後後後後後後後後後後後後後後後後後後後後日談。
「ちょっと士郎君、聞いているのですか? 大体貴方は──」
そう言いながら、やたら赤い顔でべしべしと士郎の頭を叩いているのは──、男装の麗人・バゼット。いつもならば一分の隙もなく着こなしているスーツは、今やボタンを外され、ネクタイもだらしなく緩められている。
「シェロ、全く、貴方という人はぁ……」
言いつつ、士郎の頬にやたらぴとぴとと触れているのはルヴィアゼリッタ。こちらも同様に赤い顔であり、んふふふふ、と先ほどから何やら妙な含み笑いを浮かべている──
「こにょ、だいぬー」
うつらうつらとしながらも、何やらそんなことを呻いているのは、カレン。
「あれぇ? せんぱい、なんで三人いるんですかぁ……?」
ふらふらと頭を揺らしつつ、ぼんやりと焦点の合っていない瞳で呻いているのは、桜──
──夜。深夜にはほど遠い、かと言って夕飯時は終わっているであろう時間帯。
衛宮邸の居間は普段と違う喧騒に包まれていた。どことなく軽薄な、それでいて何か致命的な。色で現すのならば恐らくピンク。音で現すのならば軽快──と言うよりは軽薄、の方が合っているのかもしれない──なアップテンポのBGM。
皆がわいわいとちぐはぐな賑わいを見せている中、ただ一人頭を抱えている人物がいる──衛宮士郎。この屋敷の主である。
「……ええと。そうだ、まずはそう、整理しようか」
頬に一筋の汗を垂らし。あくまでも冷静かつ平然を装い──、この部屋唯一の生存者である士郎は呟く。
「こらあ士郎君聞いているんですかー? 私だって、うう、私だって頑張っているんですよぅ。でも、何故か駄目でぇ。──なんでですか? 私の何が悪いと言いうんですかぁああぁ……」
がっし。
士郎の両肩が掴まれ、刹那がくがくと肩を揺さぶられる。
──ううううう、と目の幅涙を流しつつ、バゼットはなおも唸っている──。
普通の人間がするのならば大したことはなかったのだろうが、そこは曲りなりにも元・封印指定の執行者。残像を描くほどの速度で士郎の脳はシェイクされ、結果、彼はぼてりと哀れな屍を炬燵の上へと晒したのだった。
「だー、いー、にゅー」
動かなくなった士郎の腕を聖骸布で絡めとリ、何やらマジックをどこからともなく取り出しているカレン。その目は『きゅぴーん』と怪しい光を放っている。
「先輩ぃ、駄目です、増えすぎですよう……」
顔を赤らめたり何やらえへへとにやけつつ、桜が揺れる。
「ふふ──うふふふふ、そうですわね、執事服も捨て難いですけれど、案外メイド服も似合うかもしれませんわね……?」
何やら危険なことをぶつぶつと呟き始めているルヴィアゼリッタ──
「…………………………………ええ、と…………」
眉根を寄せ、彼はのろのろと身を起こす。
──が。
「ほらほら士郎君、飲まないと死にますよ、って言うか殺しますので早く飲まないと危ないんです! 私みたいになっちゃ駄目ですよっ!?」
ぐりんっ。
「んがっ!?」
背後から士郎の頭を引っ張り、あっはははー、と何やらやけになりながら喚いているのはバゼット。上下逆になった世界の中、士郎はえーとな、と呻く。
「ば……バゼット? ちょっと落ち着け? なんだかアンタが一番危ないように思えるんだけど──」
「だーいじょうぶですよ! まだまだ人生長いですしっ! 」
どん、と胸を叩いて、微妙に回答になっていない回答を返してくる。顔を引きつらせながら、ああああと士郎は呻いた。
「無理だ……もう無理だ……俺だけじゃこの混沌は止められないぞ……。頼む、セイバーか遠坂……早く帰ってきてくれー……」
「シェーロー?」
ゆらり……
恨みがましい目を向け立ち上がったのはルヴィアゼリッタだった。すん、と鼻をならし、あまつさえ目に涙さえ浮かべつつにじり寄ってくる。
