後後後後後後後後後後後後後後後後後後後後後日談。








 

 

「ごちそうさまでし──」

「──待ちなさい」

 と──。

 箸を置こうとしたバゼットの動きを止めたのは、セイバーの一言だった。

 衛宮邸・居間にはこの二人のほかに、士郎と凛、カレン、そしてルヴィアゼリッタが食事を摂っている──。

 今日の夕飯はおでんである。机の上には中央に具材山盛りの土鍋がどでんと二つ置かれており、脇をきゅうりのタコの酢の物、ほうれん草の胡麻和えと言ったメニューが固めている。

 特別な食材を使っているわけでもなく、ごくごく普通の一般家庭のメニュー。士郎は果たしてこれでルヴィアゼリッタの口に合うのかどうか不安がっていたようだが、凛曰く、そこまで気を使う必要はないと言うことだった。

 皆がいただきます、と箸を取ったのがつい二分ほど前のこと。いつものように手早く食事を済ませたバゼットだったのだが──。

セイバーに呼び止められ、彼女はきょとんとした表情で、

「? なんですか?」

 尋ねると、金髪の少女は箸と茶碗を手にしたまま、ぴしりと背筋を伸ばして忠告する。彼女はまだひとつ目の大根を半分ほど食べただけである。

「メイガス。以前にも言いましたが、貴女は食事をもっと味わって食べるべきだ」

「味わっていますよ?」

 ぴくっ。

 あっさりと言ったバゼットに、セイバーはわなわなと体を震わせた。ゆっくりと──何かに耐えるようにふるふると首を振りつつ、それでも続ける。

「かき込むような食べ方など邪道だ。いいですか、お米一粒には百の神様が宿っているのです。ゆっくりと噛んでですね、ってメイガス。貴女は聞いているのですか?」

「聞いていますよ」

 言いつつ、バゼットはてきぱきと自分の食器を片づけていく。すっくと立ち上がり、彼女は首をかしげながら、

「……しかしセイバー、わかりませんね」

「何がです」

 尋ねるセイバーに、バゼットは肩をすくめながら、

「どうしてそこまで食べることに固執するのですか? 食事など、栄養を摂取するための手段でしょうに──」

 うわあ、と士郎と凛が顔をみるみる青ざめさせていく。ルヴィアゼリッタはきょとんとしたまま、四人を交互に見比べている──。

 そして──

 その一言で、セイバーの中で、ぶちりと何か、決定的なモノが切れた。

 

 

 

 

 

 

