後後後後後後後後後後後後後後後日談。 












 その部屋は暗く静かで──冷え切っていた。

 明かりが点いていないのには特に意味はない。ただなんとなく、そうしてもいい──それだけだった。

 こんな夜も悪くはない。そう感傷じみた思いを抱きながら、彼女は揺れる髪を手で押さえ、息を吐いた。開いたままの窓から風が流れ込んできている。

「あ、あの──」

 こんこん、と言う音とともに、扉の奥から声。

 立ち上がり、扉を開けるとそこには──

「あら。どうしたんですか?」

 寝間着姿の桜が立っている。

「……なんで真っ暗なんですか?」

 ぎょっとしたように身を引きながら、尋ねてくる。

「いえ、特に意味はないのですけれど」

 正直にそのまま話すが、彼女は納得していないようだった。ぎこちなく笑顔を浮かべている。

「は、はあ……」

 ──正直、面倒くさい。話を切り出させることにした。

「それで、なんです?」

「ええと、その──」

 視線を外し、ややもじもじとしながら呻いている。ふう、と顔には出さずに嘆息してから、あてずっぽうに行ってみた。

「衛宮士郎のことですか?」

「──……いえ」

 小さく首を振る。

 絶対にそうに違いないと思っていた予想が外れて、ようやくそこで興味を抱いた。

「では、なんでしょう。私に相談されるようなことなど……」

「相談じゃなくて、その」

 桜は俯いていたが、やがて顔を上げると、

「その──姉さんのことなんですけど──」

 ──がたん。風が強く吹き、部屋を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

衛宮の屋敷の離れの凛の部屋。机に向かっていた凛は、今までかけていた眼鏡を外して本を閉じた。

「さて、と。じゃあわたしもそろそろ──」

「おーい、遠坂入るぞー」

 と。言う声が、ノックと共にドア越しに響いた。

「んー?」

 両手を大きく上にあげた姿勢のまま、体半分振りかえって、

「あ、士郎? うん、ちょうどよかった。どうぞ」

「うん、お邪魔するぞ」

 という声と共に、扉が開いて士郎が入ってくる。

 ──夕暮れ。

 衛宮邸は珍しく落ち着いていた。いつもならば何かしら喧騒なり物音が絶えず響き渡っていると言うのに。

  彼女はこきりと首を鳴らした後、士郎へと向き直り、口を開いた。

「で、なに?」

 いや、大したことじゃないんだけどさ──と士郎は前置きしてから、

「今日の夕飯何か欲しいものあるかなって思っただけなんだけど。リクエストとかはないか?」

 凛は唇に指を当ててしばらく考えていたが──やがて静かに首を横に振り、肩を竦める。

「んー……、特にないかなあ。衛宮くんに任せるわ」

「わかった。じゃあもう冷蔵庫の中にあるので鍋にしよう。……で、何がちょうどよかったんだ?」

 やや身を乗り出してくる士郎に、凛はきょとんと目を瞬く。

「え?」

 何のことかわからない、と言うように首をかしげる──士郎は両手を広げて再度説明した。

「ほら、さっき言ったろ。ちょうどいいとかなんとか」

「あ、そうだそうだ」

ぱん、と手を打ち、彼女はいそいそと机の上にあった紙を取り上げた。その横には開封されたエアメールが置いてある。どうやら紙の正体はそれの中身のようだった。彼女はその文面にざっと目を通してから、うん、と小さく頷いて見せた。そして再度士郎へと向き直ると、 

