後後後後後後日談。

 

 

 

1.

 

「と言うわけで、お掃除しちゃいましょう」

 ぱん、と手を合わせて朗らかに笑っているのは、桜だった。

『…………………』

 そしてすかさず、衛宮邸の居間は沈黙に包まれた。凛、セイバー、バゼット、カレン、そして士郎──誰もが何も発することなく、さっとさりげなく桜から視線を外している。

「…………。」

「姉さん。お掃除ですよー?」

 桜がターゲットに選んだのは、自分の隣に座っていた凛だった。ぐっと身をのりだして、にこにこと笑ったまま顔を覗きこむ。凛はそれでも視線をそらし、抵抗を続けていたのだが──やがて観念したのか、しかめっ面をしたまま吐き捨てた。

「あーもう聞こえてるから回り込むんじゃない!」

「いえ、返事が無いから聞こえてないのかなあと思いまして」

 しれっと言う桜に、凛は半眼で呻く。

「アンタほんっとしぶとくなったわよね」

「はいっ。なんだか最近、普通に生活しているだけで色々と学ぶことが多いんです。不思議ですよね」

 一片の邪気も感じさせない笑顔を浮かべて言い切る桜。カレンとバゼットはあくまで無反応を貫き通しているのだが。

 凛はぱたぱたと手を振ってみせると、面倒くさそうに顔をしかめてみせた。

「あーはいはい、わかったわよ。で、何なのよいきなり。掃除なら毎日やってるじゃない」

「主にセイバーとか俺がだけどな?」

 ぽつりと呟く士郎。その横ではセイバーがうんうんと頷いている。

「しょうがないでしょ。人には向き不向きってもんがあるのよっ」

 ぷい、とそっぽを向いて凛は言い切る。

 しかし、と腕を組んで唸ったのは、バゼット。

「それにしてもいきなりですね。何故そんなことを?」

「それはですねえ……」

 桜はうふふふふー、と笑いながら、小首をかしげて、

「居候さんが二人も増えたせいで色々と家具の配置を変える必要が出てきたからなんですよー?」

『……すみません。』

 即座に二人はうな垂れた。

 その言葉に反応したのは凛だった。何よそれ、と唸りつつ、さっと手を振る。

「って、そんなの本人にやらせればいいでしょ。部屋借りる身分なんだから」

「ええ、それはそうだとは思うんですけど。でも──」

 言って桜は、ちらりと二人に視線を送り、

「……ええとその。なんだか先輩の話を聞いてると、とても任せっぱなしには出来ないようなので……」

 苦笑する。

「士郎君? 一体どんなことを言ったのです? まるで我々に生活能力がないような言いっぷりのようですが」

 がっし。

 士郎の頭に手を置きながら、ずいっとバゼットが顔を近づけ、迫る。士郎はふいっと視線を逸らしながら、

「いや、俺は洋館のことを事実ありのまま言っただけだ──、って見てたらわかるだろ実際。なんか知らないけどやたら物壊すし」

「……そういえばバゼット来てからお皿結構減ったわよねえ……」

 ぼんやりと呻く凛に、そうなんですよ、と桜が嘆息混じりに同意する。バゼットは顔を赤らめながらも、

「……あ、あれはちょっと力加減がですねっ。それにきちんと弁償はしているのだからいいではありませんかっ」

「いいはずあるか、ばか。──うん、そうだな。じゃあ折角だし、本格的に大掃除でもするか。ちょうど人数も揃っていることだし、こういうのは早めにやっちゃうのがいいよな」