「と・言うわけで」

 が、ちゃん。

 庭先。完全武装に身を包んだセイバーは、据わった眼差しで続けた。

「どうやら貴女は認識を改める必要があるようですね──」

「わかりませんね」

 バゼットは呆れたように嘆息した。

「たかだか食事のことで、どうしてここまで大事になるのか」

「……ふっ」

 口から洩れるは吐息か、嘆息か。

 そしてセイバーは『じゃりっ』と大地を踏みしめ、

「いい覚悟だメイガス。ならば──」

 言いつつ、不可視の剣をびしりと突きつけ、叫ぶ──

「──この剣を持って! 貴女のその間違った認識をたたきつぶすまでッ!」

「なるほど。それならわかりやすいですね」

 苦笑し、バゼットもまた組んでいた腕を解いてファイティングポーズを取り──

『待った。』

 緊迫感を帯びかけていていた空気が、凛と士郎二人によってふいに遮断された。セイバーはバゼットから目を離すことなく、低く呟く。

「なんですシロウ。今からこのわからずやに正義の鉄槌をですね!」

「いや、家が確実に消し飛ぶのでやめてください頼むから。……えーとそしてカレン、君はどさくさにまぎれて何をしているのかな?」

 と。半眼で呻いている士郎の体はいつの間にか赤い布でぐるぐる巻きにされていた。そのすぐ横にはカレンが布の端を握って立っている。彼女は悪びれることなくしれっと、

「いえ、暇なので何となく。」

 たまりかねたのか、だんっ、と地面を踏みしめ、凛が叫んだ。

「ああもうっ! とにかくケンカするならどっか誰もいないとこでやってくれないっ!? ここでやるなら平和な手段でぱぱっと解決! いいわねっ!?」

「……いいでしょう」

 不敵な笑みを浮かべ、バゼットはくいっと親指で背後をさし示した。

「ではセイバー。どこへいきますか。川原などおあつらえむきですね」

「……いえ、それはまずい」

 対してセイバーは首を振った。頬に一筋の汗を浮かべ、何故か焦っているようだ。

「……ここで。この庭で、早急に決着をつけましょう」

『ごはんが冷めるからか。』

 全員の一斉の突っ込みにもめげることなく、セイバーはがあーと言い返す──

「他に何があるとでもっ!?」

「あーもーいいから適当にな」

 面倒になったのか、ぱたぱたと布の隙間から手を振り、ぐるぐる巻きの状態のまま居間へと戻っていく士郎。それにひきずられるようにしてカレンも続く。

「では、そうですね」

 バゼットはきらりと静かに目を光らせ、告げる──

「じゃんけんで勝負──と言うのは?」

『言うと思った。』

 再びその場にいた全員が突っ込んだ。

 セイバーもまた呆れたように腰に手を当てながら、

「却下です。わざわざ相手の有利な土俵に立つこともないですしね」

「はいはい、じゃあまあ後は適当によろしくねー」

「ええと、あれは放っておいていいんですの……?」

「ああ、いいのいいの。どうせいつものことだし。止めても無駄だから」

ひらひらと手を振り、凛たちもまた居間へと入っていき──庭にはただ、冷たい風が吹き荒れていた。

「ちょうどいい。前々から貴方とは一度本気で決着をつけてみたいと思っていたところだ──」

 ざっ……

 土を踏みしめ、バゼットがにやりと口を吊り上げる。

「いきますよセイバー! 今日こそ貴女を完膚無きまでに倒してみせる──!」

 吼えてバゼットは拳を握りしめ、セイバーへと飛びかかる──!

 対するセイバーは不可視の剣を握り締めたまま、

「その度胸は認めますが、しかし無謀と勇敢の区別がつかないのはただの愚か者だ。その考え、力を以て叩きふせてあげましょう──!」

 叫びつつ、剣を構え──!

 そして。戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 衛宮邸の居間では、先ほど中断されていた食事が再開されていた。

 ばん、どか、ぎん、と言う音が障子の奥から聞こえてきている気もしないでもないが、誰も反応すらしない。完璧に脳の中からその情報だけを切り取って捨てているようである。

 慣れていないルヴィアゼリッタだけが時折ちらちらと障子の奥を気にしているようだったが──それも初めだけで、嘆息ひとつをつくと目の前のおでんに集中することに決めたようだった。

