでもなし。いいではありませんか」
カレンが冷静に言い返す毎に、凛の語調が荒くなる。彼女は拳を握り締めると、があーと叫んだ。
「却下よ却下! 絶対何かやらかしそうだものっ」
言って、それで話は終わりとばかりにぷいとそっぽを向く。
その様子をカレンは静かに観察していたが──数秒の後、図面に視線を落しつつ、ぼそりと呟いた。
「やらかす。一体何をでしょう」
「そっ……それは──」
うぐ、と言葉に詰まり、助けを求めるように桜を見ると、彼女は真剣な眼差しで、ぐぐっと手を握りながら、
「よ、夜這いとかでしょうかっ」
「……なるほど。つまり私が衛宮士郎の寝床に忍び込み、何やら色々やってしまう、と。そう言うことですか」
冷静に繰り返すカレン。
「そうね」
頷く凛に、カレンは考え込むように静かに目を閉じた。そして。
「……それはそれでありかもしれませんね」
『待て。』
一斉に突っ込む士郎たち。
「まあ、私も似たようなことをやられたことですし。そのお返しと言うことになるのでしょうか」
「だから、やってないだろ!?」
しれっと言い切るカレンに、たまらず士郎は叫び──そして、疲れたように嘆息。かくりと頭を垂れ、ぼりぼりと頭を掻いて、周囲を見渡す──凛、カレン、桜、セイバー、そしてバゼット。士郎を含めれば六人。それが現在居間にいる人数だった。
「せ、先輩? 先輩はどうなんですか?」
焦ったように凛とカレンと士郎の顔を見比べながら、桜が尋ねている。
そうだなー、と士郎はゆっくりと続けた。
「え? えーと、そうだよな。まあほらアンタさ、部屋は他にも空いてるんだからさ。何もここでなくてもいいんじゃない?」
「──あら、まるで厄介払いでもするような口調」
驚いているのかどうかかなり微妙な変化ではあるが、それでもわずかに目を丸くしているカレン。
「あ、悪い。癇に障った?」
「そうですね。そういうことになるかもしれません。まあ──、」
そこで言葉を区切り、カレンはぼんやりと士郎の姿を見つめる。居心地悪そうに肩を竦めて士郎は口を尖らせた。
「────? 何だよ、じろじろ見て」
「いえ。その口調に不満があるわけではありませんので。むしろもっと口汚くてもいいくらいですね」
「……いや、ええとさ」
どう答えたらいいのかわからないのか、冷や汗を垂らす士郎。
カレンは眠たげな眼差しのまま手を組むと、小首をかしげながら囁いた。
「いえ、大したことでは。ただ──先日はカレン、と名前で呼んでいただいたはずですが、それはもう止めてしまうのですか?」
「……ええとな、カレン」
士郎はだらだらと汗をかいて呻く。
「はい、士郎さん」
「何か、俺に恨みでもあるのか……?」
顔を引きつらせながら尋ねる士郎の背後で──ゆらり、と二つの影が蠢く。
「いえ、特には」
そうか、と士郎が頷きつつ、なんとか逃げようとしているのか、じりじりと体をずらしている。
「うん、でもなカレンちょっと覚えておいてほしいんだ。ええとつまり、ここでそういう言いかっ、言い方をすると──」
がしっ。
ふいに、士郎の両肩が掴まれた。
「多分きっと俺に色んなもんが降りかかるから勘弁してくれ……」
その時点でもう諦めたのか、士郎はしくしくと目の幅涙を流しながら、がっくりとうな垂れる。
「衛宮くん? ちょーっといいかしら」
あくまでも笑顔で尋ねたのは、右肩を掴んでいる凛だった。
「先輩? 先ほどの件についてじっくりねっとりお聞きしたいんですが?」
妙に迫力のある声で笑っているのは、左肩を掴んでいる桜である。
「い、いやえーとえーとっ!」
士郎は喚きつつ視線を左右へと動かし──、そこでぼんやりと事態を眺めているバゼットに目を止めた。慌てて尋ねる。
「そうだ、バゼット! アンタは何か希望とかあるかっ?」
いきなり話を振られてバゼットは途惑っているようだったが、それでも士郎の目を見返すと、しっかりと返答した。