 うんうんと頷く士郎の横で、桜がにっこりと凛に呼びかける。

「はいっ。姉さんも自分の部屋いい加減かたづけてくださいね?」

「……やろうとしてはいるのよ、やろうとはっ」

 ぷい、と横を向きつつ、ぼそぼそと唸る凛。

「あれで、ですか……?」

 ぼんやりと呻いたのはセイバーだった。

「樹海だよなあ、あれ……」

 続けて同意する士郎に、凛はにっこりと笑いかけながら、

「あら、なら衛宮くんが片付けてくれるのかしら?」

「そうしようとしたらしたで怒るだろ。乙女の部屋を漁るなとかなんとか。この前もなんだか色々あったしな」

 あれは参った、と呟く士郎に、凛は顔を赤らめて、ぼそぼそと呟く。

「あ、あれはっ。士郎がいきなり変なの探り当てるからでしょっ?」

「変なの。なんでしょう。口に出しても平気なものですか?」

 きらりと目を輝かせつつカレンが、割ってはいる。

「あっははは。一体どんなの想像してるのかしらカレンー? ただの下着なんだけど?」

「そうですか。私はまた破廉恥で低俗かつ卑猥なものかと」

 カレンはしれっと言い切った。

 凛は魔術刻印を輝かせながら、

「あっはっは。えーと、歯を食いしばってそこに立ちなさいアンタ」

「お断りします」

 素早く士郎の後ろに隠れるカレン。このままではまずいと判断したのか、桜がまあまあ、と口を挟んだ。

「はいはい、姉さんが卑猥かどうかはともかくとしてですね」

「ちょっと!?」

 たまらず凛は叫ぶが、しかし桜はきっぱりと無視して、えへんと胸を張った。

「では早速分担を決めちゃいますっ」

「え。ちょっと本当にやるの?」

 嫌よめんどくさい、とはっきりと顔に浮かび上がらせながら、凛は聞き返す。

「嘘をついてもしょうがないじゃないですか。大丈夫、ちゃんと適材適所に割り振りますから。ね、先輩?」

 士郎はすかさず頷いて、

「ああ、そうだな。あ、ちなみにサボタージュなひとには今日は断食をしてもらうので、それなりの覚悟を持って逃げるように」

『……ちっ』

舌打ちしたのは、凛とカレンだった。

桜あの二人要チェックな、と士郎がすばやくアイコンタクトを送る。

はい先輩、大丈夫ですわかってますから、と桜もまた瞬時に返す。──この間、実に二秒。

「よし、と言うわけでやってくからな。ちなみに夕飯は一番頑張ったひとの意見を採用するから、皆そのつもりで」

 その言葉に、セイバーの目がきゅぴーんと光っている。

「なるほど」

 と、きらりと目を光らせつつ口を開いたのはカレンだった。祈るような仕草をしつつ、彼女は穏やかに笑うと、

「では皆さん、頑張ってくださいね?」

「いや、アンタもだからな?」

 すかさず士郎が告げる。しかしカレンは穏やかにかぶりを振ると、

「肉体労働は専門外なので。それに、適材適所と言うことでしたら私はここで掃除が無地に終わるように祈りを捧げているのが一番かと」

「いや、祈るとかはいいから働いてくれ」

「無理です。コップより重いものを持つと血を吐くと思われます」

「さんざん毎回毎回俺を引きずっといて何言ってるんだか……」

 半眼で唸る士郎。けろりとして肩をすくめるカレン。

「まあ、そう言うこともあったかもしれませんね」

その言葉に士郎はひくりと頬を引きつらせるが、ああもう、と唸って嘆息する。

「……はいはい。よしじゃあ配置決めるぞ。まずセイバーは──」

 かくて──

 突然の大掃除が、始まったのだった。






 

2.

 

「士郎―、ご飯食べにきたよー、って……」

「何の騒ぎなのかしら、これ」

 玄関が開いて顔を出したのは、大河とイリヤスフィールの二人だった。ちょうど廊下に出ていた士郎がそれに気づき、おう、と手をあげる。

「いらっしゃい藤ねえ。それにイリヤも」

「こんにちはシロウ。お邪魔するわ」

 ちょこんとスカートの裾を摘まみ、優雅に一礼。そしてイリヤスフィールは素早く靴を脱ぎ捨てると、

「と言うわけで──えいっ!」

 迷わず、士郎の元へと跳躍する──!

