1.
太陽は穏やかに照らしていた。雲はあるものの、風さえ吹かなければ過ごしやすい、そんな一日──
「……と、言うわけで」
ずいっ、と。
半眼、やけに力の篭った目で一同を見渡し──、凛は重々しく呟いた。
「……緊急事態よ」
衛宮邸・居間。特に何があるわけでもない、ごくごくいつもどおりの昼過ぎ──の、はずだった。
「何がさ」
聞き返したのは士郎だった。その隣では桜、セイバーがうんうんと頷いている。
「……いいのね。本っ当に言っていいのね?」
口を曲げて唸る凛に、ぱたぱたと手を振り、桜。
「や、やだなあ姉さん、そんなに脅かさないで下さいよぅ」
「別に脅かしているとかそういうんじゃないんだけどね。……まあいいわ。──これよっ」
びっ。
凛が取り出したのは、一通のエアメールだった。すでに封は切られている。彼女はそれをひらひらと振りながら、
「あっちの知り合いでね。ルヴィアゼリッタって言うんだけど。そいつがどうも、屋敷の視察を兼ねてこちらにやってくる、って言ってるのよ」
そう一息に説明した。説明して──
『……………………?』
居間に、奇妙で微妙な沈黙が広がった。
「……それのどこが緊急事態なんだ?」
おずおずと、皆の意見を代弁する形で士郎が尋ねると、凛は拳を握り締めてがあーと叫んだ。
「十分大事じゃない! なんで日本でまであの女と顔を合わせなきゃいけないのよっ!?」
「い、いやそんなことを言われてもだな──」
目を白黒させる士郎の向かいから、バゼットが口を尖らせる。
「そうですよ。折角数少ないお友達が尋ねてくるのなら歓迎するべきで──」
「あらバゼット、貴方そんなこといっていいの?」
あと友達少ないってどういう意味よ、と笑顔を貼り付けたままにこやかに尋ねる凛。
「は?」
バゼットは僅かに眉をしかめた。
「多分彼女が来たら、すっごく困ることになると思うわよ? 特にその三人」
言って、カレン、バゼット、セイバーを指差して見せる。
「え、なんだこの組み合わせ。何かあったっけか?」
首をかしげる士郎。
「………………まさ、か──」
何か思い当たるとろでもあるのか、急速に顔を曇らせていったのはバゼットだった。
凛は深々と嘆息しつつ、
「そのまさかよ。──ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。正真正銘、あの屋敷の持ち主なんだからね……」
「あの屋敷……?」
こくん、と首をかしげたのはカレンだった。
「ってアンタが忘れてどうするっ!?」
「そうですよ!」
刹那の切り返しで叫んだのは、士郎とセイバー。
士郎はばたばたと手を振り回しつつ説明する。
「ほら、なんか跡形もなく壊したあれ! セイバーが変な格好させられてた!」
「そうです、私が変な──変、な……ううう」
言いながら、急速に縮んでいくセイバー。
「……ちょっと待ちなさいよ、変って何よ変って」
そして凛が半眼で唸り、士郎がやはり同じような表情で言い返す──
「だって変だろあれ」
「やかましいっ! そりゃ変だけど仮にもわたしが着てたんだからそんなに変変連呼しないでよねっ!?」
『だんっ!』と机を叩いて喚く凛をよそに、バゼットはだらだらと汗をかきつつ目を白黒させている。
「そ、そんなことより、ど、どどどどどどうすれば──!?」
ようやく落ち着いたのか、凛はふむ、と考え込んだ。むー、と唸りつつ、
「どうすればって言われてもねえ」
腕を組み、口をつぐむ凛。その頬には一筋の汗が浮かんでいる。
「そうだな。あそこまで還付なきまで消滅させたらさすがになあ……」
苦笑する士郎。
「誠心誠意謝る──と言うのは?」
みかんの皮を剥きつつ、セイバー。
「速やかに逃げることを提案します」
にこやかに提案するカレン。
「お金で妥協してもらうというのはどうでしょう」
きらりと眼鏡を光らせ、ライダー。
「洗脳―っ」
勢いよく手を挙げて、イリヤ。
「あのう、ちょっといいですか?」
おずおずと手を挙げたのは桜だった。
「ん? 何よ桜」
腕を組んで見つめてくる凛に、半笑いになりながら彼女は告げた。
「ええとその……そもそも、屋敷を直せば話は全て丸く収まるのでは?」
「……あのねえ。それが出来たら苦労しないっての……」
はあ、と深く嘆息する凛。
「い、いやあのな桜。いくらなんでもあそこまで壊れたものはだな──」
頬を引きつらせながら呟く士郎の後に、凛が付け加える。いつの間にか眼鏡をかけながら。
「そういうコト。壊れた物をただ直すだけならともかく完全にない状態から作り上げるって言うのは、要するに投影魔術になるのよ。士郎にはさんざん説明してるからわかると思うけど、あれは使い勝手は物凄く悪いわ。普通なら大体五分とかそこらで消えちゃうし、なにより家を投影するなんて聞いたことないわよ」
すると桜はむっとしながら、
「そのくらい知ってますっ。わたしが言っているのは、そう言った常識の範囲内で修復するということではなくて、ですね──」
そして彼女はぴっと指を立てると、ごくりと喉を鳴らしながら身を乗り出した。
「例えば、こんなのは、どうでしょうか──?」
晴れていた空は、何やら妙な雲行きになってきていた……
2.