「──士郎、わたしもう少ししたら、ロンドンに戻るから」

 と、静かに告げた。

「え──」

その言葉に士郎は絶句した。

ええとね、と凛は苦笑しながら、便箋をひらひらと振ってみせて、

ロンドン(あっち)でなんか色々あったらしくて。だから急になるけど、もう少ししたら時計塔に戻ることになると思う」

「──そうか。遠坂、ロンドンに戻るんだったよな」

 ぽつり、と士郎が零したその一言に、凛は再度苦笑した。

「ええ。いつまでもこっちにいるわけにもいかないし。──ああでも、もうちょっとゆっくりできると思ったんだけどなあ……」

 全くもう、と唸る凛をよそに。

「──そう、か……」

 士郎はそう呟き、きゅっと手を握り締めていた。

「……士郎?」

 声にびくりと体を震わせ、士郎が顔をあげると、そこには不思議そうにきょとんとしている凛の姿。士郎は慌てて手を振って、

「ああ、いや──」

 と。そこまで呟き、ぱたりと手を降ろした。俯いていた視線を上げ、窓の外を見やる──

──そうか、うん、そうだよな。遠坂、ずっとこっちにいるわけじゃないんだよな……」

「そりゃあね」

凛はあっさりとそう言って肩を竦めた。ぎし、と椅子を軋ませ、背もたれに身を預けながら──、苦笑。

「でも、そんなの士郎だって同じでしょ?」

「え?」

 意表をつかれたというように、士郎はぽかんと口を開けた。

「? 違うの?」

「いや、俺は──」

 首を横に振ろうとして。

 そこで──ぴたりと士郎は動きを止めた。

「俺、は────」

 呟く。

 知らず、拳を握る手の中に、じっとりと汗が浮かんでいた。

「うん……そうか。そう、だよな……」

 ぼんやりと、そう呟く。

 ──ふと窓の外を見れば、赤い夕日が差し込んできていた。

 

 

 

 

