……先輩が先輩だったのはもう何年も前のこと。
聖杯戦争が終わって、先輩は姉さんと一緒にロンドンにいきました。
そこで何があったのかは詳しくは知りません。
ただ、4年後に姉さんが死んでしまって
それから半年くらいして、先輩が日本に戻ってきました。
……先輩は変わり果てていました。
姿も全然違う風になっていて……いえ、一番変わってしまったのは、心でした。
学園にいた時の面影はもう全然なくって、ただ何かに脅えるようになってしまった。
だからわたしは先輩に、一緒に住みませんか、と誘ったんです。
このままじゃ、先輩、きっと駄目になってしまうから。
だから、わたしが守るんだ──なんて思っていて。
でもそれは、半分は嘘。
きっとわたし、嬉しかったんです
先輩が戻ってきてくれて。
わかっています。先輩はわたしを選んだわけじゃない。ただ姉さんが死んで、結果としてこうなっただけなんだって。
でも、それでもよかった。
傍にいれるならそれでいいって思ったんです。
だって──わたしも結局、何もなかったから。
──家から出てみて、残ったのは結局何もありませんでした。
先生のつてで就職先を紹介してもらって、働いて、ただ日々の生活に追われて。
藤村先生と時たま会っては、学園は楽しかったなあ──なんて言い合って。
姉さんも先輩もイリヤちゃんも、いつの間にか皆いなくなっていました。
なんだか、わたしだけが取り残されてしまった。
ずっとそう思っていたんです。
でも、先輩は帰ってきてくれました。
たとえそれが先輩の望んだ形でなくても、でも帰って来てくれたんです。
それが、本当に嬉しかったんです……。
先輩は初め、自分も働くって言ったんですけど、それは駄目です、って言いました。
少なくともしばらくは落ち着いてゆっくりしてください、って。
朝起きて、ご飯を一緒に作って、先輩がお見送りしてくれて。
働いて帰ってきたら、おかえりって。そう先輩が言ってくれるんです。
それがすごく幸せでした。
なんだか新婚夫婦みたいだな──なんて。
でも、やっぱり真似ごとでしかないんだなあって思い知らせれたこともあるんです。その……夜のことなんですけど。
先輩、求めてこなくって。わたしとしては先輩だったら全然いいんですけど、でも、全然。それが少し、ほんの少しだけショックでした。
でも、例え傷を舐め合っているだけなんだとしても、それでも十分嬉しかった。
そう思ってました。
二人で暮らすようになって、問題だったのはお金でした。
やっぱり一人増えると色々とかかるじゃないですか。先輩、あまり物を持ちたがらないひとだったからそこまででもなかったんですけど。でも、貯金はほとんどなくなっちゃって。
先輩にもそろそろ仕事をして欲しかったんですけど、でも、あまりそう言う気もないらしくて。
わたしが働いている間何をしてるのかはわからないですけど、ごろごろしてるだけならアルバイトでもいいから働いて欲しいな──なんて思い始めてました。
そう言ったら、次の日にお金をくれました。
どうしたんですか、って聞いたら、財産を切り崩したって。
わたし、怒っちゃいました。
何でなのかは今でもよくわからないんですけど。頭の中が真っ白になって、家を飛び出して、藤村先生のところに行って。
わたしの家なのに、なんでわたしが飛び出したんだろう、って……。
もうわかんなくなっちゃいました。
先輩にとって、わたしって何なんだろう。
姉さんの代替え品でしかないのかな。ううん、それですらないのかも。
じゃあわたしのしていることって一体何なんだろう──って。
……きっと、疲れていたんだと思います。
藤村先生、しばらくここにいていいよって言ってくれて。
だから、しばらくお世話になることにしました。
……先輩は次の日になっても迎えにきませんでした。
先生が電話してるから、わたしがここにいること知っているはずなのに。
もう駄目なのかな──って。
やっぱり、わたしじゃ姉さんにはなれないから。
先輩には姉さんが必要で、でも姉さんはもういなくて、わたしも代わりにはなれなくて……
もう、どうしていいのかわからなくなってきちゃいました。
先生は、一回別々に住んでみるのもいいかもね、って言ってくれました。
でも、わたしはそれも嫌だった。
だって、好きだから。
