だめっと

 

 

 

「ふぅ……」

 嘆息と共に陰鬱な空気が流れ込んできて、士郎は思わずびくりと体を震わせた──やや引きつっていると自覚しながらも笑顔を作り、たった今静かに開いた襖へと向き直る。

「お、おかえり、バゼット──」

 バゼット。そう呼ばれた男装の麗人は、

「…………はい」

 と、ただそう小さく呟いてのろのろと足を進めていった。士郎の後ろを通り、左横へと座り込む。

 ──今まで仄かな賑わいを見せていた今は、途端どこか緊迫めいた空気を見せつつあった。

 桜。凛。セイバー。現在居間にいる面子をゆっくりと見渡していき──士郎はひくりと頬を引きつらせていた。

 と、ふと気づくと隣に座っていた凛が何やら目配せを送りつつ、低く抑えた声で囁いてくる……

「……士郎、ひょっとして今日バゼットって」

「ええと、うん。なんか就職の面接だとか言ってた」

 と言って、乾いた笑顔を浮かべた。

それだけで十分意味を理解したのか、彼女はむう、と小さく唸った。

「は、はいどうぞ、お茶ですっ」

 妙に上ずった声で桜がことんと机の上に湯呑みを置いた。バゼットはのろのろと俯いていた首をあげると、

「あ、ああ。すいません──」

 と、そう力なく微笑んだ。

 しん────

 微妙な空気が漂う。誰も何も話さない。テレビでもつけていれば多少は空気が和んだのだろうが、最早それすらも適わない──

「──もう……」

 口火を開いたのは、当のバゼットだった。じっと湯呑みの中にたゆたっているお茶を眺めながら、静かに呟く。

「もう──色々と頑張ったと思うんです」

 その口調はあくまでも静かなものだった──が、それだけに妙な説得力と迫力がある。

「そうだ……はは、私は十分頑張った……頑張ったんですよ……」

 そうして彼女は肩を僅かに震わせながら自嘲するように笑い呟いた。

「え、えーっと……」

 頬に一筋の汗を浮かべながら、それでもなんとか呟こうとする士郎。が、それに気づいた風もなく、バゼットは突如として声を荒らげると、

「悪いのは私ではない、社会だ! そうでしょう、士郎君!?」

 『だんっ!』と机を叩き、そう叫ぶ。がくがくと肩を揺さぶられながらも、士郎はなんとか呻く。

「そ、そうです、その通りです……!」

「──……。士郎君……」

 ぽつり、と。

 再び声のト―ンを落とし、バゼットは囁いた。

「は、はい……?」

 恐る恐る聞き返す士郎に、バゼットは。

「……もう……あきらめてもいいですか……?」

 『ふ……』と、やたら疲れたような表情と共に、そう呟いた。

「いや、ええと」

 思わず反射的に呻く。

「何と言うか、色々とやめちゃっても、いいですか……?」

「いや、だからさ」

「もっと言うのなら……、養ってもらっても……いいですか……?」

「ええええええええっと……」

「もう…………履歴書は…………書きたく、な……」

 そこが限界だったのが、口を押さえてバゼットは目を伏せた。

「埋まらないんです──」

 嗚咽が響く。

「い、いやあのな? バゼット……」

「特技の──!」

 士郎の声に気づいた風もなく、バゼットは嘆くように、慟哭するかのように──ただ呻いた。

「特技の欄が! どうしても『壊すこと』以外に思いつかない──埋まらない、埋まらないんです……!」

「えええええええええええっと……」

 だらだらと汗をかいて口をもごもごと動かす士郎。と、唐突にバゼットは顔をむくりとあげると、

「……ああ、ちなみに養ってくれたら、色々とお金は都合させてもらいますが。」

「だからなんでそこで急に立ち直るのさっ!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を尻目に、凛と桜はぼんやりと観戦モードに入っている……

「おいつめられていますね……」

「二つ名を欲しいままにしてるわねダメット」

 その声が聞こえていたのか、ふいにバゼットが二人へと振り返った。あくまでも笑顔のまま、爽やかに言い切る。

「あっはっは。そこの二人、歯食いしばって今のうちに祈っておくんですよ?」

『すいません調子乗ってました。』

「ッダメです────っ!」

 だんッ!

 と。

 唐突に絶叫が響いた。そこに立っていたのは──

「せ……セイバー?」

 恐る恐る呻く士郎。

 セイバーはだがしかし彼には目もくれず、『きっ』とバゼットただ一人を見据えていた。胸に手を当て、凛とした表情で告げる。

「メイガス。申し訳ありませんが今の発言は撤回していただきたい」

 ぴくり。

 バゼットは一瞬体を震わせ、静かに尋ねた。

「ほう。それはつまりどう言うことですか、セイバーさん?」

「……口に出さなければわかりませんか?」

 軽く、唇を噛んでいる。 

セイバーは僅かに目を伏せた。淡々とした口調で告げる。

「……簡単なことだ。貴女までもがニートになったら私の──」

 そして『ぐぐっ』と拳を握りしめ、かぶりを振りながら彼女は叫ぶ──

「私のポジションは! 一体どうなるというのです!」

『知るか。』

完。






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