「ロンドン、か」

 呟きながら、廊下を歩く。

 赤く染まった庭を見ながら、ゆっくりと士郎は足を進めていた。

「時計塔──」

 歩を止めて、ぼんやりと庭を見やる。

 屋根の影が、長く伸びていた。

 夕暮れはほんの一時。

 後少しもすれば、日は落ちて夜へと変わっていくのだろう。

「──……」

 ふ、と小さく息を吐いて、士郎は再び進み始めた。と──

 少し先の屋根の影が、こんもりと盛り上がっていた。

「……?」

 疑問に思い、つっかけを引っかけて庭へと出る。

 見上げると、答えはすぐに出た。

 苦笑しつつ、壁に立てかけてあった梯子を手に取り、屋根に立てかける。たん、たん、と小気味いいリズムで段を上り、

「よっ──と」

 掛け声と共に、一気に体を持ち上げる。

 夕暮れ。空は赤から黒へと次第に変化していくその狭間。僅かに流れる風が、彼の髪を揺らしている。

 士郎は苦笑しながら、軽く片手を上げた。

「ええと──邪魔してもいいかな……?」

「ええ。どうぞ、士郎君」

 一連の行動を屋根の上から黙って見守っていた彼女は、手をひらひらと振りながら、そこでようやく声をあげた。

「どうしたんだ、こんなところで」

 その問いに、バゼットは苦笑した──さっと手を振りながら、肩を竦める。

「それを言うのなら士郎君もでしょう? ──だから、そうですね。きっと来た理由は一緒なんだと、そう思いますよ」

 士郎はその言葉にきょとんと目を丸くしていたが──やがて納得いったのか、ふっと小さく笑い、バゼットの隣に腰掛けた。

「うん、そうか。──あ、でもそれにしても、ここ、知ってたんだな」

「ええ、先日士郎君がいるのを発見しました」

ふふっ、と軽い笑顔。

そうしてバゼットは視線を空へとずらした。眩しそうに目を細めながら、呟く。

「──この町は」

 すっ──と息を吸い、小さく頷き、彼女は続ける。

「……いいところですね」

「ん、そうかもな」

 士郎もまた、短い返事。

「士郎君」

 呟き、バゼットは再び士郎へと向き直ると、

「……ありがとう」

 微笑を浮かべたまま──、そう囁いた。

 士郎は一瞬きょとんとしていたが、すぐに頬を染めると、ふいっとそっぽを向いた。照れくさいのか、頬をかきながら、口の中で呻いている。

「な、何なのさいきなり。お礼を言われる筋合いなんて──」

「いえ、言わせてください。君には色々と世話になりました。それに──」

 バゼットは静かに首を振り、手のひらに目を落とす。

「──それに、大事なことにも気づかせてくれました……」

 言いながら、そっと自分のポケットに触れる。

「──?」

 士郎はよく意味がわからなかったのか、口を閉ざしている。と──

「士郎君」

 バゼットは街を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「士郎君は──運命を信じますか?」

「……どうだろうな」

 士郎は、ぼんやりと夕焼けを眺めたまま。

「……では、未来は? 私たちが進む道は、どう決まっているんでしょうね」

 バゼットもまたその赤い光景を見据えたまま、そう零す。

「…………」

 士郎は一瞬だけ、ちらりとバゼットを眺めた。

 ──赤い光に染まった彼女の横顔。

 ──それが、眩しくて。

 ──士郎はまたすぐに視線を元に戻してしまう。

「未来は……決まってない、と思う」

「そうですか」

 バゼットは小さく頷いた。

「今は、どうなんでしょうね」

「ここにいる私たちは──本当に(・・・)────」

「──あ、こんなとこにいた。──ほらぁ士郎? ご飯作るんでしょう?」

 と、声が下のほうから聞こえた。

顔を出してみると──、そこには何やってるんだか、と呻いている凛がいた。

「あ、ああ悪い遠坂。今行く」

 慌てて立ちあがり、梯子を降り始める士郎に、凛はさりげなく訊ねた。やや口を尖らせて。

「ったく、二人きりでそんなトコのぼって何してたのよ」

「何もしてないぞ」

 ん? と真顔で返す士郎に、凛は一瞬ぐ、と言葉に詰まった。それから深く深く嘆息して、

「ああもう、わかってるわよっ。──ほら、早く来なさいよね」

 腰に手を当て、そうせかす。

 庭に降り立った士郎は、あ、とふいに声をあげた。

「……そうだ。なあ遠坂、後でちょっと話があるんだけど──」

 士郎の顔は真剣なものだった。

「え、なによ………?」

 凛はやや身じろぎしつつも、尋ねる。士郎は口を半ばまで開き──そして、そこで止めた。いや、とかぶりを振り、ゆっくりと呟く。

「──ええと、うん。また後で話したい。ちょっと大事な用なんだ」

「そ、そう。わかったわ──」

 曖昧に頷く凛に、士郎は頼むな、と告げる。

 その様子を屋根の上から眺めながら──バゼットは僅かに目を細め、破顔していた。

 士郎と、凛。

 言い合いながら、庭を歩く二人の男女。

 

坂道を上り、木々を抜けて、どこか見覚えのある少年少女が──

 

(ああ──この光景は──)

 知らず、思い浮かんでいる。

 懐かしさに身を包ませるように。あるいは違和感に体を苛ませるように。

(そうだ──違う(・・)──あの時は、こちらに向って来ていたはず。風景も、違う。ここではなかった──)

 それは、脳の裏側、そこにほんの僅か引っかかっている記憶とも言えない幻影。

「……アンリ」

 呟いて、そっと左手を撫でる。

 さあっ……

 風が、髪を揺らす。

「ああ──そうか」

 ふと気づけば、口からそう呟いている自分がいる。

「そうだ。答えなんて、そんなもの。」

 零れ落ちたのは、苦笑だった。

 彼女はやれやれ、と嘆息し、両手を伸ばし、ごろん、と屋根の上に横になる。

 ──そして、そこではっと息を呑んだ。

 ──あか、だった。

 ──視界いっぱいに、夕焼けが広がっていた。

 ──透き通るような紅が、ただ、空一面に。

「…………………」

 言葉は出なかった。

 バゼットは、ただ空を見上げながら──瞳を揺らした。

 これまでの時間に思いをはせる。

 と──。

「あ、バゼットー」

 ふいに下から声が聞こえたかと思うと、ひょっこりと凛が顔を出した。

「?」

 こちらもまた顔を突き出して疑問符を浮かべると、凛はこいこい、と手まねきをして、

「バゼットも手伝いなさい? 働かざる者食うべからずよ」

「……そう、ですね」

呟き、そっと右のポケットをなでる。

そして彼女はすっと息を吸い込むと、

「────私も、行くとしましょうか」

 言って、梯子を使うことなく、飛び降りる。そのまま凛の隣へと追いつき、口を尖らせた。

「……それにしても凛さん、私は働かざる者ではなく働きたいという意思はあってですね──」

「いや、それはそう言うことじゃなくてさ──」

「そうそう。細かいことはいいっこなしよ。──それにしても他の皆は? なんか全然姿みえないんだけど……」

「ああ、そう言えばそうですね──」

  ──夕暮れ。赤い空は、端を次第に夜へと変えつつあった。

 

 

 

 

 

 