「そんなに……そんなに、リンのほうがいいんですの?」
「や、ルヴィア……さん? 一体何の話で──」
「……許しませんわ。」
きゅ、ぽんっ。
彼女は机の上にあった焼酎を手に取りキャップを外すと、
「え?」
うふふふふふふ──と蕩けるような笑顔を浮かべてみせ、
「さあシェロ? たっぷり飲みなさい?」
瓶を華麗にひっくり返し、『がぼんっ。』と無理矢理士郎の口に押し込んだ。当然、中身が重力に従い、一気に下へと落ちてくる。
混濁する意識の中、士郎は呻いていた──
「……なんで、こうなるんだ……?」
時間は遡り、本日の夕刻──
「お、ボウズじゃねえか」
商店街を歩いていた士郎は、聞きなれた声にん? と振り返った。
そこにいるのは、ラフな格好をした長身の男だった。両手には、何やらずっしりと中身の詰まった紙袋を持っている。
「ん、ああランサーか。アンタなにやってんだ?」
尋ねると、彼は肩をすくめた。
「いや、特になにも。バイト帰りでね。お──そうだ。お前さんち、大所帯だよな」
「……まあ」
「うっし、ちょうどいい。これやるわ」
言いつつ、紙袋を手渡してくる。
中身をのぞくと、そこには6本の瓶が入っていた。全部同じ形のようだが──。
「ん……なにさ、これ」
「いや、よくわかんねえんだけどな。バイト先で貰ったやつでよ。なんでも幻の迷酒とかなんとか。いくらなんでもこんなに飲みきれねえし、だからお前さんにやる」
へえ、と呟き、その内一本を手に取ってみる。
──焼酎『虎殺し』。
そう書いてある。
「……“鬼殺し”じゃないんだな?」
一応確認のために聞くと、ランサーはみたいだな、と頷いてみせた。
「ま、別にいらねえってんなら他当たるだけだしな。それならそれでいいけどよ、どうする?」
少し考えてから、士郎は。
「いや、助かるよ。ありがたく貰うことにする」
「おう。どんくらいいる?」
気さくに笑い、ランサーは袋をのぞきこんだ。一袋につき6本と言うことは合計で12本あるらしいが──
「じゃあ半分だけ。……いいかな?」
「おう、もってけもってけ。──あ、そうだ。最近お前さんとこに、金髪の嬢ちゃん尋ねなかったか?」
「え? ああ、ルヴィアさんのことかな」
おう、とランサーは適当に頷いて、
「あーそう。確かそんな名前だったな」
「いるけど。どうかしたのか?」
「ん? ああ、いや別に。ちょっと気になっただけだからよ」
言って、ひらひらと手を振る。
「そっか。──よっと」
言いつつ、袋を持ち上げる。──ずっしりとした感触が返ってくる。
「うわ、重いな」
「だらしねえな。そんくらい気合いいれてもってけ、坊主」
「あ、ああ……。そうだ、今度は何かお礼しなきゃな」
「んなこと気にすんな。どうせ俺にはいらねえもんだしな」
いいから行きな、と手を振ってくる。
それに頷き、それじゃあと言って歩き始める。
空を見上げながら、士郎は頬を緩めて思わず呟いた。
「──なんだ、やっぱりアイツ、案外いい奴じゃないか──」
「──なんて思った俺が莫迦だったんだ……」
うううう、と机に突っ伏しながら唸る士郎。
思えば、夕飯前にこれがルヴィアに見つかったのがまずかった。
バゼットがいたのも致命的だった。
カレンが煽ったのも痛かった。
桜が三人の意見を捌ききれなかったのも一因と言えば一因なのかもしれない。
まあ、要するに──
「なるべくしてなったってことだよな…………」
はははは、と乾いた笑みを浮かべ、士郎はがくりと項垂れる。
ちなみに酒は、現在4本目がもうすぐ空になろうという所である。単純計算で一人一本飲んでいることになるが──。
「こらあー、士郎君聞いてるんですかー?」
「ああ、はいはい、聞いてる聞いてる」
まったくもー、と唸るバゼットを適当にあしらい、もう一度溜息をつく。と──
「こんばんはシロウお邪魔する──、って……」