「で、これですか」
顔をしかめて呻いたのはバゼットだった。
「はい、これです」
ごくり──と喉を鳴らし、真剣な表情で頷いたのは桜である。
「よりによって、これ、ですか……」
むう、と唸るセイバーの横で、凛は顔を押さえて嘆息した。
「……まあ確かに、常識的に考えて無理なことやるからには、手段も非常識なものにするしかないってのはわかるけど……」
ちらり、と部屋の中のメンバー全員を見渡しながら、
「問題は、誰が変身するのかってことよね? ──あ、ちなみにわたしは嫌よ?」
さりげなく笑顔で牽制を入れる凛。
──ぴしり、と。居間の空気が一瞬硬化する。
「わ、わたしも関係ありませんし。やる必要なんてどこにもないですよねっ」
そそくさと言って、さあお昼の準備しなくちゃ、とキッチンに引っ込む桜。
「私は騙されたほうですので。むしろ被害者ですので」
ぎこちなく笑い、セイバーもまた桜の後に続く。
「私もですね。そもそも話の内容もつかめていないことですし」
言い切り、読書へと戻るライダー。
「さあリズ、セラ帰るわよー」
「了解、イリヤ」
「かしこまりましたお嬢様」
きっぱりと真顔で言い切り、すたこらと屋敷から出て行くアインツベルン三人組──
──そして。
『……………………。』
後に残されたのは、カレンとバゼットだった。
じわり。硬化した空気はさらに淀む。
「まあ、当事者だしな?」
あきらめろ、と笑いながら士郎は二人の間に割って入った。刹那──
ひゅごう────っ!
その鼻先と、後頭部を。何かが掠めた。ちりちりと嫌な匂いが漂う。目の前にあるのは腕だった。バゼットの握り拳が士郎の目の前にある。
ぎこちなく首と視線を動かし、背後を確認すると──、そこにあるのはカレンの聖骸布。
「あ、あああああああああのなあ……?」
がくぶると顔を震わせながらなんとか呻く士郎。だが、その言葉にすら耳を貸さないのか、両者とも、全くの無表情のままである。
「はいはい、そこまでっ」
ぱんぱんと手を打ち、口を挟んだのは凛だった。
「と、遠坂……」
心底ほっとしたように安堵して、士郎は素早くその場から離脱。ああもう情けないわね、と呻きつつ、凛は再び二人へと向き直ると、ぴっと指を立てた。
「とにかくそんなのじゃんけんでもなんでもいいからぱぱっと決めちゃいなさい。屋敷の中で暴れるなんて論外なんだからね?」
「ふむ、なるほど。じゃんけんでいいのですね、凛──?」
ぎらり、と目を光らせるバゼットに、凛は満面の笑顔で頷いた。
「ええいいわよ。ただし後出しと宝具と暴力の使用は厳禁。──はいじゃあ行くわよ、最初はぐー、じゃん、けん──?」
ぱぱっと言い切りつつ進行させていく凛の言葉に、二人は目を白黒させる。
「え、な、な──!?」
「え、ええとそれでは私はパー! パーを出し、」
わたわたと二人が準備し、そして──
「……ぽんっ!」
凛の声が、居間に響き渡った。
3.
