CUT,CUT,CUT!
「そういえばさ」
昼休み。いつもの場所で弁当を食べながら、杏は呟いた。
「髪、伸びてきたんじゃない?」
「……そうかもな」
朋也は玉子焼きを飲み込むと、自分の前髪を摘んで見せた。
「あ、じゃあさ」
ぱんと手を打ち、杏はにこにこと笑いながら、
「あたしが切ってあげようか?」
「で」
杏の部屋の中央で椅子に座らされ、紐で縛られた状態で、春原は呻いた。帰りがけに拉致──としか言いようがない──されたのだった。
「なんで僕が切られなきゃいけないのさ」
「実験台だな」
朋也はきっぱりと言い切った。
「身も蓋もないっすねえ!」
たまらずに叫ぶ春原。
「第一なんで縛られてるのさ! ねえ!」
「気にするなよ」
さわやかに言う朋也。
「するよ、おもいっきり!」
ますます喚く春原。
「はいはい、ぎゃーぎゃーわめかない」
間に入り、落ち着かせようとする杏。
「わめきもするよ!」
「じゃあ、いくわよ」
全く会話を噛み合わせるつもりはないのか、杏はいたってマイペースに告げた。ちらりと春原を見てから、めんどくさそうに、
「……五分刈りでいいわよね?」
「選択権なしっすかっ!?」
叫ぶ。が、杏はへらへらと笑いながら、
「いーじゃない。きっと似合うわよ。五分刈り」
「……そ、そうかな」
少し声のトーンを落として、春原。
「そうだな。五分刈りにするために生まれてきたような顔してるな」
しみじみと朋也は頷いた。
「そ、そうなんだ?」
ちらりとそっちを向き、春原は聞き返す。
「ばかねえ。あんた、今までの人生、その髪型で一体何割損してると思ってるのよ……」
至って真面目な顔をしてさらりと告げる杏。
春原はぱっと顔を輝かせると、
「そうだよねっ! それじゃあ杏、ネオ春原って感じでさくっと頼むよ!」
「はいはーい」
適当に返事をして、杏。
そして。
「ど……どうかな?」
――大体10分後。
不安と期待の入り混じった声で、春原は尋ねた。
「あー」
杏はぼりぼりと頭をかきながら、
「ごめん、ミスった」
「あっさり!?」
物凄い勢いで首を曲げ、杏に向き直る春原。
……子供のやった草刈とでもいえばいいのだろうか。
長さはまちまちであり、そして場所によっては恐ろしく直線で揃えられている。めんどくさくなったのか、頭頂部に至っては『じゃきんっ!』 と一回切ってそれで終わりだった。
「五分刈りで失敗って何さ!ちょっと鏡みせてよっ!」
「えっとな」
喚き散らす春原の方に手を置き、頬に一筋汗をたらしながら、朋也は優しく告げる。
「似合ってるぞ」
「絶対なぐさめっすよねえそれ!」
「うん」
「まあ」
あっさりと頷く二人。
「あーもー!」
地団駄を踏んで叫ぶ春原。
「いーじゃない別に」
やかましそうに眉をひそめながら、杏は言ってのけた。
「あんたのことなんて誰も気にしないわよ」
「なにげに存在否定っすか!」
杏は叫ぶ春原をスルーし、朋也に向き直った。しゃきん、とハサミを鳴らしながら、
「じゃあ次、朋也ね?」
「あー、ええと」
あとずさりながら、朋也は呻く──
「――そ、そうだ。それもいいけど、そのまえに飯でもどうだ? 腹へっただろ」
「え? あ、うん、まあちょっと」
きょとんとしつつも、杏は頷いた。
朋也はさらに勢いよく喋る。手に財布を握り締めて、
「ようしまかせろ、ここはひとつ俺がおごってやるから!」
「って、それ僕の財布っすよねえ!」
はっと気づいた春原が叫んだ。
「え、ほんとっ! じゃあパスタとかがいいかなあ」
杏はナチュラルに無視した。
「よし、まかせろ」
どん、と胸をたたいて朋也は鷹揚に頷いてみせる。
「いやだから、それ僕の――」
「ほら、そんなハサミなんかほっておいてさ」
杏の耳元に囁きつつ、その手からそっとハサミを取り上げ、適当にほうり捨てる朋也。
「う、うん……」
顔を真っ赤にしながらも、杏は抵抗せずに肩を抱かれている。
さくっ、と春原の足の数センチ先に、落下したハサミが突き刺さった。
「ひいいっ!?」
顔を真っ青にして、春原が悲鳴をあげた。
「って――」
部屋から出て行こうとしている二人を見咎めて、慌てて春原は声を張り上げた。
「ちょっとまて、ほどいてってよ! ねえ、おかざ」
ばたん。