襖をあけたのは、イリヤだった。瞬間、『びくっ』と体を震わせ足を止める。
「え、何よこの騒ぎ……」
「……うわ。またえらいタイミングで来たなあイリヤ。うん、悪いことは言わないから今すぐ回れ右して帰ったほうがいいぞー」
ははははは、と半泣きになりながら、ほらほら、と背中を押す。え、え? と後ろを振り返りながら、イリヤは。
「何、皆酔っぱらってるの?」
「それ以外の何に見えると。」
半眼で唸ると、イリヤはぱっと顔を輝かせ、元気よく手を挙げた。
「うん、じゃあわたしも飲むっ!」
「……勘弁してください……」
両手を合わせて頼み込むが、イリヤは不満そうにぶーと口を尖らせた。
「えー、なによぅ、なんでわたしだけダメなのー?」
「これ以上騒ぎの種を増やさないでくれ頼むから……」
「横暴だ、差別だー! ふんだ、シロウなんかアル中になっちゃえばいいんだー!」
「む。そんなこと言っても駄目なものは駄目だからな。それにイリヤはまだ子供だろ?」
「あら。お姉さんにそんな口きくのね、シロウったら」
む、と口を曲げ──、そして不敵に微笑む悪魔っ娘。
「いいわ、それなら。ここにいるだけならいいでしょ? まさか来て早々帰れなんて言わないわよねシロウ──?」
「いや、絶対帰ったほうがいいと思うけど……ああもう、わかったわかった。でもどうなっても知らないからな……?」
「うんっ、お兄ちゃん大好きー!」
わーい、と飛びつくイリヤ。
そして。その様子を眺めながら、ルヴィアゼリッタはあまつさえハンカチを噛みしめながら、
「……そう、だったんですか。まさかシェロがそういう趣味のひとだったとは……」
「や、違うぞ──ぃでっ!?」
ぱたぱたと手を振る士郎の手を、にっこりと笑いながらイリヤがつねりあげた。
「ふうん。違うんだ。シロウったらわたしのこと嫌いなんだぁ?」
くすくすと笑いつつ、しかしその目は限りなく冷え切っている。まずい、と呻いて士郎は慌てて口を開いた。
「ち、違う。イリヤのことは勿論好きだぞ」
「本当に?」
炬燵の中に潜り込みつつ、怪しいなあ、と嘯くイリヤ。
士郎はそんな少女の目を真っ直ぐに見据えつつ、
「──うん、本当だ」
きっぱりと言い切った。
イリヤの頬が僅かに赤く染まる。
そして。
「何を見つめあっているのですか駄犬。ペドで○○なんて、なんて最悪」
険悪な声が聞こえてきたかと思うと、士郎が赤い布に巻き取られて床に転がされた。
「あでっ!?」
一方ルヴィアはそんな二人のやり取りを眺めつつ、わなわなと手を震わせる──
「なっ──ふ、不潔ですわ! まさかシェロがそんなだらしない人間だとは──」
「だあああっ! 違うううううっ!」
慌てて起き上がり、顔を青ざめさせながら周囲を見渡す──どうやら桜は完全につぶれているらしく、炬燵に突っ伏してくーくーと穏やかな寝息を立てていた。その横では目が据わり始めているバゼットがイリヤにおかわりを頼んでいる。ルヴィアゼリッタはなんてコト、と吐き捨てており、カレンはゆらゆら揺れながらにやにやと事態を傍観している──
「勝手に言ってるだけだから。事実無根。おっけー?」
きっぱりと告げるが、カレンは『ぽっ』と頬を染めて俯きつつ、空いている方の手をそっと自分の頬に添え、
「……あんなに激しくしてきたのに……」
「だから違うよなそれ俺じゃないよなっ!?」
「微妙ですね」
「なんでさっ!?」
手をわななかせて絶叫する士郎──
その背中に、のしっ、と重量感のある柔らかいものが押し付けられた。なんとか振り返ると、そこには顔を真っ赤にしているバゼット。
「だいたいー、士郎君はぁ、誰が好きなんですかぁ?」
「いや、あのな……?」
あと当たってるんだけど、となんとか真っ赤になりながら呻くが、最早誰も聞いていないようだった。