「だあああっ!?」

 ぼすん、となんとかイリヤスフィールの体を受け止め、士郎は大きく顔を引きつらせた。

「い、イリヤ? 危ないからこういう事は……」

「えへへ。そんなの知らないもーん」

 士郎の首にかじりつき、楽しそうに笑うイリヤスフィール。その様子を大河がむー、と汗をかきつつ眺めているのだが。

「しーろーうー?」

 恨めしげな唸り声が聞こえて、慌てて士郎は立ち上がった。それにつられてイリヤスフィールがぶら下がる。

「ちょっと士郎、これ何やってるのよう」

 靴を脱いで廊下にあがり、大河が尋ねた。士郎は手に持っていた雑巾を持ち上げて見せて、

「見ての通り大掃除だよ。よし、じゃあ藤ねえは風呂掃除を頼んだ。イリヤは──そうだな、じゃあ廊下の拭き掃除を頼んでいいか?」

 ぽん、と頭に手を置きながら、尋ねる。

「えー、何なのようそれ。折角の休みなのになんでそんなこと──」

「ちなみに今日の夕飯は一番がんばったひとの意見を採用することになってるんだ」

「ようし士郎、お姉ちゃん頑張っちゃうわよー!」

 そして今日は栗ご飯パーティーだからよろしくねー、と言って、大河が廊下を駆け抜けていく……

「お兄ちゃん、クリゴハンって?」

「ん? ああ、剥いた栗をご飯と一緒に炊くんだ。美味しいぞ。まあでも、藤ねえが勝った場合限定だけどな」

「……そうね。でも、頑張るなんて基準、随分曖昧よね? 皆きちんと仕事したらどうするのかしら。お兄ちゃんが全員分作るの?」

 イリヤスフィールの鋭い指摘に、士郎は苦笑した。

「う、気づかれたか。まあ、後は仕事量で決めようってことなんだけどな。だから実は、藤ねえの勝利はほとんどない」

 もう仕事始めてから二時間は経ってるしな、と士郎は呟いた。イリヤスフィールは顎に人差し指を当てると、

「ふうん、そうね。順当に行けばセイバーが勝つのかしら。──でも随分いきなりよね?」

「ああ、いや、そろそろ二人の部屋割りを使用ってことになって、それでついでだからやることになったんだけどな」

「ふうん。……あの二人、本当に居候になるんだ」

 ぼそり、と呟いてイリヤスフィールは顔をしかめる。

「ん、どうしたイリヤ」

「ううん、なんでもなーい」

 言って、イリヤスフィールはぱっと士郎から手を離した。すたすたと居間へと歩いていき──そしてぴたり、とふいに足を止める。

「────あ、そうだ」

「え、どうしたんだ?」

 聞き返す士郎に振り返ったイリヤスフィールは、くすりとからかうように小さく笑った。

「んー? 秘密よ、シロウ。後で教えてあげるっ」

 言って、ぱたぱたと廊下を駆け出していく……

「え。あ、おいイリヤー?」

「また後でねー」

 ひらひらと手を振り、イリヤは廊下を曲がり、姿が消える。

「あ、ああ」

 士郎もまた手を振りつつ、その姿を見送り──

「……………逃げられた……」

 ──そのことに士郎が気づいたのは、十秒ほど経過してからのことだった。

 

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

「全く、何故私がこんなことを」

 ぶつぶつと呟きながらハタキを振るっているのは、カレンだった。桜から借りたエプロンとマスクをいつもの服の上から着ているのだが、全くと言って良いほどに似合っていない。

「居候だからだと思いますよ」

 苦笑して冷静に指摘するバゼットも、アルマーニのスーツの上からエプロンを着けている。着替えたらよさそうなものだが。こちらは拭き掃除をやっているらしく、手には雑巾と拭きつけるタイプの洗剤が握られている。