一緒にいたいんです。抱きしめて、名前を呼んでほしい。わたしを──わたしだけを見つめて欲しい。
我儘だとは思いません。だってそれって当然のことだと思うから。
次の日、家に戻って。
抱いて下さいって言いました。
もう姉さんのほうばかり見られることには、耐えられそうになかったから。
働かなくてもいいです。ただ傍にいて、わたしだけを見ていてくれればそれでいいですから、って。
……先輩、優しくしてくれました。
でも、次の日からはまた元通り。
先輩は求めれば受け止めてくれるようになりました。
でも、それだけ。
違うんです。わたしが求めていたのはこんなのじゃない──こんなものじゃないんです。
でも、今の生活を壊すのが怖くて……。
結局何も言えないまま、日々が過ぎていくんです。
だって先輩、今にも壊れそうな眼をしている。
もうすぐ一緒に生活して二年になるのに。それでも、ここは居場所にはなれなかったんです。
でも、先輩、ある日突然変わったんです。
あれから三か月くらい経った頃でした。
先輩、急にいなくなってしまったんです。
何の前触れもありませんでした。
置手紙も何もなくて、途方に暮れて……
もうこのまま、なし崩し的になっちゃうのかな、なんて。すごく不安でした。
でも、三日経ったら先輩、戻ってきてくれました。
どこに行ってたのかは、言ってくれなかったけれど。
でも、先輩、それから変わったんです。
何かが吹っ切れたみたいで、生き生きしていて。
自分から働くって言ってくれて。
なんだか、昔の先輩に戻ったみたいでした。
夜のほうも、その、情熱的になって。
あ、それから旅行にも行きました。
先輩が計画してくれたんです。
と言っても、そんなすごいものじゃないです。会社もありますし。一泊二日の小旅行。観光地を回って、おいしいもの食べて、温泉に入って……
たったそれだけのことなんですけど、でも、幸せでした。
それで、二か月くらいした頃──確か2月の終わりくらいだったと思います。その、赤ちゃんが出来てるみたいって気づいて……
病院にいったら、おめでたです、って。
嬉しかった……
先輩の子供が自分の中にいるっていう事が本当に嬉しかったんです。
籍はいれていないけど、でも事実婚みたいなものだし。
きっとこのまま結婚するんだろうなあ、なんて。
でも、不安なこともあったんです。
先輩は本当にわたしのことを愛してくれているのか──って。
すごくいまさら。順序が滅茶苦茶だってことはわかっているんですけど。
でも先輩、愛してるって言ってくれたこと、ない。
きっとまだ、姉さんのことをひきずっているんだと思います。
だから、言いました。
先輩はわたしのこと愛してくれますか、って。
先輩が姉さんのことを好きなのは知っています。
わたしは姉さんにはなれませんけど、それでもいつか愛してくれますか?
もし無理だって言うんなら、それでもいいです。
その代わり、家は出て行って下さい。子供はわたしひとりで育てます。
でも、もしわたしのことを見てくれるのなら、きちんと籍を入れてください。
そう、はっきりと言いました。
そしたら先輩、ごめん──って。
勘違いさせて、ごめんって言ってくれました。
正直、はじめはやっぱりわたし、姉さんの代わりだったみたいです
でも、もう今は違うんだ──って。
ちゃんとわたしを見つめて、わたしだけを愛してくれているんだ、って。
先輩、わたしがそこまで思いつめていたのがよっぽどショックだったみたいで
その、途中からゴムをつけなくなっていたんですけど、それも意味をわかってるんだろうな、って思っていたらしくて。
愛してるって言ってくれなかったのも、今更だ、とかなんとか……
……先輩って本当、わかってない。言ってくれなきゃ不安になるに決まってるのに。言葉にしなきゃ伝わらないこと、いっぱいあるんです。
……もう、嬉しいのと安心したのと情けないのと、なんだかもう本当、滅茶苦茶で。
わたし、泣いちゃいました。
そして先輩は、そんなわたしの肩を抱いて言うんです。
「──結婚してくれ、桜」
……って。
先輩の胸、どきどきしてる。
鼓動が伝わってくるんです。
ああ、先輩、緊張してるんだ──
そうしたら、なんだか先輩がすごく可愛く思えちゃって。
そして私は言いました。