グラスを受け取りつつ、カレンもまた据わった眼差しを士郎へと向ける。
「あら。それは私も気になりますね。──ほら駄犬、さっさと答えなさい……?」
「だ、だからだな……」
「ふう、ん──? そうですわね、その話題は私も気になりますわ──ああ、ごめんなさい、おかわり頂けます?」
グラスを預けながらすっと目を細め、ルヴィアゼリッタ。
バゼットは『がっし』と士郎の首に腕を回しつつ、手にしていたグラスをぐいぐいと押しつける。
「そうだ、大体お酒がはいっていないのが悪い。ほら士郎君、空気読まないとだめですよ。ひとまずぐいっと飲んで勢いをつけるんだわんっ」
「いや、だから……」
士郎はなんとかそれを退けようと手で押し返して──
『…………………………………ん?』
全員が、首をかしげた。
バゼットは気にした様子もなく続ける。
「ほら、さっさと飲むんだわんっ。なかなかいけるわんよっ?」
あっはははははー、と笑いながら、絡みついてくる──
「ば──バゼット?」
それをなんとか振りほどきつつ、士郎はある可能性に思いつき、『ばっ!』と振り返った。
「まさか──!?」
視線の先にいるのは、銀髪の少女・イリヤスフィール。
少女はくすくすと笑いながら、
「ん、どうしたのお兄ちゃん?」
「い、イリヤ……? まさかとは思うが……」
少女はくすくすと笑いながら、グラスをかき混ぜる。
「どうしたの? 約束通り、わたしは飲んでないわよ?」
「い、いやそうじゃなくてさ。この前の、ほら、あれ──」
「ああ──」
ぽん、とイリヤは手を打ってから、満面の笑顔で、
「──これ?」
と。にこやかにどこからともなく、見覚えのあるカットグラスのボトルを取り出して見せた。
「って、やっぱりですかこの悪魔っ子──!?」
頭を抱えてから、士郎は手をわななかせて絶叫する。
「なんで持ってきてるんだよ!」
「え、持ってきてなんかないよ。この前から置きっぱなしになってたんだよ」
イリヤはぱたぱたと手を振って軽く否定した。
「ならなんで引っ張り出してくるんですかっ!?」
「面白そうだったから?」
「やっぱり確信犯だしー!?」
ああああああああああああ、と頭を抱えて転げまわる士郎。が、唐突に『がばっ!』と起き上がると、だらだら汗を浮かべながら、
「まずい……まずいぞこれは……ただでさえ皆泥酔状態だってのにこんなの口にしたらどうなるんだか──」
うんうん唸って苦悩する。と──
『………………。』
それは──本当に偶然だったのだろう。偶然だったのだろうが──、結果だけを言えば、その刹那に満たない一瞬の間、士郎はその際、カレンと目が合っていた。
視線が──交錯していたのだ──。
『………………。』
ごくり──と喉を鳴らしてから、士郎は恐る恐る尋ねる──
「ええと……、カレン、さん……?」
「……にゃんですか、ぷー」
『…………………………………………………………………。』
沈黙。
先ほどよりも遥かに重い沈黙が場を支配した。
「……………ぷ?」
首をかしげるカレン。が、自分でも何か妙だと気付いたのだろうか。ふらふらと頭を揺らしたまま、
「ぷー?」
と唸って自分の体を見渡している。
「……ぷー。なんでぷかこれぷー」
と、ばしばしとカレンの背中をたたきつつ、バゼットが笑う。
「あっはっは。カレン、何を変なことをいってるのですかわん」
「ほっといてくだぷ。あと痛いんだぷ。」
「…………なんだ、これ。」
うわあもう訳わかんねー、と半眼で呻く士郎。
数秒考え、そして、結論が出る──よし、もうほっとこう。
そそくさと士郎は立ち上がり、不自然でない程度に、しかし限りなく急ぎ足で襖へと向かい、聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声でぼそぼそと、
「……え、えーと。じゃ俺はそろそろ」