「は? いえ、特にありませんが。屋根があって寝れれば問題ないでしょう?」
「……そ、そうか」
「ふむ。やはり穿った意見ではありますが」
と、何やら感心しているセイバーを他所に、士郎は図面の一点を指し示した。
「じゃあ……そうだな、ここでもいいか?」
その際さりげなく体を揺らして、肩に置かれた手から身を離しているのだが。
「ええ、それでお願いします」
小さく笑い、バゼットが頷く。ほっと息を吐きながら、士郎はそうか、と頷いた。
「シロウ、部屋割りもいいのですが、そろそろ昼食時かと」
と、会話が途切れた隙にすかさず言葉を挟んだのはセイバーだった。
「え──あ、ほんとだ。もうこんな時間か」
時計の長針は、ちょうど12を指していた。
あからさまにほっとした表情を浮かべつつ、よっこらせ、と立ち上がり、士郎は図面を手に取った。
「じゃあまあ、とりあえずこれはここまでにしよう。──で、次。昼飯なんだけど、何かリクエストのある人は──」
刹那。
「シロウの作った炒飯がいいです」「パスタなんてどう?」「お腹にたまるものでお願いしたいですね」「味が濃ければ特に何でも」「サンドイッチなんてどうですか?」
その場にいた全員が、一斉に口を開いた。
士郎は一瞬たじろいたが、そうか、と頷いてみせた。
「……よし、じゃあ間を取って蕎麦にしよう。あ、でもこの前藤ねえが置いていったジャガイモがあったんだよなあ──って……」
背後からの不満げな視線を無視しつつ、士郎はキッチンへと向かい──
「────あ。」
そして、ぴたりと動きを止めた。
2.
「と言うわけで」
どん、と机の上に山盛りの蕎麦が入った器を置きながら、士郎は眉を潜めて呻いた。
「どの部屋がいいとか言う以前に重要な問題があったのを思い出したんだ」
「何よ」
摩り下ろした山葵をちょんと箸で摘まみつつ尋ねてくる凛に、士郎は半眼で、
「藤ねえだ」
「……あー」
その一言で凛は納得したようだった。曖昧な笑顔を浮かべてみせる.
「そうですねえ。いきなり二人増えたなんて聞いたら絶対反対しますよね」
薄切りジャガイモの天麩羅を一切れ摘まみ、桜はうーんと唸る。
「む。何でしょう。そのフジネエと言うのは」
聞きとがめたのか、士郎にきりりと眼差しを送るのは──、先ほどまでセイバーに蕎麦についてのレクチャーを受けていたバゼット。
「うん、俺の姉貴みたいな人と言うか何と言うかさ。学校では教師やっているんだけど、色々と世話になっていると言うか世話していると言うか。あとタイガーって言ったら怒るから気をつけろ」
ぱぱっと簡単に説明をする士郎に続いて、桜がぱんと手を打つ。
「そうですね。この家に住むんなら、まず藤村先生に言わないと駄目ですねっ。何しろ家主の先輩の保護者ですからっ」
「え、そう? わたしとかセイバーの時は確かごり押しで──って、」
はっ──と。
そこまで呟いてから、凛は口をつぐんだ。一瞬、ちらりと桜のほうを横目でちらりと見る。それに気づいたのか、真剣な顔でこくりと頷く妹。そして姉はぱっと表情を切り替えると、妙に明るい声で、
「ああ、そうね、そうだった。うんうん、やっぱり許可は必要よね。ね、士郎?」
ぎゅむっ。
机の下、カレンたちからは見えない角度で士郎の足を抓りつつ、凛は笑顔で尋ねる。
「あ、ああ、そう──かもな?」
口元をひきつらせながらも士郎が同意するのを確認してから、よし、と凛は手を離す。
「──ふむ」
顎に手を当て、真剣な顔で考え込んだのはバゼットだった。
「なるほど。話を聞く限りはかなりの影響力をもった人物のようですね」
「そのようね。なかなかに厄介のようです」
どぽん、と山葵の塊を豪快につゆの中に放り込みつつ、カレンもまた同意する。
「では、つまり」
ぎらり──、と。
バゼットの瞳が輝いた。そして彼女は一片の迷いもなく、
「そのフジネエとやらを倒せばいい、と。そう言うことですね?」
『…………………え?』
3.