そして。
「なぜ、私はあの時パーを…………」
居間の隅でがっくりとうなだれているのは──バゼットだった。その脇には、カレイドステッキがちょこんと置かれている。
「うんまあ、勝負は勝負だしな」
「……わかっています、そのくらいっ」
しょうがないだろ、と呟く士郎にがあーと叫ぶバゼット。そして彼女はぎろりと殺意に近い何かを込めつつステッキを見下ろした。
「ほら、いきますよルビー」
言いつつ、どこからともなくマジックハンドを取り出し、ステッキをがっしと掴む。
「あはー、と言いつつこの仕打ちはあんまりなような」
「……仕方がないでしょう。往来で変身などしたくありません。あくまでやるのはあっちに着いてから、です」
はあ──と心底嫌そうな嘆息を一つついてから、のろのろとバゼットは歩き出した。とぼとぼと、背中を丸めて。明らかに引き止めて欲しいのだろうがあえて誰も声はかけない。
がくりとうな垂れつつ、敷居をまたぎ──そこでバゼットはぴたりと足を止めた。
「……ああ……そうだ」
「ん?」
聞き返す凛に、バゼットはゆっくりと振り返った。その顔に浮かんでいるのは、笑顔。もっと正確に言えば笑っている表情。その瞳に絶望やら怒りやら何やら複雑すぎる色を浮かべつつ、バゼットはさらりと告げる──
「付いてきたら、命の保証はしませんので。」
『あ、はい。』
思わず全員真顔になって、頷く。
よし、と呟き、そしてバゼットはのろのろと歩いていく……
「……ああそうです」
再びバゼットが足を止めた。
微かにいらっとした表情を浮かべ、凛がん? と聞き返す。
「一時間して帰ってこなかった場合は、様子を見に来てください」
「わかったわ」
鷹揚に頷き、いってらっしゃーい、とひらひら手を振る凛。
「……そ、そうです」
今度は一歩も進まないうちに、またもや足が止まる。
「…………何?」
こめかみをひくつかせながら、それでも凛は聞き返す。バゼットはやや視線を逸らしながら、顔を赤らめ、そして。
「迎えは出来たら士郎君が──」
「い・い・か・ら──」
呻き、凛とその背後に控えている皆がぎらりと目を光らせ──
『とっとと行ってこおおおおおおい!』
「ああああああああああああああっ!?」
炸裂する閃光と爆裂を背に、バゼットは屋敷を飛び出した──。
4.
「ったく、だらだらだらだらめんどくさいのよねー」
テレビのチャンネルをぱちぱちと変えながら呟いたのは凛だった。
「あはは、やだなあ姉さんったら、そんなほんとの事をきっぱりと」
全員分のお茶を乗せたお盆を机に置きつつ、桜。
「全くですね。自分が原因なのですから自分で責任を取るのは当然の責務でしょうに」
ふう、と息を吐くカレンにこっそりと士郎が呻く。
「アンタが言うなよ……」
「なんです。何か問題でも?」
きろりと聞き返しつつ、瞬時に聖骸布が士郎を拘束する──!