「しかし」

 ちらり、とカレンはゴミ箱を眺め見た。そこには、すでに山盛りに残骸が積み重なっている。その中に入っているものの大半が、バゼットが力加減を誤って破壊したものだった。

「クラッシャーとは言いえて妙ですね」

「誰が破壊魔ですかっ!?」

 叫ぶバゼット。それと同時、みしめきばき、と音を立てて洗剤の容器が割れて中身がぼたぼたと床に零れ落ちる……

「バゼット、手、手―!」

 異変に気づいた士郎が、注意を促した。

「あああっ!?」

 バゼットは慌てて飛びずさると、手に付着した液体を振り払いながら、雑巾で床を掃除し始める。その様子を見下ろしながら、カレンはぽつりと一言、

「……不器用と言うか何と言うか。色々と苦労したのでしょうね」

「……それは、あれですか。ひょっとして哀れみとかそういう類のものですか、カレン」

 ぴくり、と手を止め、バゼットが低く尋ねる。

「ご安心を。主の愛は一様に注がれますので」

「………………………。」

 ぎり、と歯噛みする。そこに、ぱんぱんと手を打ちながら凛が口を挟んだ。

「はいはいそこまで。カレンもダメットも仲良くしろとは言わないけど無駄なことやってる時間なんてないんだからね。さっさと手を動かす!」

「は、はあ……」

 バゼットもしぶしぶ掃除を再開する──が。

「……待ってください。今何と?」

 ゆっくりと振り返り、尋ねるバゼット。わなわなと手が震えているのだが。

「え、何よ。なにか変なこと言った?」

 不思議そうに首をかしげる凛。その後ろのほうでは、つい今しがた凛が拭いていた襖の桟の部分じっと見つめているカレンがいた。彼女はわずかに目を細めると、人差し指を突き出し、『ついっ……』と桟をなぞった。指を眺め、そこに付着した埃を凛に見せびらかすようにしながら、

「甘いですね。やり直しです」

「どこの小姑かっ!?」

 手をわななかせ、凛が叫ぼうとした──、その瞬間。

「あ、いたいた。はいリン、これ引いて」

 廊下の奥から現れたイリヤスフィールが、顔を見せるなり凛に向かって手を突き出した。その中には、数本の紙切れが納まっている。

「え? 何よこれ」

 尋ねつつ、凛がその内の一本を引き抜く。

「引いたわね? じゃあそれ持っててね。失くしたらあとで大変なことになるんだから」

 くすり、と小さく笑みを残し、次にイリヤスフィールはカレンとバゼットに向き直る。

「さて、と」

 呟き、目を細め、二人を観察する──

「……? 凛さん、誰ですこの子は」

 ぴくっ、とイリヤスフィールがその言葉に反応する。凛はあれ、と呟きながら説明した。

「会ったことなかったっけ。イリヤスフィールよ。ええと、なんて説明したらいいのかなあ……」

「簡単じゃない。シロウの妹で、姉。それで十分よ」

 そっけなく言い捨て、イリヤスフィールは『にぱっ』と笑った。ずいっと手を突き出しつつ、

「はい、じゃあ貴女たちもねー」

「は、はあ……」

「では」

 カレンとバゼットが、クジを引き抜く。

「ふうん──?」

 一瞬。ぽつりとイリヤスフィールが口を歪めた。

 バゼットは紙を見つめて、首をかしげる。

「……2、ですか。何かのクジなのでしょうか……?」

「ええ、そういうことよ。せいぜい失くさないように気をつけるのね」

 言ってイリヤスフィールは、さっさと廊下を進み始める……

 と、ようやく凛が我に返り、叫ぶ──

「って、こらあイリヤ、あんたも遊んでないで仕事しなさいっ!」

 その頃には、もうすでにイリヤスフィールの姿は見えなくなっていた。






 

4.