「まつぷー」
言葉と同時、聖躯布が『ぎゅるんっ!』と巻きつき、『べちゃっ。』と士郎が畳の上に転がった。
「くっそぉ……」
「にがさないぷー」
うふふふふふふぅ、とふらふら笑うカレン。
「えええええええええっと、カレンさん?」
「なんだぷ。この駄ぷー」
「あああああ、もう訳わかんないしいいいいっ!?」
頭を抱える士郎に、忍び寄る影が一つ──
「しぇー、ろー?」
ひっく、と呻きながらルヴィアはふらふらとした千鳥足で士郎の元までたどり着き──ぼすん、と士郎の胸に倒れこんだ。うわ、と顔を赤らめつつも、士郎はなんとか呻く。
「うふふぅ……しぇろー、あったかい、ですわー」
「る、ルヴィアさんもお願いだからしっかりしてくれよ──」
ルヴィアは気持ちよさそうに士郎の胸の中に顔をうずめていた。赤く染まった顔で士郎を見上げ、その頬に触れて──
「いいかりゃあ、わたくしと、一緒にぃ……」
「──ルヴィア、さん……?」
「すー…………」
ぱたん、と。
腕が落ちた。
どうやら眠ったらしい。
「──ふう……まあでも、これで少しは落ち着く……」
安堵の息を吐く士郎──そこに、『ふっ……』と影が落ちる。
見上げれば、そこには目が据わりきったカレンの姿。そして彼女はおもむろに聖骸布を操ると、
「何ねてるぷ。おきるぷ。」
べちんっ。
ルヴィアゼリッタの頬を叩いた。たまらず彼女は飛び起きる。
「あぐっ!? な、にゃにしゅりゅのでしゅ──はれ?」
頭を抱える士郎の横で、ルヴィアゼリッタがと自分で受けているのか、あっはっはと笑いながら、
「にゃ、にゃんでしゅのこれ──!? しぇ、しぇりょ、へんでしゅわぉーん!」
どうやら、オオカミらしい。いや、家柄を考慮すればハイエナなのだろうが。
「……うん、そうだね………変だよね………………………………」
そうしている間にも、とことことカレンは寝ている桜へと近づいて行き、
「ほらほら、さきゅらさんもおきるぷ。」
ゆさゆさと揺り起こしていたりする。
「はぇっ!? な、なんですかぁ──?」
びくんと顔をあげる桜。
事態に気付いた士郎は『がばっ!』と振り返って、
「て、待てー! これ以上犠牲を広げるな莫迦―!」
「飲むぷ。」
言ってカレンは、『がぽんっ!』と焼酎の瓶を桜の口へと押し込んだ。
「むぐっ──ん、くっ……」
こくん、こくん、と彼女の喉が動いている──
「暴れるぷー。」
きゅぽん、と瓶を口から抜くと同時、
「姉さんの、ばかー!」
叫んで魔力を放出する桜──。
「終わった……なんかもう、色々なものが終わった…………」
がっくりと畳に手をつき、うなだれる士郎。と──
「ただいまー。」
がらっ──
と襖が開き、凛が姿をあらわした。
「あー、姉さんだぁー」
「ぷ?」
「わん」
「おんっ」
「……さよならー。」
ぴしゃんっ。
表情をかけらも変化させることなく襖が閉まる。
士郎は瞬時に襖へと飛びつくと、襖を開けようと力を込める──が、凛もまた反対側から必死に支えているらしく、少ししか開かなかった。僅かな隙間から奥を覗きこみ、まあまあ、と士郎は無理矢理笑顔を作る──その実腕には血管が浮き出ていたりするのだが。
「ま、ままままあ待ってくれよ遠坂。せっかく来たばかりだろぉ……?」
顔を引きつらせながら、こちらも腕に全力で力をこめる凛。
「わ、わるいわね衛宮くん。急に用が出来たのよー」
だらだらと汗を浮かべながらも笑顔はあくまで崩さず、士郎は続ける。
「遠坂独りだけ逃げようなんて、そうはいかないからなー。こうなったら一蓮托生だぞー?」
「嫌よ! もうあんなのはごめんなのよー!」
髪を振り乱してあーもー、と叫ぶ凛。が。
「姉、さーん……?」
うふふふふふふふふ──と笑いながら、桜が近くに寄ってきた。そして。
「姉・さーんっ!」
ずぽんっ!