「ただいまー。士郎、おなかすいたよー」
呑気な声と共に衛宮邸の玄関が開いたのは、夕暮れのことだった。
「久しぶりのー、士郎のごはんーっ」
鼻歌を歌いつつ、大河は手早く靴を脱ぎ捨て、廊下へと上がり、ぺたぺたと歩き出す──
「士郎、今日のメニューはなにかなーっ?」
満面の笑顔と共に大河は居間へと通じる襖を開き──
「………あれ?」
そこで、きょとんと目をしばたいた。
「お、お帰りなさい、タイガ」
居間にいたのはセイバーだけだった。正座をして、手に湯呑みを持って大河のほうを振り向いている。その頬がわずかに引きつっているようだが。
「うん、あれ、セイバーちゃん、士郎は?」
尋ねつつ無造作に傍に寄って来る大河に、セイバーはさらに顔を引きつらせる──
「え、ええと、その……。何と言うか──非常に、説明し辛い」
なんとかそこまで捻り出して、ぷいとテレビの方を向く。が、その時点でようやくテレビのスイッチが入っていないことに気づいたのか、彼女は慌ててリモコンに手を伸ばして電源を付けた。
「……んー?」
訝しげに首を捻り、大河は再び立ち上がる。その様子を見てセイバーが慌てて声をかけた。
「タ、タイガ、どちらに?」
「えー、だってなんか変じゃない」
あっさりと大河は呟き、きょろきょろと周囲を見渡している──
「そ、そんなことはありません。いたって普通にいつも通りかと」
慌ててセイバーが抗弁する──が、どう考えてもそれは逆効果だった。しまった、と口をつぐむがもう遅い──大河はんー? と体を折り曲げてセイバーの顔を覗きこむと、
「ねえセイバーちゃん。士郎はどこにいったのかなー?」
ぷいっ。
視線を思い切り逸らしつつ、セイバーは曖昧に笑う。
「さ、さあ。私は知りませんが」
「んー?」
猫科の動物を思わせるような眼差しで『じーっ』と大河はしばらくセイバーを観察していたが、やがてあっさりと体を離すと、くるりとチッキンの方へと向かった。
「士郎、いるー?」
言いつつ覗き込むが、誰の姿もない。
あれー、と呻いて大河は次に縁側へと通じる襖を開け──、
そして、そこで硬直した。
「……し、士郎?」
ぽかーん、と口を開けたまま、呻く。
「…………むが。」
返事は、やけにくぐもっていた。
庭の中央には、何故かロープでぐるぐる巻きにされ、あまつさえ猿ぐつわまで噛まされている士郎が転がっていた。
「って、士郎―!?」
『くわっ!』と目を見開きつつ、大河が慌てて士郎の元へと駆け寄った。ロープをほどこうとするが、思った以上に硬く結ばれているのか、なかなか緩まる気配はない。仕方ないので先に猿ぐつわをなんとかしようと、士郎の口からハンカチをずらす──
ぷはっ、と士郎が息継ぎをするのを確認してから、完全に混乱した口調でわたわたと大河は喚く。
「ちょっと士郎、どうしたのよ。え、なになになによこの状況―!? ま、まさか強盗? あれ、でもそれならセイバーちゃんが平然とお茶飲んでるってのも変だし──」
「…………げ、ろ……」
擦れた声が、士郎の喉から零れた。
「へ?」
聞き返す大河に、士郎は声を張り上げる──
「いいから逃げろ藤ねえ──!」
その声と共に──大河の背後が、『ゆら……っ』と揺れた。
「え?」
間の抜けた声があげながらも、大河は背後を振り返り──
そこにいたのは、二つの影。爛々と目を輝かせ──ひとりは拳を握り、もう一人は赤い布を掲げている。
言うまでもないが、バゼットとカレンである。
「ふっ……」
拳を握った影が、笑った──ような気がした。
そして。
「隙あり──死ねええええっ!」
ずがんっ!
問答無用で放たれた一撃を、しかし大河は咄嗟のところで回避する!