「よし、できたぞ」

 どんっ、と机の上のコンロに、土鍋が置かれた。

 本日のメニューは湯豆腐だった。

「士郎―、コップコップ」

 ちっちゃいやつね、と凛が焼酎のボトルを手にしながら催促する。士郎は苦笑しながら再び立ち上がり、キッチンへと向かった。

「ああ、はいはい。飲みすぎるなよな」

「それにしても──」

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋を眺めながら、ぽつりとばぜっとは呟いた。

「そう言えば、こうして三人で食べると言うのは初めてですね」

「ん? ああ、そう言えばそうかも。最近は常時5人くらいはいるものねえ……」

 もみじおろしの入った皿に手を伸ばしながら、凛。

「まあ、たまにはこんなのもいいだろ。それにどうせ、皆すぐに帰ってくる」

 そうそう、と頷いて、凛はコップに焼酎を注いだ。

「──じゃあほら、熱いうちに食べましょ。いただきます」

「頂きます」

「召し上がれ、っと」

 士郎が席につき、箸を手に取る。

「あ、あふっ、あついっ」

 はふはふと豆腐を口にいれながら凛が喚く。

バゼットはうんうんと頷いて、

「なるほど、これは栄養価が損なわれていない。非常にすばらしい」

「だからね……」

 半眼で唸る凛。

 と、そこで会話が途切れた。

 ぐつぐつという鍋の音だけが部屋に響く。

「……なんか、あれだな。静かだな」

「まあ、皆用事あるんでしょ」

「ん……」

 気にすることないわよ、と言う凛に、士郎は生返事を返した。

「……遠坂も、もうすぐいっちゃうんだよな」

「ん? ああ、そうね。でもそれを言うなら士郎、貴方だって──」

「──うん、そうだな。俺も……前に進まないとな」

 ぎゅっ、と箸を強く握りしめ、頷く。

 きょとんとしてバゼットは聞き返した。

「──士郎君もどこかにいくのですか?」

「そうだな──うん、そのうち、そうなると思う」

「そうですか」

 ぽつり、と呟く。

 取り皿の中の白菜をがばっと箸で掴み、バゼットは眼を細めた。

「では、もうじきこうして皆で食卓を囲むということもなくなるのですか……」

「そう──なるのかな」

「……そうですか」

 ふ、と息を吐く。

 それからバゼットは顔を上げると、

「寂しいですね──」

 眉根を寄せて、苦笑。

「──いいのよ、それで」

「え?」

 その言葉に、バゼットと士郎は思わず振り返った。

 凛は片目をつむり、ぴこぴこと箸を振りながら、

「だってしょうがないじゃない。所詮わたしたちは他人だもの」

「遠坂」

 たしなめるような士郎のせりふを流して、凛は首を横に振った。

「いい、士郎。自分以外が他人なのよ。限りなくすり合わせることはできても全くの同一化は出来ない。人間ってそう言うものよ」

「それは──そうかもしれないけどさ」

 ぐ、と言葉に詰まる士郎。

「今の話だってそういうことでしょ? ロンドンに行くのなら士郎、貴方は今までみたいな生活は出来ない。桜や藤村先生とちょくちょく顔なんて合わせられない。まあ当然っていえば当然だけどね。でも勿論、日本に残って普通に暮らすって道もある。どちらかを選ぶかは、士郎──あなた次第よ」