「だから意味なく縛るんじゃないっ!」
『すぱーん!』と頭をスリッパではたき、凛。と、セイバーが居間の時計を眺めつつ、ふむ、と呟いた。
「しかしもう40分ですか。そろそろ帰ってきてもおかしくはない頃合いで──」
と──。
『だだだだだ……』とどこからか音が響き始めた。ん? と凛が顔をしかめる。次いで『がちゃ、ばんっ!』とまるで門を開いたような音がくぐもって聞こえ、さらには『がらっ!』と玄関が開くような音が鳴り、『だんだんだんだんっ!』と廊下を全力で踏みしめるような音が鳴動し──
「助けてくださいいいいいいいっ!」
最後に『がらっ!』と襖が開き、そこから飛び出したのは──言わずもがな、バゼットである。特に妙な格好になっているわけでもなく、いつも通りのスーツ姿だった。
「あはー、ただいま戻りましたー」
その横でぴょいんぴょいんとステッキがはねているのだが、誰も相手にはしなかった。
「バゼット、どうしたんだ?」
ほら水な、とコップを渡しながら声をかけたのは士郎だった。
「あ──ああ、ありがとう、ございます……っ」
コップを受け取り、それを一息に飲み干してから──彼女は盛大に息をついた。
「はあ……」
「で、なにが助けてだって?」
腕を組みながら凛が聞くと、バゼットははっと顔をあげた。
「そうです! あああ……一体どうすれば……」
「だから訳わからないのよ。何かあった──のよね? なに、またこの莫迦ステッキが何かしたの?」
顔を真剣なものにして凛が問い詰めると、バゼットはさっと視線を逸らした。
「い、いえ。と言うより、出来なかったといいますか……」
『………?』
皆が皆、一斉に疑問符を浮かべる。
「あはー、それについては私の方から説明いちゃいましょう!」
「うん、いいから黙ってて。──それで? 何がなんだって?」
あっさりとルビーの申し出を拒否し、凛はバゼットに詰め寄る。
「ええ、実はですね。平行世界のどこにも、修復が出来るバゼットさんがいなかったのです!」
そして凛の言葉は聞こえなかったことにしたのか、ルビーは平然と説明した。
「……さすが破壊者。壊せても直せはしない、と」
「カレン。何か?」
ぼそりと呟いたカレンの声をバゼットは聞き逃さなかった。にこやかに笑いながら拳を握り締める。カレンはさっと視線を逸らした。
「いえ別に何も」
ちょっと待って、と凛が口を挟む。
「ええとじゃあ何? あっちの屋敷って壊れたままなの?」
「あはー、そうですよー」
気楽なルビーの声に顔をしかめながら、凛は嘆息した。
「何よそれ……」
呻く。その横では、バゼットが低く笑っていた。
「……全く、色々とありえませんね。まあしかし、ないものねだりをしてもしょうがない。それよりは──より効率的な方法を探すべきです。そうは思いませんか、凛さん?」
「え? あ、うん。確かにそう、なんだけ、ど……?」
雰囲気に押されてか、じりっと後ずさりをしつつ同意する凛。そしてバゼットは全員をぐるりと見回した後──おもむろにマジックハンドを取り出し、『がっ。』とステッキを掴んだ。
「さて皆さん。これから私がすることがわかりますか?」
「え、なんだ? 何か他に手なんてあるのか?」
首をかしげている士郎に向かってバゼットは頷いた。
「ええ。確かに私には並行世界にはあの屋敷を修復できる能力を持った者はいませんでした。ですが──」
『きゅぴーん』と目を光らせ。バゼットは低く笑う。
「この中の誰かには、いるかもしれませんよね──?」
ざわっ……
──空気が揺れる。
バゼットが言葉を紡ぎ終わり。皆がその言葉を聞きとり。そしてその内容を理解し。彼女が何をするつもりなのかを推測してそれに対して何をすべきなのかを吟味して────
「ええ。つまり、代わりを探す、ということです」
あくまでもにこやかにバゼットは告げ、
「ッ逃げろ皆──────っ!」
顔色を変えて士郎が叫ぶ──よりも早く。
「逃がすかあああああああああああっ!」
バゼットが一気に居間の中央へと跳躍した──。
5.