「な、なんなのよー!?」
喚きつつも、ファイティングポーズを取る大河。
ぱらり……
亀裂の入った地面から拳を引き抜きつつ、影の一人──バゼットは口惜しそうに首を振った。
「成る程。今の一撃を避けますか。さすが衛宮邸最強の虎と呼ばれることだけのことはある──が」
ちらり、とカレンの方を向く。それだけで用は事足りたのか、カレンは静かに頷くと一歩を踏み出した。赤い布が瞬いた、その刹那。
ひゃばあ──っ!
一瞬にして大河の体に聖骸布が巻きつき・拘束する──!
「へ? って何よ、何なのよー!?」
何が起こったのか理解出来ないのか、大河はただ混乱したような声を張り上げている。
男性に対してのような絶対的拘束力はないが、ただの布として拘束するくらいならわけもない。カレンは手首を巧みに操りつつ、ふふ、と笑う。
「さあ、これでチェックメイトですね?」
「ってちょっと士郎どうなってんのよー!?」
喚く大河にやたら疲れた眼差しを向けつつ、士郎はなんとかロープから抜け出した。顔をしかめながら、立ち上がる。
「二人とも、そこまでだ。もしこれ以上藤ねえに何かするって言うんなら、ただじゃおかないからな──」
静かな、だがそれだけに凄みのある口調だった。
『……………………。』
カレンとバゼットは一瞬目を合わせ、そして。
ひゅんっ!
先に動いたのはカレンだった。手首を操り、大河を自分の背後へと移動させる。彼女は微笑を浮かべると、
「大丈夫ですか、フジネエさん。危ないところでしたが、もう安心してください。あそこの悪漢からはこの私カレン・オルテンシアが、カレン・オルテンシアが守りましょう」
きっぱりと言い切った。
「裏切ったし……」
ぼんやりと士郎が呻いているのだが。
「ふふ──ふふふふふ。一体何のつもりです、カレン?」
声を震わせて尋ねるバゼットに、しかしカレンはきっぱりと、
「悪に話すことなどありませんよ」
「え、ええええ?」
大河は状況が飲み込めないのか、目を白黒とさせるばかりである。一方バゼットはぴくりとこめかみを引きつらせるが、それだけだった。ふ、と深く息を吐き出し、笑う。
「成る程、そういうことですか。いい度胸ですね。ああ、そうだ──実にいい度胸だ。いいでしょうカレン──ならばその身をもって償いなさい……っ!」
言うなりバゼットが地面を蹴り上げる!
「ちょ、ちょっとちょっと、何よこれー!?」
うわーん、と悲鳴をあげる大河。
「ああもう、なんでこうなるんだ──!?」
頭を抱えつつ、士郎もまた駆け出す。
「シロウ、剣を──!」
居間から叫んでいるのはセイバー。恐らく自分に剣を投影して渡せといっているのだろうが──
(剣──そうか!)
投影、開始──口早に呪文を囁き、士郎は両手に同じ剣を二本生み出した。いや、剣と言うほどに物騒な代物ではない。士郎は頷くと、その一本をセイバーに向かって放り投げる!
「はっ!」
空中でそれを掴み、さらにその動きを殺すことなく疾走し、セイバーがバゼットへと追いつき──
ばしんっ!
バゼットの拳は、カレンに当たる直前で受け止められていた。
「な──!?」
驚愕に目を見張るバゼット。
受け止めたのは、セイバーの持つ剣。確かに剣と言えなくもない。言えなくもないのだが──
「……なるほど。これなら受け止めて怪我をさせることもない」
セイバーが感心したように目を丸くする。
バゼットの拳を受け止めたのは、竹刀だった。虎のストラップのついた竹刀である。
──ぱ、しっ。
三人の頭上で、乾いた音が響いた。
『……ん?』
揃って、上を見上げる。
そこには、もう一本の竹刀を受け取った大河が、手を伸ばした体勢のまま満面の笑顔を浮かべており──
「いいかげんに、」
その剣筋が、刹那、閃いて──
「しなさーい!」
すぱぱーん!
夕暮れの中、軽快な炸裂音が庭に響き渡った──
4.