 

 

 

「はい、と言う訳で皆さんお疲れ様でしたっ」

 夕刻、居間。桜は戻ってきた皆に対してそう言って笑いかけた。

「ほんとに疲れたわよ、もう」

 あーだる、と呻いているのは凛である。

「お腹がすきました」

 切なそうに呟いているのはセイバー。

「ほんとだよ。士郎、ご飯ご飯―」

 ぶんぶかと手を振り、大河が喚いている。士郎は苦笑して、机の上に置かれている紙を覗き込んだ。そこには各人の名前と、どこの清掃を担当したかが書き込まれている──これの数が多いものが、すなわち勝者だった。

「はいはい。じゃあ──ええと、やっぱり一番はセイバーか?」

「そのようですね」

 こくり、と頷きセイバーの横では、凛と桜がこそこそと囁きあっている……

「やっぱり食べ物が絡むと凄いですね……」

「そうなのよね。最後のほうなんて人間業じゃなかったもの」

「で、セイバー何が食べたいんだ?」

 シロウの言葉にセイバーはきらりと目を光らせると、

「ふむ、そうですね。ではおでんを。先日は関東風でしたので、今度は関西風とやらでお願いします」

 即座に言い切るところを見ると、どうやらメニューはあらかじめ決まっていたようだった。士郎はわかった、と頷くと、

「了解、ならこれから買い物行ってくるから──」

「──あ、お兄ちゃん駄目駄目っ」

 ──と。慌てて叫び、士郎の隣に飛び出したのはイリヤスフィールだった。

「ん? どうしたんだイリヤ」

 彼女は士郎の問いには答えず、ぐるりと皆を見渡すと、『ばっ!』と両手を振り上げて、

「はい、と言う訳で、結果はっぴょー!」

『………?』

 沈黙。誰もが皆疑問符を浮かべている。イリヤスフィールはそんなことはお構いなしに説明を開始した。

「さあ皆、クジは持ってるわよね? もし持ってないなんて言われても知らないんだからね?」

「クジ──って、何の話さ、イリヤ」

 困ったように尋ねる士郎に、イリヤはぴっと指を立てて説明した。

「さっき皆に配ったのよ。で、そのクジで──」

 腰に手を当て、鋭い眼差しで──少女は言い切った。

「──これから皆が住む、部屋を決めるわ。」

『…………は?』

 今度こそ、ぽかんと口を開け、全員が全員、聞き返す──

「つまり、部屋をいれかえちゃうのでしたー!」

 唐突にあどけない笑顔を浮かべ、イリヤスフィールは両手を挙げて楽しそうに叫ぶ。

「でしたー、って、イリヤ。いや、駄目だろ」

 少しばかり困ったように眉を寄せながら、士郎。

 イリヤはくるりと振り返ると、

「お兄ちゃんの部屋は動かさないわよ。クジももらってないでしょう? 争うのは私たち。わたしも一枚のクジを持っているわ。つまりわたしにも参戦権があるってこと」

 ひらひらと一枚の紙切れを振りつつ、説明する。

「ルールは簡単よ。この紙に──」

 と言いつつ、複数の小さな紙切れを取り出した。三角形に折りたたまれたそれには、番号が振ってある。折り目がついていることからして、どうやらその中に対応した部屋が書かれているようだが──。

「この中ね。ここに部屋が書かれているから、そこに移動するの。いいわね?」

「ちょ、ちょっと待ってください、イリヤスフィール」

 慌てたように口を挟んだのはセイバーだった。

「あらセイバー。何かしら?」

「い、いえ──その、それはあまりにも唐突過ぎると言いますか。そんなことをいきなり言われてもですね……」

 その言葉に、イリヤスフィールは目を細め、くすりと小さく笑いながら、

「あら。クジの選択権の先には、当然士郎の隣の部屋もはいっているのよ?」

 ぴたっ────。

 その言葉に、全員の動きが停止する。

 その反応に満足したのか、少女は小さく笑みを浮かべると、髪をかきあげつつ続けた。

「昔はセイバーの部屋だったけれど、今はあそこ、空き部屋よね? 勿体無いわ。そう思わない? そんなの宝の持ち腐れ。使わない剣に意味なんかないもの。折角面白そうなモノがあるんだから、使わない手はないわ──ね、お兄ちゃん?」