迷わず桜は襖を手刀で貫き、凛をつかみ上げる──。
「うわあ。」
言い訳のしようもないくらいにでっかい穴が空いた襖を見下ろし、士郎が呻く。
観念したのか、凛は桜に連れられてのろのろと居間へとはいってきた。後で覚えてなさいよ士郎、と目で訴えながら。
「もーぅ、どーこいってたんですかぁー?」
うふふふふふふー、と半眼で笑いながら、ぴっとりとくっつく桜。ああもうどうしたもんだかなあ、と顔を引きつらせ、凛はなんとか距離を取ろうと体をねじる──
「さ、桜あのね? わたし今日はちょっと体調が──」
「大丈夫です、倒れたらわたしが看病してあげますからー!」
むはー、と息まき、早速グラスに焼酎を注ぎにかかる。
「まずい……せめて、あっちのほうだけでも避難させないと……」
言って士郎はカットグラスのボトルを探す──が、見当たらない。
「くそ、どこ行った……?」
焦りが広がる。
「しーろうくんんー?」
のしっ……
見上げれば、バゼットが再び士郎にもたれかかってきていた。いやあのね、と士郎はなんとかどこうとするが、まとわりついて離れない。
「あっはっはー。しおーくんがぁ、うごいてますよーぅ」
「あああああ、この酔っ払いー……」
しくしくと涙する士郎。
「凛さん?」
そうこうしている間に、ふらふらとカレンが凛へと近づき、
「くそ、待てカレン──!」
無理やりバゼットをひきはがし、士郎はカレンへと全力で手を伸ばす──
「っ捕まえた……! そうはいかないからなぁ……?」
はがいじめにされるカレン。が、しかしよく見るとその口元がにやりと歪んでいる──
「────っ!?」
『ばっ!』と慌てて周囲を見渡すと、
「ほらほら姉さんっ」
「ああもうわかったわよ。普通のお酒なら飲むから……ん、何これ虎殺し……? 聞いたことないけど」
眉をひそめつつも、まあいいか、と自分で蓋を空け、グラスに注いでいく。
「はいっ、かんぱーい!」
「ん、乾杯」
かちんとグラスを合わせ、さて──と机を見渡す。どうやらもうすっかり開き直っているらしかった。
「んー、とりあえず何かお腹にいれたいなあ……あ、お刺し身あるじゃない」
と言いつつ、置いてあった刺身に手を伸ばす凛の姿が──。
「あら。ずいぶんと情熱的な包容ですのねぷ?」
言って、くすくすと笑うカレン。その視線の先にあるのは、凛の手にした醤油皿──
やたら濁った色の醤油が乗った、皿。
「っ駄目だ遠坂、醤油つけるなー!」
叫ぶ士郎──が、もう遅い。
「え?」
聞き返しつつ、凛は醤油を付けた刺身を口にして──
「……うにゃっ!?」
びくんと体を震わせ、瞬時に顔を真っ赤に染める……
「ああ……ああああああああああああああああああ……………」
絶望の淵にたたされ、がくりと項垂れる士郎。
「にゃられたにゃ……」
凛もまた同じようなポーズでしくしくと涙している。
が、やおら『がばっ!』と身を起こすと、
「こうにゃりゃやけだにゃー! さくにゃ、にょむにょらー!」
「はいっ!」
あはははははー! とやけになって、騒ぎ始める──
「……………………………………………………。」
たった今。最後の砦が、崩壊した。
士郎は呆然とどんちゃん騒ぎを眺めていた──が、やがてのろのろとイリヤへと振り向くと、
「……ええと、イリヤ」
「ん、なあにお兄ちゃん」
「俺にも……、くれないか」
真っ黒な顔でぼそりと呟く士郎に、イリヤはくすくすと笑いながら尋ねる──
「んんー? どっち? 普通のほう? それとも変な方?」
士郎は眼の端できらりと涙さえ浮かべながら、
「…………………………………………変な方。」
そう、言い切る。
かくして──
いつ終わるとも知れない混沌宴会が、幕を開けたのだった──。