 そう──真っすぐ告げた。

「…………遠坂は」

 士郎は慎重に言葉を選び、告げる。

「遠坂は、ロンドンに行く道を選んだんだよな」

 凛は多少、表情を緩めた。

「そうね。でも言ったでしょ? 自分以外が他人だって。参考にするのは別にかまわないけどね、決めるのは士郎、貴方自身よ」

「……大丈夫だ遠坂。うん、そうだよな、自分が決めたことなんだ。自分の人生くらい自分で責任持つぞ」

 こくこくと頷く士郎に、凛は満足そうに笑って見せた。

「──ん、上出来」

「まあ、そうですね」

 目を細めながら、バゼットはお茶を啜った。

「いつかは皆ばらばらになるんでしょうねえ」

「そりゃあね。こんな面子がずっと一緒にいろって方が無理でしょ、どう考えても」

 軽く笑い、肩を竦める。

「うん、それは言えてるな」

「でも」

 もやしを鍋から摘み、凛は涼やかに囁く。

「でも──、それでいいじゃない。ばらばらでも皆が皆、それぞれの道を見つけて──、進んでいって……」

「遠坂……」

「でも、それでもね、士郎」

 凛はふっと眼を閉じ、歌うように囁く。

「時たまここに帰ってきて、皆で騒いで、食べて──」

 そして、目を開けると──微笑んだ。

「──そんな帰る場所があれば、いいと思わない?」

 士郎はその表情に見惚れたように頬を赤く染めていたが──やがて、感慨深く呟いた。

「……帰る、場所か」

「ああ──それはいいですねえ。ええ、実にすばらしい」

 しみじみと呟くバゼット。

 凛もまたこくこくと頷きながら、

「だから──うん、それでいいのよ」

「そう、だな……」

「でもね士郎、貴方は要注意なんだからね」

 にやりと意地悪そうな色を浮かべる凛の目から視線を逸らし、ぐっと呻く士郎。

「な、なんでさ」

 口を尖らせると、凛は呆れたように嘆息した。

「なんでって──あのねえ士郎、貴方すぐ一人で突っ走ろうとするじゃない。危なっかしくて見てられないわよ」

「ぐっ……」

 その言葉に反論の余地もなく、士郎は黙り込んだ。

 しょうがないわね、と凛は表情を緩めると、

「まあでも、あれよ? ロンドン来るつもりなら、それこそ本当にみっちり仕込んであげるから覚悟しておきなさい?」

「──ああ、わかった、覚悟しておく。手加減なしで頼むぞ遠坂」

 そう囁く士郎の眼差しはとても真っすぐで。

 凛は、思わず視線を逸らしてしまう。

「──ふうん、ってことは、決心、固いんだ」

 ぽつりと呟いたはずの独り言は、意外にも大きな声で紡がれていた。

 士郎はじっと自分の手を見つめてから、こくりと頷いた。

「……みたいだ。遠坂に言われてなんか改めてわかったけどな」

「それにそもそも貴方は進もうって道が間違う時があるんだから──」

「──大丈夫だよ」

 凛の言葉を遮り、士郎は笑う。

「……なんでよ」

 仏頂面で凛が尋ねると、士郎は。

「遠坂と一緒なら、道なんて、間違えるはずなんか、ない」

 そう、きっぱりと言い切った。

「………………っ」

 耳まで顔を真赤にして俯く凛。

「ええと、その……御馳走様です」

 やれやれ、と肩を竦めるバゼット。

「ふ──うふふふふふふふ……」

 そして、襖の隙間から洩れる声と殺意──。

「ってなんだぁっ!?」

 思わず士郎が叫ぶと同時、『すぱーん!』と襖が開ききった。

 そこから姿を現したのは──満面の笑みで背後にドス黒いオーラを背負った桜である。いや、桜だけではなかった。セイバー、ライダー、カレン、イリヤ。いつものメンツがそこに勢ぞろいしている──

「ずるいなあ。姉さんったら一人で抜け駆けなんて本当ずるいなあ。許せないなあ……?」

「ぬ、抜けがけって何よ──」

 なんでいんのよ、と体を後ずさせる凛に向かって続けたのは、カレンだった。

「凛さんの様子が最近変だということで見張っていたのですが、案の定──ですね。ふふ、一人でお持ち帰りなんてそんなことさせませんわよ?」

「はーなーせー」

 と呻いているのは、彼女が手にした聖骸布である。要するに士郎である。

 『だんっ!』と机と叩いて喚くのは──セイバー。

「シロウもシロウです! どうして私たちには何も相談を──」

「や、相談ったってついさっきのことで──」

 もがもがと呻く士郎に、ウワーンとイリヤが喚く。

「お兄ちゃんひどいっ。イリヤのことなんてどうでもいいんだー!」

「だーかーらー!」

揺れる赤い布の塊。

「あ──そっか。そうです、よね」

 ずざっ。

 ふいに低く呟いたのは、前髪で表情を隠した桜。

「先輩が姉さんと一緒に行くっていうんなら」

 ざっ。

さらに、一歩。

「姉さんをどうにかしちゃえば、先輩もここにいるんですよね──!?」

「え……?」

 ふいに回ってきた矛先に、顔を引きつらせる凛。

「成程……?」

 『きゅぴーん』と目を光らせるイリヤとセイバー。

「っ捕まえて下さい皆さんっ!」

 ずびし、と凛を指さす桜。

「了・解──!」

 『ばばっ!』と飛びかかるセイバー。そしてライダー。

「って、」

 反射的に凛は身を翻して、

「なんでこうやるのよおおおおおおおおおっ!?」

 廊下へと飛び出し、一気に駆け出す!

「逃がしちゃ駄目です捕まえてふんじばって色々とー!」

 ふんはー、と目をきらきら輝かせる桜。

「サクラ、鼻血鼻血」

 瞬時に舞い戻り、ティッシュで桜の鼻元を押さえるライダー。

「なにか目的と手段が擦り変わってる気もしますが!」

 まあいいでしょう、と飛びかかるセイバー。

「いい加減ほどいてくれー」

 もがもが呻く赤い布塊。

「駄目です」

 きっぱりあっさり言い捨てるカレン。

「やれやれ……」

 ひとりマイペースに湯豆腐を食べ続けるバゼット。

「あああああああああっ! いい加減にしなさいよねあんたたちー!」

 どたばたと走りながら、凛が絶叫する──

 夜。衛宮邸はいつものように騒がしく賑わっていた──。

 







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