「全くもう、何がどうなってるのよ」
むー、と頬を膨らませているのは大河である。
「全くですね」
しれっと涼しい顔をして同意したのは、凛だった。
居間には、先ほどの五人に加え、いつの間にか戻ってきたのか、凛と桜の姿もあった。
「……遠坂?」
ジト目で唸る士郎に爽やかに微笑みかけ、凛は首をかしげる。
「あら衛宮くん、どうかしたの?」
「いや、色々言いたいことはあるけどな。それ以前にお前今までどこにいたんだ……?」
顔を近づけ、ひそひそ声で尋ねてくる士郎から、さっと目を逸らしつつ、
「え、どこって離れよ。士郎を囮にしましょうって辺りから、あーこれはまずいって思って桜と二人で」
「要するに、見捨てたんだよな?」
低く唸る士郎から、凛はじりっと身を離す。
「……ま、まあそうと言えなくもないかもしれない、かしらね……?」
「先輩、違うんです、姉さんは悪くないんです」
くいっと士郎の服の袖を引っ張り、桜が懇願するような眼差しで告げた。
「──桜」
桜は両手を組むと、嘆くような口調でぶんぶかと首を振って続ける──
「確かに逃げようとか、先輩のことは忘れないわだってわたしたちの思い出の中で生きるんだものとか色々きっぱりはっきり言ってましたけど、でも、それも全部わたしを守るためで!」
「遠坂、あの部屋没収な?」
はっはっは、と笑いながら士郎が宣告する。
「ちょっとー!?」
たまらず叫ぶが、士郎は笑って取り合おうとしない──
「で、士郎」
──と。
にこやかに。どこまでもにこやかに大河は士郎へと声をかけた。
「な、なにさ」
「この人たちは?」
びっ、と指で二人を指し示す。
「えーっと──」
士郎が言葉に迷っている間に、カレンがずいっと身を乗り出した。両手を胸の前で組みつつ、きらきらと瞳を輝かせる。
「カレン・オルテンシアです。泊めてください」
「直球!?」
それを見たバゼットも、慌てて続く。
「バゼットです。ボディーガードもやりますので私のほうを!」
「……落ち着きなさい」
はあ──と嘆息して、大河は頭を抱えた。
「そして逃げるんじゃない」
「ぐえ」
さりげなくキッチンへと向かおうとしていた士郎の襟首をむんずと掴む。
「ふ、藤ねえ……?」
恐る恐る、尋ねる。
が、大河はそれには顔をあげず、なにやらぶつぶつと呟いている……
「桜ちゃん、遠坂さん。セイバーちゃんに、最近はライダーさんまで……ここまで来たらもう言い逃れのしようもないわよね? ──ねえ士郎? お姉ちゃんは、士郎をそんな子に育てたつもりはないんだけどなあ?」
「い──いや待てって藤ねえ。絶対何か勘違いしてるだろ……」
ふるふると首を振り、士郎は呻く。
「んー? 勘違いってどんなのかなー?」
にこにこと笑いながら、大河は続ける──。
「士郎ー? お姉ちゃん、士郎の口からきちっと聞きたいなー?」
──この時点で。
「………………………はい。」
士郎に残された選択肢は、頷くことだけだった。
5.
「────と、言う訳なんだ」
そこまで言ってから──士郎はふう、と息をついた。
かち、かち、かち、かち……
時計の音が、やけに大きな音をたてて響く。
下手に偽の経歴を語って突っ込まれるよりは──と言うことで、説明は士郎の知っている限りのことを事実そのままに話していた。ただし、魔術関連のことは覗いて、ではあるが。
「…………。」
大河は腕を組んで考え込むような仕草のまま、動こうとしない──
「……藤ねえ?」
不安になったのか、恐る恐る士郎が声をかける。
すると大河は『かっ!』と目を見開き、『ぶわわっ!』と涙を流して、
「……泊めてあげなさい、士郎!」
──言い切った。
『何い!?』
士郎たちの叫びをよそに、大河は瞳をやけに少女漫画チックにきらきらと輝かせると、
「だって可愛そうじゃない! バゼットさんなんか特にそうよ! 仕事で日本に来たのはいいけど協力者の裏切りに合って、瀕死の重傷を負って。ついでに恋人まで寝取られて! それ以後半年間入院して、この度復帰したのはいいけど、職が見つからない、なんて……」
そこまで一息でしゃべってから、大河はふるふると首を横に振った。
「──彼女が悪いんじゃないの。冷たい世間が悪いのよ! 不況が! 世間の荒波がー! 」
「いや、意味わかんないからさ、それ」
げんなりと呻く士郎。
「あ、あと恋人云々と言うのは違うのですが……」
顔を真っ赤にしたままぼそぼそとバゼットが呟いているが、誰も取り合ってはいなかった。
頬を引きつらせながら、凛は続けて質問した。
「で、でも、カレンはどうなるんです?」
えー、と大河はあっさりと、
「だって教会壊したの、セイバーちゃんなんでしょう? それならうちで責任もって住居を提供するのが筋ってもんじゃない」
「……………………うう」
セイバーが縮こまりながら呻いている。その肩をぽんぽんと叩いて、士郎がなんとか慰めようとしているのだが。
「と、言うわけで」
どん──!