「遠坂、からしとってくれー」

「んー」

 近くにあったからしを士郎に渡す凛。

 そうですわ、とルヴィアゼリッタが声をあげる。

「そうそうシェロ。貴方昨日はどこにいましたの? 部屋で待っていましたのに、全然戻らなかったではありませんか」

「へえ。部屋で、ねえ?」

 ぴくり、とその言葉に反応する凛──

「や、ち、違うぞ遠坂。ですよね、ルヴィアさん?」

 慌てて士郎が手を振ると、ルヴィアゼリッタは眼をぱちくりとして、

「え? ええ、どうせですからシェロに観光地を案内してもらおうかと思いましてその相談に──何か不都合でも?」

 言って、優雅に笑ってみせる。

 凛は顔を引きつらせながら、

「そ、そうなんだ。って、それならわたしが──」

 その言葉、ルヴィアゼリッタはふんと鼻を鳴らして髪をかきあげた。

「また随分と面白い冗談ですのね、ミストオサカ? 貴女が案内するところなんて安心してくつろげないではないですか──」

 くすくすと笑うルヴィアゼリッタ。

 ぴしりとこめかみに血管マークを浮かべて、凛がひきつった笑顔を浮かべる。

「あら、冗談がお上手なんですねミスエーデルフェルト。ええ、なんなら今すぐにでも地獄とかへご案内して差し上げたいのですけれど」

「そこは貴女が将来行くところでしょう? まあ最も時期を早めてあげることはやぶさかではありませんが──」

 と、周囲の空気が険悪になってきたのを察したのか、士郎が声を張り上げた。

「あ、あー。そうだ思い出した。昨日は土蔵でそのまま寝ちゃったんだ」

 凛は呆れたように、はあ、と嘆息して、

「あのね士郎。もう寒いんだから、土蔵はやめなさいってあれほど──」

「あ、うん、ごめん。気をつけるよ」

 と、とたとたと廊下から軽い音が響き、

「お兄ちゃん、遊びに来たよーっ」

 イリヤが姿を現した。

「お、いらっしゃい、イリヤ」

「うんっ。あ、おでんなんだあ。シロウシロウっ、わたしも食べるっ」

 うわーい、と炬燵の中に潜り込むイリヤと入れ替わりに士郎が立ち上がり、キッチンへと向かう。

「士郎ー、お酒ー」

 先ほどのやり取りはもう流れたのか、凛が背後から声をかけてくる。

「ああ、はいはい。熱燗にするのか?」

「んー、冷やでいいわ。あと氷ね氷」

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」

 汗を拭い、バゼットがにやりと口を歪ませる。

「く……!」

 剣を構え直し、セイバーは体勢を立て直す。

「なかなか……やりますね」

「そちらも──です、ねっ!」

 言いつつ、バゼットは一気に間合いを詰める。

 それを見据えて、セイバーは。

風王結界(インビジブル・エア)──!」

 風の結界を相手へとぶつけ、同時に剣本来の刀身を解き放った──!

 

 

 

 

 

 

「あ、士郎おかわりおねがい」

「おう」

 凛の突き出した手から茶碗を受け取り、士郎が立ち上がる。

「シェロ? これはなんですの?」

 酢の物を前に首をかしげるルヴィアに、士郎はええとだな──と解説を始める──と。

「只今帰りました」

 開きっぱなしになっていた襖の隙間から、ライダーと、

「たっだいまー! 途中でライダーさんと一緒になってさあ。おー、おでんだぁ。士郎士郎、早くお皿持ってきてお皿!」

 きらきらと目を輝かせる大河が登場した。

 

 

 

 

 

 

「──成程。では私も、これを使わせてもらいましょうか」

 言ってバゼットは、斬り抉る戦神の剣(フラガラック)を取り出した。

 が、セイバーはそれを見て鼻で笑う。

「甘いですねメイガス。その特性はすでに把握済み──勝てる、などと思わないことですね……!」

 が、バゼットは動揺すらせず、腕を組んで凶暴に笑ってみせた。

「はっ。甘いのはそっちですよセイバー。いいですか、この宝具の最大の特徴は、効果を知られても別の効果を発揮すると言うことです──!」

「何──!?」

 セイバーは一瞬硬直し──そして、くっと歯がみした。

「……そう言う、ことか。切り札に対して反応する──つまり、切り札封じということか」

「ええ、そう言うことです。つまり、貴方は──現戦力で戦わざるを得ない、と言うことです……!」

 言ってバゼットは飛びかかり──

「結構。なるほど、心理戦も戦術のうち、と言うわけですか。それでこそやりがいがある──行きますよ、メイガス!」

 セイバーもまた、剣を構え直して、突撃していった──

 

 

 

 

 

 