──1時間後。
「はあ……はあ……」
吐息が零れ落ちる。
「うう、もうお嫁にいけません……」
──居間は、ただひたすら混沌としていた。皆が皆、屍のようにぐったりと倒れ付している。変身は解除しているため、いつもの私服ではあるが。
ただ一人、ステッキの能力の対象外である士郎だけは無事のようだった。
「ま、待ちなさいルビー。私がもう一度実験する意味は、どこに……?」
ふるふると顔を持ち上げ、バゼットが呻く。ルビーはあっさりと、
「何を言っているんですか。その場のノリです。厳しい現代社会、空気を読まないと色々タイヘンなことになるんですからねっ?」
「ああもうこの莫迦ステッキは……っ!」
歯噛みしつつ、それでも気力の限界なのか、がくりと倒れ付すバゼット。
──居間そのものも、何やら色々と大変なことになっていた。まず机の上にはフィッシュ&チップスがうず高く積み上げられていた。テレビは縦のみに3倍に伸びている。部屋の壁はピンクと黄色のやたらカラフルなものになっていた。天井からは豪奢なシャンデリアが吊るされており、凛の横には黒セイバーの等身大パネルが置かれている。部屋の隅には、カレイドルビーのコスチュームが山積みにされており。居間のミニチュアのようなものが流しいっぱいに詰まっていた。
──士郎以外の全員が変身してみた結果が、これだった。
「え、ええと……では、行ってきますね……」
強張った表情のまま呟いたのは、レインコートを羽織ったセイバーだった。
「あーうん。がんばってね……」
ひらひらと手を振り、凛。
「にしても……よりによって、最後の、セイバーだったとはな……」
なんだかなー、と呻く士郎。
修復能力を持った姿に『変身』しているものの、さすがにその姿で外に出歩くわけにもいかないので、セイバーは現在レインコートを羽織っているのだった。よくよく考えればこの晴れた日にそんな格好で出歩けば人目につくのは間違いないのだが、如何せん誰もがそこまで頭が回っていないらしい。
「気をつけてなー……」
「は、はい」
神妙に頷き、セイバーはステッキを掴んだまま外へと歩いていく──
「はあ……」
誰かがため息をついた。あるいは誰もがついたのかもしれなかったが。
「……にしてもこれ、元に戻るんでしょうね……」
嫌よこんなとこで食事するの、と呻く凛。
「いや俺だって嫌だ。なんとかして元に戻すぞ」
げんなりとしながら士郎は呻いた。まあ、なんにしろ──と彼は笑いながら、
「でもまあ、とりあえずこれで解決ってことだよな?」
「いいえ……士郎。まだ……残っているわ」
ゆらり──
ゆっくりと体を起こしつつ、凛が呻く。
「……そうですね、まだ残っていましたねー……」
うふふふふ──と笑いながら、姉そっくりのモーションで立ち上がったのは桜。
「そうですね。最後の最後が、ありました、か……」
不敵な笑みを浮かべつつ、バゼットもまた立ち上がる。
「運良くここに大量の服もありますし、ね──」
部屋の隅に山積みになっていたカレイドルビーの服を引っつかみ、ライダーもまた。
「○○のくせに一人だけだなんて、そんな戯言、ありえないわ……」
完全に据わった目で呻くカレンに、士郎も半眼で告げる。
「や、待てっ。いやアンタは色々待て。ああでもそうじゃなくて、ち、違うだろ? 別に俺が悪いんじゃなくてさ、その──」
「せーんぱーい? 往生際が悪いですよー?」
桜が笑う。妙に楽しそうな声で。
じりじりと近寄る女性陣からなんとか逃げようと進路を模索しつつ、士郎はしぶとく抗議する。
「そ、それに趣旨が変わってるっていうか──って、やっぱ駄目だああああああああああああっ!」
だっ──!
全力で士郎は駆け出し。そして。
『問答、無用──!』
その背中に、5つの影が一斉に飛び掛った──。
6.
数日後──。
「は?」
受話器を耳に当てたまま、凛は思い切り顔をしかめた。
『なんです、何か問題でも?』
そこから響くのは、若い女性の声。
凛はぱたぱたと手を振りながら、
「え? あ、ううん、別にそういうわけじゃないけど──でもルヴィア、本当に……?」
真剣な眼差しで彼女は受話器を耳に押し当てた。
と、玄関の扉が開き、桜とライダーが入ってくる……
「おはようございま……あれ」
桜は目をしばたくと、出迎えに廊下に出てきた士郎へとこそこそと尋ねた。
「先輩、姉さん電話してるんですか?」
士郎はエプロンの裾で手を拭きながら、
「あ、ああ。さっきなんかこっちに電話かかってきてさ。なんか外国のひとらしいぞ」
「あ、じゃあ例のロンドンの……」