「はい、士郎さん」
って。
子供が出来たってわかった頃から、考えていたんです。
もう、先輩はやめようって。
もう、学園の生徒じゃない。二人ともあれから色々積み重ねて、大人になっているんです。
だからもう、一つ上の先輩じゃなくて。
パートナーとしての、士郎さん。
……先輩、じゃなくて士郎さんは、凄く驚いた顔をしてました。
でも、笑ってくれました。
うん、そのほうがしっくりくるな──って。
今でも一字一句忘れずに覚えています。
「桜。オレは桜が好きだ。これからも、ずっと。だから桜──結婚して、幸せになろう」
飾り気もなにもないですけど、でも、凄く先輩らしいプロポーズだなあって。
式のことは藤村先生に相談しました。
あ、その前に勿論きちんと報告をしました。
先生、凄く喜んでくれたんです。もう本当、すごくって。何しろその場で宴会がはじまっちゃったんですから。
式もなにもかも全部任せなさい、って言ってくれて。
それで結局、三週間後に行いました。
本当はもう少し余裕があるはずだったんですけど、士郎さんがどうしてもこの日じゃないと駄目だ──って言って。
なんでなんだろう、って不思議だったんですけど、その場所に行けばわかる、って、その一点張りでした。
知り合いのひとに借りた車でその場所に二人で向かいました。
式場は──、ありませんでした。連れて行かれたのは、草原みたいなところ。一本の木が立っているだけの──、それだけの場所。
不安になって士郎さんを見上げると、
「まあ、見てろって」
そう言って、ぽん、って肩に手を置くんです。
しばらくしていると、藤村組の人とか、他にもいろんな人が大勢やってきて。
なんだか、よくわからないうちに作業が始まりました。
草原の上に、大きなカーペットが何枚も敷かれていって。
椅子が運ばれてきて。
オルガンや楽器が次々に置かれて──
教会にある十字架までが置かれていって──
凄かった──。どんどん、形が出来て行くんです……
わたし、なんだか感動しちゃって……式が始まる前に、もう、泣いちゃいました。
「藤ねえがさ、ずっと考えてくれてたんだ。桜の咲く季節に──この場所で、式をあげてあげたい、って」
ああ──そう言えば。
なんで今まで、そんなことにも気付かなかったんだろう。
草原に一本だけ生えている気は、桜の木で。
満開の花びらを、咲かせていて──
……ずるい。本当、士郎さんってずるいんです。こんなの反則です。
式には、皆が来てくれました。
学園時代の友達。
藤村組の人たち。
会社の同僚。
士郎さんの知り合いも。
皆、沢山来てくれました……
回りを歩いていた知らないひとたちも、拍手をしてくれて。
なんだか、もう、本当に反則です。
神父さんの前で、誓いの言葉を述べて。指輪の交換をして。──キスをして。
桜の舞う中──、わたしたちの式は執り行われました。
結局この日は、何度泣いたのか、もう覚えてません。
でも本当に嬉しくって、幸せで。ああ──これでわたし、士郎さんと一緒になれたんだ──って。
──大好きです、士郎さん。
婚姻届を役所に提出しにいったのは、それから三日後のことでした。
なんだかすごくあっさり終わって拍子ぬけでしたけど。
でもこれで、本当に夫婦になったんです。
名前も間桐桜じゃなくって、衛宮桜になりました。
なんだか語呂は悪いけどな、って士郎さんが茶化すんです。ひどいです。
子供の名前はまだ考えていません。
男の子か女の子かもわからないですし。最近はなんだか検査でわかるらしいですけど、まだやめておこうって士郎さんが。
おなかも大きくなってきたので、会社は辞めました。
士郎さんひとりのお給料だと正直まだ生活は大変だけど、でも、そのほうがいいって。
オレ、がんばるからな──って言ってくれました。
新婚さんです。えへへ。幸せ満載です。
色々ありましたけど、でも、今はすっごく幸せです。
そしてきっと、これからも幸せなんだと思います。
だって、隣には士郎さんがいるから。
この人がいるから──だから、幸せなんです。
この幸せはひとから見たら小さなものかもしれないけど。
でも、すごく、大切なもの。
士郎さんとわたしと、一緒に作っていく物語なんです。
だから、士郎さん──
一緒に、ずっと歩いていきましょうね?
衛宮 桜