「いやイリヤ。そこで俺に振られてもだな?」

 あと今面白そうって言ったよな、と呻く士郎には取り合わず、イリヤスフィールはぷう、と頬を膨らませると、

「大体この家、わたしの部屋がないのに、いきなり出てきた居候二人にはあるなんてそんなの納得できないじゃない。──ねえシロウ、そうでしょ?」

 ぎゅっ──と。士郎の右手を握り締め、上目遣いにそう囁いた。

「え、いや……」

「お兄ちゃん。お兄ちゃんも、もっとわたしと一緒にいたいわよね?」

 言って、にぱっ、と笑う。

「い、いやまあ、そうかもしれないけど──だな」

 心底困ったような士郎の表情。決して顔を上げようとしないのは、突き刺さるような視線を複数から感じているためか。

 ──最初に我慢の限界に達したのは、セイバーだった。ぴたっ、と手を突きつけると、彼女は低く囁いた。

「イリヤスフィール、我侭もそこまでにしておきなさい。部屋と言うのならば貴女の召使が先日奥の一部屋を改造していたようですし、そもそも貴女には立派な城があるではありませんか」

「ふーんだ、そんなの関係ないもの。お兄ちゃんといたい時にいれるのが妹の特権なんだもんねー」

 ぎゅむ、と士郎の腕に絡まりつき、見せびらかすようにくすくすと笑うイリヤスフィール。

 ──ざ、わっ……

空気が、揺れた。妙な緊迫感が漂い始める。

「ええと、これは……」

 ゆらり、と。

 控えめに、だが圧倒的なオーラをかもし出しつつ、首をかしげているのは、桜だった。

一方凛はやや身を引いた位置から、にやにやと笑っている。そして彼女はびっ、と指を立てると、

「そうね。第二回『衛宮邸妹王(イモキング)争奪杯』開催、と。そう言うことになるのかしら?」

「や。ほんっと勘弁してください。」

 すかさず士郎は懇願した。

「む。それなら姉のほうでもいいけど」

 凛は腕を組みつつ、唸ってみせる。

「いや、種類の問題でなくてな?」

「あの……」

 と、そろそろと慎重に口を挟んだのは桜だった。やや遠慮がちにちらちらとイリヤスフィールを眺めながら、

「それで結局、これはどうすれば……?」

 クジを振ってみせる。

 士郎は顔をしかめつつ、首を横に振った。

「いや、なしの方向で。イリヤには悪いけどこれ以上騒ぎを大きくされるともうどうしようもないからな」

「えー、ずるいー」

 ぷう、と頬を膨らませるイリヤスフィールの頭に、ぽんっと手を置き、士郎は困ったように笑った。

「悪いイリヤ。……ええと、あまり構ってやれなかったから拗ねたんだよな?」

「だ、誰も拗ねてなんかないでしょ。もうっ」

 目を逸らし、頬を染めてイリヤスフィールは口ごもる。士郎はしばらく考え込むようにしていたが、やがてそうだな──と口を開くと、

「うん、やっぱりそうだ。カレンたちだけじゃ不公平だよな。イリヤもこっちに来たときに自分の部屋があったほうがいいよな」

「え? あ、ううん、そんなことない。──だってそうしたら、シロウの部屋にお邪魔する機会が少なくなりそうだもの」

 慌てて手を振ってみせるイリヤスフィールの後ろでは、凛と桜がこっそりと何やら話している……

「……ちょっと、何、何なのこの甘ったるいストロベリートーク」

「せ、先輩駄目です、戻ってきてくださーい……!」

 両手をメガホンにして小さく叫ぶ桜。しかし士郎は聞こえた様子もなく、にこにこと笑いながら、すっと手を差し出した。

「そうだな。じゃあ申し訳ないついでにちょっとでも挽回させてもらうってことで、一緒に買い物でもいくか?」

 途端、ぱっとイリヤは顔を輝かせた。

「え、ほんとっ? うん、行く行くー。わーい、お兄ちゃんとデートだー」

 両手をあげてから、再び腕に絡み付くイリヤスフィール。