「か、帰りました……。あ、よかったぁ、まだ残ってる……」

 急いで帰ってきたのか、髪がほつれている。あはは、と笑いながら桜が居間に入ってきた。

「おかえり桜。今皿持ってくるからな」

「あ、はい。すいません先輩」

「ふう。おいしかった。ごちそうさまー」

 かちゃん、と箸を置いてぐでん、と凛が横になる。

「行儀が悪いですわよ、リン」

「んー? ルヴィア、あんたわかってないわねえ。これが炬燵の正しい嗜み方よ。ごろごろしてだらだらするの」

「そ、そうなのですか……?」

「いやまあ、そうしたくなるってだけで別に正しいとかじゃないから。と言うか遠坂だらけすぎだぞ。食器流しに持って行ってくれよ」

「あー、わかってるわかってる」

 のろのろと起き上がり、自分の食器を重ねてから立ち上がる。

「ふう、御馳走さまです」

 続いてカレンが箸を置いた。

ルヴィアも満足そうに頷いてから、口にナプキンをあてがった。
(ワタクシ)ももう十分ですわ。御馳走様、シェロ。とても美味しかったです」

士郎は嬉しそうに微笑んだ。

「うん、そうか。喜んでもらえて嬉しいよ。──あ、そうだ遠坂。今日はデザートあるんだった。冷蔵庫にさ──」

「んー? 何、何買ってきたの?」

 いそいそと冷蔵庫に向かい、開ける。おおー、とキッチンから歓声が聞こえてきた。

「うん。チーズケーキだから切り分けてくれ」

「オッケーオッケー。んー、ちなみに食べたいひとは?」

 瞬間、居間にいる全員が『しゅばっ!』と手を上げる。

「……ちっ」

 思わず舌打ちしている凛。

「あ、じゃあわたしコーヒー淹れますね」

 立ち上がった桜に、凛が声をかける。

「いいからアンタは食べてなさい。わたしが淹れるから」

 ぽん、と肩を叩いて、凛。桜はふわっと嬉しそうに笑った。 

「ミストオサカ、(ワタクシ)の分は紅茶にしていただけますか?」

「ああ、はいはい」

 面倒くさそうに頷く凛の横で、士郎があ、と口を開いた。

「じゃあ俺が紅茶やるから、遠坂がコーヒー担当な。──えっと、他に紅茶のひといるかー?」

「あ、じゃあわたしも。ふふ、士郎がどのくらいの腕になったか確かめてあげるわ──」

 にやりと笑う凛。うげ、と呻いて苦笑する士郎。

「……あー、うん、お手柔らかに頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

「か……勝った……」

 剣を地面に刺し、それに体を預け──セイバーはひとり、空を見上げた。

 夜空に浮かぶは無数の星々。煌くその輝きは、あたかも彼女の勝利を祝うかのよう。

 地面には、バゼットが目にぐるぐるマークを浮かべて大の字に倒れていた。

「勝ちました、シロウ。……長く……苦しい戦い、でした──」

 両者とも、ずたぼろである。致命傷こそないものの、二人とも満身創痍だった。それだけこの戦いが壮絶なものだったと言うことなのだろうが──。

「──ですが、こうして正しいことを証明できたわけだ」

 その頬笑みは、実に満足そうで。

 とても、美しい──。

「そう。ご飯は、ゆっくりと、味わって食べる。そうですよね、シロウ──」

 呟き、目を細めて再び空を眺めるセイバー。

 そして彼女はよし、と頷くと、屋敷へと歩き始めた。

「さて、これで心おきなく食事の続きが──」

 言いつつ、縁側に上がり、居間へと続く障子を開けて──

 そこで、ぴしりと固まった。

 今まさにごちそうさまでした、と言っている桜。

紅茶を優雅に飲むルヴィアゼリッタ。

 炬燵にもぐり、黙々と本を読んでいるライダー。

 ぼんやりとテレビを見ているカレン。

 チーズケーキをぱくついている大河。

 布巾で机を拭く士郎。

 その反対側からわーい、と楽しそうに拭いているのはイリヤ。

 机の上には、最早コンロすらない。

 ぎょっとしてキッチンを覗き込むと、そこにはすでに洗われ、水切り場に置かれた土鍋の姿が。

 机の上に置かれている四角い箱には、何かお菓子でも入っていたのだろうか。しかしそれももうすでに空になっていて──

「な……なっ……!?」

 最早言葉にもならず、口をぱくぱくさせて士郎を見ると──彼はすまなそうに頭に手をやりつつ、

「あー、悪いセイバー」

 ごめんな、と両手を合わせて、

「なんか一斉に皆次々と帰ってきちゃってさ。料理、もうないんだ。」

 ────────────………………………………………………。

 静寂。ほんの数秒の、小さな沈黙の後──

「ふ──」

 口からこぼれるのは、笑い声。

「ふふふふふふふ──」

 そして。

 笑いつつ、しくしくと涙を流してセイバーはそのまま横にばったりと倒れた。

「ってセイバー? おい、しっかりしろセイバー!」

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ────」

 ゆさゆさと士郎が体を揺する中、セイバーはただしくしくと目の幅涙を流しつつ呻いている──

 夜。衛宮邸は一部を除いて平和に賑わっていた──。








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