手で口を押さえ、桜はこくこくと頷いた。未だ会話を続けている凛を横目で見ながら今へと入る。と、そこにはすでにセイバー、カレン、バゼットが座っていた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
それぞれ挨拶を交わす。
一方、凛の方はと言えば──
『ええ。そもそも私自足を運ぶことでもないでしょうし。屋敷の視察に関してはミストオサカにお任せしますわ。場所はわかっていますわよね?』
「うん……そりゃあね……」
セイバーは桜への挨拶をよそに、じっと凛のいる方を見入っているようだ。
『では結構。──ああ、ところでタイムリミットは勿論把握していますわよね? もうそう日にちに余裕があるわけでもありませんわ。こちらに戻るのは早めにしたほうがよろしいですわよ──』
「わ、わかってるわよそんなことっ」
『そうですか。ではロンドンで会える日を楽しみにしていますわ。詳細については先日またエアメールをお送りしましたので、そろそろ届くかと思われます。そちらを確認するように』
「……わかったわ」
『それでは、ごきげんよう』
「ん、じゃあね」
告げて凛は受話器を置いた。ふうと息を吐いてから居間へと戻る──
「あの、姉さん」
戻るなりいきなり、桜がぬっと顔を出した。
「ん?」
「今のは……?」
凛は気楽に笑いながら、
「ああ、あっちの知り合い。まあ大した用じゃなかったんだけど……」
と、そこに口を挟んだのはセイバーだった。
「凛、それは正確ではありませんね。どうやら私たちにも関係あることのようだ。報告はきちんと正しく行っていただきたい」
凛は顔をぎょっと引きつらせてセイバーを見入る。
「セイバー、貴女今の聞いて……?」
金髪の騎士は静かに頷いてみせた。
「盗み聞きするつもりはありませんでしたが、耳に入ってしまいました。すいません。──しかしそれはともかく、凛。報告を。それとも私の口から言ったほうがいいですか?」
言って、意味ありげに片眉をあげる。
「ああもうわかったわよっ」
半ばやけくそのように言い捨て、凛はどすんと座り込んだ。半眼で全員を見渡してから、
「ええとね……」
ぼそり、と小声で告げる。
「ルヴィア……なんか、日本来るのやめたみたい」
『…………………………………………は?』
ぴしっ──
居間の空気に、亀裂が入った。
凛はわたわたと両手を振りながら、
「い、今電話してたんだけどね。どうも気が変わったみたいで……」
「つまり……、なんですか?」
俯いたまま呟いたのは桜だった。
「変身……損?」
カレンが、きっぱりと言い切る。
「そう、ですよね……」
『ずーん』と落ち込みながら、同意するバゼット。桜はぴきりとこめかみを引きつらせながら笑う──
「うふふ……私、結構恥ずかしい思いしたのになあ……」
「私もです。何故か修復に向かう途中、奇異の視線がすさまじかったです。あれは……辛かった……」
遠い目をしながら、セイバー。
「第一回……」
ぼそりと呟いたのは──バゼット。そして彼女はすっくと立ち上がると、『ばんっ!』と机を叩きつつ、皆に問いかける──
「ロンドンなんて大嫌いだやってられるかエンドレス八つ当たり大会をここに開催としたいと思いますが異議のあるひとは……っ!?」
「なしです」
きらりと目を輝かせ、きゅぽんとマジックを抜き放つカレン。
「ありませんね」
ぱたんと本を閉じ、静かに頷くライダー。
「あるわけないですっ」
力強く頷く桜。
「あーもうやってらんないわよあの女! 今度あったら絶対出会い頭に張り倒してやるんだから……っ!」
があーと叫びつつ凛も立ち上がる──
それらを見届け、バゼットはうふふ──と笑いながらこくりと頷いた。
「了解。なしとみなし──暴れます。」
『異議なし──!』
そして──異様に盛り上がる女性陣を尻目に、がたがたと震えながらも士郎はなんとか居間から脱出した。
『どがんっ!』と何やら致命的な音を皮切りに、破壊音と叫び声が聞こえてくる──。
「まあでも、そもそも壊した俺たちが悪いんだってことは……きっと皆考えてないんだろうなあ……」
ぼんやりと、そんなことを呟いていたりする。
と、玄関が開き、イリヤスフィールが入ってきた。彼女は士郎を目に止めると、ぱっと顔を輝かせた。即座に靴を脱ぎ捨て士郎へとダイブしながら、イリヤは。
「おにいちゃん、おっはよー……って、何の騒ぎ、これ……?」
見上げてくるイリヤに、士郎はただひたすらに乾いた笑みを浮かべ、居間の騒動を呆然と見やり、そしてしくしくと涙する……
「ええと……いや、なんでもいいや、もう……」
昼過ぎ。衛宮邸は崩壊の危機に瀕していた──。