机を叩いて、大河はぐるりと全員の顔を見渡した。
「いいわね、士郎!」
「え……ええと……」
それでもなんとか抵抗しようとしている凛の肩に、ぽん、と手を置きつつ。
「…………………………はい……」
静かに涙しながら──士郎はそう呟き、頷いた。
6.
「と言う訳ですので、どうやらここが空き部屋になったようですので私はここと言うことで」
びっ、とカレンが指し示したのは離れの凛の部屋だった。
だんっ、と机を叩いてすかさず凛が抗議する──
「って、ちょっと待ちなさいよ、何がどうなって空いてることになったのよっ!?」
その言葉にカレンはきらりと瞳を輝かせつつ告げる。
「先ほど士郎がそう言っていましたが」
「し、士郎……?」
助けを求めるような凛の声に、士郎は爽やかに笑いつつ、
「あ、俺はその問題ノータッチだから」
「ああああっ、まだ怒ってるー!?」
頭を抱えて絶叫する凛の横ではバゼットが桜にこそこそと相談している──
「そうですね、では私は昼間に言っていたところで結構ですので。ああちなみに家賃はどのくらいいれればいいのでしょうか? 相場がよくわからないのですが……」
「うーん、そうですねえ。どのくらいなんでしょう、セイバーさん?」
にっこりと笑いながら、桜はセイバーに向かって首をかしげる。セイバーは『びくっ!』と体を震わせると、
「はいっ!? え、えええええと、どのくらい──なんでしょう、か……?」
言葉の最後のほうは、擦れるようなくらいの声量だった。
「うふふふふ。さあ、どのくらいなんでしょうねー?」
「…………ううううううう」
にこにこと笑う桜。縮こまるセイバー。そしてバゼットは無造作にアタッシュケースを取りだすと、
「そうですね。ではひとまず頭金として100万ほどで足りますか?」
桜はバゼットの言葉に一瞬ぽかんと口を開けるが、
「ひゃくって──あ、はいっ。あ、あと食費と光熱費と水道代も入れてくれると色々と優遇しちゃいますよね、先輩っ?」
それでもすぐに取り直して、満面の笑顔を浮かべている──
その会話の内容はさすがに聞き咎めたのか、士郎は半眼で、
「……いや、勘弁してやれ。なんだかその理論でいくとセイバーとかがおかわり出来ないような感じになりそうだし」
「シロウ!? やはり三杯目はそっと出すべきですかー!?」
『がーん』とショックを受けたように体を縮こませて絶叫するセイバー。
「……ふむ。これは一体」
そして。入り口を開けたままぼんやりと呟いたのは、ライダーだった。
「ああ、お帰りライダー。今日はバイトだったんだっけ?」
士郎が気づき、苦笑しながら近寄っていく。
ライダーは冷静な口調で、士郎を見据えて尋ねる。
「ええ、そうですが。……それにしても何事ですか、これは」
「ああ、いや、なんだか正式に二人がうちの居候になりそうなんだ」
「そうですか」
それだけを呟き、ライダーは桜の隣に腰掛けた。
「……まずかったか?」
「いえ、私個人としては特に。しかし──」
「……?」
言葉途中で区切ったライダーを、士郎は見返す。
そのことにわずかに表情を緩めつつ、ライダーは、大したことではないのですが──と続けた。
「いえ。ただ、賑やかになりそうでは──ありますね」
「──ああ、そうだな」
今度こそ完全に苦笑して、士郎もまた居間を見渡す──
──窓の外では、太陽がゆっくりと沈みつつあった。