アフ郎
「宗一郎さまーん、いってらっしゃいませー☆」
昼過ぎ。柳桐寺の境内に、やたら甘い声が響いた。
「……ああ、いってくる」
玄関口で応対する答は無骨な男のもの。
「今日は早くかえってきてくださいねっ」
その奥から男に付き添うように、女性──キャスターが遅れて玄関から姿を現した。ちらちらと斜め前を歩く男を見上げつつ、はみかむように笑っている。
「善処する。──ではな」
言って、宗一郎は僅かに歩く速度を上げ、手を振って見せた。
「はいっ」
キャスターはその姿が見えなくなるまでその場に立ちつつ、手を振る──
そして。彼女がぱたんと手を下ろすのを見計らっていたかのようなタイミングで、石柱の影から多分に皮肉めいたものを含んだ声が降りかかった。
「ほう、相も変わらずだな」
ぎろり。今までのつつましげな表情とは一変して柱の影を睨みつけ、キャスターは唸った。
「何です、何か文句でもあ──」
声が、途切れる。
原因は明らかだった。石柱の後ろから人影が姿を現したからだろう。いや、それは正確ではなかった。男が出てくるのは彼女にとっては想定の内。ただひとつ問題があったとすれば、それは──
「あ──ああああああああああっ!?」
キャスターは震える指を突き付け、何やらわめいている。
「貴方、それっ!?」
指を差された男は、対して気にした様子もなく、ふむ、と呟きながら完全に姿を現した。
「何だ」
佐々木小次郎──この柳桐寺の山門にくくりつけられた、いわばイレギュラーのサーヴァントである。その姿は、青を基調とした涼やかな着物姿。獲物は異様に長い刀──物干竿。整った顔立ちには落ち着いた貫禄があり、そしていつもならば後ろで束ねている艶やかな髪はアフロだった。
繰り返す。アフロだった。
「あたまっ! あーたーまー!」
キャスターは唾を飛ばしながらなおも喚く。が、小次郎はさして気にした様子もなく、僅かに瞼を持ち上げたのみ。
「ああ、これのことか」
そして彼は『ふっ……』と静かに一人ごちると、僅かに『ぽっ』と頬を染めて、
「ふふっ……なかなかいいだろう?」
「どこがですかっ!?」
「ああ、いい、いい。そうだな、やはり女子供にはこれの良さはわかるまい……」
「いや性別とかそう言う問題じゃなくてっ」
つかつかと小次郎へと近寄り、キャスターはぎろりとにらみ上げた。
「な・ん・でアフロなのよっ?」
「燕が飼えるだろう?」
小次郎の答えはシンプルで不明瞭だった。
「は?」
眉をしかめるキャスターにわからん奴だな、と首を振り、彼はおもむろにアフロの中に手を突っ込んだ。そして。
「ほれ、このとおり」
小次郎の頭の上に、燕が三羽、顔を出した。
「は?」
半眼になるキャスターをよそに、小次郎は涼やかに説明を続ける。
「右から順に、佐々木二号、みーこタソ、チョンガルガリッタオブジョバーンだ」
「どこからつっこめばいいのかわからないわよー!」
がくがくと胸元を引っ掴んで揺すり、キャスターは喚く。小次郎は頭を手で支えながら、
「何をす──貴様、みーこタソがおびえているだろうが!」
「知らないわよ!」
あーもう、と地団駄を踏みながらキャスターは手をわななかせながら、
「なんで飼うの! 頭に! 燕を!」
「無論、好きだからだな」
言って朗らかに笑う小次郎、そのこめかみに『つっ……』と何かが垂れた。
「た、垂れてる垂れてる! 貴方糞されてるわよっ!?」
「はっはっは、まあそういうこともあるだろうさ」
小次郎は笑って相手にしようとしない。
「なんで変に寛大なんです!」
「なぜそう目くじらを立てるのだ」
「根本的に! 意味がわからないからに決まってるでしょーがっ!」
「はっ……これだから女子供は……」
嘲笑を浮かべる小次郎。ひくりと口元を引きつらせるキャスター。
「うわあ、なんかものすごく腹立つわねこいつ」
と。
「あ、あれっ」
唐突に声が聞こえ、小次郎たちは身構えた。
見ると、石段の下から三枝がこちらを見上げて、ぼんやりと口を開けていた。
「ど、どうしたんですか、それ」
「おお、由紀香殿」
小次郎は涼やかに笑うと、
「いや何、燕でも飼おうかと思ったのでね」
「うわあ、素敵ですねえ」
ぱんと両手を打って三枝は笑った。
「え!?」
キャスターは思わず目を見開いた。
「優しいんですね、小次郎さん」
きらきらと、何故か尊敬のまなざしを向ける三枝。
「何──そんなことはないんだが、な……」
ふふっ、と頬を染め、しかしあくまでも冷静に微笑む小次郎(アフロ)。
「いえ、素敵ですっ。弟たちにも見習わせたいくらいです」
「ああ、それはいい。きっと弟君もそれを知ったら喜ぶだろう」
「はいっ」
何やら和んでいる二人。
そしてその頭上では、燕が三匹、嘴でアフロをつついている──
「……何、この絵」
げんなりとしながらキャスターはそう呻き──
完。