「じゃあ、そういうわけだから行ってくる。ええと、とりあえず後は頼んだぞー」

 誰に言うでもなくそう告げると、士郎はイリヤスフィールと二人して、そそくさと居間を出て行った。

「ううう……先輩……」

 しくしくと涙する桜の肩をぽんっ、と叩き、凛もまた嘆息する。

「ま、今回ばかりはしょうがないでしょ」

「はい……ああ、もう行っちゃいました……」

 がくり、と肩を落とす。

「……ええと、一体、何だったのですか? 今のは……」

 事態についていけないのか、呆然としているバゼット。その隣では、こくこくとカレンも頷いている。

「そうね。まあ、まんまとしてやられたってことかしら。あの悪魔っ子、かき回すだけかき回して後はほったらかしなんて、本当いい性格してるわ……」

 言って、ふっ、とそっぽを向く。

「そ、それで確認なのですが」

 バゼットは手にしたクジを振ってみせると、

「これは──どうすれば?」

 凛は腕を組みながら、静かに嘆息した。

「士郎も言ってたでしょ。無効よ無効。第一今から部屋の荷物全部移動させたら徹夜作業じゃない」

「そ、そうですか」

 ほっと息を吐くバゼットに、凛はぴっと指を立てて、

「……ま、二人の部屋はとりあえず今使ってるのをそのままってことでいいでしょ」

「ええ、特に不満はありませんね」

「……それにしても」

 ぽつり、と呟いたのはカレンだった。

「クジが成立していたら……どうなったのでしょうか」

 その言葉に反応したのは桜だった。彼女は机の上に散らばったままの紙切れをきょろきょろと見渡すと、

「あ、それはちょっと興味ありますねー。えっと、私は5番だから、あ、これですね」

 言って三角形の紙切れをひょいと取り上げ、開いて中身を確認する──、

「どうだったの?」

 自分もまたクジを漁りつつ尋ねる凛に、桜は小さく笑いながら、

「ライダーの部屋でした」

「ふうん。──あ、何よ、わたし今のままだったのね。なんだ、つまらない」

 ぺい、と紙切れを放り捨てる凛。その横では、セイバーが紙切れを手に歯噛みしているようだった。

「これは……くっ、成立していれば、シロウの部屋の隣でしたか……」

「……ええと、すみません」

 そして。やや遠慮がちに手を挙げたのはバゼットだった。彼女は紙切れをぴらっと皆に見えるように広げて見せると、

「この、『土蔵』と言うのは──?」

「……あ、凄い大当たりよバゼット。この屋敷のスイートじゃない。折角快適な土蔵ライフだ満喫出来たのにね」

 残念だったわねー、と朗らかに笑う凛。桜もまたそうですねえ、と同意しつつ、カレンへと口を開く。

「カレンさんは、どこでしたか?」

 カレンは相変わらずの無表情のまま、しかしうっすらと頬に一筋の汗を浮かべつつ、

「……よく、意味がわからないのですが。」

 そう、前置きをして、紙切れを広げて見せた。

 そこには──。

「……『スカ』…………?」

「………………ええと……」

 呻く凛。途惑う桜。そしてバゼットが、ぽつりと呟く。

「つまり……部屋無し、ということでしょうか……?」

『……………………。』

 沈黙。

 そして、すぐさま反応したのは凛だった。彼女は『がばっ!』と振り返ると、玄関へと向けて、全力で声を張り上げる──

「ってイリヤと士郎ちょっと待った、やっぱりさっきのクジは有効ってことで──」

『ああああああああああっ!?』

 たまらずバゼットとカレンが、凛の口を塞ごうと必死に飛び掛る──

 夕暮れ。衛宮邸の居間は、とりあえず平和と言うことになっていた。

 







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